身分違いの恋
泣き出すロザリーの背中をさすり、何があったかりさは尋ねる。
「さっき、お母さんに言われたんです。貴族様との恋は無理だ、あきらめろ、って」
ヒックヒックと苦しそうに答えるロザリー。
「でも身分違いの恋なんてよくある話じゃないの?」
ケインに尋ねると、
「う~ん、現女王も身分の低い令嬢だったから一概に身分違いの恋はあり得ないってことはないけど」
と答えが返ってきた。
「きっとお母さんはロザリーちゃんに傷ついてほしくなくて、あえて厳しいことを言ったんだと思うよ?」
「そうでしょうけれど……でも恋文なんて初めてもらったから私……」
「うんうん、育んでいきたいよねぇこの恋心」
りさは初めて付き合った恋人の顔をぼんやり思い出しながらロザリーを慰めた。
「手紙の相手のアーディ様とやらはいつ来るの?手紙には七日後と書いていたけど」
「ええっと……あと三日後です」
「リサが書いたんだ、きっと相手ももっと君のことで夢中になるさ。元気を出して」
ケインもロザリーを慰める。
「はい、ありがとうございます!」
涙を流しながら笑うロザリーは、可憐だった。
店に戻り、ケインはお茶を淹れてくれた。
「ロザリーちゃん大丈夫ですかねぇ」
「そうさなぁ……恋文が続いたらうちも利益アップするしなんとかしてもらいたいものだが」
「それもそうなんですけど、身分違いの恋に苦しむ彼女を見るのはつらくて」
「まぁまぁ。さっきは言わなかったが、貴族と文通している庶民はけっこういるぜ?」
「そうなんですか?}
ぐび、とお茶を飲むケインはそうだとも、と答える。
「さっき話した通り、王族のトップが身分違いの恋をしちまったからな。それもあってみんな身分違いの恋に憧れるようになったのさ。」
そんなことあるんだ。この国おもしろ。
「じゃあロザリーちゃんもアーディ様とやらと結婚する可能性も?」
「なくはないんじゃないかな」
じゃああんなに泣かなくてもよかったのに。よっぽどお母さんにきつく言われたんだろうなあ。可哀想に。
そんなことを思っていたら、ケインがお茶を飲み終わった。
「さて、んじゃ俺は一階で仕事してるからリサは休んでな」
「えっ、何か手伝うことないですか?」
「見知らぬ土地で買い物して疲れただろう。ゆっくり休んでなさい」
そういって頭をポンポンと撫でられた。不思議と嫌な気持ちはしない。
「その代わり、明日からたくさん働いてもらうから、よろしく」
「頑張ります。」
そう言って、その日はそれで終わった。
次の日から大変だった。
まず、ケインが請け負っている手紙の優先順位度を振り分けした後、相手のデータと代行を頼んだ相手のデータを元に手紙を書いていった。
ロザリーの時は聞き取りだったが、あれは稀なケースでほとんどが
「相手に気持ちが伝わる文を書いてほしい」
といったような、抽象的な依頼がほとんどだ。
ケインから案件を半分もらい、ひぃひぃ言いながら書く。
転移してくる前の日本のラブソングを引用したり、恋をうたった和歌なんかを引用して書いた。
これがえらく評判で、りさは「日本のクリエイターたちってすご~い」と感謝をするのであった。
さて。問題の日がやってきた。
ロザリーの店にアーディがやってくる日が来た。
どうしても気になるのでこっそり見に行きたい、とケインに伝えたところ、苦笑しながらOKしてもらえたので花屋へ行くことにした。
開店準備をするロザリーの姿が見える。すると、金髪が眩しい背筋を伸ばした青年がやってきた。
「花屋の君、こんにちは。手紙は読んでくださいましたか?」
「あ、アーディ様……ごきげんよう」
「ごきげんよう。それで、君の返事が欲しいんだけど、どうかな?」
そう言われたロザリーはおずおずと、ポケットから手紙を取り出し、アーディに手渡した。
「わあ!嬉しいなあ!ありがとう!そうだ、この花を花束にして包んでもらえるかい?」
「はい、かしこまりました」
金貨1枚を渡され、若干緊張した面持ちのロザリーは、しかしてきぱきと作業を進めていった。
「おまたせしました、どうぞ」
そういって花束をアーディに渡すと、渡し返されてしまった。
「アーディ様……?」
「これは僕の気持ち。君に花をプレゼントしたかったんだ」
また7日後にくるからね、と言ってアーディは去っていった。
「ちょっとロザリーちゃん!いい人そうだったじゃん!」
「リサさん!? どうしてここに」
「あまりにも気になったから来ちゃった。あとは手紙に文句がつかなきゃいいんだけど」
「文句なんて、リサさんの綺麗な文字見たらなくなっちゃいますよきっと」
「ありがとねえロザリーちゃん」
「それにしても、こんなにそわそわする7日間なんて、生まれて初めてかもしれません」
ロザリーは顔を赤らめて、手を心臓にやる。
「お手紙って、返事を待つ間が一番緊張します。もう届かなかったらどうしようとか」
そうか、この人たちはスマホを持っていない。気軽に連絡する手段がないのだ。
改めてそう実感したりさは、そんな人たちの思いを届けるお手伝いをする仕事にまじめに取り組もうと思った。
(いや、別に今まで不真面目に取り組んできたわけじゃないのだが)
りさは心の中で己に突っ込む。
もっと、こう、誇りを持とう!と思ったのだった。