02-24.模擬戦
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冒険者ギルドの朝は相も変わらず人で溢れている。次から次へとボードからカウンターへと人が流れ、そして外へと人が流れていく。これだけの冒険者がこの街のどこにいたのかと思うほどに混雑していた。
エル達一行は時間に余裕をみて早めにギルドに来ていたので、邪魔にならないように食事も出来るスペースの席に座り喧騒が落ち着くのを待っていた。
カウンターの中の職員の働いている姿をジーっと見ていたエルの肩をちょんちょんと突くルチア。エルが目線を送るとルチアが同じホールの離れたテーブル席の方へ顎をピクリとしゃくる。『体勢を変えず目線だけ送れ』の合図。言われた通り目線を送ると講習会の時に揉めた男達が別の男達を連れてテーブルを占拠していた。人数は五人。酒を飲んでいるらしく大声で笑っていた。エル達には気付いていないようだ。
エルはルチアを見て僅かに頷く。確認したの合図。ダンに目線を送るとダンもニコリと笑う。恐らく「分かっているよ」と言う事なのだろう。
男達を気にする事なく時間を過ごす。あれだけ酒を飲んでいると言う事は訓練会に参加する訳ではないだろう。いくら駆け出し冒険者の為の訓練会とは言え、酩酊した状態で合格が貰えるほど甘いものではない。依頼を受けていた冒険者達がちらほらとなり始めた頃、一人の職員が大きな声でホールに呼びかける。
「新人冒険者向けの訓練会に参加される方は奥のドアを抜けて訓練場に移動してください。訓練場の入り口で参加人数とタグの確認をさせていただきますのでタグも事前に見せやすいようにしておいてください。」
その声を聞き何名かの冒険者がカウンターの奥にある大きなドアへと移動し始める。エル達も移動する準備をしているとダンが声をかけてきた。
「エル、リック、ルチア。普段通りやれば何の問題もないからね。僕たちは二階から見下ろせる場所があるからそこから見学させてもらうから。頑張って。」
「まぁ、準備はこれでもかってくらいにしてきたんだ。後はそれをちゃんと引き出すだけだ。緊張はするもんだ。要はそれを味方に出来るかどうかだ。」
「まだまだスタート地点です。落ちればまた努力して訓練会を受ければ良いだけです。これで命を取られる訳ではありません。楽しむくらいの気持ちでいってきてください。」
ダン達3人はそれぞれにエル達の緊張をほぐしてくれようとしていた。サームは特に言葉をかける事無く3人の頭を順に撫でて二階へ上がっていった。
ダン達を見送りエル達も奥のドアへと移動する。少し暗い廊下を抜けると外に繋がっており、そこは円形の闘技場のような場所だった。入り口に4人職員が立っており参加者のタグを確認する組と訓練会に使用する武器や防具を貸し出す組に分かれていた。
エル達もタグを確認してもらうと職員からいくつか質問を受ける。
「参加は何名ですか?3名ですね。一緒に受けられますか?分かりました。武器と防具はどうされますか?あっ、大丈夫ですよ。鉄製の物は全て刃は潰してありますから。まぁ、鉄製を使うよりは木剣などで参加した方が指導官への印象は良いんですけどね。あっ、そうされますか?では、疑似矢の貸し出しと防具の貸し出しですね?では、そちらにお進みください。」
防具や武器が整然と並んだ場所にいる職員に声をかける。
「はい。あっ、疑似矢ですね。何本でも大丈夫ですよ。では20本で。防具はどうされますか?革鎧一組と木の盾ですね。お二人は防具は大丈夫ですか?・・そうですか。畏まりました。では、頑張ってください。」
この後、指導官が来てから訓練会の組み合わせが決まるそうだ。訓練会と言っても実際は新米冒険者同士を戦わせて現状の戦力を知る事が最大の目的だ。そこで全く足りないようであれば個別に指導し、また次回の訓練会に参加すると言った流れだ。
実は参加する義務が無い訓練会だがパーティー登録する際に訓練会を受けているかどうかでギルドの印象が変わるらしく、パーティーを組む=訓練会の合格すると言う構造が暗黙に出来上がってしまっている。
3人は指導官が来るまでにもう一度陣形や間合いの詰め方などを確認する。今までに何度となく稽古はしてきたが、刃を潰しているとは言え鉄装備を持っているかもしれない相手と戦うのは初めてだ。当たり所が悪ければ最悪のケースも有り得る。
「相手がどんな構成であってもルチアが指揮を取ってくれ。俺が前衛で受けきる事が大事だけど相手が複数で突っ込んできた時はルチアの牽制とエルの機動力で分散させよう。」
「分かった。エル、最初で一気に呼吸を合わせて一人確実に削りましょう。合図は大丈夫ね?」
「大丈夫。これからは装備も変わるし魔法も加わって来るから、本当に基本の戦いで挑むのはこれが最初で最後だね。しっかり稽古の成果を出して先生たちを安心させよう。」
「「おぉ!!」」
すると指導官が訓練場へと入って来る。予想通りザックだった。そしてあと二人、ザックが所属するクラン紅蓮の魔導師と斥候を務めているレイとフルビオだった。
受講者全員がザック達の近くへ集まり訓練会の説明を聞く。訓練会は指導官が決めた冒険者同士で模擬戦を行い、終了後に指導を行う。模擬戦の内容によって一戦で終わる者もいれば何度か戦う者もいる。複数名で参加の組は同じく複数名での参加者と当たる。
模擬戦中に実戦なら致命傷となる攻撃が当たったと判定した場合は事前に割り振られた番号を指導官が叫び、呼ばれた者はそれ以上その模擬戦には参加出来ない。全員が致命傷判断で続行不能となるか、指導官が充分と判断するかが終了の基準だそうだ。
組み合わせが発表され、エル達は3組目に模擬戦を行う事になった。相手の装備を見た感じは近接前衛2名で年上だった。年齢を鑑みて相手が少ない人数の組と組まれたようだ。相手を見るとこちらが子供3人なのを見て完全にエル達を見下しているような雰囲気だ。
負けられない。3人の表情は今までにないほど気合の入ったものになっていた。
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冒険者ギルドの二階にある長い廊下の窓際に数名の影。ギルドマスターのメルカ・グラジオラスとサーム達だ。窓から下を見下ろすと訓練場を見渡す事が出来る。視線の先にはエル達の姿があった。
「揃って愛弟子達の見学とは余程心配かな?まぁ、気持ちは分からなくはないが。」
「ほっほっほ。皆、初めて本格的に指導した弟子ですのでな。気が入ってしまうのでしょう。各言う儂も同じですが。」
「さて、弟子達の仕上がりはどうだ?レオ?」
「はっきり言って甘やかしたつもりはありません。銀ランクや金ランクが依頼休養時に行う集中訓練の密度で五ケ月間みっちりしごきました。新米冒険者の訓練会レベルで手も足も出ないようならこの先ワックルトはどの国から攻められても容易に押し返せるだけの冒険者が揃っていると言えます。」
「ほぉ。なかなかしごいたな。」
「属性魔法の習得と装備購入は後回しにしてひたすらに3人の連携と基礎魔力の扱い方、そして身体能力の向上を目指しました。はっきり言えば訓練会合格だけを考えて指導した形です。負荷はまだまだ上げられますが鉄ランクで五ケ月やりぬけたのはあの子達の類まれな精神力あっての物だと言えます。」
「ほう。それは楽しみ。」
メルカが改めて下を見る。ちょうどエル達の模擬戦が始まるようだ。さて、どうなるか。
・・・・・・・・・・・・
指導官のザックから声がかかりエル達は相手と向かい合う形で訓練場の中央に移動する。両組の間でザックがもう一度模擬戦のルールを説明している。エル達がその説明を聞き終えると同時に相手がエル達に声をかける。
「おいおい・・・こんなガキを叩きのめして合格貰っても嬉しくないぜ。」
「ホントだよなぁ!指導官、他のに変えてやった方が良いんじゃねぇか?」
「口の利き方に気を付けろ。俺らは今日はギルドに協力してるが別に貴様らの召使いじゃない。」
ザックの一切表情の無い言葉に男達は怯む。しかし強がるようにまたエル達に声をかける。
「家でママが心配してるからこんな事せずに帰って濡れたおしめを変えて貰えよ。ははははっ!!」
男達が薄汚く笑うが、エル達はポカンとした顔で三人で顔を見合って首をかしげる。
「何だぁ?言ってる意味が分からねぇか?」
「えっと・・・俺ら親はいないから帰っても母親はいないし、もうおしめって歳でも無いんだよね。」
そうリックが返すとザック達が腹を抱えて笑い始める。顔が真っ赤になった男達は「さっさと始めろ」と喚く。全員に番号が割り振られ、リックが一番、エルが二番、ルチアが三番となった。当然、相手の二人にも番号が振り分けられる。男達は十番と十一番になった。同じ数字が被ると指導官が宣言したと時に判断を間違える可能性があるからだ。
ザックが両組を両端の壁に離れさせる。レイが白い旗を頭上へ掲げる。これが振り下ろされたら模擬戦開始だ。
旗が下ろされる
男達は勢いよくエル達との間合いを詰める
しかしその間にリックが少し前に出て、エルはリックの左、ルチアは右で陣形を取る。
「リック左!!!!」
向かって左から走り込んでくる十番の男の方が間合いを詰めるのが早い
その声を受けリックは瞬時に左に二歩動く
右側から来る十一番の男に距離を取りつつ左側の男との1対1の構図を作る
エルはルチアの声を聞いた瞬間に右へ一気に駆け出し十一番の男を目掛ける
それを確認したルチアは矢を番え同じく十一番の男に狙いを定める
この間、男達はリックにしか注意がいっていない
ルチアの行動は目に入っていなかった
十分に引き込んで放たれた矢が十一番の男の右肩に当たり声をあげながら後ろへ仰け反る
間の悪い事に左の男は相方の声を聞き振り返ってしまった
こうなってはリックの独壇場だ
それでなくても広大な草原に比べれば行動範囲の限定された訓練場で男達は自ら間合いを詰めて来ていたのだ
既にリックと十番の男の間合いは二歩間ほどにまで詰まっていた
リックは大きく前へ踏み込んでさらに間合いを詰める
がら空きになった男の横腹に木の盾を構えて体当たりする
男は吹き飛び転がる
リックは男へ一気に間合いを詰める
十一番の男は肩の痛みを感じながらも相方を助ける為にリックに向かって走ろうとした
しかしその瞬間
男はその場にがくりと倒れる
男に向かって間合いを詰めていたエルは一気に滑り込みながら体を回転させ木剣の柄を腹へと叩き込む
「十一番!!!致命傷判定!!!」
ザックの大きな声が訓練場に響く
リックの体当たりで倒れ込んでいた十番の男は顔を上げ状況を確認しようとした
しかしその時にはリックの木剣は男の頭上でピタリと止まっていた
「十番!!!致命傷判定!!!そこまで!!!」
ザックが叫ぶと訓練場はシンと静まり返る。エルは立ち上がりリックの元へと駆け寄る。ルチアも駆け寄り3人はそれぞれにハイタッチを交わした。
「以上。一番から三番、合格判定を待て。下がっていい。」
エル達はザック達に頭を下げ、その後対戦した男達にも頭を下げて後ろに下がる。
これ以上に無いほどの完封だった。しっかりと連携が出来た事にエルは小さな拳を握りしめた。
・・・・・・・・・・・
「よしっっっ!!!」
レオは大きく両手を突き上げる。しかしすぐに居直り恥ずかしそうにメルカに頭を下げる。
「申し訳ございません。お恥ずかしい所をお見せしました。」
「ははは。いやいや、見事過ぎる連携だった。相手との実力差があったとは言え、過信もせずしっかりと決めに行けたのは今後大きな力になるな。」
「いやぁ、これほどとは。レオ、ダン、ジュリア、よく育ててくれた。ノーラ達にも後で礼を言わねばのぉ。」
「これからは依頼なども増えこの五ケ月のような訓練はなかなか難しくなるとは思いますが、今後も研鑽を重ねてもらいたいものです。」
そしてそこでメルカが顎に手を当てながらダン達に話す。
「弟子の成長も少し感じられた。間違いなくパーティー登録は許可されるだろう。どうだ?そろそろお前達も本業に戻って来るか。」
その言葉にダン達はメルカの顔を見る。真剣な表情でダンを見るメルカは冗談でこれを話している訳ではない。
「何かありましたか?」
「動き始めたようだ。何度かその兆候が見えると報告も上がっている。」
「全員で受けた方が良いでしょうか?」
「いや、ダンと牙の者達をまず向かわせたい。必要となれば翼に指名依頼を出さねばならん状況になるだろう。」
「畏まりました。」
ダンと共にレオ、ジュリアも頭を下げる。どうやら不穏な事が起き始めている。
・・・・・・・・・・・
訓練場の入り口で借りた装備を返すとホールで結果が出るまで待機してもらって構わないとの事だった。対戦相手の男達はもう一戦あるようで出口にはやってこなかった。
ホールに戻り周りを見渡すがダン達の姿は見えなかった。3人は席を取り腰掛ける。ふぅっと思わず3人共が息を吐いた。それほど緊張していたのだと実感した。お互いに顔を見合いながら照れ笑いをする。
「緊張したな。」
「うん。でも、上手くいった。ルチア、指揮ありがとう。」
「ううん!しっかり連携を取れてたもんね!負けるわけないよ。」
「こら!過信すんなってレオ師匠に言われただろ!ルチアの悪い癖だぞ。」
「へへへ。ごめん。でも、私達の・・ううん。先生達の指導がちゃんと出せたって事だよね?嬉しいね!!」
「うん。頑張って良かった。」
そう言って笑った。これからも訓練は続けていかなければいけない。ここはまだスタートする為のチケットを貰う段階だ。
「おやおやおやぁ!!見た事あるガキがウロウロしてるじゃねぇかぁ!!!」
あぁ・・・最高の気分の時に最悪な声を聞いた。
また厄介事があちらから近づいてきたようだ。
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