秘密のレッスン
とある日のヴェルニカ王国の王宮でのことである。
私ことヴィンセント・オリオールは、静寂な執務室で今日も仕事を進めていた。
机の上で書類にペンを走らせながら考える。
(そういえば、今日はリサ様が来る日でしたね)
王宮御用達の恋文屋サリューのリサ様は、王宮に住まう貴族たちからの手紙代行の依頼を受けるため、七日に一度のペースで私の執務室にやってくる。
また、彼女とはひょんなことから文通をやり取りする仲になったのだが、なかなかどうして彼女の手紙は興味深い。
彼女の故郷である歌を詠んだ手紙を書いてよこす日もあれば、彼女の日記のようなものも受け取った事がある。
やり取りをしてずいぶん経つが、日に日に彼女についてもっと知りたいと思う自分がいた。
(これが恋というものだろうか)
一瞬そう思ったが、すぐにその考えは違うと結論付ける。
恋なんて馬鹿のするもの。私が恋に落ちるなんてあり得ない。
他人に感情をかき乱され、仕事に手がつかなくなるなんて笑止千万。
仕事が生きがいの私からしたら、そんなものは阿呆のする事でしかない。
そう鼻で一笑したところ、執務室の扉が叩かれた。
「いつもお世話になってます、りさです」
呑気な声に少し脱力する。
私は椅子から立ち上がり、扉を開けた。
「どうも、いつものやつです」
リサ様が、私宛の手紙を渡してきた。
「毎度毎度、ご苦労様なことです」
「なんか嫌味っぽいですね?まぁ、ほら、啖呵切った手前、ね」
リサ様が口をとがらせる。
鳥のようで愛らしい。
(……愛らしい?)
今の考えは取り消します。ただの鳥のようでした。
「何1人でブツブツ言ってるんですか?」
「ああ、失礼いたしました。今依頼書をお渡しします」
そう言って、机の引き出しから依頼書を取り出す。
静かに閉めた後、彼女のもとへと向かう。
広い執務室に私の靴音がコツコツと響く。
「お納めください」
「はい、確かに」
そう言って彼女は斜めがけのカバンに書類を丁寧にしまい込む。
仕事の丁寧な人はいいですね、好感が持てます。
「じゃあ、私はこれで」
「あ!ちょっと待ってください」
あと一つ、大事な用事があるので伝えなければ。
そう思って、帰ろうとする彼女を引き留める。
「どうしました?」
「実は……リサ様に字のレッスンをお願いしたいのです」
恥を忍んで、頭を下げる。
頬が熱を持っているのを感じる。
この私が、人に頭を下げる日が来るなんて……!
***
話は5日前に遡る。
私は上司である国王に呼ばれ、王室へと馳せ参じた。
「国王、お呼びでしょうか」
「ああ。大変言いにくいのだがな、ヴィンセント」
「はっ」
「お主の書類、何が書いてあるかわからんのじゃ」
「……」
国王はたっぷりのひげを触りながらそう仰る。
私の字は汚……いえ、少し個性的なので、中々読みづらいらしい。
頭の中で考えていることを文字にするとなると、動かす手が思考のスピードについてこないのだ。
どうして今更、と思いながら王の言葉の続きを待つ。
「そこでだ、恋文屋のリサに字を習うといい」
「はい! ?」
「折角リサが周期的に来るのだ、字を教わればよい」
「し、しかし」
「駄目じゃ、国王命令じゃ。では仕事に励めよ」
そう言って、仕事に戻るよう促された。
ヴィンセント、一生の不覚!
まさか人様に何かを習うなんて、あり得ない……この私が……?
***
「と、いうことなのでレッスンをつけてもらいたい」
「はぁ。大変ですね、ヴィンセントさんも」
「仕方ない、国王命令ですからね」
「わかりました、いいでしょう。その代わり授業料くださいね」
「リサ様は意外とがめつ……いえ、ちゃっかりしてらっしゃいますよね」
「字のプロにレッスンを乞うなら当然です。それと、様付けはやめましょう。こそばゆいんで」
「分かりました、ではリサさん、よろしくお願いします」
彼女の名前を呼ぶだけなのに、なぜこうも距離が近づいたと思ってしまうのだろうか。
私は、彼女へのこの気持ちを、絶対に恋だとは認めない。
***
「そうそう、殴り書きするんじゃなくて、ペンをゆっくり走らせるんです」
「もどかしいですね、これは」
早速リサさんにレッスンを付けてもらう。
彼女の書いた文字をお手本にして、自分の名前を何度も書くのだが、徐々に綺麗になってきたように思う。
「しかしこれでは仕事の効率が下がりますね」
「それこそ文字を解読するのに時間がかかったら意味ないですよ」
痛いところを突かれる。
「どうにか自分の名前は綺麗に書けるようになってきました」
「うん……まぁ及第点ですかね」
「そんな!」
私は学生時代から満点を取ったことしかない。
及第点なんて、一生の恥だ。
肩を落としてうなだれると
「練習あるのみです。頑張りましょう」
と肩に手をポンと叩かれた。
心なしか、彼女の触っている箇所が熱い。
「では、また七日後くるのでその間も練習しておいてください。これお手本です」
そう言って、紙を一枚渡してくる。
(いつの間に書いていたのでしょう)
紙にはこう書いてありました。
【東雲の ほがらほがらと 明けゆけば おのがきぬぎぬ なるぞ悲しき】
逢瀬を遂げた二人にとって別れの合図だ、と解釈できるが、これは……?
「じゃ、これで失礼します」
「あ、はい……ありがとうございました」
先ほどの歌はどういう意味で私に渡したのだろう。
そう考えると仕事が手につかなくなってしまった。
(これは、決して、恋では、無い!)
私は強くそう思い、頭を掻きむしった。
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