03-12.領主の立場
いつもお読みいただきありがとうございます。
予定通りに翌日、王都を出発した一行は州都ミラへ向けて順調に進んでいく。帰りはテオルグ卿の一行とは別行動となったが、こちらとしては全員が馬車に乗れるようになったので、進行速度が上がりミラに着く頃には前日に出発していたはずのテオルグ卿達に追いつくほどだった。
とりあえずテオルグ卿との謁見は明日となり、一行は行きと同じ宿に入る。エル達3人はエルの部屋に集まり、今後について話し合う事にした。
「エル、ルチア、サーム様からの提案どうしたらいいと思う?」
リックからの問いにエルもルチアも悩んでいた。リックとルチアからすれば活動拠点がレミト村になるのであれば、自分達の家を構える事はそれほど急ぐ事では無くなる。逆にエルからすると、状況がどう転ぼうと森での生活は無くなるので自分で生活するだけの拠点を構える必要がある。
そして、エルの最大の悩みが森で生活をしなくなると言う事は、今まで定期的に入手出来ていた『錬金用・調薬用の素材が手に入らなくなる』と言う事だ。これまでは森の奥の恵まれた素材によって作られた品が高額で買い取って貰えたり、それこそ素材自体も良い値で引き取って貰えたりと恩恵は大きかった。しかし、それが手に入らないとなれば今までのような収入は望めなくなる。
それはパーティーとしても大きな問題となる。それをエルは素直にリックとルチアに相談した。するとルチアが考え方を変えようと提案してきた。
「確かに今までエルの納品してくれる薬や素材が大きな収入になっていたのは確かだけど、考え方を変えればこれで私達は他の冒険者と同じ状況になったって事でしょ?それに今までの収入があったからこそ、エルや私達も修行に専念出来たじゃない?あれが無ければ少なくとも私とリックは生活費を稼ぐ為に依頼を受けなければいけなかった訳だし。」
「そうか。確かにそうだよね。」
「うん。ルチアの言う事も確かだな。俺達が修行する時間をエルの素材や薬が支えてくれてた。そして、師匠達から離れて生活する中でやっと冒険者としてスタートラインに立つ。そう考えても良いのかもな。」
とりあえずエルがレミト村に家を構える事は決まった。リックが土魔法で手伝う事も決まった。後はリックとルチアがどうするかだ。
「まぁ、俺達に関してはまずシスターに相談しないとな。俺達だけじゃ決められないよ。」
「そうね。物心付く前からずっと育てていただいたんだもん。ちゃんと報告もしたいし、相談もしたいわ。」
「そうだね。それに孤児院で生活を続けるにしても家を構えるにしても、今までよりは断然活動しやすくなるんだもんね。焦る必要も無いのか。」
「そうさ。まずはエルがレミト村に来てくれるってだけで俺達は嬉しいんだ。後は状況によってその度話し合おうぜ。」
とりあえずの事は決まりました。まずはレミト村に帰り着いたら3人でシスター・エミルに今後の事を相談する事。そこからまた話し合うとした。
今日の所はここまでとして、明日はテオルグ卿との面会が終わればワックルトへ向けて移動を再開する事になっている。それに備えて3人はそれぞれに早めにベッドへ入る。
翌日、テオルグ卿はサーム達が今日中にワックルトに向けて立つ事を考慮し、謁見の時間を朝としていた。これにはサームとオーレル、そしてレオとダンの4名が謁見を許された。これからのミラ州の治世の話をする場に、大勢がゾロゾロとしかも子供も含めて居並ぶ訳にもいかない。テオルグ卿側もテオルグ本人と娘のアンクレット、そして警護のダレン3名のみである。
「朝の早い時間に呼び出してすまぬな。」
「我々にご配慮いただき申し訳ありません。」
「さて、早速話し合うとしよう。まずは....」
一番最初に話し合われたのが、統治体制。昨夜テオルグとアンクレットでも話し合った結果、やはりワックルト領地内の村々を巡回する組織を新たに設立する事を決めた。しかし、これに関しては公表せず秘密裏に調査を行う事とした。組織の設立を公表した上でいかに抜き打ちで巡回をしたところで、その組織がワックルトまたは組織の本拠地から村へ向けて出発または出発準備を始めた時点で、組織を常に見張られていたら抜き打ちにはならなくなる。それならば元より公表しなければ、その組織がバレた時には組織から漏れたか、ここに居るメンバーが漏らしたかの可能性しか残らない。
組織の人数は最少人数で設立するとした。今のところはレミト村とケーラ村しか巡回地は無い。ならばその間の道程を問題なく行き来出来る実力の者が数名いれば事は足りる。例えば冒険者を装う事も良いだろうし、架空の商会を組織し、その護衛とするのも良いだろう。まずはワックルトにてアンクレットを臨時領主とする発表を行い、オーレルが補佐する事も合わせて発表する。
その後に状況を見つつ組織の準備を始める。もしワックルトに未だに前領主のケストナー家と繋がりのあり不正を働いていた者がいたとしても、領主の代わり端からいきなり行動を起こす事は考えづらい。
サームはワックルトにて国王より賜った勅命書をアンクレットは拝読し、サームをレミト村とケーラ村の代官に任命する。その勅命書を持ってサーム達はレミト村へと向かう流れになっている。
「さて、新たな体制への流れはこれで良いとして、問題はどの部分に手を付けるかと言う事だな。」
テオルグ卿の言葉にサームがいくつか提案をする。
「まずは薬師ギルドの新たなギルド長が任命される事。これに関しては王都でも話し合いが行われるでしょうが、恐らくギルド側が国政の介入を断わるでしょう。ワゴシの事があり王政から無理やり押し込まれたギルド長が長年に亘り問題を起こし、多くのギルド会員からの信頼を失墜させましたからな。」
「うむ。」
「ここはギルド本部のあるミラ州領主としても、そして支部のあるワックルト領主としても、ギルドの決定を全面的に指示するのが一番宜しいかと思われます。王政へ非協力的と騒ぐ貴族もおりましょうが、どちらかと言えばギルド側の主張が正論です。もちろん、あまりに酷い内容であれば話は変わりますが、恐らくそのような事にはならないでしょう。」
「なぜそう思う。」
「今ですらギルド会員及び薬師関係の店舗・商会からのギルドへの信頼は無いに等しくなっております。その中でワゴシがギルド長を解任され、ワックルトを中心としてミラ州の統治見直しが行われる事は、ワゴシと共に私腹を肥やした一部の薬師や店舗・商会は今頃戦々恐々としているはず。その中で、そのような決定が成されるとは思いませんが、万が一新しいギルド長就任に王政が今一度介入を画策した場合、それを支持する事はミラ州領主としての信頼を損なう可能性が高い。いえ、確実に民の心は離れると言えましょう。それはギルド側の決定内容も同じ事。自分で自分達の首を絞めるような事はしないと考えます。」
「....ふむ。」
テオルグは顎に手をやりジッと考え始める。しかし、サームは自身の考えを更に述べる。
「今回の事で王政が一度薬師ギルドから手を引く事は決して悪く転がる訳ではありません。ギルドが選んだ者がギルドを建て直せばミラ州領主としても領主が王政に対して進言してくれたおかげで立ち直ったとなる。逆の結果になった場合は即座に王政が再び介入し、新たなギルド長の任命を行う。しかし、そうなった時にはもう薬師ギルドはロンダリオン王国の中で初めて王政主体運営のギルドとなるでしょうな。」
「うぅむ....」
「間違いなく今、ミラ州は岐路に立たされております。しかし、悩まれますな。お父上・そして先々代の統治を思い起こされよ。領民を想い、時に先の陛下や大臣衆とも言い争い、そして国境を守り抜いたミラ州、そしてアルシェード家ですぞ。何を一番に考えねばならないか。そこだけを間違わねば良いのです。」
「うむ。....そうだな。サーム殿、感謝する。ミラ州としてはまず薬師ギルドとしての決定を待ち、それを支持する事を基本とする。よいな、アンクレット。」
「畏まりました。お父様。」
「オーレル殿、色々と苦労をおかけするが、娘はまだ領主としての経験が無い。どうか領民の為の領主となれるよう目をかけていただきたい。」
「任されよ!ミラ州にアンクレット嬢あり!ワックルトにアルシェードの未来あり!と言われるような領主になるとも!」
胸をドンッと叩き自信を見せるオーレルに他の皆も笑顔になる。今はただこの混乱をいち早く治める事が先決だ。
「さて、サームが治めるレミト村とケーラ村だが、一度話にも出ていたが冒険者ギルド支部をレミト村へ作る事をギルド本部や依頼する件はどのように考える?」
アンクレットが口を開く。
「確実に必要だと考えますわ。それによりケーラ村から納品される素材の種類が格段に増えます。今までは村民と冒険者で消費するしかなかった肉類の納品はワックルトとしてもレミト村へ補助金を出して孤児院への物資提供を考えても良いかと。」
「そうなると考えねばならんのが教会の動きだ。」
そうなのだ。今回のワックルトの騒乱とは関係ない部分でテオルグを悩ませているのが、教会の介入だった。ワックルトのケストナー家と組み、自分達の良い様に運営し教会や孤児院に利益があるように動くのならまだ分かるが、まさか保護するべき孤児たちを教会の正式な保護から外れたレミト村へと送り付けていた事実を知った当初、テオルグは驚きを隠せなかった。
種族間問題やスキル至上主義など国によっては教会の発言・働きによって大きな影響を及ぼす存在ではあるが、まさか自身が信仰するイルメリア教の教えにある『貧民救済』の誓いを破る様な行為に及ぶとは....これが人族以外の種族の孤児であるならばまだ理解できるが、それも種族間差別を認めないロンダリア王国内でおおっぴらには行動出来ない内容だ。教会はいったい何を考えているのか。
アンクレットがテオルグに提案する。
「まずはワックルト、そして州都ミラの教会の動きを内密に探る必要があるかと思います。これに関してはレオ様含め、竜の牙の皆様にご協力をいただくのが一番リスクは少ないと考えます。やはりその分野の活動に一日以上の長がある者が必要かと。」
「そうだな。レオ、ダン、頼めるか?」
「「畏まりました。」」
テオルグは静かに頷く。帝国がきな臭い動きを始めたかと思えば、今度はイルメリア教国。これだけ長い間緊張感はありながらも均衡を守り続けた隣国達が俄かに動き始めた。こちらで動きが把握出来次第、陛下への報告もせねばならない。
「サーム様がレミト村とケーラ村の代官となられる事で表向きには出ていないとは言え、レミト村への支援からは手を引かねばなりません。その代わりをワックルトが務めます。その援助を発表する際に少し教会を突く事になるかとは思いますが。」
「ふむ。仕方のない事よ。それで抗議文などが出た時には実際にレミト村に送られた孤児の人数と期間を公表するだけの事よ。ワックルトとレミト村の受け持つ孤児の人数も添えてな。さすがの教会もそこまでは理解出来ておろう。」
それすらも理解出来ず、抗議文や行動を起こすようであればミラ州での教会の動きは領主だけでなく領民からも見張られる事になるだろう。
「よし、ではレミト村への冒険者ギルド支部の設立要請はサーム殿がレミト村に到着次第、ワックルト領主・ミラ州領主連名で王都の冒険者ギルド本部へと要請する。規模はまだ小さい物で良かろう。その後の内容を見て、ギルド側が規模を拡大するのか判断するはずだ。」
何度も言うがその後の子細な事は状況によって臨機応変に対応するしかない。まずはワックルトで状況を待ち続ける領民を安心させる事が何より優先される事だ。アンクレットら一行は明後日に500名の警護兵と共にワックルトへ向かう。そして警護兵はそのままワックルトの治安部隊として常駐する事になっている。その為の施設の建設などやる事は多い。そしてそれによって領民にも仕事がもたらされ、経済の動きが活発になる。
それはレミト村でも同じ。代官の館が建設され住まいも作られる。そして冒険者ギルド支部が出来るとなるとその建設も待っている。小規模ではあるが建設ラッシュが待っているのだ。
それぞれがやるべき事も今一度確認し、サーム達は領主の館を出た。既に館の傍にはジュリア達が馬車と共に待っていた。これからワックルトへ向かう。
ほんの数日の事であったが、エルは早くワックルトへ戻りたいと感じていた。
誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。




