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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第三章 蒼月
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03-03.エル、再び....

いつもお読みいただきありがとうございます。

 リックはただその深い蒼に目を奪われる。目の前にいるのはエルなのに、あの優しく屈託ない笑顔の男の子の雰囲気は全くない。蒼の眼を持つ顔は完全に感情を消して、ただロタール達を真っすぐ見ている。膝を付いていたエルはすっと立ち上がりロタールに向かってゆっくりと歩き始める。


 それに気付いた取り巻き達が剣を振り上げながらエルへと走り出す。


 エルがすっと手を男達に向けて差し出すと、エルの足元から四本の稲光が男達へと一瞬にして伸び、男達は弾かれたように後ろの建物へと叩きつけられた。その瞬間、群衆たちは一気に静まり返る。エルの変化にその場にいる全員が気付いたのだ。

 壁に叩きつけられた取り巻き達は体をビクビクと振るわせて、エルの放った稲光が雷属性の魔法であった事がリックには分かった。しかし、リックはエルの行動に絶望してしまう。エルは『命の危険が()()()()()()()()()()状況』で一般市民に対して魔法を使用してしまった。これがどれほど危険な事か。想像は容易い。


 エルは歩みを止めず、ロタールに向かって歩み続ける。ロタールは恐怖に怯えながらも剣をエルに向かって振り下ろした。しかし、エルはすっとロタールの懐へと入り、振り下ろそうとする腕の手首を掴んだ。ロタールは腕を上げたまま動けない。エルが握った手にじわりじわりと力を込める。ロタールはあまりの痛みから持っていた剣を落としてしまい、静寂が包む通りに剣の落下音とロタールのうめき声が響く。

 ロタールは苦し紛れに反対の手でエルを殴ろうとするが、それも簡単にエルに捕まれてしまう。両腕を掴まれ自由を失ったロタールに対して、エルはその場でふわりと飛びロタールの顔面に向けて両足で押し込むように蹴りを放つ。

 蹴りと同時に掴んだ腕は離されており、ロタールは弾け飛ぶような勢いで取り巻き達と同じく壁に叩きつけられる。そこで相手は反撃出来るような状況ではなくなったのだが、エルはロタールの落とした剣を拾い上げロタール達へと近寄っていく。


 そのエルの腕を後ろから必死に抑える手があった。リックとルチアである。必死にエルを止めようとするが、エルは二人に捕まれているとは思わせないほどゆっくりとロタールに向かって二人を引きずりながら歩いていく。


 「エル!!もう良い!!これ以上はやり過ぎだ!!エル!!」

 「エル君!!お願い!もう止めて!!」


 二人の必死の制止もエルには届いていない。感情を失った表情のままロタールに向かって剣を振り上げる。ロタールが情けなく悲鳴を上げる。


 しかし剣は振り下ろされなかった。剣を握るエルの手を完全に制圧している逞しい腕。エルがその腕の方を見ると、レオだった。


 「何をやってるんだ、お前は....」


 呆れた表情のレオの腕を引き離そうとするエルだが、レオは離さない。


 「おっ、結構力あるじゃないか。稽古の成果が出てるな。」


 と、気にした風でもない。エルがまさかの稲光の魔法をレオの体へと流すが、レオは少し顔をゆがめただけで腕は掴んだままだ。


 「馬鹿野郎が....」


 その言葉と共にエルの頬に平手を打ち込むレオ。するとエルの眼がいつもの黒い目へと変わる。そしてボーッとした様子でレオを見る。


 「レオ....僕は....」

 「とりあえずは眠ってろ。後で説明する。」


 そう言ってエルの腹に当身をして意識を奪う。エルをリックとルチアに預け、レオは事態の収拾を図る。群衆の後ろで我関せずと見ていた衛兵たちにレオの怒号が飛ぶ。


 「街に再三の混乱を招いたロタール・ケストナーを捕えよ!!我は白金冒険者にして子爵位を賜るレオ・アイゼンフォードである。この事態の収拾に関しては、ミラ州領主であられるテオルグ・アルシェード卿より委任状も与えられている。見よ!!」


 そう言って懐から見事な飾り文字が施された委任状を頭上に掲げる。それを見た群衆は皆が臣下の礼を取り、衛兵は直ちにロタール達を捕えた。群衆の中からノーラとジョバルがやってくる。その後ろにはヒマリもいた。


 「ノーラ、ジョバル。3人を頼めるか?ヒマリ、俺と共に来てくれ。領主代官と話す。」


 3人は厳しい表情のまま頷く。ノーラがリックとルチアに優しく声をかけ、ジョバルはエルを抱えて直ちにその場を離れた。レオが群衆に向けて語り掛ける。


 「皆、不安な毎日を過ごさせてしまってすまない!事態は必ず収拾させて以前のような平穏なワックルトへ戻すとレオ・アイゼンフォードの名に懸けて約束する。皆、もう少し待っていてくれ。」


 レオがそう叫ぶと群衆からは「レオ様!!頼むぞ!」「この街を頼みます!!」と声が上がる。その声をしっかり受け止め、レオは衛兵と共に領主の屋敷へ向けて歩いて行った。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 エルが目を覚ますとそこに見えたのは、見慣れた森狸の寝床の部屋の天井だった。なぜ自分がここにいるのか。ゆっくりとあの時の事を思い出そうとする。すると、ドアが開けられリックとレオが入って来る。


 「あっ!レオ師匠、エル、目が覚めてます!」

 「そうか....」


 エルを見て驚いているリックと、ため息をついて安心した表情のレオ。自分が何をしてここに寝ているのかを思い出せないとレオに告げる。レオとリックは椅子に腰かけて、あの時の事をゆっくりと話し始める。エルの中でだんだんと補完されていく記憶。ぼんやりとだが思い出せる。自分の体が全く他人の物になったように動かせなくなり、目の前で起こる事に少しの干渉も出来なくなってしまった事。

 怖くなる。自分は何なのか。何者なのか。あの状態は一体どうして起こったのか。あの雷の魔法も今の自分では使えないモノだった。しかし、自分の体の自由が奪われていたあの瞬間、自分であるはずの体が当たり前のように使っていた。


 話し終えたレオはエルにゆっくりと語り掛ける。


 「エル、お前が意識を失ってから三日が経ってる。この間に起こった事を説明しておきたい。良いか?」


 三日?自分は三日間も眠っていたのか。その間に事態は大きく変化していた。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 レオはエル達と別れその足で領主の屋敷へ向かった。現在そこは代官であるトレビスによって管理されている。レオはトレビスにミラ州領主からの委任状を突き出し、現状の問題への対策が成されていない理由を問うた。

 しかし、トレビスから聞かされた理由はあまりに酷いものだった。


 「領主のライナー様よりいかなる事態にも関与する必要無しと命を受けております。ですので、ワックルト領地の中で起こるいかなる揉め事や問題に対して領主として関与する事はありません。それがスタンピートや他国からの侵略であるならば別ですが、領地内で起こる些細な事に領主がわざわざ介入する必要が感じられませんので。」


 領主の息子が陛下より賜った領地でやりたい放題に問題を起こしているのに、それを些細な事と言い放つこの代官の神経が知れない。たしかに死亡者が出た訳ではない。しかし、ロタールの行為によって領民の生活は不安に脅かされている。


 「それを陛下の前でも変わらず発言できますね?」


 レオがそう問うとトレビスの表情が少し緊張する。しかし、返答は変わらなかった。そこでレオが出したもう一枚の書状。それは王家より下された勅令を記した物であり、ワックルト領における今回の騒動を含めた昨今の統治状況に対する王家としての判断だった。


 「レオ・アイゼンフォード子爵がゼグリア・ロンダリオン陛下よりの勅令を拝読する。」


 その言葉を聞いた屋敷にいる全ての者が臣下の礼を取る。いや、トレビス以外の者が。

 レオはトレビスに鋭い視線を投げる。


 「陛下の勅令に対し、臣下の礼を取らぬと言う事はどういう事か。分かってやっているのだろうな?トレビス代官。」


 普段のレオの話し方とは違い、重みのあるゆっくりとした口調はトレビスの緊張感を刺激するに十分であった。トレビスは慌てて臣下の礼を取り、陛下からの勅令を待つ。


 「ワックルト領の数々の圧政と不正の疑惑、そして領地での騒動を調査し精査した結果、ライナー・ケストナーの領主権限を剥奪し、貴族爵も剥奪した後ミラ州からの追放とする。長子ロタール・ケストナーは捕縛の上、王都にて裁判。代官トレビス・ミューは領主の圧政等を知りながら王家へ報告義務を怠り、王政を欺瞞(ぎまん)した行為は許されるものではない。よって王都にて極刑に処す。」


 トレビスは視線を床に向けたまま力なく俯き続ける。屋敷内の使用人や衛兵も勅令に驚きを隠せない。レオは続ける。


 「新しい領主が定められるまでは、ミラ州領主テオルグ・アルシェード・フォン・ミラが娘、アンクレット・アルシェードに臨時領主を命じる。なおワックルト代官は王国公爵オーレル・ロンダルキアが代理で勤め、これも代官が正式に定まるまでとする。尚、この勅令は王都にて既に陛下自らによって発せられており、ライナー殿に関しては既に王都にてこの勅命を受けられている。」


 ワックルトでの教会との癒着やレミト村を含むワックルト領の町村への圧政、他にも様々な領主統治の怠慢と取れる事象は創竜の翼と竜の牙によって事態は速やかに王都へと報告されていた。

 竜の牙には鷲と鷹を飼う者が数名おり、それを使って王都への報告と王都からの勅命が速やかに伝えられた次第だ。王都からミラ、そしてワックルトへと数カ所の地点に人員を配置しその区間を鷹と鷲を飛ばしていた。


 王城では多少の混乱はあったものの、オーレルの尽力により可及的速やかに決断は成された。ワックルト領主のライナー・ケストナーは直ちに王城へ招致され、宰相のサルナーン・ルブルトンによって事実の確認が行われた。ライナーは反論したが、それを跳ね返せるほどの証拠が既に用意されており、ライナーは事実を認め爵位を剥奪された上で、王都からも追放された。


 息子のロタールに関しては衛兵と共に昨日、王都に向けて護送されていった。恐らく何らかの罪で王都も追放となるだろうが、レオの見立てでは王都を出たあたりで秘密裏に処理される事になるだろうとの事だった。エルはそれを聞いて驚くが、領民へ直接危害を加えて追放だけで処分を終えてしまうと、ロタールがワックルトに戻って領民に再度危害を加える可能性が無い訳ではない。なので、そのような事が無い様に領民への報告は追放だが、実際は極刑だったと言う事だ。


 刑が重い様に感じるが全ての刑の裁量の根底にあるのは「領地の統治を怠り王都への報告を欺瞞した」と言う事なのだ。それが帝国と領地を接するワックルト領で起こったと言う事も大きく関わっている。今回のワックルト領内で起こった騒動によって、王家から全領主に向けて統治の見直しと引き締めを通達されるほどだった。


  ◇◇◇◇◇◇◇◇


 「と言う事だ。理解出来たか?」


 戸惑いながらもレオの問に頷くエル。今回の騒動の裏でワックルト領内では数々の不正や圧政があったのだ。その一つにレミト村への孤児の押し付けもある。教会に必要以上に接触し便宜を図った。当然、その見返りに幾ばくかの金を受け取ってもいただろう。

 このような不正がいくつも発覚した。どうやら領主に就任した当初から不正があったらしいので、恐らく投手候補に挙がった頃から教会は唾を付けていたのだろう。王家は教会に対して体制の見直しと活動の是正を図るように()()()()をした。教会はそれに対してそのような事実は無く何者かによる捏造だと反論したが、王家はそれを一切認めなかった。今回の一件で王家と教会の間には大きな溝が出来た事は誰の目にも明らかだった。


 そして、もう一つの大事な報告をレオはエルに告げる。


 「エルがロタール・ケストナー含めた5人に対して魔法を含む危害を加えた事に対して、数名の領民から報告があり冒険者ギルドが事実確認の連絡があった。」


 エルはレオから目を逸らさない。自分の体の自由が何かしらの理由で奪われていたとは言え、あの時の自分の行動に恥ずる所は無かったからだ。


 「間違った事はしてないって顔だな。」

 「はい。あの時、領民の皆さんの命を守れる方法はいち早く5人を制圧する事でした。その一点に置いて僕は間違った行動はしていないと断言できます。それによって冒険者ランク剥奪になるのならば、もちろんしっかりと受け入れます。」


 レオはふぅっとため息を付く。レオはグッと厳しい表情でエルに決定した事実を告げる。


 「エルの身元引受人であり師匠であるサーム・キミア侯爵、そして創竜の翼にもワックルト冒険者ギルドと王都にあるロンダリオン冒険者ギルド本部から事情調査の為に呼び出しがかかった。」


 それを聞いたエルは動揺する。どんなに自分の行動に恥ずべき所は無いと言っても、それは自分個人だけの話である。サームやレオ達に類が及ぶ事は違う問題だ。


 「サーム卿には今、ヒマリと竜の牙のメンバーを迎えに行かせてる。恐らくあと二日ほどでワックルトに到着するはずだ。到着後、サーム卿とオレ、そしてエルとリックとルチアはワックルト冒険者ギルドで事情聞き取りが始まる。その後、その内容を持って王都に赴き王都の冒険者ギルドで更に事情説明を行う。そこで何かしらの判断がなされる。」


 エルは「分かりました」とレオに返事をする。その表情を見てレオはエルが自分の行いに後悔が無い事を悟る。そこまでに自分の中で覚悟を持って行動したのだろう。そして、リックから聞いた最後のエルの様子はあの日の馬車の中でのエルと同じだった。

 蒼い眼でこちらからの言葉に何も反応が無かった。しかし、先ほどのエルからの報告を聞くと、今回はエルにも意識はあった。しかし、体を自分の意思で動かす事が出来なかった。

 同じようで大きく違う。これはサームが合流した後にしっかりと話し合わなければならない。だが、まずはギルド側がどう言った判断を下すかによる。最悪ギルドランク剥奪となれば、エルは大きく心を挫く事になる。


 慎重に慎重を重ねた判断が必要になる。

誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。

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