34.スキル恩恵
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夜が明けて、皆が食堂にあつまり朝食を済ませる。今日は早い時間からこの村の孤児院でスキル恩恵を受ける事になっている。準備を済ませると一行は孤児院へと向かう。道中、村の中には今朝早くから戻ってきたのか冒険者の顔もチラホラ見えた。冒険者達も村人達と立ち話などをしていて、長くこの村を利用している事が分かる。こうして村人達と話をする事でギルドの無いような村では魔物や村周辺の異変について、現場の生の声を聞いて自分たちの依頼にも役立てる。
一行が村の中を歩いていても村人や子供からも挨拶が飛んでくる。普通ならば村人ではない者が村の中にいると多少なりと警戒されてしまいそうだが、この村にはそう言った雰囲気がない。歩いているとその先から子供たちの元気な声が聞こえてくる。孤児院の広場で子供たちが朝から走り回っている。
孤児院の囲いの中へ入ると子供たちは一斉にこちらを見た。幼い子たちは誰なのだろうと言うような興味深そうに見つめているが、サーム達が気になったのは年長の子供たちの目線だった。サームやレオ達を睨むような目でこちらを見る。もしかするとエルを孤児院に預けに来たとでも思われているのだろうか。
子供たちに声を掛けようか迷っていると孤児院の中からシスター・エミルが出て来て手を振る。レオもそれに応え皆を孤児院の中へ案内する。シスター・エミルと一行は机を挟んで向かい合い、エミルの正面にはエルが座った。エミルは優しい笑顔でエルと向かい合う。
「エミルさん、今日スキル恩恵をしてもらうエルだ。そして保護者のサームさん。他のメンバーは一緒に冒険者をしてる仲間だ。」
「そうですか。レミト村の孤児院を預かっておりますシスター・エミルと申します。エルさんのスキル恩恵の依頼を受けまして、未熟ながら尽力させていただきます。」
「よろしくお願いします。」
「エルさん。スキル恩恵をする事でエルさんに何か負担があったりはしないので緊張する事はありませんよ。あっという間に終わりますので。」
「あっ・・・はい。」
「もしかすると説明を受けているかもしれませんが、スキル恩恵を受けたからと言って絶対にスキルを授かると言う訳ではありません。それと自分の望むスキルが手に入ると言う保証もありません。」
「はい・・・」
「しかし、思い違いをしていただきたくないのは、自分の望んだスキルが得られなかったからと言って、スキル自体が得られなかったからと言って、あなたの人生が否定されるものではないと言う事です。スキルが無くとも立派にお店を経営されている方や冒険者として生活されている方はたくさんいます。なによりこの大地に住まうほとんどの人は自分が今やっている仕事や生活に関りあるスキルは得られていない人なのです。」
「あ・・・」
そうだ。この村でお世話になっている宿屋の親子やワックルトやレミト村で農業に勤しむ領民たちもそうだ。その仕事をしているから必ずそれに関するスキルを持っているわけではない。サームにも教えられた事だ。しかし、今日までのたった数日間、エルが体験してきた事がエルの気持ちを逸らせてしまっていた。
「ですから、エルさんの望む形にならなかったとしても決して悲観的にならず、そこから自分の可能性を見つけていけるように考えてもらえると恩恵に携わった私としても嬉しく思います。」
「ありがとうございます。いつの間にか自分に役立つスキルが欲しいって焦ってたみたいです。そうですよね。自分の今後の努力でスキルを授かれる可能性だって無い訳ではないんですよね?」
「そうですね。それもまたどういったスキルかは分かりませんが。」
儀とは言うがする事と言えば恩恵のスキルを持つ者がスキルを得たいと思っている者に対して恩恵スキルを使用すると言うだけなのだ。恩恵スキルを身に着ける者が教会関係者が多いと言う事が分かって以来、教会は恩恵スキルを持つ者を囲い込み恩恵の儀を教会で行うものとして民衆に広めていった。そうする事で有能なスキルや稀有なスキルに目覚めた者を教会の関係者に売り込み教会の権力を王国の中で確率していった。そのような教会の動きに反発する者も現れ始めたが、それが一つの勢力となる頃には教会は王国内で確固たる地位を確立してしまっていた。
そうして教会のやり方に反発した事で辺境村の孤児院へと流れついたのがエミルだった。スキル恩恵と言う神からの恩恵で私腹を肥やす教会に嫌気がさし何度となく改善を試みたが呆気なく教会から追放された。だからこそ、この辺境のレミト村ではスキル恩恵の儀で金品を要求する事は無い。
今回もレオから聞いたエルの生い立ちを思って少しでもエルの今後の役に立ちたいと力を貸してくれた。まぁ、孤児院の子供たちへの寄付と言う話があった事が多少なりとは要因ではあるのだが。
「では、スキル恩恵を始めましょう。エルさん、スキルを授かると頭の中で成長の声が聞こえるはずです。その声を忘れず覚えておいてください。まぁ、私には人物鑑定のスキルがありますので覚えれなかったとしても確認は出来ますが、今後どこかで成長の声が聞こえた時には当然ですがエルさんしか確認出来る人はいませんので。」
「分かりました。」
「まぁ、緊張せずいきましょう。では、周りの皆さんは少し離れていただいていいですか?」
エミルの言葉で皆がテーブルから離れる。エミルは立ち上がってエルの横に座り、椅子を向かい合わせる。そしてゆっくりと深呼吸を始める。
「では、始めます。エルさん、準備は良いですか?」
「はい。宜しくお願いします。」
「目を閉じてゆっくり深呼吸していてください。その間に終わります。」
エルは目を閉じる。そしてゆっくり大きく息を吸い込んだ。すると、
『エル、あなたに力を与えます。まだまだ使いこなせないだろうけど頑張ってね。あと、自分のスキルの事は本当に信用できる人にしか話してはダメよ?・・・あなたに与える力は、《隠蔽》・《万物鑑定》、そして・・・【効率化】。隠蔽と万物鑑定は話しても構わないけど、効率化は無暗に人に教えてはダメよ。じゃあ、また会いましょう。』
あの時と同じ声だった。一体この声の主は誰なのか。スキルを思い通りに授けられると言う事はやはり神様なのだろうか。しかし、今回は真っ白な空間ではない。目を閉じていると言う感覚だけだ。エルはそっと目を開ける。すると笑顔のエミルがいた。
「エルさん。聞こえました?成長の声。」
「・・・はい。」
「そうですか。授かったスキルは何でしたか?」
さて、ここでエルは悩んだ。正直に全てを話すかどうか。しかし、あの声は無暗に話してはいけないと言っていた。いくらスキル恩恵をしてくれたシスターでも今日会ったばかりの人に話して良い物なのかどうか。それにエミルは人物鑑定でスキルが分かると言っていた。嘘を言っても恐らく分かるだろうから、ここは隠して話そうと決めた。
「万物鑑定を授かりました。」
「えっ!!鑑定の上位スキルではないか!!」
驚いて大声を上げたのは意外にもオーレルだった。皆の注目がオーレルに集まるとオーレルは小さな声で「すまん。興奮してしまった」と小さな背を更に小さくしていた。それを見てエミルが笑う。
「いえいえ。スキルにお詳しい方なら上位スキルが出ればそれは驚いて当然です。でも、レオさんのご心配通りワックルトでスキル恩恵を受けなくて良かったのかも知れませんね。」
「そうでしたね。エル様に上位スキルを授かったなんて事が教会側に知れたら、どんな手を使ってもエル様を攫いに来たでしょうね。」
「はい。私の人物鑑定でも万物鑑定のスキルが見えておりますので、間違いはございません。それにエル様は類まれな魔力をお持ちのようで。それも重ねて教会側に知られなくて良かったですね。」
「はい。開路の儀も昨日この村で行いましたので、まだその事も教会側には知られていないと思います。」
そこで、サームはジュリアに目で合図を送る。ジュリアは「少しびっくりしたでしょうから、気を落ち着ける為にも少し外へ行きましょうか」とエルを外へ連れ出す。ジュリア達が外へ行った事を確認すると残された一行はゆっくりと椅子に座りエミルを囲むような形になった。
「さて、と言う事はこの先エルの魔力やスキルを教会側に知られるような事があれば・・・」
オーレルはジッとエミルを鋭く睨む。エミルは顔色を変える事無く、オーレルに向き合いはっきりと答える。
「その事に関しては信用していただきたいとしか申せません。どんな言葉で語ったとしても今は信用していただけないと思いますが。」
「そうじゃの。まぁ、今はシスター・エミルを信じてほしいと言うレオの言葉を信じるしかないがの。」
「大丈夫です。サーム卿、オーレル様。さすがにシスターも孤児院の子供達の現状を引き換えにするような真似はしないとお約束出来ます。」
「そうじゃの。シスター・エミル。こんな事であなたを巻き込んで誠に申し訳ない。だが、この度のエルの事をあなたの中でしまっていてくれるなら、この孤児院の子供たちの事は今後何の心配もないとお約束しよう。」
「それは・・・」
エミルの緊張は一気に膨れ上がった。レオはさっき間違いなくこの老人をサーム卿と呼んだ。エミルの記憶が間違っていなければ貴族の中でサームと呼ばれる人物は、深緑の賢者と呼ばれたサーム・キミアしかいない。とうぜんお会いした事などない。しかし、サーム卿が錬金術師・薬師としてこのミラ州で名を馳せているのは誰もが知っている。
サーム卿は州都のミラに住んでいると勝手に思っていて、こんな田舎に来る等と思いもしなかった。サームのその言葉を聞いたエミルは更に緊張を深める。なぜ、たった一人の身寄りない子供の為にこれほどの上級貴族が力を貸しているのか。ただの上位スキル。しかも戦闘にはほぼ役に立たない。にも関わらず、これだけ秘匿する理由とは。いや、知ろうとしてはいけない。直感がそう警報を鳴らす。
すると今まで一言も話さなかった男性が語り掛ける。
「白金冒険者パーティー創竜の翼がこの孤児院の支援者となります。領主様からの支援もおありでしょうから正式にと言う訳にはいきませんが、金銭・物品・食材、全てにおいての支援を約束します。」
「はっ・・・白金・・・レオさん。そうだったんですか・・・」
「話せてなくてすまない。創竜の翼のリーダーを務めてる。こいつは副リーダーのダンだ。シスター、絶対に悪いようにはならない。俺たちを信用して今日の事はシスターの心にしまってくれ。」
「そなたにばかり分の悪い話になってしまっている事は重々承知しておる。しかし、この先この孤児院がどのような圧力を受けようとも子供達には一切不自由させんと約束しよう。いかがだろうか?」
迷う事などない。子供たちの安全が上級貴族と白金冒険者によって保障されるのだ。
「どうぞ、良しなにお願い致します。このエミル、誓ってエル様の事は口外しないとお約束致します。ですので!どうか!あの子たちを!どうか!!」
「うむ。サーム・キミアの名に於いてここに約束しよう。一週間の間に正式な約束状も持ってこさせる。が、公表は出来んがの。」
そう言ってサームは優しく笑った。エミルの緊張が解ける。
「まずはこの村に冒険者として私たちのパーティーの仲間が常駐するような形で訪れます。その後、この村を気に入ったと言って村に住み着くようになると思います。その者達が私達とシスターの間の連絡係だと思ってください。支援の物資もその者達が夜中にでも運び込むような形を取ろうと思います。まぁ詳しくはその者から接触があると思いますのでシスターの良いように決めてください。」
「そこまで・・・していただいて・・・良いのでしょうか。」
「構いません。エル殿が身の危険が無いと分かればシスターにもちゃんとなぜこのような事になってしまったのかのご説明も出来るようになると思います。それまではどうか内密に。」
「はい。お約束致します。」
昨日レオが相談に来た時にはこんな事になるとは思っても見なかった。非常に危険な約束をした気がしているが、それよりもやはり子供たちの平穏を得られるのならば自分が貝になれば良いのだ。
「本当にすまぬ。シスター・エミル。今はあまりにも話せる事が無い状況なのじゃ。」
「はい。・・・・では、一つだけ宜しいでしょうか。サーム卿様。」
「なんじゃ。」
「・・・恐らく、エル様は何か隠し事をされているかと。」
その言葉を聞いた瞬間、エミル以外のメンバーの緊張感が高まったのが分かった。
「どうしてそう思う?」
「わたくしはもう長く子供達と関わってきました。そしてたくさんの子供の表情を見てきました。その経験で言わせていただけるなら、エル様は何か隠し事をしている時の表情が見られました。」
「そうか・・・助言有難く頂戴しておく。今後も人を介してではあるかも知れんが相談する事もあるかと思う。ぜひ、あの子の力になってほしい。」
「どうか健やかに。」
「そう願っておる。」
誤字脱字ありましたらご指摘お願いします。最近、小説家になろう!ラジオのアーカイブを知り、およそ4~5年前の放送分からゆっくり書きながら聴いております。いやぁ、もっと早く知りたかった♪
 




