表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第三章 蒼月
73/97

03-05.州都ミラ

いつもお読みいただきありがとうございます。

 ミラ州。ロンダリオン王国の北、タリネキア帝国と幻霧の森を境として、統一法制定の後に不可侵同盟が成るまでは国防の最前線とされていた場所。ロンダリオン王国が幻霧の森以外に国境を接している国は三つ。統一国家アウロス時代にアウロスより公爵を賜ったリックモルド公爵によって建国されたモルド公国、小さな民族が寄り添い商業によって国家を形成した自由都市連合シルネガ、そしてタリネキア帝国である。


 ミラ州はその中でタリネキア帝国と国境を接しておりモルド公国と幻霧の森の間にある本当に狭い土地だけが帝国との国境なのだが、その国境では帝国と王国共に巨大な砦を築き、不可侵の中でも最大限の警戒を続けている。

 州都ミラの街の構造は大小の円を二つ重ねた二層構造になっており、外層が市街区、内層が市政区と別れている。ミラの領民のおよそ9割は市街区に住んでおり、市政区には貴族と豪商が住まいを構えている。


 一行は衛兵の案内で馬車のまま市政区にある宿へと通された。てっきり市街区の宿になると思っていたエル達は市政区の豪華な街の造りに驚いてばかりだった。宿と言ってもレンガ造りの4階建ての宿で所謂『貴族向け』に建てられた宿のようだった。

 部屋に通されると今まで泊まった宿とは比較にならないほど広い部屋で、エル達はあまりに広すぎる部屋に落ち着かない気持ちで過ごす。


 そんな中で夕方に一行は領主の屋敷より招待を受ける。エル達を含め全員が礼服に身を包む。着た事も無いような服をいつの間に用意していたのか、リックとルチアもまるで貴族の子供のように着飾ってもらった。

 領主の屋敷は大きさとは裏腹に非常に落ち着いた雰囲気で、言い方を間違えれば質素とも言われかねない作りだった。家宰に通された部屋にはダンとジュリアが先に来ていた。アルシェード家の人達はまだ来ていないようだった。ダンがエル達に近付き久しぶりの挨拶をする。


 「エル、久しぶりだね。」

 「ダン先生、お久しぶりです。申し訳ありません。僕のせいで。」

 「いやいや、僕達はエル達と王都へ旅行に行けるぐらいにしか思っていないから。ちゃんと説明をすれば冒険者ランク剥奪なんて判断にはならないはずだ。まぁ、万が一そうなれば僕らとサーム様と皆でモルド公国やシルネガで冒険者をしても良いじゃないか。」


 ダンがさらっと恐ろしい事を口にする。今回の件の処分が不服なら他国に移ると言っている。しかも大領地の領主の家で。それほどダンは今回のエルの行動は非難されるものではないと考えているのだろう。


 そこへこの屋敷の主が顔を出す。ミラ州領主テオルグ・アルシェード・フォン・ミラである。後ろには婦人と娘だろうか二人の女性を連れていた。サーム以外の全員が臣下の礼を取り、エル達もそれに倣う。サームはテオルグ卿とは旧知の中で爵位としてはテオルグ卿が一つ上の公爵だが、公の場以外での臣下の礼は必要ないと言われていた。


 「ダン!怖い事を言ってくれるな。そなた達がミラ州を離れるなどと想像もしたくないぞ。」

 「テオルグ卿、王都の冒険者ギルドがそのような愚決をする事が無いと分かっているからこその冗談でございます。」

 「ならば良いのだが。........サーム、久しいな。」

 「無沙汰をしてすまない。今回は世話になる。」

 「何を言う!そのような言葉は不要だ。そなたのおかげでミラ州の今がある。....さて、その子がエルだな?」


 床を見つめていたエルに視線が集まる気配がした。サームから「挨拶を」と促される。


 「初めてお目にかかります。サーム・キミアの弟子でエルと申します。この度はミラ州領地ワックルトにて多大なご迷惑をおかけしてしまった事、申し訳なく思っております。」


 エルのその言葉にテオルグは目を見開く。そして楽しそうに笑い出した。


 「なるほどなるほど。噂通りの聡明さのようだ。エルよ、何の心配もせず王都まで向かうが良い。今日一日はサームとの会話を楽しませて貰う故、エルも窮屈ではあろうが我が屋敷での食事を楽しんでもらいたい。他の者もぜひ楽しんでいってくれ。」


 その言葉に深く頭を下げる一同。その後、テーブルに案内される。何人もの使用人がおり、一人に一人が担当として付けられていて食事の世話をしてくれる。エルやリック達に出される料理は食べなれていないだろうからと一口サイズに全て切り分けられており、食事に気を遣う事の無いよう配慮されていた。しかし、そうは言っても座っている人たちに気を遣う。こういう場所に出るとサームや創竜の翼のメンバーが貴族階級なのだと改めて思い知る。

 テオルグの妻であるテルマと娘のアンクレットを紹介される。エル達は緊張しながら挨拶するとテルマはまるで自分の子のように3人を抱きしめ、「サーム様達が可愛がる理由が分かります」と言って離さない。アンクレットが呆れて引き剥がしてくれたが、それが無ければ今宵はお屋敷に泊まる勢いだった。


 テルマはテオルグと結婚するまで冒険者として活動しており引退時には金ランクの長剣使いだった。娘のアンクレットは魔導学校でジュリアと同期であり、お互いに領主の娘と言う境遇が二人の仲を一層深めた。ジュリアが魔導学校を出た後に冒険者になると家を飛び出した時にも、テルマがジュリアの気持ちを理解しジュリアの実家との仲立ちをしてミラ州で見守る事を約束した。

 そんな事もあってジュリアとアンクレットはまるで姉妹のような付き合いをしている。アンクレットは皆からアンナと呼ばれ、今はテオルグの後を継ぐべくテオルグの助手として統治の手助けをしていた。そこで出た話が陛下からのワックルト領主の任命であった。


 「やっとアンナに跡を託せると思っておったのだがな。自分達の足元の不注意でこのような事になってしまった。オーレル卿は元より、サームを含め創竜の翼と竜の牙の調査が無ければ最悪の事になっていたやも知れぬ。そして何よりエルよ。そなたが騒動を治めねば領民に死者が出ていたやも知れぬ。領主として感謝する。」


 エルは慌てて口を拭き、テオルグに礼を取る。治めたと言ってもその騒動は自分が街をうろつかなければ起こらなかった事なのだ。感謝をされる謂れが無い。しかし、テオルグはロタールが決定的な行動を起こすまで泳がせておいたのは領主としての判断だった事も明かし、言い方が非常に悪くなるがエル達がワックルトに滞在している間に確実に事態が動くと予想していた。

 それでも領主の息子として領民に手を挙げる事だけはしないと高を括っていた事が誤算だった。テオルグたちが想像していた以上にロタールが阿呆だったと苦々しく語った。


 王都へはテオルグとアンナも陛下との謁見の為に向かう事になっていた。ダンとレオが護衛を請け負い、テオルグは形だけではあるが州兵を連れて行く事を決めた。

 リック達にも気軽に声をかけるテオルグとテルマ。リック達が孤児院出身だと知り、一人の男を紹介する。ミラ州の州都を守る州兵の部隊長を務めるダレンと言う男だった。


 「リック、ルチア。このダレンも幼き頃は孤児院で暮らしていた。しかし、剣の才能と聡明さに気付いたシスターが私の父にダレンを推挙した。そして幼い頃からこの屋敷で暮らし、日々考えられぬほどの努力を積んでこの州都を守る兵達の長となった。何かお主達の参考になる話があるかも知れぬ。」


 リックとルチアは目を輝かせてダレンに質問をする。ダレンは非常に落ち着いた男で、ゆっくりと一つ一つ質問に答えていく。


 「私がアルシェード家の皆様に助けていただけたように、君達にもサーム卿やオーレル卿、創竜の翼の人達がいる。いつかその御恩に報いれる自分になれるようにお互いに努力しよう。」


 リックとルチアが強く頷く中、サームはエルの事をテオルグに話す。どうしてサームと知り合ったのか、弟子入りした理由などである。その話を聞き、テオルグは膝の上で拳を握りしめその眉間には深い皺を作っている。テルマは目を瞑ったまま、アンナは下を向き涙を流している。


 「なんという事か、オーレル卿が陛下に帝国領の調査を強く訴願されていた理由はこれだったのだな。まさか未成年奴隷の法すらも守らぬようになっていたとは!!」


 感情を昂らせるテオルグだったが、現在エルが帝国側から追われている様子もなく、エルの話ではエル以外に未成年奴隷がいなかった事もあり王国側が事態を重く見なかったのだろうとの竜の牙からの報告だった。


 「この度の王都への訪問で陛下に謁見出来る機会がある。ぜひにこの件を強く陛下へお伝えせねばならんな。このような境遇の子を生み出している可能性が無いと決まった訳ではない。」


 その後もテオルグは優しくエルに話しかけながら今までの事とサームとの生活の事を質問した。サームとの生活に話が移ると笑顔で聞き、どのような勉強をしているか、冒険者としての生活はどうかなど細かく聞いてきた。

 当然、【効率化】のスキルや自分の状態がおかしくなったりする事は話さなかったが、テオルグ達は非常に興味深く話を聞いてくれた。


 「ふむ....錬金術をサームから。薬学をエルボア殿から。冒険者としての修行は創竜の翼の面々。そしてその中で礼儀や商売の事まで学んでおるとは。エル達3人は冒険者の中ではもちろんこの年齢の貴族階級の子息達よりもよっぽど優れた教育を受けているな。」

 「そうですね。父上。普通はこれほどの才気ある子供であれば魔導学校や騎士学校を勧めますが、はっきり言って今の指導者の方が学校よりも何十倍も優秀です。」


 エル達自身も相当に恵まれた環境であるとは思っていたが、公爵の立場から見てもエル達の状況は非常に恵まれた環境だと言えた。騎士学校の教員達の実力は冒険者ランクで言えば金~白銀の手前くらいの実力である。そもそもそれ以上の実力の騎士ならば現場では指揮系統の地位に就いており、学校教員の仕事には就かない。魔導学校も同じくである。

 なので、現役バリバリである白金冒険者が数名で人の入れ替わりはあれど、毎日指導してくれる環境など国の王でも用意する事は難しいかも知れない。


 その環境の中で一年以上稽古を重ねて来た3人。ダンとレオの見立てでは銀ランクの冒険者とならば1対1でも十分に勝負は出来るほどの実力は備えていると考えていた。しかし、そこはまだ経験不足な所の多い3人。どこかのタイミングで一人立ちではないが、3人で冒険者生活を送るようにしてやらなければ成長が止まる。

 それが出来るだけの実力と知識はこの一年間で与えられたつもりだ。


 「では、明日は護衛を頼む。」


 そう言ってテオルグ達が席を立つ。サーム達も全員が席を立ち部屋を出るまで見送る。


 「エル、すまんのぉ。退屈では無かったか?」

 「いえ!すごく勉強になりました!皆さまとてもお優しくて感激しました。」

 「そうかそうか。明日からいよいよ王都へ向かう。まぁ、三日もせずに着くが公爵や州兵達も一緒に行動するのでな。少し窮屈かとは思うが、儂らはいつも通り行こう。」


 一行は屋敷を出て宿に戻る。部屋に戻っても何となく興奮が収まらないエルとリックは、色々と話しながら夜を楽しんだ。


 朝は早めからの行動だった。さすがに公爵一行を待たせるなど出来るはずもなく、夜が明けきらぬうちには外門で公爵一行の到着を待った。公爵一行もその一刻後には門に到着したので、やはり早めに行動しておいて良かった。こう言った所はダンの専売特許だ。


 出発となって街の方から大きな声を出して近付いてくる人影があった。なんとオーレルだった。昨日の深夜にミラに着いていたが、まさかサーム達が王都に向かう事になっているとは知らず危うくすれ違いになるところだった。オーレルにとっては引き返す事になるが、オーレルもエル達と共に王都へ向かう事になった。


 オーレルは本当に久しぶりにエル達に会えたことを喜び、馬車もエル達の竜車に乗る事に決めた。ノエルと会うのも初めてだったが、非常に気に入った様子でノエルもすぐに懐いた。


 「仕事の為とは言え、ワシだけがエル達の指導が出来なかったのは本当に悔しかった。これから二日間だが少しでも3人の力になれるように指導させてもらうからの。」


 竜車の中では、前衛・守備職・土魔法使いで斧も使うと共通点だらけのリックがオーレルに質問の嵐を浴びせた。オーレルも楽しそうに応えながら、オーレル独自の土魔法の習得方法なども教えてくれた。それはオーレルの中では『土遊び』と言われる魔力操作で土に水をたっぷりと含ませて泥の状態にし、それを魔力を使って様々な形に変えていく方法。簡単に言えば魔力操作の魔力球を泥で行うと思えば良い。

 しかし、魔力球と違い重さも抵抗力もある泥の操作は相当に難しい。他の土魔法を使う人達の修練方法として広まっていないのも、見た目に似合わずあまりに難易度が高いからだった。オーレルから言わせればこれをしっかりと思い通りに操れるようになれば、戦闘はもちろんだが建築や魔物達に損傷させられた城壁や建物の修繕にも使えるようになると教えてくれた。


 リックには毎日一時間でも良いから行うように指導していた。

 一日目の野営地には少し早めに入り、全体の野営の調整や警護の打ち合わせなども行った。州兵だけでなく、冒険者も一緒に警護するような事は少ない為、しっかりとした打ち合わせをしないと万が一の時に統制が取れず警護対象に影響が出る事もある。


 打ち合わせが終わり、少し時間があるので稽古をしようとオーレルとダン、ジュリアがエル達に声をかける。やはり皆久しぶりにエル達に会えて、その成長を知りたいのだろう。周りにいた州兵達も少し興味ありげにこちらを見ている。白金ランクの冒険者が子供達にどのような稽古を付けるのか。


 しかし、州兵達の好奇心はあっという間に驚愕の表情へと変えられる事となる。

誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ