02-32. 始まりの覚悟
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そこから先はひたすらに叩きのめされるだけの訓練。今までのレオ達との訓練はエル達が攻める事に対してレオ達が反応すると言う力関係だった。しかし、ヒマリとの訓練はひたすらにヒマリからの先制攻撃が襲ってくる。その攻撃に3人共が反応できない。あっと言う間にリックが意識を落され、あまりの素早さに呆気に取られていた隙に今度はエルが投げ飛ばされる。そうなってしまうと後衛職のルチアは為す術がない。目の前に立ったヒマリが木剣をそっと首筋に当てる。
これほどまでに何も出来ない訓練は初めてだった。落ち込む3人にヒマリが教える。今までの訓練は自分達が先行する状況が主だった。しかし、今後は自分達よりも速さがある魔物等と対峙した時に自分達がどう立ち回るかを考えなければならない。
戦いの状況は一つとして同じである事は無い。毎回違う場所で相手も変わる。天気・自分達の疲労度合いも違う。その全てを判断し、即座にどう戦うかを決定しなければいけない。今回は上位冒険者と本気で対峙するとどれほどの実力差があるのかを知ってほしかったようだ。それでもヒマリはレオやダンが本気を出せば今のヒマリでも歯が立たないと断言する。
そしてこれからの訓練には少しづつ魔法を組み込んだ連携も入れていくようにしていく予定だとジュリアが言う。どんどんと訓練の強度も難易度も上がっていく。しかし、ヒマリは3人に決して焦る事無く一段一段階段を昇るように足元を確認しながら訓練をする事を繰り返し伝える。
戦闘訓練の時には本当に人が変わったようになるヒマリ。常に冷静で感情が表に出ないような印象を受ける。訓練自体は常に先手を取る形で攻め立ててくる。しかし、一たび訓練が終わり一緒に食事をしたり畑の世話や掃除などをしている時には少女のような純粋な部分が多々見える。
意外に知らない事が多く掃除に至っては今までほとんどした事が無いようだった。
特に採集に出た時などはエルに「これは何?」「なんの効果があるの?」など質問攻めにし、エルもそれに答えるのが楽しかった。採集から戻り素材の状態によってすぐに調薬で使う物と納品に回せる物に分けたりしていても、本当に興味深そうに手順を見守り次に行く時には自分もしてみたいとワクワクしている様子はどちらが年上なのか分からなくなるほどだった。
「楽しかったわ!また行きたい!ねぇ、エル。どれくらいの頻度で採取してるの?」
「その時の森の状態や天気によっても変わります。雨が降ってない日が続いたりすれば植物を抜いてしまうと森全体の力が弱まるってお師匠様から教わったので、雨が降ったら二日くらいして森がしっかり雨を受け止めてから採取するようにしてます。でも、幻霧の森は意外に雨は多いと思います。」
それを聞いたヒマリはワクワクした様子で小屋の窓から空を見ていた。
「ホントにサーム様は森の事をよくご存じね。まるで相手と話し合って体の具合を聞きながらお付き合いしてるみたい。」
小屋の外からノエルが窓際のヒマリに「どうしたの?」と言った感じで構ってほしそうに近付いてくる。ヒマリはノエルを楽しそうに撫でながら話しかける。
「お前も良いおうちに来られたね。もう少し体が大きくなったら荷車も簡単に曳けるようになるから、そうしたらエル達を助けてあげてね。」
ヒマリの言葉にノエルは分かっているのか「キュルルル」と可愛く鳴いた。エル達もノエルとは少し意思疎通が出来ている感覚はあるが、ヒマリとノエルのそれは会話しているかのようにヒマリが話しかけてノエルの気持ちを汲み取っているように感じる。
ヒマリがノエルを撫でながら、エル達に視線を投げる事無く話しかける。
「これからが本当の意味での冒険者としての生活になってくるよ。」
「...........」
エル達は今までが準備期間だと言う事は何となく気付いてはいた。これから更に実践的な濃度の濃い訓練になっていくのだろうと覚悟していた。
「君達だけじゃない。色んな人の人生を巻き込みながら君たちは歩み出してるんだから。君達にはそれに応える義務がある。貰った物を貰いっぱなしはダメ。ちゃんと形は変わってしまっても返すか繋がなきゃ。」
「繋ぐ?」
ヒマリの言葉にルチアが聞く。ヒマリはルチアの顔を見ながらゆっくりと頷く。
「人から得られるもの・与えられるものはそれぞれ違う。より大きく成長させなければいけないのか、全く違うものへと変化させなければいけないのか、それとも数を増やしてたくさんの人に分け与えるものなのか。」
ヒマリの抽象的な言葉には様々なものが当てはまりそうな気がした。知識・金銭・素材や物品、他にもそれが冒険者ランクであったり権力だったりするのかも知れない。
「良い?君たちの冒険はやっと出発の準備を終える段階まで来てる。でも、それはまだ旅が始まってもいないんだから。旅の途中でも準備や確認はたくさん必要だし、今まで以上に警戒しなければいけない事も増えるよ。」
「はい....」
不安そうにリックは応える。
「大丈夫。その為に私も呼んでもらえたんだから。君達に何が出来るかを判断しながら、私も君達に託すからね。大きく育ててね。」
「「「はい。」」」
これからの生活に不安は大きい。しかし、歩むと決めたのだ。3人は森から見える青い空を見上げながらその高さを感じていた。
・・・ 中休 ・・・
これにて第二章は終了となります。これから少しお休みをいただき、第三章の準備に入りたいと思っております。第三章開始しましたらまたお付き合いいただけますと嬉しいです。
誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。また、感想・評価・アドバイスもお待ちしております。今後ともよろしくお願いいたします。




