特別な指輪
眠気を誘うような気持のいいのどかな午後。
(こんな日は仕事ほっぽって、日向ぼっこしたいなあ)
りさが一人で店番をしつつ、小さなあくびを噛み締めながら、いつものように手紙を書いていた。
(ケインさん遅いなあ)
ケインが魔法ドコロに買い物に出て、時間にしておよそ30分はとうに過ぎていた。
恋文屋から徒歩3分の店に買い物に行くだけなら10分程度で戻ってくるはずだ。
りさは
(まだかなー何かあったのかなー)
とぼんやり思いながらペンを動かしていると、店の扉が開いた。ケインが帰ってきたのだ。
ケインは、何やら嬉しそうな顔をして足取り軽く戻ってきた。
「ケインさん、嬉しそうですけど、どうかしたんですか?」
「実はカロルにいいアイテムを貰ったんだ」
そう言ってケインは小さな箱から指輪を二つ取り出す。
「これには体を癒す魔法が込められてるらしいんだ。
カロルが言うには、『お得意さんだからサービス。これをはめると回復魔法が発動されるよ。机に向かう仕事だから腰とか痛めるでしょ』ってさ。あいつも人を思いやる心を持ってたんだな」
「ケインさん、それはちょっとカロルに悪いよ」
「ははは、悪い悪い。しかし、これで腰痛とおさらばできるなんて、夢みたいだ」
腰を痛そうにさするケイン。
職業柄、腰を痛めがちなのはりさも同じだった。
(カロル、いいものくれたな。よっ太っ腹!)
りさは心の中でカロルを讃え、ケインが持っている指輪をまじまじと眺めた。
鈍く輝くシルバーのそれは、アメジストのようなキラキラした小さな紫色の石がはめこまれている。
(魔法のアイテムなんて、ゲームみたい)
りさが小さく笑うと、ケインが
「早速つけてみようか。りさ、手を出して」
と言って、ケインはゆっくりとりさの左手の薬指に指輪をはめた。
「ケ、ケインさん!?」
「右手につけるとなると、書くとき邪魔だろう?何かまずいことでもしたか?」
ケインがきょとんとした顔でりさに問いかける。
「いえ、その、」
りさはもごもごと口ごもる。
「私のいた国では、左手の薬指に指輪をはめるというのは特別な意味を持っているんです」
「へえ、どんな?」
「それは……」
恥ずかしくて口ごもるりさ。
(結婚指輪をはめる箇所なんて、とてもじゃないけど言えないよ!)
目をぎゅっと瞑り、顔を真っ赤にするりさを、ケインは不思議そうに眺めている。
(ええい!言ってしまえ! )
覚悟を決めるりさ。
「私の国では、特別な相手とお揃いでつけるんです」
「へえ、じゃあ尚更つけてもらわないと。りさは俺の特別な人だから」
「え!?」
すると、ケインも指輪を着けてみせた。
「ほらみてリサ、お揃い、なんて」
いたずらそうに笑ってケインも薬指に指輪をはめた。
「ケインさん、それは流石にまずいです!」
「あ、おじさんとお揃いなんて、やっぱり嫌だった?ごめんね」
「そうじゃなくて、そうじゃないんですけど……!」
「あ、まずい、指輪抜けなくなっちゃった」
「ええ!?」
「まあいいじゃない。りさは俺の大事な大事な書き手なんだから」
「あ……なんだ、そういう意味ですか」
ほっとして胸をなでおろすりさ。
「ん?どういう意味だと思った?」
「なんでもないです、本当に」
仕事しましょうとケインの背中を押して机に向かわせるりさであった。
***
仕事を終え、帰路につくケイン。今日の出来事を思い返す。
指輪を眺め、りさの言った「特別な相手」を頭の中で何度も繰り返す。
(仕事抜きにしても、大事な相手なんだけどな)
ケインは自分の勇気のなさを嘆き、大きなため息を一つついた。
(指輪が抜けないなんて、嘘だよ)
どうしても、抜きたくても抜けなかった自分がいた。
歳をとるとズルくなる一方で、嘘も年々上手になる。
(おじさん、傷ついたらもう立ち直れないからね)
傷の直りが遅いのは身体だけじゃない。心もだ。
ケインは指輪にキスをしてから馴染みの酒場に入った。
「大将、度数の強い酒をくれ」
「おう、どうしたケイン。何かあったか?」
「うーん、まあね」
透明な酒をグラスにいれてケインに渡す店主。
なみなみとそそがれているそれを、ケインはぐいっと飲み干した。
「大将、おかわり」
「おいおい、悪い酔い方するぞ?」
「いいんだよ、今日は」
そう言って二杯目の酒も一気に飲み干した。
結局、その日は荒れに荒れたケインの姿があった。
「あんなケインみたこともない。いい歳して失恋でもしたのか?」
とは、店主の声である。
悟られたくない恋心を誤魔化すための酒だとは、ケイン以外誰も知らない。
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