31.開路の儀
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レミト村の中をレオは孤児院に向けて歩く。村の雰囲気は全体として明るい。子供たちも走り回っておりそれを見る大人たちも笑顔が多い。これが魔物の出没数が多い村などに行くと、外にはほとんど人が見れない。こうして家の外に人がいるだけで、今は魔物の出没が少ないのだと分かる。
村の東側入り口から奥、村の西の端に他の民家と比べるとずいぶんと大きな平屋の建物がある。建物の横には木の柵で囲われた広場があり、そこではたくさんの幼い子供たちが走り回っている。また、広場の隅ではエルと同い年くらいの少年3人が薪割りをしていた。
レオはそのまま建物の方へ進む。すると建物の中から壮年の女性が出てきた。女性はレオの顔を見ながら懐かしそうに笑う。
「もしかして・・・レオさん?」
「お久しぶりです!エミルさん!!いや、シスター・エミル。」
「まぁ!何と懐かしい!お元気でしたか?」
「はい。何とか冒険者を続けています。」
「そう!ここではなんだから中へどうぞ。」
そう言って建物の中へ。中は非常にシンプルな造りで入り口を入ると左手に厨があり、ホールのような形の場所には10人くらいが掛けられそうな大きなテーブルが2つ繋がって置かれ椅子が並んでいた。その奥も部屋になっているようだが、恐らく子供たちの寝室なのだろう。分かりやすく言えば長方形の家を前後2つのスペースに分け、リビング部分と寝室部分に分かれている感じだ。
その椅子の一つに腰掛けると、シスター・エミルはコップに水をいれてレオの前に置いた。
「ごめんなさいね。お茶も用意出来れば良いのだけど、今は厳しくて。」
「いやいや。お気遣いなく。お元気でしたか。シスター・エミル。」
「まぁ、そんな他人行儀な。昔のようにエミルで良いですよ。」
「ありがとう、エミルさん。この村はあまり魔物が出てないのかい?」
「そうですね。出ると言ってもツノウサギくらいです。やはりワックルトに近い事もあって常に冒険者の皆さんが常駐してくれていますから。不安は少ないですね。」
「今は出払ってるようだけど?」
「時々のタイミングによって冒険者の皆さんもちょうど森に入っていたり街に依頼達成報告に行っていたりで冒険者さんがいなくなるときもあるんだけど・・・でも、今はあなたが来てくれたでしょ?」
壮年とは思えないお茶目な仕草でエミルはウインクする。その仕草に微笑みながらレオも「確かに!そりゃそうだ!」とお互い笑う。窓の外からは中の様子が気になるのか子供たちがチラチラと覗いていた。レオはこの孤児院に来た時から気になっていた事をエミルに問う。
「さっきのお茶も用意できないってのは、この子供たちの多さに関係あるのかい?」
そう切り出すとエミルの顔色は明らかに曇った。少し伏し目がちになり何かを言い淀んでいるようだった。
「この村の規模にしては孤児の数が多すぎるように思うんだが。言っちゃ悪いがこの数はワックルトの孤児院と言われても相違ないと思うぜ?」
「・・・これだけ子供がいればさすがに気付きますね。そうなのです。この子供たちはワックルトの孤児院を追い出された貧民街の子供たちなんです。」
「そんな!!まさか!!孤児を守るはずの孤児院や教会が子供を追い出すなんて!!領主は何やってんだ!!」
本来、孤児院と言う物はその土地の領主または国王からの支援を受けて運営されており、よほどの事が無ければ、いや、余程の事など起こる事も無いので孤児院から子供を追い出す等と言う事は考えられない。そんな事が起こると言うのはその土地の領主の統治を疑われるくらいの出来事なのだ。
「ワックルトの孤児院のシスターも出来得る限り手は尽くしてくれたのですが・・・教会がそれほど困っているならばレミトに送ってしまえと。それもこれも教会を無理やり抜けた私に原因があるのですが。」
「いや・・・だからと言って、しかし・・・」
「今は冒険者さん達の食材の寄付であったり、住民の方のお仕事の手伝いなどでお野菜などをいただいたりして生活の足しにしていますが。もしこの先も孤児が送られて来るような事があれば、年上の子達から何とか働き口と住む所を見つけないとここも限界を迎えてしまいます。」
「そうだったのか・・・俺は何も知らず・・・」
「いえ、こうしてお話を聞いてもらえるだけでも救われています。」
レオは今回のエルのスキル恩恵の話をするかどうかを迷った。しかし、これでもしかすると孤児院の助けになるかも知れないと思い直し、エミルに今回の訪問の事情を告げた。
「・・・・・。実は今回俺がレミト村に来たのには訳があって、エミルさんにスキル恩恵をしてほしい子供がいるんだ。」
「恩恵・・・。それは構いませんが、ワックルトでも恩恵は行えますよ?」
「訳は・・・聞かないで欲しいが、俺たちも教会と絡みたくない理由があるんだよ。」
「なるほど・・・。それは、神に反する事ではありませんね?」
「誓って違う。」
レオの真剣な表情を真正面からエミルは受け止める。
「そうですか・・・。分かりました。請け負いましょう。」
「ありがとう・・・。当然、謝礼は弾ませてもらう。それこそしばらくの間の食べる物には困らないくらいには。」
「それは!!・・・嬉しい事ですが、本当に危ない話ではないのですね?」
「大丈夫だ。その子も身寄りがない所を知り合ったんだが、どう探ってもその子の過去が見えてこない。その子の過去に何かあるんじゃないかと心配して念には念を入れての事なんだよ。それにもしその子から稀有なスキルなんて見つかった日には・・・」
「なんと・・・こんな所にまでそのような子供が。そうですか。微力ながら恩恵の儀、承りました。」
「それを聞いて安心したよ。エミルさん、申し訳ないがこの事は・・・」
「もちろんです。その子の事ももちろんですが、その子を助ける事がこの孤児院の子供たちの救いになるのならば。」
・・・・・・・・・・・・・・・
目を開けて体を起こすとジュリアが優しく微笑んでいた。エルは自分がいつの間にか眠ってしまっていた事に驚いた。御者台の上でダンとサームから話を聞きながら、どうすれば魔素溜まりを消す事が出来るのかを自分なりに考えていたらなぜかベッドの上にいた。ポムはエルのベッドの上でちょこまかと走り回っていた。
「エル様。お加減はどうですか?」
「あの・・・僕、寝ちゃったんですか?」
「何があったか覚えてらっしゃいませんか?」
「・・・何かあったんですか?」
「・・いえ、暖かい陽気でしたし竜車は独特のリズムで走って心地いいですからね。難しい話もして眠ってしまったのかも知れませんね。」
「そうだったんでしょうか。覚えていなくて・・・」
「体が怠く感じるとか無いですか?」
「少し頭が痛みますが、大丈夫です。」
「分かりました。宿に言ってお茶を貰ってきますからゆっくりしていてください。」
「あっ、ありがとうございます。」
「良いんですよ。」
ジュリアは自分のマジックポーチからお茶の葉が入った茶筒とコップを取り出し部屋を出た。ポムはエルの膝の上で丸くなりウトウトとし始めた。すると入れ替わるようにサームが部屋へ入ってきた。
「エル。体調は良さそうじゃのぉ。」
「はい。疲れていた訳ではないのですが・・・寝てしまったようで。」
「まぁ、今日は暖かいからのぉ。さきほどジュリアに聞いたら頭の痛みがあるそうじゃが。」
「はい。少しズキズキと痛む感じはあります。」
「ふむ。開路は控えておいた方が良いじゃろうかのぉ。」
「いえ、大丈夫です。耐えられないような痛みでもありませんし。」
「ふむ・・・」
そう言ってサームはエルの顔をジッと見る。ギルドで身分証を手にした事でエルの中には僅かながらに心に落ち着きが生まれ始めていた。そしてこれからスキルと魔力の有無を見定めれば、サームの元で本格的な修行に入る事が出来る。焦るつもりは無いが、周りの皆の過保護とも思える慎重さに申し訳なさがあった。
「そうか。では、この後にジュリアに頼むとしようかの。体調が優れぬ時はすぐに言いなさい。」
「はい。お師匠様。」
ジュリアがお茶を持って戻る。サームとエルにお茶を渡し、サームからレオが戻り次第、エルの開路の儀を行う事を伝える。ジュリアは真剣な眼差しで「畏まりました」と答え、何やら準備を始める。ダンとオーレルも合流し、サームは開路の儀の説明をエルに始める。
「まぁ、何をすると言ってもエルはベッドで寝ておるだけで良い。ジュリアが話しかけてくるから、それに答えておればよい。」
「はい。」
少し緊張感が沸き上がる。これで魔力が無いとなればこの先の自分の人生の選択肢が少し限られてしまいそうな気がしていた。
「その中で苦しいとか痛いとかあればすぐに口にしなさい。違和感がある事が全て悪い兆候ではないからあまり不安にならぬ事じゃ。」
「はい。分かりました・・・」
「エルくん。大丈夫だよ。皆、受けている儀式だし全然心配する事は無いから。」
「そうじゃそうじゃ。お嬢に任せてゆったり横になっとればあっという間に終わるわい。」
エルの不安を少しでも和らげようと皆が声をかけてくれる。ほどなくレオが戻り、いよいよ開路の儀を始める準備に取り掛かる。ジュリアはエルをベッドへと寝かせ、エルの目から頭にかけて厚手の布を被せて目を閉じても少し感じれていた光を遮断する。そしてエルに「始めますね。」と声をかけた。
ジュリアはベッドのエルを心配そうに見守るサームを見て静かに頷き、両手をエルの上に差し出し目を閉じる。目を閉じたままジュリアはエルに話しかける。
「エル様。今、体で何か感じませんか?」
「いえ・・・特には。」
「大丈夫ですよ。では、これから私の右手からエル様のお腹の部分へ魔力を流していきます。エル様は意識をお腹に集中してみてください。何も感じなくても不安になる必要はありませんからね。ゆっくりやっていきましょう。」
「はい。」
エルは言われた通りに自分の腹部に意識を集中させる。ジュリアは両手を重ねて腹部の上にもってくる。魔力を流し込むタイミングは敢えてエルには伝えない。魔力を感じられていないのに『今、魔力が流れている』と認識してしまうとこの先の魔力循環の作業で苦労する事になる。言い方を変えれば『魔力を頭で理解するのではなく体で感じる』事が上達と理解の早道であり最良の方法なのだ。
「あっ・・・お腹から胸にかけて何かポカポカ温かくなってきました。」
「そうですか。もう少しそのままその感覚を感じてみてください。」
ジュリアは静かに驚く。開路を行い魔力が体に感じられるようになると多くの者はそれを『お腹が押される感じがする』とか『少しピリピリした痛みがある』等の痛覚・触覚として感じる事がほとんどであって、エルのように温度として魔力を感じる者は本当に極めて少ない。かく言うジュリアも自身の開路の儀の際には腹部の鈍痛で魔力を感じた。ジュリアは以前に学んだ知識を基にしてエルに声を掛ける。
「エル様。その温かさを全身に行き渡らせる意識で。例えば水瓶に水が満たされているとします。そこに水を一滴垂らすと水の波紋が表面全体に広がる様子は分かりますか?」
「はい・・・分かります。お師匠様のお手伝いの時に水を運ぶ際に何度も見た事があります。」
「その感じで今お腹に感じている温もりを体全体に広げていく意識を持ってみてください。焦らずゆっくりで構いません。」
「はい・・・ゆっくり・・・ゆっくり・・・」
エルとジュリアが開路の儀を行うベッドから離れた場所でレオとダンは小声で話す。
「ダン。魔力を温度で感じるなんて、聞いた事あるか?」
「昔、本で読んだ事はあるけど実際目にしたのは初めてだし、そんな事が自分に起こったなんて人の話も聞いた事は無いよ。」
「これが一体なにを示してるんだ。魔力の有無や強弱に影響ある事なのか。」
「温度であったとしても感じられてるって事は魔力が無いって事はないと思うんだけど。」
「そうだな。・・・そうだよな。」
エルと知り合って以来、エルはレオ達の前で口にする事は無いが開路の儀を本当に楽しみにしている様子だった。魔法にも興味があってこれから自身が使えるかも知れないと言う期待が感じれていた。それだけにレオ達にも予想出来ないこの状況は良い事なのかどうかの判断も付かない。
「何となくですけど・・・全身が温かくなってきているように思います。」
「良いですね。その調子です。全体へ行き渡らせる意識が出てきたら、またお腹の部分の感覚に意識を持ってその温かさをもっと感じてみてください。」
「はい・・・温かいです・・・さっきよりもっと。温かい・・・」
ジュリアは少しずつ少しずつ流す魔力を強めていく。その強さは以前にジュリアが行った開路の儀の際に流した魔力よりも少し強く流していた。ジュリアの経験上、魔力を流される側の者が自分の魔力以上の物が流れ込むと痛みが走り始め、それがだんだん痛みが増すと言う症状が多いように感じていた。にも関わらず、エルにはいまだに痛みどころか押されるような感覚すら感じていないようだ。これは一体どう言う事なのか。
その時だった。
ジュリアの目の前の景色がぐにゃりと歪む。その心地悪さに思わず流していた魔力を止め、その場に片膝を付いて座り込む。周りをみると他のメンバーも同じく違和感を感じたようだった。思わずベッドの上のエルを覗き込み、顔にかけていた厚手の布を取る。すると・・・
エルの黒いはずの目が、透き通るように碧くなり虚空を見つめていた
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