03-09.王との謁見
謁見の間の入り口から玉座に向けて両脇を固めるように並ぶ貴族の面々。その中央は玉座に向けて真っすぐと開けられている。そこをゼグリア・ロンダリオンが歩み、居並ぶ貴族達は臣下の礼を持って王を迎える。
王が座に着き皆に声をかける。貴族達は臣下の礼を解き王に向けて頭を垂れる。王の顔を王の許しなく見る事は禁じられており、謁見の間で儀式や謁見が行われる中で王の顔を見る事無く部屋を下がる貴族は珍しくない。王の顔を見て話せる事の方が稀なのだ。
「各々多忙の中で集まってもらった理由は、ミラ州ワックルト領で起こった圧政・騒乱・そして一部組織に対する不当な優遇とその見返りによる賄賂が発覚した為である。この事は領地を持つ者には王家の名によって通達が行われたと思うが、その他の王政に携わる全貴族にもこの事はしっかりと理解してもらい、今後の王国統治の悪しき教訓とすべく、今回集まって伝えるとした次第だ。」
今回のワックルト領で起こった全ての事一つ一つを宰相であるサルナーンが陛下に変わって貴族達に周知させる。今回の騒動によりワックルト領の領主権限をライナー・ケストナーから剥奪し、ケストナー家の爵位も剥奪された。
ケストナー家への処罰に関してはどの貴族もこれといって驚きは無く、どちらかと言えば穏便に済まされた形と言えなくもない。最悪の場合はケストナー親子の処刑もあり得たほどの騒動の内容だった。その中で爵位剥奪と追放処分で済まされたのには王政として貴族間の覇権争いに楔を入れる意味もあったのかもしれない。「やりすぎるなよ」と言う警告が含まれている。
今回の騒動で一番目を引くのは領主の息子の横暴さにより起こった街中での騒動だったが、王政として最も重要かつ問題視したのは、教会と一部商会の政治への介入だ。賄賂を贈り自分達に有利になるよう働きかけるだけなら、まだ危険視する程ではないが今回教会側は孤児をワックルトからレミト村やケーラへ許可なく異動させその2村の孤児院運営に悪影響を及ぼした。
通常であれば他国との戦争やスタンピートの兆候などの緊急事態で無ければ、孤児だけでなく住民の住居の異動も州の許可が必要である。しかし、ワックルトの教会はミラ州領主の許可を得る事無く、ワックルト領主に賄賂を贈る事によってその行為を黙認させていた。これは王家としても無視するわけにはいかない事態だ。
こう言った派閥争いとその利権に群がる汚職が無くならないのは政治の中では不可避な事ではあるのだが、それを激化させている要因の一つにあるのは、根強く残る種族間の差別だ。この王国では統一法の徹底がされている為、公衆の面前で他種族を差別するような者はいないが心の中にはまだ根強く残っている。
そもそもこの種族差別の中には『古道派』と『新道派』の二つの考え方がある。
『古道派』は種族はその種族のみで生きるものであり、他種族との交流はあれど国の中で共に政治を行ったり、結婚やましては他種族と子を成す等と言うのは許せないと言う考え方。そして、今はこれに過去の種族間戦争の影響が重なり「自分達こそが優良種であり、他種族は劣等だ」と言う思想が入り込んできている。
『新道派』はその逆の考え方で、全ての種族に優劣は無く共に手を取り合い繁栄を目指すべきだと言う考え方。この考えの元で国を興そうとした種族が他種族の裏切りに合い、興国を断念した歴史もあり新道派としては理想論ではありつつも実現には相当に高い壁があると感じていた。新道派の思想を持つ者の中には古道派は排除すべきであると言う過激な思想を持つ者もいる。
そしてその対立はこのロンダリオン王国の中にもあり、王政を担う貴族達の中にも古道派と新道派の思想を持つ者がいた。当然全ての人がこのどちらかの思想に属すると言う訳ではなく、市井で暮らすほとんどの王国領民は他種族に対してこれと言った感情は無く暮らしている。どちらかと言えば『中道派』と言えるのかも知れない。
そう言った中で市井の中から王政に助言するまでになったサームは新道派からすればその勢いを象徴する存在であり、古道派からすれば憎むべき存在だった。貴族の中の思想と言うモノは見てすぐに分かる様なものではない。ワゴシ・ハールトンのように明らかに態度に出してサームや新道派の活動を妨害・阻止するような動きを見せていれば、王政や陛下としても処罰などの対象としやすいがほとんどの場合は誰がどう言った思想を持っているかと言うのは見えない。
なので、今回の様にサームが王政に復帰するかも知れないなどの大きな動きでも無ければ、派閥としても早々動いたりはしないのだ。
「以上が今回の騒動の顛末となります。」
サルナーンが説明を終えると、目を閉じてそれを聞いていた陛下が口を開く。
「今回の事は王として統治者として重く受け止めておる。領主がいなくなったワックルトへはミラ州を預かるテオルグ卿が娘であるアンクレットを臨時領主としておく事とする。」
その言葉を受け、テオルグ卿とアンクレット嬢が陛下の御前へと歩み寄り臣下の礼を取る。
「アンクレットよ。そなたにワックルト領の臨時領主の任を与える。しかし、いかにテオルグ卿の一人娘とは言え、国境を構えるワックルトの統治を経験ないアンクレットに任せるは大任であるとの指摘もあった。そこで我が弟でありワックルトを拠点に活動する白金冒険者のオーレル・ロンダルキア公爵をそなたの側近として付ける。よくよく相談し統治して貰いたい。」
「我が王よ。私の忠義は揺ぎ無く我が王国と王民の為にございます。その為に働けることは至極の喜びでございます。」
「うむ。励むが良い。テオルグ卿、よくよく助けてやってくれ。」
「畏まりました。我が王よ。我が忠義は王国の為に。」
定型とも取れる領主任命の儀が終わる。そこで陛下はふとサームを見る。
「今回のワックルトでの様々な騒乱を治める事に注力してくれた者がいると報告を受けている。違いないな、サルナーン。」
「はい。陛下。サーム・キミア侯爵にございます。サーム卿、陛下の御前へ。」
サームが陛下の御前にて臣下の礼を取る。陛下は優しい笑みでサームを見下ろすが、サームは床に目線を落としている為それを知る事は出来ない。
「サームよ。久しいな。頭を上げよ。元気な顔を見せてくれ。」
サームはクッと頭を上げるが、目線は陛下の腰あたりを見ている。陛下は安心したように何度か頷いた。
「元気そうで何よりじゃ。その後息災であったか?」
「こうして陛下の御前にまた拝謁出来た喜びに震えております。その後、ワックルト辺境にて平穏に暮らしておりました。陛下へのご報告も無く、誠に申し訳なく思うております。」
「何を言う。忠義の臣を追いやったは儂の過ちであった。そなたのその後はサルナーン含め何人もの臣下達も心配しておった。もちろん儂もじゃ。」
誰も反応はしないが、この発言でサームが王政を追放された事は当時の王政を担う者達を含め陛下の失策であったと公に認めた発言となった。いよいよこれでサームの王政復帰が現実味を増す事になる。サルナーンが今回の騒乱の中でサームの関わった事を陛下へと改めて報告し、居並ぶ貴族達へも周知させた。
その報告を聞き終えた陛下は落ち着いた表情でサームへと問う。
「どうじゃ。サームよ。もう一度王政の中へ身を置き、ワシとこの国を助けてはくれぬか。」
陛下のその言葉にサームは覚悟を決め、ゆっくりと語る。
「我が王よ。恐れ多き事なれどその命には私は従えませぬ。」
謁見の間の空気が張り詰める。まさか、もしかしたらと言う可能性はあったが、貴族達は本当にサームが王の命を断わる等と言う事をするとは思わなかったのだ。
「理由を聞かせてくれぬか。サームよ。」
「恐れながら。今、私には不祥なれど弟子がおります。弟子はエルと申します。まだ幼い子供ながら帝国にて奴隷として扱われ、命辛々逃げ延びた所を創竜の翼と共に発見しワックルト近辺に構えております我が拙宅にて身を預かる事にしました。」
「ふむ。聞けばその弟子のエルがワックルトで領主の長子が起こした騒乱を治めたと聞いた。」
「いかにも。しかし、まだ未熟なればその解決方法も最善と呼べるものではありませんでした。ゆえに私としましてはこのエルを我が弟子として立派に育て上げる事がエルを預り弟子とした責任と思うております。」
サームの言葉を聞き、陛下は目を瞑り眉間に皺を寄せる。サームを言葉を続ける。
「現在、我が拙宅にて錬金術を教え、ワックルトに住む薬師エルボアより薬学を、創竜の翼より戦闘術と魔法を教授されておる我が弟子はまだまだ修行の途中。なれば、ここで私が王政へと戻り王都にて居を構える事になればエルへの指導を継続していく事が困難となります。冒険者として錬金術師として歩み始めたばかりのエルを、王命とはもちろん分かっておりますが途中で投げ出す事は、私にはどうしても出来ませぬ。どうか、この願いお聞き届けいただけますよう。何卒。」
サームは深々と頭を下げる。陛下は目を瞑ったまま、ふぅ~っと息を吐く。そしてサームに向けて言葉をかける。
「なるほど。今、エルを指導するのは深緑の賢者、薬神、刃鬼、そして氷龍の魔導師と言う事か。まさかのぉ。確かにそれは王都で同じ環境を整えようにも不可能ではあるの。」
「そしてエルには今、苦楽を共にし冒険者として歩むと決めた仲間がおります。奴隷として孤独の中、この王国で初めて自分の命を預けられる友を得たエルからその者達を引き剥がすような真似は出来ません。」
陛下はちらりと列の中にいたエル達に目を向ける。
「そこにおるのが、件のエルか。そして横に並ぶのがその友と言う事だな。構わぬ。サームの元へ。」
エル達は促されるがままに足取りも覚束ない状態で陛下の御前で臣下の礼を取る。
「冒険者エルよ。発言を許す。そなたの師であるサームはこう申して居る。そなたは幼き心ながらどのように考える。遠慮はいらぬ。思うままに申してみよ。」
まさか陛下との会話がある等と思っていないエルは緊張で汗が止まらない。しかし、ゆっくりと呼吸を整え自分の考えを述べる。
「こうして拝謁のお許しをいただき、言上の機会を得られました事は恐れ多く感じております。サーム様にはその研鑽の道の末席に加えていただき、不肖ながら弟子として学びの機会をいただいております。我が師が陛下より勅命をいただき、王政への参加を打診される事は私個人としましては非常に喜ばしく弟子として誇らしく思います、一方で師が仰るように自分自身はまだまだ修行の身。後ろに共におります仲間と共に冒険者として歩み始めたばかりでございます。錬金術師としても薬師としてもまだ見習いにすらなれていない身であれば、師の元でまだまだ学びたいと言う思いを隠す事は出来ません。どうか、師と共に研鑽の道を歩む事をお許しいただきたく、誠に恐れ多き事ではありますが師と共に願いを聞き届けていただきたく思っております。」
エルのその言葉に陛下だけでなく、居並ぶ貴族たちまでもが感嘆の表情となる。この幼い子供の口からこれほどまでに見事な言上が語られると誰が考えただろう。それは同い年の貴族の子息であったとしても非常に難しいと言える。その言葉を受け、陛下は一つ頷き言葉を述べる。
「なんと、この幼いエルよりこれほどまで師を想う言葉を聞けるとは。日頃の指導の賜物であろうな。であるならば、エル達を師より離す事は、よもやサームを王政へと迎え入れる事よりも罪な事なのかも知れぬ。しかし、サーム程の才を野で漫然と生かす事はどうしたものか。」
陛下が悩まれている横で、宰相であるサルナーンと防衛大臣のスレッグが膝を付きます。
「恐れながら王よ。私より提案がございます。今、創竜の翼とサーム卿はミラ州ワックルト領にありますレミト村を支援し、孤児院の孤児たちが飢えぬように面倒を見て学問や体力強化の指導を図り、また街の経済を潤し、テオルグ卿より提出された資料によればこの一年でレミト村の収益を2倍以上にも引き上げ村民を移住も含め15名も増やした実績を持ちます。」
「であるにも関わらず、その収益は正当に州都ミラへと報告される事無く、ワックルト領主の懐へと納まっておりました。この事から今、サーム殿が住まわれる地域に近いレミト村の代官の任をサーム卿に任じられるのはいかがでございましょうか?」
「長年の友であるテオルグ卿とサーム卿であれば以前のような怠慢な統治があるとは思えませぬ。それに加え、ワックルト領にはオーレル公爵もおられます。万が一の上の万が一が起こる可能性も潰せるかと。」
二人の提案を聞き、陛下は自身の膝をポンと叩く。
「なるほど!良い案じゃ。サームよ。どうだ。これならば引き受けてはくれぬか。」
「王に対し不敬な発言をしたにも関わらず、これほどの大任をいただけるとなれば、このサーム、断る理由はございません。謹んでお受けいたします。」
「よしっ!決まった!サーム卿、テオルグ卿とアンクレット嬢の元でレミト村とその西にあるケーラの代官としての統治を任ずる。よくよく励んでもらいたい。」
「ははっ!我が忠義は王国と王民の為に。」
陛下は満足そうに頷きながら、エル達に言葉をかける。
「冒険者エル、そして友の者達よ。このような事となった。そなた達の学びの場を奪う事無く治めれた事、ホッとしておる。この先もサームの元で励め。」
「有難いお言葉、光栄にございます。一層に励みます。」
「「あっ..ありがとうございます!」」
陛下は満足そうに微笑み、何度も頷いた。そして、急に表情を改めエルへ言葉を投げる。
「さて、先ほど異なる事をエルより聞いたな。エルは今、いくつじゃ。」
「はい。12の歳になります。」
「ふむ。サームの元で学んでどれほどじゃ。」
「およそ一年と半年になります。」
そこで、陛下の顔が怪訝と変わる。




