一章 再起6
腕を振ると、弾かれるように刀身から拭った血が飛び散る。噎せ返るような濃い血の臭いに少し顔を顰め、私は愚痴をこぼした。
「思ったより散ってるな。奴らの速さなら、3分も掛からず集まってくるはずだが……っ、と。仕留めてるとは思うが念のため……ちっ、まだ生きてたか。久々のソロだし、勘が鈍ってるな。」
明らかに死体になっている狼の成れ果てを素通りして、最序盤に蹴り飛ばした狼に歩み寄る。毛皮をかき分け脈を取ると明らかな拍動を感じ取れたので、力任せに首をへし折り止めを刺した。
コートの裾から収容鞄を取り出して、そこかしこに転がる生首や血塗れの骸を拾い始める。
淡々と回収を終え、鞄をコートの中に戻すと、再び腰からハルパーを抜き放つ。
「聞こえるなぁ、それに臭う。茂みをかき分け迫る足音、血の臭いでも消えない獣臭。掛かってこいよ、ワンちゃん達。この私が、鏖にしてやる。」
そう呟いた直後、ぞろぞろと出てくる大量の狼。
目を動かして数を数える途中、聞こえた異音に顔を顰める。
徐々に迫る、バキバキと木が倒れる音。
「……情報不足か。しかし、上位個体がいるとはなぁ……王種や帝種じゃないだけマシか。」
私の視線の先から、木を薙ぎ倒しながら通常のサーベルウルフと比較して3倍ほどの巨体の、真紅の毛皮に覆われたサーベルウルフが現れた。
不倶戴天の敵を見つけたとばかりに、殺意に満ちた血走った目で私を睨む真紅の剣狼。
「……三分待ってろ、ブラッディサーベル。取り巻き全員黙らせてから、ゆっくり相手してやるよ。」
「グオオオ゛オ゛オ゛ッ!!!」
重く、凄まじい声量の咆哮が私の鼓膜を揺らし、押し潰すような強烈な圧が私に向かう。それを意に介することなく、私は口を開いた。
「流転神の具足、起動。賢者の六芒星、起動。我は時の流れを翔る者、術式解放『時空疾駆・倍速』。」
瞬間、周りを囲む狼達の動きが、まるで水中にいるかのように緩慢になる。緩やかな世界の中、地を蹴り手近な狼の顎下目がけてハルパーを振り上げる。己が死んだことにすら気付かないまま、憐れな狼の頭が真っ二つに割れた。
血飛沫を浴びるより早く、別の狼に斬りかかる。
首を刎ね、腹を裂き、頭蓋を砕き、そのいずれも血を浴びることなくやってのけ、30匹余りいた狼達を瞬く間に死体に変えた。
「術式凍結。待たせたな、赤犬くん。」
「グルル……」
「お前相手にこんな小さい刃物じゃ、力不足も良いところだよな。強者たる礼儀を以て、全力で殺しに掛かるのが筋ってものだ。」
袖から前腕より幾らか長い刀身が伸びる。それに続くように現れた柄を掴み、力強く引き抜く。
「巨人の双腕、制限解除。さあ、果てるまで踊ろうか。さっきまでの雑魚相手の作業とは違う。本気で殺しに行ってやるよ。」