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アナベル・ローウェル嬢の推し活


常春の国ヴェルニカ王国だが、今日はちょっと肌寒い天候だ。

りさはストールを肩に巻いていつものように仕事に励んでいた。

チリンチリンと客を知らせるベルが鳴る。出迎えると、そこにいたのは山谷あやことアナベル・ローウェル嬢だった。


「あやちゃ……アナベルちゃん、ようこそいらっしゃい」


ケインのいる手前、転生前の名前を言うのはよろしくないと判断しこちらの世界の名前で呼ぶ。


「リサさん、どこか二人でお話しできないかしら?」


りさは違和感を覚える。なぜなら、以前話したときはもっとくだけた話し方だったからだ。


「う、うん。二階行こっか」


ケインに少し席を外す旨を言い、りさの自室に行く。


「どうしたの?あやちゃん」

「え~んりさぴょん!やっと素の自分で話せる~!!!」


そういってりさに抱き着くあやは嬉しそうに話し始める。


「なんかね、りさぴょんに会うまでは今のアタシの喋り方じゃなくて、お嬢様っぽい喋り方してたの。

なんか、もう一人のアタシっていうか、心のどこかにいるアナベルがそうさせてたと思うんだ。

でもりさぴょんに出会ってから、日本にいた時の話し方がうっかり出そうになっちゃって!

今までのアナベルとしての立場もあるし、この喋り方はマズくね?と思って~」


だからりさぴょんとこうしてアタシのままで話せるのが嬉しいんだ~とニコニコして言う。

美少女の笑顔の破壊力にりさはおおう、と目が眩しさでつぶれそうになる。


「つまり、アナベルの自我が少し残っているってことでOK?」

「う~ん、ムズかしいこと分かんないけど、多分そうだと思う」


それでね、とあやが続ける。


「今日は、りさぴょんにお手紙書いてきました~!愛情いっぱい込めたからよろしくね~」

「わあ、ありがとうあやちゃん!」


りさはそういってあやからの手紙を受け取る。


「ねえあやちゃん。学園での話聞かせてよ。異世界転生して学園生活を送るなんて、王道じゃない。やっぱり王子様みたいな人がいたり、ツンデレ系男子がいたりするの?」

「ん~わかんないけど推しは一人いるよ~」

「きゃ~!どんな人?」

「マシューっていうんだけど、植物オタクっていうの?薬草とかにすごい詳しいんだよね」

「え~そうなんだ!あやちゃんインテリ系に弱いんだね」

「そんなんじゃないし、ただの推しだし。で、マシューと仲良くなりたいな~って思って名前呼ぶと、すぐ逃げられるんだよね。謎じゃね?」

「それは……あやちゃんが美少女すぎるから照れてるんじゃない?」

「ヤバ、その可能性あるかも。アタシ美しすぎるからな~」


あははと笑いあう二人。

りさはハタと気が付く。兄妹揃って推しがいるなんて、なんて似た者兄妹なんだろうと。

くっくっくと笑いをこらえていると、あやが不思議そうにりさを見上げる。


「りさぴょん、どしたの?」

「いや、なんでもないよ」


りさの顔は笑いをこらえるため、へにょへにょしていた。


「でさ、考えたわけ。近寄って逃げられるなら、りさぴょんにファンレターを届けてもらえばいいんじゃね?って」


指をパチンと鳴らすあや。


「それはいいけど、あやちゃん今手紙持ってる?」

「持ってる!けど自信ないからりさぴょんに読んでもらいたくって~」


りさはピンときた。なるほど、これが目当てで来たのか。


「日本にいた頃イグザイルにも手紙書いて送ってたんだ~」


あやはそう言ってりさに手紙をわたす。



「イグザイル、懐かしい!いたね、そういう男性グループ。どれどれ~」

内容はこうだ


【マシューくんへ。


アナベルと申します。いつも遠くからあなたのことを見つめております。

植物にとても詳しくて、尊敬しています。

マシューくんの声を近くで聞いてみたいので、今度一緒にお茶でもしませんか?


マシューくんの応援団長 アナベル】


りさは正直驚いた。

あやの話し方だけみて、きっと手紙もくだけたものだろうと思い込んでいたのだ。

読んでみたら、思っていたよりちゃんとしていたのでりさは己の偏見が凝り固まっていることを反省した。


「うん、すごくいいよ。このまま渡していいと思う」

「マ~!?ヤバ、緊張する。そしたらりさぴょん、マシューくんに必ず渡してね!」


熱を込めて話すアナベルに圧倒されそうになったが、りさは


「わかった」


と答えた。


***


あやが恋文屋に来た次の日。りさはヴェルニカ学園に来ていた。

もちろん、あやの手紙をマシューに届けるためだ。

守衛に門を通され、りさは案内板に書いてある通りに職員室へ向かった。

りさは職員室の扉をノックして開ける。


「すみません、恋文屋ですが」


そう言うと、優し気な雰囲気の、眼鏡がよく似合う男性がりさに気づいた。


「マシューさんにお手紙を渡したいのですが」


そういうと、男性は困ったように笑う。


「うーんと、どのマシューさんでしょうか?」


しまった、苗字をあやに聞くのを忘れていた。容姿も詳しく聞いていない。


「あの、薬草に詳しいマシューさんなんですが……」


一か八かで聞いてみたところ、男性は


「ああ!」


と呟く。


「それはきっと、マシュー・ヘーゲリヒのことですね!」


それなら薬草学の教室にいますよ、と優しく笑う男性。

その大きな笑顔を見て、りさはこの人女生徒から人気ありそうと思った。


「よければ教室まで案内しましょうか?」

「助かります。ええと……」

「あぁ、僕はアラン・ヘイルと言います。歴史学の教師ですよ」


よろしくお願いしますと握手を求められ、応じるりさだった。


***


職員室を出て、薬草学の教室に向かって歩く二人。

授業中なので、あたりはとても静かだ。


「リサさんの評判は、職員室までとどいてますよ」

「あ、ありがとうございます。何かございましたらぜひご贔屓に」

「ははは、そうですねえ」


この人が笑うと、場が一段階明るくなるような気がする。

りさはちらりとアラン先生を盗み見る。

大きく柔らかそうな瞳の色ははちみつ色で、とろりとしている。

髪の色も瞳と同じで、今にも甘い匂いがよってきそうだ。


「どうしました?僕の顔に何かついていますか?」

「いえ、すみませんじろじろ見て。私が学生のころ、アラン先生みたいな教師がいたらよかったのにと思いまして」


りさは慌てて弁明する。


「そうですか、そう言ってもらえると嬉しいです」


なんだか、癒し系ってこういう人のことを言うんだろうなあとりさは思った。


「さて、つきましたよ。ここです」


ではこれで、とアランが去っていった。


りさは薬草学の教室の扉を三回ノックした。


「授業中にすみません、恋文屋です」


そう言うと、教室中がざわめきだった。

俺だ、いや私宛よと騒然とする中、薬草学の教師がりさのところに歩みを進める。


「ご苦労様。誰宛かな?」

「はい、マシュー・ヘーゲリヒさんです」


りさがそう言うと、教室はさらに騒がしくなる。


「あのマシューが!?」

「いったい誰から!?」


生徒たちが関心の目をりさに向ける。


「ほう、誰からかね」

「個人情報なので、それはちょっと」

「なんだね?そのコジンジョウホウとは。言わないとマシューを案内しませんぞ」

それは困る。りさは観念して


「アナベル・ローウェル嬢からです」


と告げる。


教室が、割れんばかりの悲鳴に包まれる。


「嘘よ! !アナベル様がマシューなんかに!」

「俺は信じないぞ!アナベル様は孤高の花なんだ、あり得ない!」


教師が


「やかましい!


」と一喝してもざわめきが収まることはなかった。


「マシュー・ヘーゲリヒ!こちらに来なさい!」

「は、はい……」


小さい声の男子生徒は背中を丸め、下をうつむいてこちらに向かってくる。

白に近い銀髪はクリンクリンとパーマがかかっているかのよう。

重たそうな眼鏡をクイとあげて、マシューはりさの顔を見やる」。


「あの、えと、なんの冗談ですか?」

「本気のファンレターです。お納めください」


りさはそう言ってマシューの手に手紙を握らせる。

ミッションコンプリートだ。


***


りさが学園に赴いた3日後、元気よくあやが店にやってきた。


「りさぴょ……リサさん、 マシュー君からお返事がきましたの」


ケインの目を気にして、お嬢様言葉で話すあやにりさは笑いをこらえる。


「そう、よかったねアナベルちゃん」

「ええ、それだけ伝えに今日は来ましたの。話を聞いてくださって本当にありがとう。では」


そう言ってあやことアナベルは去っていった。


「顔に似合わず嵐のような子だねえ」

「ケインさん、見た目で判断しちゃいけませんよ」

「そりゃ失礼。それにしても随分仲良くなったものだねえ。何があったの?」

「何も。ただの運命ってやつです」


いたずらそうにフフっと笑うりさ。


気づけば外はちらちらと雪が降り積もり、ヴェルニカ王国を白く包み込むのであった。

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