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錬金術の森~未成年孤児エルの半生~  作者: 一仙
第一章 森の迷い子
21/97

21.ジュリア講座はつづく

いつもお読みいただきありがとうございます。

 その後もジュリアの貨幣講座は続く。

 エルのように街や村で生活する国民のほとんどが目にして主に使用するのは銅貨と銀貨が主であり、金貨などは家を建てるとかかなり大きなお金を必要とするとき以外はなかなか目にすることが無いそうだ。たとえば街の通りに出ている屋台で肉串を一本買おうと思えば銅貨5枚~8枚程度で買えるらしく、駆け出しの冒険者が一人で宿に泊まろうと思えば銀貨1枚~2枚程度が相場なんだそうだ。あとは「風呂に入りたい」「鍵付きの部屋にしたい」など自分の希望に応じて部屋代や選ぶ宿屋自体も変わって来るとの事。


 当然ではあるが銀行は各種ギルドとも提携されており、冒険者ギルドの報酬を手渡しで受け取る事も出来るし銀行の個人口座へ振り込んでもらう事も出来る。高額報酬になる事の多い高ランク冒険者は原則として振り込みでの支払いが主であり、達成報告した時に受付で提示される報酬額も紙に書いたり文字を映し出せる魔道具などに表示させて他者に盗み見られる事のないようにし、受付スタッフは一切金額を口にしない。そして、報酬に冒険者が納得すればその書いた紙は直ちに消却されて他の冒険者の目に触れないように徹底されている。


「ただ冒険者であっても商業ギルドにもランクを持っている者はいます。たとえばサーム様や今後のエル様もその形になります。それは商売をしながらも冒険者ギルドからの素材採取の依頼を受けられるようにしている人たちですね。そういう人は銀行の個人口座を冒険者ギルド用と商業ギルド用に分けて構えています。商業ギルドの取引額は個人取引であっても軌道に乗れば結構大きい額のやり取りになりますから、別に構えるとなる訳です。商業ギルドで高ランクになる方は逆を言えば冒険者としてはランクを上げられるほど依頼はなかなかこなせませんから、冒険者ギルドとの金銭のやり取りは非常に少ないんです。」

「すごく利用しやすいようになってるんですね。」

「そうですね。でも、ロンダリオン王国のはるか東側の隣国、自由都市シルネガ等は交易で発展し各ギルドが協力して国を運営していますから、更に便利な仕組みを作っていますよ。」

「隣の国・・・想像もつきません。」

「エル様もサーム様の下で錬金術を学ばれて行動や思考の幅が広がれば、いつか行く時はあると思いますよ。」

「ジュリアさんは行かれた事はありますか?」

「はい。私達創竜の翼は自由都市シルネガとモルド王国・ガイネル獣王国などの他国でも冒険者登録していますので、頻繁ではありませんが他国へ行く事もあります。しかし、ロンダリオンと友好な国に限ってと言う条件は付きますが。」

「そうなんですね。行ってみたいなぁ・・・」


 何があるかも分からない。それでも自分の知らない街・文化を知りたいと思う。そんな果てしない想像を膨らませるエルの顔を楽しそうに見つめるジュリア。


「ほら。やってみたい事。もう出来たではありませんか。いつか経験や成長が整えばシルネガやモルドに行ってみるのも良いですね。一人で厳しければ頼れる冒険者を雇って護衛を任せる事も出来ます。錬金術や薬師として商品を他国に売りに行くのも良いですね。あっ!護衛依頼はぜひぜひ創竜の翼に一言お声がけくださいね。私たちもそれなりに実力はございますから♪」


 ジュリア自身のふくよかな胸をポンと大げさに叩く。するとジュリアの膝の上でポムも同じように胸を叩いて「キュゥッ!」っと鳴く。それを見てエルとジュリアはクスクスと笑い合う。

 自分の前にこの先も多く示されるであろう可能性の分かれ道。たくさん経験出来ると良いな。それがまた自分の大きな未来に繋がっていくんだろうか。楽しみで仕方なかった。


「はい。その前にもっともっとこの王国の事を知りたいです。」

「そうですね。少しづつ学んでいきましょう。」


 ジュリアの話では自由都市シルネガは個人の身分証明書をどこかのギルドで作ると、他のギルドで証明書を作った場合でも一つの身分証に統合されて管理されるらしい。だから、都市の門番やギルドの受付に自分の身分証を呈示すれば冒険者としてのランクや商業ランク、場合によっては貴族の階級も確認出来るようになっており、複数口座を持った場合でも一つの身分証で管理出来るそうだ。

 これは出来る限り金銭のやり取りにおいてランクや身分の確認、口座の金銭のやり取りの手間を省きたい『交易自由都市』としての利便性を長年に亘って追及してきたゆえの発展と言える。また、シルネガは同盟加盟国の中で唯一国境を接しているロンダリオン王国との取引においては貨幣変更時に生ずる手数料を完全無料化している。そうする事によりロンダリオン産の特産品や魔道具を他国よりも優先してシルネガに流通させたい狙いがある。


「このワックルトからシルネガの国境まで行こうと思うとどれくらいの時間がかかりますか?」

「そうですねぇ。一般的な馬車ならば半月以上は考えておくべきですね。うちの走竜のテッドとシューでも早くて十日かからないほどでしょうか。特にこのミラ州はロンダリオン王国でも北西に位置していて、東側の隣国まで行こうと思うと幻霧の森をぐるっと迂回しながらの陸路になりますので時間はかかりますね。」

「陸路と言う事は船で行く事も出来ると言う事ですか?」

「そうですね。相当量の積み荷で交易する場合には陸路よりも海路を行く方が安全と言えます。その理由はロンダリオンより南には海しかなくシルネガの港に到着するまでに他の国や治安の悪い場所、何より幻霧の森を通らなくて済みます。。そしてこれが最大の理由ですが、魔物は海の上には現れません。なので、他の船から襲われない限りは安全と言えます。」


 海の上はもちろん海の中も陸上に比べると非常に魔素の影響は低く、海の生き物が魔物化したと言う話は無いのだと言う。何百年も昔には海には海竜族と人魚族が住んでいたと言う伝説があるが、それももう西ドルア大陸では生存を確認されていない。東ドルア大陸に極少数の人魚族がいると言う話だが、東西ドルア大陸は国交が断絶されて数百年経っておりその真実を確かめる手立ては今は無い。


 なので、王都にある有名な商会や国同士の交易は海に面した交易都市から船で行われるらしい。陸路よりも時間はかかるが安全性は抜群な為、貴族や王族は隣国のシルネガとモルド公国へは基本海路で移動する。冒険者も乗る事はあるらしいが、かなりの高額で『船で国境を超える=金ランク以上の冒険者』と言えるほどの高額なのだそうだ。


「エル様。冒険者は冒険者で立身の道はありますが、専門技能職に関しては多岐にわたってその立身の道はあり、薬師と言うだけでも国に召し抱えられて国の筆頭薬師や宮廷薬師になる道もあれば、大きな商会を立ち上げるだけの大店になるまで儲けたり、サーム様のように民衆の為に在野に留まりその能力を行使しつづけると言う道もございます。エル様の目指す《立身の道》をゆっくり見つけてください。」

「はい。。。ありがとうございます。」

「私たちが冒険者をしている中で知り合った方が沢山いますが、ある人は商会を立ち上げその街を代表するような商家になった人もいます。または自分の工房で黙々と槌を振るっていた職人が王に認められ、今やマスターの称号を得るまでになった方もいます。そして、小さな町から冒険者を夢見た少年が様々な仲間と出会い困難を乗り越えて、仲間たちと作ったパーティーは白金の位を手にして少年はその功績を称えられ貴族になりました。」

「え・・・」


 それを語るジュリアの目は何かを思い出すように(くう)を捉え、微かに笑みを浮かべていた。きっと昔に出会った人の事を思い出しているのだろう。


「庶民から貴族になれる事もあるんですか?」

「はい。国に対して長い期間貢献し続けるような功績を上げた商家や、国からの依頼や魔物の討伐で類まれな功績を上げた冒険者などが爵位を与えられた事は何度もあります。ただ、貴族には大きく分けて二つあり、その爵位を子の世代に受け継げる世襲貴族と、与えられた者が亡くなったら爵位を国にお返しする一代貴族があります。」

「そっか。商家や冒険者に与えられるのは一代貴族って事ですね。」

「そうですね。余程の事が無い限りは一代限りで爵位は騎士爵か準男爵ですね。ただ、一代貴族が存命中に本人やその家族が陞爵に見合うだけの功績を上げた場合には更に上の爵位を授かったり、家族が爵位を継げる事も稀にあります。なので、世襲貴族と言うのが新たに陞爵される事は本当に難しいです。」


 この国で最も有名な世襲貴族はミラ州を治めているテオルグ卿、名をテオルグ・アルシェード・フォン・ミラ。絶対王アウロスをゼグリア・ロンダリオンと共に支えた人族(ヒューマン)のディーム・アルシェードが、王国建国を支えたその功績を称え世襲貴族の筆頭として陞爵された。それ以来、アルシェード家は幻霧の森とタリネキア帝国に最も近い広大なミラ州を代々治めてきた。その長年の多大な功績もあり、王国内の世襲貴族の中で唯一統治する地方名を名乗る事を許されている。それは、ミラ州は永劫アルシェード家によって治められることが国家によって約束されていると言える。


 爵位は公・候・伯・子・男の五爵位の下に士、いわゆる騎士爵が設けられている。五爵位に関しては世襲される事はあるが騎士爵は原則一代限りである。国王と王族・王城を守る近衛騎士や王国騎士に選ばれると騎士爵を与えられる。なので、庶民で腕に覚えが有る者は冒険者で成功するか騎士を目指し一代貴族を目指すかの二つの道に進むことが多い。


「エル様も貴族を目指しますか?」


 ジュリアがいたずらっぽい笑顔でエルに問う。


「えっ!?想像もつきません!!今はまずお師匠様のお役に少しでも立てるように知識と経験を身に着けたいです。それに国に対して貴族となれるような貢献もあげられそうにないですし。。。」

「あまり自分を卑下しすぎるのも良くないですが。高すぎる目標を見る事は自分の足元を見失いやすくなりますからね。」


 生まれながらに奴隷として生きてきたエルには目の前に広がる自由な生き方に想像が及ばない。いったい自分はどれだけの可能性を秘めているのか、不安の中に少し楽しみな気持ちはあった。


「さぁさぁ、少し話が長くなってしまいましたね。今日はもう休みましょう。明日、エル様のお疲れが取れていたらまたギルド職員から直接エル様の疑問に答えてもらいましょう。」


 ジュリアはシーツをエルにそっとかけ直し、ベッド横の小さなテーブルに置かれた魔石ランタンにそっと手をかざす。するとランタンの明かりはすぅっと光を失い部屋の中は窓から差し込む月明かりだけになった。エルは静かに目を閉じる。明日もまた、新たな初めてに出会うために。

誤字脱字ありましたらご指摘お願いします。2023年度の投稿は28日からお休みさせていただき、2024年は3日くらいから再開出来ればと思っております。それまであと1~2話は投稿したい!

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