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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第二章 冒険者、エル
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02-20.訓練開始

いつもお読みいただきありがとうございます。

 後ろに引き剝がされたエルは大きく尻もちを突く。レオは長剣の切っ先を走竜に向けて戦闘態勢を崩さない。エルは急いで立ち上がり、レオと走竜の間に大きく手を広げて立ちふさがる。


 「レオ!!お願い。もう少しだけこの仔と話をさせて!お願い!この仔に敵意はないよ。」

 「何を言ってる!幻霧の森にいる魔獣・・・あれ?それ走竜か?でも、角がある・・・」


 そう。この走竜の子供には頭に小さな角が2本生えていた。現在、様々な場所で繁殖されている走竜には角が生えている種類はいない。もちろんレオが知る限りではあるが、原種と呼ばれる種類にも角持ちはいなかったはずだ。

 魔物の全体像をシルエットとして捉えて判断するレオの判断の早さではそれが走竜だと認識出来なかった。レオが戸惑っていると、走竜の仔は怯えるように体を震わせエルの背中に隠れる。


 「ほら。この仔も怖がってるんだよ。レオ。お願い。僕を信じて。気を抜かないからお願いだよ。この仔と話をさせてよ。」


 真剣な眼差しのエルにそう訴えられ、レオは仕方なく長剣を仕舞う。しかし、手は柄から離さない。注意を払い続ける。すると後ろから声を聞きつけたダンとサームも近付いてくるが、レオはそれを声を出さず右手だけで動くなと制する。敵意が無いようには見えるが、不用意な行動一つでエルを危険に晒す可能性がある。


 エルは走竜の仔へと向き直る。走竜は背丈で言えばエルよりほんの少し低いが全体で言えばエルよりも大きな体格をしている。エルは腰に付けていた鉈を外し、後ろにいるレオに投げた。そして手を広げて走竜に笑顔で話しかける。


 「大丈夫。もう怖い物は無いよ。ほら。大丈夫だから。」


 エルはその場から動かない。近づく事を走竜に任せる。警戒心を解くまで根気強く待つつもりでいるようだ。走竜は4人の顔を何度も何度もきょろきょろと見渡す。するとサームはすっとエルの隣に移動するとその場に胡坐をかいて座り込む。満面の笑みだ。


 「ほほほ。何も怖い物はありゃぁせん。」


 そしてそのままどさりと仰向けに寝転がる。そして不思議そうに見下ろすエルを見ながら片目をつむりお茶目に笑う。


 「ほれ、エルも横になってごらん。こうすれば襲う意思が無いとこの仔にも分かるじゃろ。」


 そう言われエルもゆっくりと仰向けに倒れる。それを見たレオとダンは立ったままだと走竜を警戒させ続けると判断し片膝だけ地につける。

 走竜はジッと見つめ続けていたが、やがて頭を地面擦れ擦れまで近づけて匂いを嗅ぎながらゆっくりとサームとエルの方へと近づいていく。その姿を見てレオとダンは緊張感を少し和らげる。走竜がしているその仕草はダン達の仲間でもある2頭の走竜テッドとシューが甘えたい時に取る行動なのだ。


 走竜の仔がじわじわと近づいてきてもこちらからは動かない。じっと待っていると走竜はエルの顔をつんつんと鼻でつつき匂いを嗅ぎ始める。エルがくすぐったそうにもだえると走竜はエルが喜んでいると思ったのか体を鼻でぐいぐいと押した。行動の意味が分からずダンの方をちらりと見るとダンは笑顔で


 「遊んで欲しいってサインだよ。ゆっくり起き上がって首の周りを撫でてあげて。」


 そう言われエルの笑顔は更に花開く。ゆっくりと走竜を刺激しないように上体を起こし顔を近づけてくる走竜の首にゆっくり触れる。そして優しく撫でてあげると走竜は「キュルルル」と鳴き声を上げた。

 その段階になるとレオとダンは自分の武器から手を離し警戒は周りにだけ配るようになっていた。どうやらこの走竜の仔は魔素に()てられている状態では無さそうだ。

 魔素の影響を受けづらいと言われている竜族でも受けない訳ではない。やはり警戒は必要だ。しかも数多くの種族の中でも竜人族や竜族は魔力・身体共に能力は優れており敵対すればかなり厄介だ。


 エルと共にサームにも甘える走竜。そしてエルはサームに意を決して聞く。


 「お師匠様。この仔を小屋で一緒に暮らす事は出来ないでしょうか?これだけの時間ここにいて親が近付いて来ないと言う事はもしかするとこの仔は独りなのかも知れません。」

 「ふむ・・・どう思う?ダン、レオ。」

 「そうですね。出来ればエルとサーム様の近くに少しでも不確定な危険要素は近づけたくないのが本音です。しかし、この仔の様子を見るに魔素に中てられてもいないようですし、確かにこのまま森に放置していればいずれは・・・」

 「俺も気持ちとしてはダンと同じです。他の魔物の餌になるか、自らが魔物と化すか。であるならば、様子を見ながら小屋に置く事がエルの成長の手助けになる事もあるかも知れないと言うのが俺の考えです。」

 「そうか・・・では、エル。走竜と言えど一つの大切な命。家族として責任持って暮らすと誓えるかの?」

 「はい。昨日のレオからの言葉を忘れてはいません。もし、この仔に最悪の事があった時は僕自らちゃんと向き合います。」

 「よし、ではこの仔に聞いてみるかの。」


 そう言って一行が走竜を見ると少しビックリした表情をし、一歩後ろに下がる。エルはまた走竜に向かって右手を差し出し優しく語り掛ける。


 「うちに来るかい?一人でいるよりも安全だよ。もし家族がいるなら森へおかえり。傷はもう大丈夫なはずだから。」


 そう言うと走竜はゆっくりとエルの右手に自分の頭を擦り付ける。エルはゆっくり頭を撫でてあげる。ダンはふぅっと息を吐いてエルに話しかける。


 「走竜があなたに従いますって時にする行動だよ。もうその創竜は魔素に中てられない限りはエルに危害を加える事は無いよ。」


 それを聞いてエルは安心したように走竜に笑顔を向ける。とりあえず今日の所は少し早いがこれで採取は終わりとして走竜を小屋へと連れて帰る。首に縄などで手綱もどきを作らなくても知性の高い走竜はちゃんと一行について来た。

 小屋に近付くとジュリアが出迎えたが、ジュリアは驚いた様子でこちらを見ていた。


 「どうされたんですか!?走竜の子供を連れて帰るなんて!しかも角??」

 「エルが手懐けちまったんだよ。ジュリア、桶に水をくれないか?たぶん喉が渇いてるはずだ。」


 ジュリアは急いで空の桶を走竜の前に置き、それに向けて指を指すと桶にはあっという間に水が満たされた。走竜はそれを見ると桶に頭を突っ込みガブガブと美味しそうに飲み始めた。


 「手懐けたってエルさん。どういう事なんですか?」

 「一人で採取をしてたらこの仔が怪我をして倒れてたんです。それで低級ポーションで傷を治してあげてチョックの実をあげたら警戒を解いてくれたみたいで・・・」

 「なんと・・・まぁ・・・」


 ジュリアは呆気に取られて走竜を見つめていた。水を飲みほした走竜は「キュルルル」と鳴きながらジュリアに向かって頭を上下に振り続ける。


 「ありがとうだってさ。」


 ジュリアにもその動作の意味は分かる。テッドとシューに餌をやった時などに食べ終わった後、よくやる仕草だ。戸惑いながらも頭を撫でてあげ、桶に水を追加してやる。また嬉しそうに走竜は首を突っ込んだ。


 「ジュリアよ。済まんがこの仔も今後共に暮らす事となる。手間をかける事もあろうが面倒を見てやってくれるか。」

 「畏まりました。エルさん。この仔は・・・女の子のようですが名前はなんですか?」

 「あっ・・・名前・・」

 「これから一緒に暮らすこの仔をお前などと呼んでは可哀想です。ちゃんと考えてあげてください。」

 「はい・・・えっとぉ・・・」


 エルは下を向いたり上を見上げたりしながら必死で名前を考えている。水を飲み終えた走竜はそれを不思議そうに眺めている。そんな光景を見せられてはジュリアも警戒する気にもならない。


 「あっ!ノエル!!ノエルはどうでしょう?」

 「可愛らしい良い名前ですね。さぁ、ノエル。名前をくれたエルさんに改めて挨拶を。」


 そうジュリアがノエルに向かい合うとノエルはエルに向かって頭を下げる。そしてゆっくり近づき嬉しそうに体をエルに擦り合わせる。それを見ていたダン。


 (仔竜にも関わらずこの知性の高さか。テッドやシューの子供の頃なんて比較にならないな。一体どの竜種がかけ合わさって産まれた子なのか。何よりも角持ちか。竜人族ではなく走竜が角を持って産まれる事があるんだな。)


 「ノエル。良いですか?ここは皆で暮らしている小屋ですが、あちらにいらっしゃるサーム様の家なんです。お行儀よくいてくださいね?」


 そう言うジュリアの顔は笑顔に見えるが得も言わせぬ雰囲気が漂っていた。それを察したのか走竜は脚を折り曲げ腹を地面につけ、頭も完全に地に着ける伏せのような体勢になる。これは走竜が相手に対して完全降伏を意味する体勢で、それを見たダンとレオは大声で笑いジュリアは顔を真っ赤にしてダン達を叱る。意味が分からずエルとサームはお互いに苦笑いしてそれを見ていた。

 この森の小屋に新たな家族が出来た。


  ・・・・・・・・・・・・


 リックとルチアはダンとレオに挟まれた陣形で深い森の中を歩いていた。シスターからの泊まり込みでの訓練の許可はスムーズに下り、今後は孤児院の事は大丈夫だから冒険者としての独立を最優先に生活しなさいと言う言葉も貰った。そして今、村ではどの大人にも近付くなと教えられてきた幻霧の森を奥へ奥へと進んでいく。ワックルト近くにある森とは違い、中に入った時の雰囲気は独特の物があり緊張が勝手に張り詰めていく感覚を覚える。

 そんな中でもダンはルチアに索敵や注意して見回すポイント等を指導しながら先を進む。エル達がいつも野営を張る丘でリック達も野営を張る。野営経験に置いては遠征の度に森の中で2泊するエルの方が経験は多い。リック達はダンとレオに教わりながら野営の準備を進めていく。

 二人がこの一泊の間に感じた緊張感は今までの遠征の中で最も高かった。これをエルは毎回の遠征の度に感じていたのかとリックはエルの置かれている環境が決して恵まれているだけの物では無い事を思い知った。何かに狙われているような粘着質な視線が自分にまとわりつくような感覚に常に襲われている。なので、休憩をしていても気は抜けない。唯一気を休めたのは野営地で結界石を張ってくれた後だった。


 次の日に全く休めた気のしない二人はぐったりしながら小屋への残りの道を歩き始める。それでも斥候・索敵の練習は容赦なく訪れる。一行が小屋に着いた時、リックとルチアは本当に涙が出そうなほど嬉しかった。

 笑顔で二人をエルが迎える。リック達が疲れた顔で駆け寄ろうとした時だ。


 エルの後ろに何かいる!走竜だ!なぜ皆平気な顔で迎え入れているんだと二人が慌てふためいているとエルがしっかりとノエルの紹介をする。ノエルも自分が驚かせてしまった事を分かっているのか、二人にあまり近寄らない。それをダンが二人に説明するとルチアは優しい笑顔でノエルに挨拶しながら首を撫でる。リックも元気な挨拶で同じく首を撫でる。ノエルは気に入ってもらえた事が分かると一気に甘えたい仕草を二人にも浴びせかける。驚いた表情をしながらも可愛い妹のようにしばらく親交の時間は流れた。


 そして二人が部屋に荷物を置くと、外に呼び出される。ジュリアとダンが先頭になってしばらく森を進むと森の木々がが少し広めに伐採され広場のようになっている場所に出た。


 「ここは皆の魔法訓練の為にダンとレオが切り開いてくれた場所です。ここで座学も含めて魔法の訓練を5日間集中して行い、3日間連携戦闘の訓練を行います。その順番でおよそ2~3か月ほどは集中的に訓練を行います。シスターには了解は得ています。はっきり言って厳しい訓練になると思いますので、覚悟を持って臨んでください。」


 今までにないジュリアの真剣な表情にエル達3人は緊張感ある表情で見つめる。


 「まずは今一度、3人に循環と操作を見せてもらいます。普段は座ったり横になった状態で行っていると思いますが、今日からは立ったまま行っていきましょう。立ったからと言って難しくなるとか言う事はありませんが、恐らく冒険者として活動していく中でゆっくりと座って循環や操作を行えるのは街で宿を取った日くらいしかないと思いますので。私が良いと言うまでまず魔力循環を行ってください。」


 そう言って3人は等間隔に並び各々が魔力循環を始める。他人の魔力の流れを可視化して見る事の出来るジュリアは3人の魔力の流れをジッと見つめ続ける。何をアドバイスすると言う訳ではなく、ただただ見ているだけだった。

 ただ一つ違うのは、いつまで経ってもジュリアから終了の合図が出ないのだ。体の中で魔力を循環させ続ける作業は思いの外集中力がいる作業だ。なのでこれほどまでに長い時間連続して循環を行った事が無かった。そんな中で最初に集中力が切れ始めたのはリックだった。だんだんと額に汗をかき始めたかと思うと息が苦しくなりはじめ、その場に座り込んでしまった。そしてその後ルチアも座り込み、エルは汗が流れながらも何とか循環を続けていた。


 「はい。良いでしょう。」


 長い時間の循環作業で息も絶え絶えな3人にジュリアはやっと終了の合図を出した。なぜこのような訓練から始めたのかをジュリアが3人に説明する。


 「良いですか。これが戦闘中に魔法の威力や操作性を高めるために行う魔力循環に必要な集中力と早い循環を体に叩き込む為の訓練です。今まで行っていた循環ははっきり言って今日までの準備運動なんです。これからは魔法の訓練の前にはかならずこの循環訓練があると思っていてください。」


 3人の表情は一気に緊張感を増す。『訓練の前に』この循環を行うのだ。こんな疲労困憊な状態からスタートする訓練とは。これが冒険者としての日常になっていく。楽しみにしていた先ほどまでの自分を叱りつけたい気持ちのエルだった。

誤字脱字ありましたら教えていただけると助かります。

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