二章 創造7
セフィーを連れて工房を出て、食堂に入る。空いている卓につくと、忙しない足取りで出てきた女将が煮込みの入った深皿と黒パンの入った籠を私達の前に置いた。
「はい、お待ち遠。おかわりが欲しけりゃ呼んどくれ。」
「主よ、日々の恵みに感謝します。」
「旨し糧よ。」
「アレン、ちょっと祈りを簡略化しすぎじゃない?」
「私はソレス教徒じゃない。」
「……そう。……ううん、無理強いは良くないか。」
「主義主張は自由だろう?」
「あんたら、喧嘩してないでさっさと食いな。腕によりをかけて作った突撃角牛の煮込みが冷めちまうだろうが。」
「大したことじゃないさ。……うん、旨い。セフィーも食ってみろ。最高だぞ。」
「そう……うん、美味しい。初めて食べるはずなのに、なんか、懐かしいような……」
「そうかい。ま、煮込みは逃げないからしっかり味わって食いな。」
女将が不敵に笑って、奥に引っ込んでいく。
入れ替わりに出てきた少女が、苦笑いしながら此方に声を掛けてきた。
「すみませんね、うちの母が……お飲み物どうされますか?」
「あー、私はお冷やをお願いします。」
「赤ワイン……いや、私も水で良い。」
「お水ですね、すぐ持ってきます。」
女将を指して母と呼んだその少女が奥に下がって、すぐに水が注がれたグラス2つと並々と氷水の入ったピッチャーを持って戻ってきた。
「お待たせしました、ごゆっくりどうぞー。」
「ありがとうございます。……水も美味しい。」
「水質が良いからだろう。豊かな森を擁するアララト山脈からの地下水だ。眉唾な話だが、あの山々には多くの精霊が棲み着いているらしい。……見えないものは信じない主義だから、私は信じちゃいないが。」
「精霊、ね……信じない、とまでは言わないけど、私も見たことはないなぁ。」
「あんたら、飯時に小難しい話をするんじゃないよ。飯が不味くなんだろうが。そら、腸詰めも食いな。」
「ありがとう、ベロニカさん。」
「……待った、ベロニカさん。頼んでないぞ?」
「なーに言ってんだい、サービスだよ。あんたは新規を連れてきたし、普段の金払いも良い。従業員へのあたりも他の冒険者と比べるとそこまでキツくないしね。そんな上客、雑に扱ったら罰が当たるってもんさ。」
「お母さんが、サービス……!?明日は雨……!!」
「ユリーカ、あんたあたしを何だと思ってんだい。たしかにあたしゃ拝金主義の守銭奴だよ?あの馬鹿旦那と違って、金は裏切らないからねぇ。でも、それはそれとして仕事は手を抜かないと決めてんのよ。」
「……ありがとう、ベロニカさん。」
「なんの、感謝は言葉じゃなくて金で示しとくれ。」
「ところで、この氷って?」
「ああ、ネアが作った呪具だよ。」
「……親父が?」
「親父ぃ?」
「私の推測が正しければ。その呪具の何処かに、こういう模様が刻まれているはずだ。」
私の言葉に聞き返す女将に、懐から取り出した板状のものを見せる。
それに刻まれた、“ΟΡΓΑΝΟΝ”の文字に、女将は眉根を寄せた。
「……あー?あー……言われてみれば、何処だったかねぇ……刻んであったような気はするが……」
「親父……と言うよりは私の家系の呪具創師が、誰かのために作った呪具に刻む刻印だ。」
「……ということは。」
「私の手持ちで刻んであるのは陽炎の幻灯機と幻影燈籠くらいだな。後は強いて言うなら……携帯簡易宿泊所くらいか。」




