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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第三章 蒼月
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03-01. 三人の成長

いつもお読みいただきありがとうございます。これより第三章の開始となります。今後は一週間に一話くらいのペースで投稿出来ればと思っております。また今後もお付き合いいただければ幸いです。

 今なお謎多き幻霧の森。その中に切り開かれ広場となった場所がある。森に住む深緑の賢者サーム・キミア侯爵が住む小屋はこの1年で随分と賑やかになった。森の中でひっそりと一人、調薬と錬金を研究していたサームの元に一人の未成年奴隷が訪れた。自分の調薬した薬などの納品を代行してくれていた白金ランク冒険者クラン創竜の翼の面々が森でその未成年奴隷を発見し、ここまで運び込んだのだ。

 最初は怯えていた未成年奴隷エルも少しづつ心を開いてくれたようで、サームの弟子として調薬と錬金を学びながら冒険者を目指す事となった。


 そんな中で森の外にあるレミト村の孤児院で出会ったリックとルチアの二人の孤児がサームと創竜の翼の孤児院への支援によって冒険者を目指す事となり、エルとパーティーを組む事となった。その頃には創竜の翼の面々が森の小屋に一緒に寝泊まりをし、エルの指導と護衛を買って出てくれた。

 エル達が冒険者として自立する為に森での共同生活にリックとルチアも限定的に加わった。戦闘だけでなく、魔法・知識・礼儀や商売をする為の知識に至るまで様々な指導が行われた。そして、竜人族の血を引くヒマリがエル達の指導に加わり、訓練は更に濃度と強度を増した。


 そして、半年の時が流れた。


   ・・・・・・・・・・・・・


 今日もしこたま殴られた。起き上がれない。数か月前に比べればもう少し手は抜いてくれて稽古になるようにはしてくれてはいるが、全く相手にならない。今日も3人揃って空に向かって仰向けに倒れている。


 「どうだ?生きてるか?」


 倒れているエルをレオが覗き込む。嫌味の無い笑顔が今のエルにはツラい。悔しさが滲み出てしまう。


 「また何も出来なかった。これは訓練になってるの?」


 不貞腐れたようなエルの言葉にレオは笑いながらエルの手を引き体を起こさせる。


 「お前たちが思うよりもお前たちの体は成長してる。現に一番最初に比べれば一撃で倒されなくなったじゃないか。少しは急所外せるようになってきたろ?」


 そう言うレオにリックが噛みつく。


 「でも!それはレオ師匠やヒマリ先生が手を抜いてくれてるからで....」


 勢いの良かった言葉がだんだんと尻すぼみになる。それを聞いていたレオが苦笑いしながらヒマリに言葉を投げる。


 「こう言ってますが?ヒマリ先生。」

 「最初に比べれば数段反応は良くなってる。どうしても一番一番終える度に叩きのめされてるから成長してないように感じるだけ。結果だけを見てはダメ。過程を感じないと。」


 木剣にささくれや割れが無いかを確認しながら答えるヒマリの言葉を受けてレオが言う。


 「だそうだぞ?」


 そう言われてもなかなかそうですかと納得は出来ない。この半年で確かに体は成長し買った防具も一度ワックルトで成長した体に合わせて調整し直してもらったくらいだ。

 3人はようやく冒険者ランクも銅ランクとなり、今度ワックルトへ行く時には街の外に出て採取や魔物討伐の依頼も受ける事になっている。いよいよ冒険者としての生活が本格的にスタートする。どうしてもワックルトと森の往復をしながらの冒険者生活は他の冒険者に比べて受けられる依頼の数が少なくなる。それを表すようにこの半年でヴィオラ達のパーティーが先に銅ランクに上がった。

 その時はリックとルチアは相当に悔しがっていた。普段顔を合わせれば本当に仲がいい二組のパーティーだが、お互いに活動を気にしているようで意識し合って競い合っている。初めてゴブリンの討伐依頼を達成した時の興奮したエドガーの顔がリックは未だに忘れられない。


 しかし、焦ってはいけない。自分達には自分達に合ったペースがある。

 今回の遠征は銅ランクになっての初めての遠征だ。色々とクレリノとも話し合いたい事が増えた。今回の護衛はレオとヒマリだ。ジュリアは創竜の翼のギルド依頼で小屋を離れた。もう2ヶ月ほど前になる。最近は創竜の翼も忙しくなってきているようで、もしかすると全員で依頼に行く日もあるかも知れないと数日前にレオから告げられた。

 そうなるとエルとサームは森での生活となり、しばらくは遠征は休む事になる。しかし今までずっとサポートしてもらっている。これ以上甘え続ける訳にもいかない。自分達で自立を本当に現実的に考えないといけない。しかし、サームからの調薬や錬金の指導はこの森にいなくては出来ない。どうすればいいのだろう。


 そう言った悩みの中でも時は流れを止めない。エルのサームとの修行も主に指導されるのは調薬から錬金術に移り、今は目下鉱石の勉強と近くの山へ鉱石掘りに行く事が増えた。

 今は錫や銅などをインゴット化する作業を行っている。錬金術と言うよりは彫金や鍛冶の作業と言った方が近いかもしれない。


 それに伴って小屋の近くには炉が構えられた。炉とは言ってもそれほど本格的な物ではない。製鉄やミスリルを鋳溶かすにはこの炉では温度が足りない。それにそこまでの作業を始めたら今度は鍛冶の部類に入ってくるので、新たな指導者が必要になってくる。

 ただその中でもエルの新たな才能が開花していた。それはインゴット化の作業の中でサームがエルにミスリル鉱石へ魔力を流し込む作業を試させた時の事だった。

 エルの魔力は反発を起こすこと無く鉱石へと流れ込んだ。ミスリル鉱石を鋳溶かす作業は鉱石へと魔力を流し込みながら行う必要があり、鉱石をただ高熱の炉に放り込んでも何も変化は起こらない。


 しかもそれはエルだけに留まらず、ルチアにも鉱石へ魔力を流し込む才能がある事が分かった。それは偏に日々の魔力操作練習の賜物である。流し込める魔力量や速さはエルに及ばずとも魔道具や魔導武具を作るのには何の支障のないレベルであった。


 レミト村へ向かうエル達。今回はかなり厳しい道程となった。いつもならば周りに警戒しながらおよそ丸一日をかけてレミト村へと向かう。半日ほど歩き一泊して次の日の昼にはレミト村へ到着するのがいつものスケジュールだった。

 しかし、今回は早朝に小屋を出発して日暮れまでにレミト村に到着するつもりだとレオから告げられた。となると、森の中はほぼ走り続ける事となる。しかも先頭を走るルチアと後方を走るエルは常に索敵をしながらのダッシュだ。ルチアは索敵スキルでもある空読みも併用しながらとなった。

 これは自分達が思った以上に精神力と集中力を必要とした。幸運にも一度も接敵する事無くレミト村には到着出来たが、レミト村の入り口をくぐった途端、ルチアはその場に倒れ込み意識を失った。


 これは魔力切れでも体力でもなく、あまりに張り詰めた緊張感の中で丸一日走り続けた結果、レミト村と言う安全地帯に入った瞬間に体が勝手に意識のスイッチを切ってしまったような状態になった。恐らくルチア自身も自分が気を失った事に目が覚めるまで気付かないだろうとヒマリが教えてくれた。


 ルチアの回復を待ってワックルトへと向かう事になった。目が覚めたルチアは自分が倒れてしまった事を非常に悔しく思ったようだ。ヒマリが丁寧にスキルの使い方、どの場合は索敵を緩めて良いのか、逆に厳重に警戒しなければならない時はいつなのか等を教え、常に厳重警戒する癖のあるルチアにスキルの使用バランスを教えていく。


 レミト村は現在建築ラッシュだ。新たな村人の為の家が数軒建てられており、エル達もずっとお世話になっている宿屋もついにレンガ造りの宿となる。新たな土地を構えて今の宿を経営しながら新築している。

 これだけの変化がありながらも未だに孤児院へワックルトから孤児が送り付けられてくる。シスターから聞いた話では、ワックルトでは街で孤児の姿を見かけなくなり治安が高まっているとの話らしいが、当然レミト村へ孤児を押し付けていれば必然的にワックルトの教会が管理する孤児は少なくなる。自分達の役割を他へと放り投げて評価を高める。やり口は卑劣だ。

 孤児院への支援増額をシスターに提案したレオ。しかし、シスターは笑顔でこれを断わった。個人での支援の輪が広がりを見せているのももちろんだが、孤児たちが村の中で出来る仕事も増え孤児院裏の畑も村人の手を借りながら少しづつ大きくなって収穫できる野菜も増えてきている。

 自分達で苦境を乗り越えるだけの体力を少しづつ付けている孤児院にレオは頼もしさを感じた。


 しかし、やはりこの状況でもワックルトの施政が改善されている兆候が見えない事が心配だ。ワックルトの領主であるライナー・ケストナーは父よりワックルト統治を受け継いだ二代目の領主だ。父は冒険者滞在数を拡大させて幻霧の森に入るランクの制限を設けて、ワックルトの辺境都市としての役割を全うし発展させた。

 それを引き継いで更なる発展を民衆は期待していた。しかし、領主はほぼワックルトに滞在する事無く王都にてその収入を浪費する生活を送っているらしいとの噂も聞かれる。悪政の噂は他の村からも聞こえてきている。ワックルトと言う地域一帯の統治にライナー自身は関わらず、現地の代官にほぼ丸投げになっているようだ。


 と言う事はこの酷い状況はワックルトにいる代官によって引き起こされていると言う事になる。竜の牙からの報告でも領主の屋敷にたびたび特定の商会や教会関係者が出入りしていると報告があった。恐らくは何かしらの賄賂や優遇措置を引き出して、商会や教会の勝手な振る舞いを見て見ぬふりをしたり最悪は手を貸す等の事をしているのだろう。


 サームとオーレルからもこれ以上この状況を見過ごすと、民衆の生活に多大な影響が出始める可能性が大いにあると告げられ、オーレルは竜の牙からの報告を持って王都へと向かったのは半年以上前だ。逐一報告は来ているが、国はこの状況を全く認知していなかったらしい。オーレルは国王からの指示を受けてワックルトに向けて帰路についたと報告も来ている。


 ルチアは少しの休憩を挟んでワックルトまでの道のりは馬車の中で休む事になった。ルチアは大丈夫と言い張るが、ヒマリがそれを認めなかった。戦力が揃っている時は休める時に休む。仲間を信頼して自分の実力を発揮できる状態にする事もパーティーとしての大事な役割。そう言われてしまえばルチアは納得するより他ない。

 ちなみに今回はノエルはお留守番である。最近のノエルは成長著しく、もうすぐ馬車を曳いても問題ないほどに体も大きくなっている。その事も含めて今回は本格的に竜車として使う為の荷車を選ぶ事も予定に入っている。


 リックは御者席に座り上手く馬達を導く。ここ最近の遠征ではリックが御者を務める事が多くなった。ダンが依頼で小屋を離れて以来、リックが率先して御者に立候補した。当初は貸し馬車屋の御者が同行していたが、この半年でリックの上達ぶりを認めてくれて同行しなくなった。当然、馬車の借り賃も安くなった。

 リックとしても3人で依頼を受けるようになれば誰かが御者をしなければならない。ダンのように索敵しながら馬車を操るのは、今の自分達にはまだ経験が足りない。そこでリックが御者を務め、エルとルチアに索敵を頼むと言う構成で行こうと相談した。


 この半年で3人は体力や体つきだけでなく、精神的にも大きく成長した。それはヒマリの指導方法にも大きく影響を受けている。ダンやレオとの実戦練習も基本的には3人に対応策を考えさせて稽古しているが、ヒマリはそれにも増して先制攻撃主体である上に、ざっくりとしたヒントを与えるだけで絶対に3人へ上達の道筋は見せない。何度も何度も倒されながら何通り何十通りのやり方を試す。そうやって自分達で最良の道を見つけさせる。

 それが3人が精神的にも大きく成長できた要因だ。当然稽古の時だけでなく、採集の時や移動の際にも3人だけで話し合っている姿を多く見かけるようになった。そして、自分達が出した答えをヒマリ達に相談してアドバイスを貰う。そうやって経験を重ねていった。


 今まではレオ達に教わる事が申し訳ないと思っていた3人だったが、ダンとジュリアが小屋を離れた事でいつまでも創竜の翼の皆が傍にいてくれる訳ではないと、頭では感じていたものが実際に近付きつつあると理解し、遠慮する事無くこの機会を最大限に活かす方向へと考えを切り替えていった。


 そうして過ごした半年の間にエルは調薬の技術をさらに磨き、【効率化】を使って作成できる薬や試薬も増えた。錬金術の勉強の中で訪れた鉱山のおかげで、エルボアから出されていた課題の研磨薬の素材も無事に発見する事が出来た。今回は研磨薬の出来をエルボアに見てもらう事になっている。


 成長した3人を乗せた馬車はゆっくりと草原の中を走っていく。

誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。

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