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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第三章 蒼月
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03-02.暴動

いつもお読みいただきありがとうございます。お待たせしております。以前に比べると少しゆっくりなペースになりますが、マイペースに投稿出来ればと考えております。またお付き合いくださいませ。

 一行の馬車がワックルトの街へ到着すると、街の様子が何やらいつにも増して緊張感があるように感じた。通りに人はいるものの、いつものような賑わいや笑顔が人々の中に少ない様に感じられる。違和感を覚えながらも一行は馬車を『森狸の寝床』へと向かわせた。


 宿の中はいつも通りでノーラとジョバルもいつも通りの笑顔で迎えてくれた。レオは街の様子をノーラに尋ねた。するとノーラは途端に不機嫌になり、愚痴をレオにこぼし始める。


 「何って事はないさ!ロタール様のせいだよ!」

 「ロタール?って言うとワックルト領主のライナー・ケストナー様の息子だったか?」

 「そうだよ!最近、何が気に入らないんだか、街の中で好き放題やってくれてんだよ!まぁ、うちはさすがに元白金冒険者って事を知ってんのかやってきやしないけどさ。」


 話を聞けばこの半年ほど前から領主の息子であるロタール・ケストナーが街の中で傍若無人な振る舞いをするようになった。特に小さな商店や露店を営む市民に対して理由もなく暴力を振るったり、店の売り物を金も払わずに持って行ったりと好き放題をしているらしい。


 エル達は領主の息子と聞いて背筋に力が入る。そうだ。あのギルドで何度か揉めたあの男だ。

 サレンさんの話ではその後、ロタールは冒険者ランクをギルドから剥奪され、仲間の数名はランク凍結となり、数年間は強制依頼を受注する罰となったと聞いた。ロタールに関しては冒険者ギルド内への立ち入りも禁止されているらしく、もし街中でもめ事になる様なことがあれば冒険者ギルドに逃げ込むようにして欲しいと助言された。


 「衛兵や領主はどうしてるんだ?」

 「どうもこうもないよ!領主のライナー様がこの街にいないんだ。代官くらいじゃあの馬鹿を止められないのさ。衛兵も自分の仕事を失いたくないから見て見ぬふりだよ。ホントに困ったもんさ。」


 いつかは来るであろうと思っていた事がこうも早く起こってしまうとは。レオは今の創竜の翼と竜の牙の動きをノーラ達に説明する。それを聞いたノーラは一先ず気を落ち着けてくれた。サームとオーレルの動きを理解してくれたノーラは「じゃあ、あと少しの我慢だね」と仕方なさそうに言葉を吐き捨てた。


 「エル、リック、ルチア!久しぶりだね。いつもの部屋は空けてるからね。まずは荷物置いてゆっくりしな。今日は3人の好きなボアステーキだからね。それまでに風呂を済ませて疲れを取りな。」


 エル達に向かい合ってくれた時にはノーラはいつも通りの笑顔に戻っていた。3人は二階へと上がり遠征の度に使わせてもらっている部屋へ自分達の荷物を落ち着かせる。そして、少し早めの風呂に入る。その浴場の中でリックがエルに問いかける。


 「ノーラさんが言ってたのって....」

 「うん。あの講習会の時にヴィオラに絡んでた人の事だね。」

 「領主の息子って言ってたのは本当だったんだな。」


 リックの表情もエルと同様晴れない。まさかこれほどまで長い時間が経ってまだ自分達に関わり続けるとは。レオは心配するなと言ってくれたが、ワックルトにいる間は確実の相手のテリトリーにいるのだ。ロタールの自尊心を大きく傷つけた自分達をもし見つけたら、どういう行動に出るかは容易に想像が付きそうな所だ。

 3人はそれぞれに不安を感じながら夜を過ごした。


 明くる日、3人は冒険者ギルドへと向かいクレリノと話をする。もう冒険者として銅ランクになり、もうすぐ街の外での活動が始まる3人をレオは出来るだけ自分達で行動する事も覚えるべきだと今回は依頼に出るわけではないので、3人だけで行動させた。

 3人が冒険者ギルドへ来たのは、ノエルと共に使う為の荷車をどれにするか検討を付ける為だ。クレリノが事前に調べてくれた馬車屋と家具屋の二軒にクレリノ同行で行き、自分達の欲しい荷車をそれぞれに伝えると、馬車屋の主人は非常に忙しそうで子供が荷車を買いたいと伝えてもそれほど儲け話になると思わなかったのか、随分な態度であしらわれた為3人はこの店に頼むのを止めた。


 家具屋は荷車を作って欲しいとの要望に最初は戸惑っていたが、話に興味を示し店主も荷車を作るのは初めてだから期間に余裕を持ってもらえるならぜひ引き受けたいと答えてくれた。エル達もそれほど急いだ話でもなかったので、ワックルトへ来る度に何度か家具屋へ通って自分達の要望を店主に理解して貰う事にした。

 話は終始にこやかに終わり、今後も良い付き合いが出来そうで3人も安心した。


 そんな時だった。


 「店主はどこだっ!!?」


 奥の作業場で話していた一行は表の入り口の方から聞こえる怒声に振り返る。何事かと走っていった店主を見送るとすぐに表の売り場から大きな音が響く。

 エル達が慌てて売り場に向かうと、店主が数名の男の一人に胸ぐらを掴まれていた。ドアが開け放たれたままの店の外には何事かと集まる近隣の住民や通りすがりの人が集まり始めていた。クレリノはすぐに腰に下げた道具袋から笛を取り出す。


 「皆さん、耳を塞いでください。」


 クレリノのとっさの一言にも、ほぼ脊髄反射的に耳を塞いだ3人。クレリノはそれを確認して笛を思いっきり吹いた。

 その大きな音は店から外へと大音量で響き、外にいた人だかりでさえも耳を塞ぐほどだった。


 「なんだ!!うるせぇなぁ!!」


 奥の一行に怒声を飛ばす男達の中に、あのロタールと一緒にギルドで騒ぎを起こした男がいた。男がエル達に気付く。驚いた表情を見せて他の男達に声をかけて店を出ていく。

 どうやら大事には至らずに済んだようだ。クレリノが店主に話しかける。


 「あのような輩はよく来るのですか?」

 「この半年ほどは。周りの店もそうですが、治安維持に必要だと金を要求してきて。私らからするとあれが治安を乱しているのですが....」


 ロタール・ケストナーの取り巻きの男達が住民達に金銭をせしめている。話を聞けば暴力を受けた者もいたようだ。ギルド職員が話を聞いているので、周りの住民達からも同様の被害にあったと何件も聞かれた。

 なぜここまでの騒ぎになっていて衛兵はおろか、代官は何も手を打たないのか。この事態が長引けば間違いなく領主にとって不都合な事になる事は目に見えている。にも関わらず、何も手を打たない。何か目的があっての事なのか、それとも本当に単にロタールに逆らえないだけなのか。


 その場を収めてギルドへと戻る。とりあえずは荷車の事は解決したが、どうしても気分は晴れない。このままではワックルトの治安にも関わる。ギルドで話を聞くと、ロタール達は冒険者相手には嫌がらせや暴力行為は行っていないらしい。それは冒険者はロンダリオン王国においては独自の法律で守られており、もし王国内で無抵抗の冒険者に対して危害を加えた場合に、冒険者は命の危険を感じた場合のみ防衛を理由とした攻撃行為が認められており、その中で危害を加えた者に対して怪我や死亡させてしまったとしても冒険者は極刑を受ける事は無いと定められている。


 なので、王国内で冒険者に対して喧嘩を売る者は愚か者とされており、冒険者自身も厳しいギルド内の規律によって行動を制限されている為、住民や民衆に対して理不尽な行動・言動は取れない。

 こうして互いに規制をかけて縛る事により王国内の治安を守っている。しかし、今回は冒険者が尊大に振る舞った訳でも一般民衆が冒険者に対して危害を加えている訳でもない。いわゆる統治する立場にいる貴族の一族が自分達の納めている地域の民衆に対して危害を加えている。

 この場合、訴え出るべきはワックルトが属するミラ州の州都ミラにいるアルシェード家に対して申し立てを行うしかない。しかし、貴族階級に対して一般民衆が申し立てを行う等と言う事はほぼ起こらない。申し立てをしても揉み消される事がほとんどだからだ。それほどまでに貴族とは特権階級なのだ。今回もロタール自身がその事を熟知しているからこそ、民衆からの反発は揉み潰せると確信しているのだ。だからこれほどまでに酷い行動を取り続けているのだろう。


 サームやオーレルを含めた創竜の翼のメンバーが動いているとは聞いているが、それがどこまで効果があるのかも分からない。実際に目の前では民衆たちが被害に合い続けているのだ。エル達からすれば悶々とした気持ちで過ごしていた。


 ギルドからの帰り道、自分達の後ろから駆け足で何人かが近付いてくる足音が聞こえる。


 「おい!!お前ら、待てッッ!!」


 エル達が振り返るとロタールが取り巻き4人を連れて追いかけて来た。周りの人たちはロタールの顔を見た瞬間に道を空ける。エル達が絡まれているのを見て、止める事の出来ない事を申し訳なく感じている表情だ。


 「貴様!やっと見つけたぞ。」


 エルはマズいと感じたが表情には出さない。ジッとロタールを見ている。


 「何の御用でしょうか?」

 「あの時の事を忘れたとは言わせないぞ!!ずっとお前らを探してたんだ!!」


 まぁ、執念深い事だ。まだサームと出会ったばかりの頃の自分ならこんな事を言われたら震えていたのかも知れないが、もうこの一年近くずっとレオ達に稽古を付けてもらってきたエル達はそれなりに度胸が付いてきている。


 「忘れた....ですか?何の事をでしょうか?」

 「とぼけやがって!!!冒険者ギルドの事だ!」

 「あぁ~!サレンさんに綺麗にすっ飛ばされた時の事だよ。エル。」


 リックが答えた事にエルが「あぁ~」っと何かを思い出すような表情をする。すると周りの群衆から少し笑い声が漏れる。ロータルが群衆を睨むと下を向いてしまった。


 「確かに覚えてます。綺麗にすっ飛んでましたね。あの時打った頭は大丈夫ですか?」

 「貴様!殺されたいのか!?」

 「殺す?僕たちをですか?」


 瞬間、エル達3人の目にグッと力が入る。周囲の空気が一変するのをロータスだけでなく、取り巻きや群衆も感じた。群衆たちは本能的に更に揉め事から距離を取る。


 「おっ....お前!俺に手を出したらどうなるか分かってるのか!?」

 「申し訳ありませんが、僕はこの街に住んでいる訳でも無いのであなたがどなたかも知りませんし、話を聞いているとあなたは相当街に住んでいる皆さんに迷惑をかけているようです。その台詞はお返しした方が良いかもしれません。」

 「貴様!貴族に手を出せば街の者にも責が及ぶぞ!」

 「情けない人ですね。自分でどうにも出来なくなったら親に頼るんですか。そんな事だから冒険者としての立場も維持出来ないんですよ。」


 エルはどんどんとロータスを煽り刺激する。リックとルチアは群衆にそれと無く声をかけ更に距離を取るように指示する。エルとロータス達を中心に大きな輪が通りには出来ていた。


 「クソガキが!!おい!思い知らせてやれ!」


 ロタールの掛け声に男達が反応しエルへと襲い掛かる。群衆は息をのむが、その心配は一瞬で意味を失くした。体の大きな男達がまだ体の小さな男の子にあっという間に制圧されたのだ。男達の拳やナイフは空しく空を切り、エルのナイフの柄が腹や胸にめり込み一撃で悶え倒れた。

 4対1、しかも相手は子供だ。絶対的有利のはずだった。しかし、自分の取り巻き達は通りに倒れ込み動けなくなっている。ロタールは目の前に広がる光景を理解出来ないでいた。


 「もうこんな事は止めてください。いつか膨れ上がった不満にあなた自身が潰されてしまいますよ。」


 エルがロタールに告げるが、聞こえていないようだ。それほどまでに動揺している。すると、群衆の一人が「帰れ!お屋敷に帰れ!」と叫ぶとそれはだんだんと群衆のあちこちで聞こえるようになり、一つの大きなうねりへと変わっていく。

 ロタールはその声に苛立ちながらその場を立ち去ろうとするが、気持ちが収まらない。倒れ込んでいる自分の取り巻き達を蹴り上げ、無理やり立たせる。その場を離れようとした時、群衆から歓声が起こる。


 その言葉が引き金だった。

 ロタールは腰に下げている剣を引き抜き、一番近くにいた少女にそれを振り下ろす。隣にいた母親が咄嗟に少女を庇うが、その剣は母親の体をかすめ斬った。

 群衆から怒声が起こりロタールに掴みかからんとする者が出そうになるが、その者に剣を向けて「不満がある者は前に出ろ!全員叩き斬ってやる!!」とロタールが叫ぶ。


 エルは目の前の光景を信じられなかった。なぜこうまでして自分の力を誇示するのか。状況はどう考えても不利で覆しようが無かったはずだ。この男はなぜ........

 すると倒れていた取り巻き達も剣やナイフを抜き、周りの群衆を威嚇し始める。通りは統制が取れなくなりそうなほどの激しい感情が渦巻いていた。


 「なぜ....どうしてなんだ!なんで、こんな事を....」


 エルは絶望に膝を付き頭を抱える。リックが駆け寄り、エルに声をかけるがその言葉は空しく風に溶ける。


 そして、エルが再び顔を上げた時、リックが見たものは深い深い蒼の眼のエルだった。

誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。

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