33.過保護な話し合い
いつもお読みいただきありがとうございます。説明文・会話の多い内容で読みづらくはないでしょうか?感想等で教えていただけると助かります。
夕食を終え、各自の部屋で着替えなどを済ませる。食事の時にレオから明日、この村の孤児院にいるシスターにお願いしてスキル恩恵を受けられるようになったと教えてもらった。また一つ楽しみが増えた。魔力を扱えるようになって、生活魔法は使える事が分かった。それだけでも今後サームとの共同生活の中でエルが手伝える事が増えた事は間違いない。エルは喜びを感じていた。
それにジュリアから教えてもらったが、魔力循環と魔力操作の練習を続けていく事で魔力を練り上げる強度や魔法を具現化するまでの速さは向上するとの事だった。これも日々の勉強や日常の仕事の合間に続けていけるはずだ。薬師や錬金術師としての修行は長いものになる事は間違いない。であるならば、それと同じように魔力の練習も続けていけば自分の可能性は大きく広がっていくのではないか。
そんな明るい希望を考えられる幸せをベッドの中で噛みしめながらエルはそっと目を閉じた。
・・・・・・・・・・
サームたちはエルの就寝を確認し、夜中に一室に集まった。この日までに起こった様々な事をゆっくりと整理し共有する時間が必要だったが、エル本人が一緒に行動している以上は本人に気付かれないようその時間を取る事はなかなかに難しい。こうしてエルが眠った後に話し合う事がこの先も増えるだろう。
「あまりに様々な事が起こりすぎて何から話せばいいのか分かりませんね。」
「そうじゃのぉ。まずは商業ギルドと冒険者ギルドで身分証を作る事は大前提にしておったから無事に作れて良かったわぃ。ダン。あの冒険者はどうした?ワシが一撃喰らわしてやりたかったぞ。」
オーレルは憤慨していた。冒険者同士がどのランク帯であれ、街の治安や防衛の為にまさに命をかけて尽力している同士であるにも関わらず、間違いなくあの場所にいた中で自分よりも弱い存在である子供に対してあろうことか殺気を放ったのだ。ザックの謝罪やエルが倒れてしまった事もあり、事態の収拾はギルドに委ねる形になってしまったがオーレルにしてみれば我が孫のように思っているエルが殺されかけていたのだ。怒らない方が可笑しい。
「あの冒険者に関しては既に処理は済んでおります。やはり街を出てからエル殿に対して危害を加える計画が分かったので、こちらで片づけました。また、あの冒険者から依頼されてエル殿を見張り続けていた街のゴロツキ達も同じく処理しました。」
ダンの報告にサームは静かに頷く。ダンは完全に感情を消し、普段エルの前で見せるあの優しいダンはそこには存在していなかった。人の命を奪う事に心が動く事などなく、目的の為には心を無にする事が出来る。創竜の翼と言う白金パーティーを輝かせる為に、竜の牙と言う諜報専門のパーティーを編成して裏の仕事を取り仕切ってきた。
何度となくレオやジュリアとは話し合い、二人に何度も止められもした。しかし、自分たちが『自分達の守るべき者達の為に』白金ランクであり続ける為にはこう言った暗部を受け持つ役割りが必要だった。レオもジュリアも純粋で心根の優しい性格だ。自分たちの大切な者の為に怒りは引き出せても非情さ・残酷さを持つ事に躊躇いがある。ダンはまさに汚れ役となったのだ。今はレオもジュリアも竜の牙の存在の重要さを理解してくれている。しかし、それにダンが関わり続けている事にはまだ完全には納得出来ていなかった。
「そうか。ダン。すまぬな。ドゥンケル達にもよくよく伝えておいてくれ。」
「畏まりました。」
「しかし、薬師ギルドは予想通りと言うか予想を上回って行動されてしまいました。」
「まぁ、薬師ギルドと錬金術ギルドに関してはワックルトで話した通り、今急いでギルド登録する必要もあるまい。今はしっかりと知識と実践を積み重ねていく事が大事だと思うておる。」
サームのその言葉に他の者達は一同に頷く。
「開路の際のエル様のあの目は何だったのでしょう。魔力を温度で感じた事も驚きでしたが、それ以上にあの目とエル様がおっしゃっていた真っ白な空間と声。」
「ふむ。エルが言うておった事を参考にするならば、声の主はエルが開路される事がエルを守る術が身に付くきっかけになっておるような言い方じゃった。そして、竜車の中でのあの変わり様。これらは何かしら繋がっているような気がしておる。」
「そこの所は城の書物庫の方でも調べるよう指示を出しておくわい。」
「ふむ・・・すまんの。」
「何を言う。これはもう只の未成年奴隷の話だけでは無くなっておるぞ。エルの過去には必ず何か重要なモノが隠れておる気がしてならん。」
「たった三日間の間にあまりにもエル殿の変化が起こりすぎているのは確かです。明日のスキル恩恵も無事に終わるような気がしません。」
それは皆が不安に思う事だった。エルに変化が見られた時に共通するのは必ずエルが意識を失うと言う事。今までは大事に至らずにいるが、次に同じ事が起こった時に目が覚めると約束されている訳ではない。細心の注意を払いながらここまで来ても、これだけの事が起こり続けている。それに森の中で助けた頃からだが、エルは非常に『睡眠回数が多い』。それは同年代の子供たちよりも遥かに多く、長時間眠ると言うよりは自分の中で疲れを感じたり時間を持て余すと睡眠したくなっているように思う。
「変わらず様子を注意深く見ていく事しか出来ませんが。しかし・・・あの魔力量は。ジュリアはどう見た?」
「そうね。正直言って魔力の量だけならば学園に入っても上位、いえ、トップを争う魔力量だったと思うわ。それにその溢れる魔力を多少の放出はしながらもライトの魔法に繋げた事は本当に信じられない。だって、私たちと、サーム様と知り合うまで魔力さえ知らなかった子なのよ。エル様は。なのに・・・自分が学んできた魔導学が全否定されている気分よ。」
ジュリアもそうだがほとんどの魔導師は開路の儀を行った時点ではそれほど魔力は高くない。その後に魔力操作の練習を繰り返すことにより、元より魔力が少し高い者が体の中を巡らせる魔力量が増えて魔法の効果も高くなる。それが今まで通説として信じられてきた魔導師の鍛錬なのだ。
しかし、エルは開路をしたばかりの細い魔力路にも関わらずあれだけの魔力を扱って見せた。それはもしかすると初めての開路の段階で魔力路が人よりも太く解放されたと言う推測も出来るが、そのような事があったと言う記録は今まで一度も確認されていない。と言う事はそのような事は起こるはずがないと言う結論になってしまう。
この世界の魔導研究は非常に見識が狭く、新しい学説や議論を受け付けない風潮がある。ジュリアの中でその極みとなったのが、『魔法の威力は呪文の長さと魔法陣の完成度によって向上する』と言う定説。これは効果の高い魔法を得たいのであれば効果を発動する為の呪文をまるで詩でも読むかのように長く唱え、複雑な魔法陣を錬成する事が必要だと言う学説だ。
しかし、考えれば分かるのだ。相手の軍勢が迫る中、相手の兵種をその場で見極め最適解の呪文と魔法陣を作っていては魔法が完成する前にこちらが全滅してしまう。そうならない為に事前に魔法陣を羊皮紙に記し戦場へと持っていくと言うジュリアから言わせれば恐ろしく非効率的な事が200年以上も信じられて実践されている。
その定説を覆すきっかけをくれたのはワックルトの冒険者ギルドマスター『メルカ・グラジオラス』だった。ジュリアは古くから王国に優秀な魔導師を輩出し貢献してきたユニトリー家の長女として生まれた。ジュリアも家系に漏れず類まれな魔法の才能を持っていた。しかし、女性の魔導師はエルフ族や伝説と言われる人魚族でもない限り、国の要職や独立貴族として認められた例は無く、非常に閉鎖的・差別的な評価だった。そんな中で学園生活を何とか首席で卒業すると父親は有力な他家の魔導貴族とのジュリアの婚姻話を持ってきた。
これに反発し家を飛び出し何の後ろ盾も無いにも関わらず冒険者として生活を始めた。そしてオーレルと知り合い修行を積む中でワックルトの冒険者ギルドでメルカと知り合った。偶然にもスタンピートの掃討依頼を受けた際にメルカの魔法を見る機会を得た時にメルカは今まで見てきた他の魔導師とは違い、長ったらしい呪文を唱える事も無く、羊皮紙に記した複雑な魔法陣を用いる事無く、絶大な魔法の効果を発動して見せた。
それを見た時に誰もが「エルダーエルフなのだから、あれだけの魔法が魔法陣無く扱えるのも納得だ」と最初から自分達には実現は無理だと決めつけていた。しかし、ジュリアは何度も何度もメルカの元へ押しかけ、その魔導学の考え方を学ぼうとした。その中でジュリアが辿り着いたのが『魔力路の拡大とイメージの明確化』であった。
メルカと話していく中でメルカは杖の魔石に簡単な発動の魔法陣を刻んでいるだけで、複雑な魔法陣は書き方すら知らないと言っていた。その中でメルカがいつも言っていたのは『日々の魔力循環を大切にする事だよ』と言う言葉だった。体中に魔力を循環させる速度と正確性と魔力量を高める事が効果の向上に繋がる。そう信じたジュリアはそれから毎日欠かさず魔力循環と魔力操作の練習に明け暮れた。
それをしたからと言ってすぐに効果が表れる訳ではない。ジュリアが練習の効果を感じたのはメルカと知り合ってから4年が過ぎていた。今までの成長とは比べ物にならないくらいの威力を発動するようになった事をメルカに伝えた時、メルカはジュリアに「やっと入り口に辿り着いたね」と褒めてくれた。
あの日からジュリアには他人に対して感じる印象が変わったように思えた。第一印象とでも言うか、時折非常に惹きつけられるような感覚が襲ってくる事があった。それはメルカはおろかダンやレオ達にも相談した事は無い。そんな感覚を感じた人物が何か特別な要素があったと言う訳でもなかったからだ。はっきり言えば「あの人何か気になる」と言う感覚がちょっと研ぎ澄まされたようなだけなのだ。
しかし、今まで知り合った中で一番に惹きつけられたのがエルだった。森で気を失っている時には気付かなかったが、小屋で再会した時にエルに対してなぜか目が離せなくなってしまった。一挙手一投足が気になると言うか、目で追ってしまうのだ。
そして今日までエルと行動を共にしてきた中で、自分の感じた感覚に間違いが無かった事が分かった。エルには過去がどうであったかはさておいて、魔導師としての素晴らしい才能が秘められている。その才能を埋もれさせる事はエルにとってもそして王国にとっても大きな損害となるだろう。
「スキル恩恵の結果も気にはなるが、今日の開路の儀の様子を見ても分かるようにエルには魔導師としての才能があるように見える。以前話したようにジュリアには森に戻ってからも指導を頼みたい。良いかの?」
「もちろんです。エル様の望む錬金術・調薬の勉強がまずは大事ではありますが、時間を見つけながら魔導学の勉強もさせていただければと。学問としての知識を後回しにしたとしても魔力循環と魔力操作の練習だけは日課として継続したいと思っています。」
「ふむ・・・そうじゃの。あれだけの魔力を制御出来ないままで放置しておくのは危険じゃからな。とりあえず魔力循環で生活していても魔力が漏れ出さない段階まではもっていかねばな。」
そこでレオがエルに剣術・ナイフ術の指導をさせてほしいとサームに願い出た。ナイフ術を覚えていく中で体を鍛える事が出来、それがエルの身を守る事にも繋がるし魔力を制御する際の精神面の成長にも繋がると説明した。
もちろんサームからすれば断る理由は無く、白金冒険者たちが指導してくれるとなれば本来なら下級貴族であるなら財産が吹っ飛ぶくらいの報酬が必要になる。それを見返り無く指導してくれるのだ。こちらから頭を下げなければならない。さらにダンが続ける。
「私の場合はどちらかと言えば指導と言うよりは日々の採取作業や森での生活の中で、どういった事に気を付けて冒険者が生活しているかや解体方法・罠の設置なども教える事が出来ますから。それはエル殿の負担にならないように何年もかけて教えていければと思っています。」
それぞれにエルに出来る事をサームに提案していく。サームは有難く気持ちを受け取り、エルに負担ない中で日々見極めながら指導スケジュールを立てていこうと話し合った。すると、話を聞いていたオーレルが茶化すように話す。
「皆、一緒に生活しておるからエルに教える事が出来て良いのぉ。ワシも皮のなめし方や鍛冶だって教えたいんじゃがなぁ。まぁ、エルがそんな事に興味を持ってくれるとも思えんし・・・何よりワシはワックルトで状況を見守る事になるからのぉ。エルに会えんなるのは寂しいのぉ。」
そんな言葉に皆が苦笑いしつつも出来る限り深刻な雰囲気にならないように努めてくれているオーレルに助けられた。そうなのだ。これからのエルの未来は明るいものにしていかなければならない。不安ばかりに捉われてはいけない。
そこからは森でのこれからの生活の細々とした事を話し合う。過保護な話し合いは深夜にまで及んだ。
誤字脱字ありましたらご指摘お願いします。




