営業停止ってマジですか!?
りさが恋文代行をして一か月。
少しずつ
「綺麗な字と素敵な文章を書く書き手が新しく入ったらしい」
と、りさの存在が噂になりはじめ、りさ指名の依頼も増えてきた。
また、転移する前の職場の給料よりも多くの給料を貰えるようにもなってりさは、心の底から充足感を感じるようになってきた。
まさか文字と、転移前に聞いてたラブソングや趣味の和歌が役に立つなんて思いもしなかった。
(芸は身を助くというけれど、まさかボールペン字がそれにあたるとは)
ふう、と一息ついて手紙を書き終え、お茶を飲もうと机から立った途端、
ドアのベルがけたたましく鳴った。
「いらっしゃいませ~ご指名はございますか? 」
「貴様がリサか。呑気なものだな」
若くて偉そうな男がやってきた。なんだか軍服のようなものを着ているが、彼は何者だ?
そんなことをりさが考えていることはつゆにもかけず精悍な顔だちの男は黒い艶やかなたっぷりの髪を振り払い、店内を見渡したあと、りさの顔をじっと見つめる。
濃い緑のツリ目がりさの目を射る。
(あれ、この人どっかで見たな)
実は市場で一度会っているのだが、りさはとっくに忘れていた。
客ではないと判断したりさは奥にいるケインを呼んだ。
「いらっしゃいませ……おやこれは、王国騎士団の」
「王国騎士団長、フランツという。今日はこの店の営業停止を命じに来た」
「営業停止! ?」
りさとケインは揃って叫んだ。
「この国の風紀を乱すと考えてな。恋文など不埒なものに国民がうつつを抜かすなど言語道断だ」
「え、え、営業停止っていうことは収入が無くなるってことですよね! ?」
「何か他の仕事をすればいい」
冷たく言い放つフランツ。
「そうはいっても旦那、こいつは異国人で代行業以外にこれといったスキルはないんです」
ケインはりさを盾に営業停止を免れようとする。
「そんなことは知らん。スキルがないなら磨けばいいだけ。研鑽あるのみだ」
「そうおっしゃらず~!私これ以外に食べていく能力ないんです~!」
半べそを書いて泣き落とし作戦にりさは出た。
「そんなに言うなら貴様のスキルとやらを見せてみろ」
面白そうなことを思いついた、といった表情でりさに提案するフランツ。
「えぇ、えぇ、それで営業停止が免れるならいくらでも書きますよ!」
半ばやけくそになったりさは机に戻った。
さて、何を書こう。
屈強そうな軍人さんに向けた歌なんて……あ、そうだ。
思い立ち、スラスラと紙にペンを走らせる。
「書けました。お納めください」
そういって紙を渡すりさ。
「随分早かったな。どれ……」
手紙を受け取ったフランツは、最初こそ冷たい顔をしていたが、徐々にその顔に赤みが出る。
「こ、これは俺のことか?」
「さようでございます」
「そうか……お前にはそう映っているのだな、そうか」
何度もほう、そうか、を繰り返し、辺りをうろうろする。
どうやら恋文を貰ったのが初めてのようだ。口角が少し上がっている。
「わかった。営業停止は無しだ。今後も励むように」
「はい!ありがとうございます!」
「……また来る」
そう言ってフランツは帰っていった。
***
恋文屋から王宮に戻るフランツは、胸の高鳴りを抑えることが出来ずにいた。
(これが、恋というものなのか?)
鼓動を打つ自分の心臓を掴むフランツ。
そんな事になっているとは露知らず、恋文屋のふたりは安堵し、談笑していた。
「よくやったなりさ!ところであの団長さんになんて書いたんだ?」
「あぁ、えーとですね」
【大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね】
「と書きました」
男たるもののちの世に伝え聞く人に、ずっと語り伝えてくれるように立派な男にならねば、
といったようなことをうたったものである。
「恋文か?それ」
ケインは首をひねる。
「まぁほら、そこは団長さんを褒めたほうがいいと思って」
「そうか。結果的にはよかったから、良しとするか」
さて、仕事に戻ろうと机に戻るりさ。
まさかこの一件で団長に惚れられるとは思いもよらないりさだった。