やだっていったのに
「お願いします、どうか我らをお助けください!」
そう懇願する男は
「劇団長のボブです」
と二人に自己紹介をした。
「特殊魔法を連続で使える魔法使いは、他に貴方様しかおりません!どうか我々を助けると思って!」
「やだよ。それによくも僕の家の名前を彼女の前でだしたな」
フンと横を向くカロル。
小さく
「知られたくなかったのに」
と呟く。
りさは劇団長にこっそり耳打ちをする。
「彼、カロルってそんなにすごい魔法使いなんですか?」
「そりゃあもう!モズレー家は魔法族の間では有名で!モズレー兄弟と言えば幼いころからすごい魔法を使うと有名でした!確かお兄様は勇者一行のパーティーに属していると聞いています」
(へぇ、カロルってそんなにすごい家出身だったんだ)
とりさは感心した。
「カロル、やってあげなよ」
「やだよ。目立つのは嫌いだ」
「いえいえそんな! 何も舞台に立てとは言っておりません!裏方で魔法を使ってほしいのです!」
「それがいやだっていってるの」
中々に頑固なカロルに劇団長は困り果てる。
「お願いします、今日は子爵様たちも見に来ているんです!中止になったら私たちはもう劇を続けることができなくなるかもしれません」
そう涙目で訴えかける団長に、りさは憐憫の目を向ける。
「ねぇカロル、可哀想だよ、やってあげなよ」
「……君がそこまでいうならいいけど」
条件がある、とぽつりという。
「……君にまた、手紙を書いて、もらいたい」
ポポポと小さな花弁が舞う。これはカロルが照れた時に出る魔法だ。
りさは花びらをキャッチし、
「お安い御用だよ!」
と請け負った。
***
カロルは軽い説明を受けて舞台袖に立っていた。
客席にいるりさからは、カロルの姿を見ることはできないが魔法演出を楽しみにしていた。
幕が上がる。演目はどうやらラブストーリーらしい。
庶民の女性と、高貴な身分の男が恋に落ちる、ありきたりな話であるが、りさは初めて見る異世界の劇に夢中になった。
カロルが魔法で出す雪や雷は舞台をより華やかにスリリングに演出している。
カロルの魔法演出に、客はほぅ……と感嘆のため息をつく。
時間にして二時間は経っただろうか、舞台はフィナーレを迎え、幕が降ろされた。
場内は割れんばかりの拍手に包まれていた。
ステージに劇団長が登壇し、横には
「離して!」
と無理やり連れてこられたカロルの姿がある。
「皆さん、本日はご来場いただきありがとうございました!主演俳優たちもそうですが、今回一番の功労者はカロル・モズレー氏です!皆さん盛大な拍手を!」
「カロル・モズレーって、あのモズレー家の!?」
「カロルって次男の方じゃなかった?」
「そんなすごい魔法使いが演出していたなんて!」
観客たちざわめく。会場はより一層大きな拍手に包まれた。
そしてカロルは大量の花びらを舞い散らすのであった。
***
すっかり暗くなった帰り道、街は灯りで照らされとても綺麗だった。
「カロル、すごい拍手貰ってたね」
「……やだっていったのに」
「でも本当にすごかったよ、カロルの魔法」
そう褒めると、またカロルから花びらがこぼれだす。
「リサ、約束は覚えてる?」
ちらりとリサの顔を見て確認するカロルに、りさは
「もちろん」
と笑って帰す。
「恋文屋で書いていい?すぐ渡すよ」
「急ぎじゃないから別にいつでもいいんだけど」
「この感動をすぐに手紙にしたためたいの!」
そう話していたら、恋文屋についた。
「あがっていってお茶でも飲んでいってよ。その間に書いちゃうから」
りさはカロルにそう言って執務室にいるケインに帰ったことを報告する。
カロルにお茶を渡し、紙とペンを取り出してペンを紫色のインクに浸す。
あぁ、今日の魔法は本当に凄かったなぁ。
この感動をどう伝えようと悩んでいると、ある俳句が浮かんだ。
よし、ちょっと引用させてもらおう。
りさはスラスラと紙にペンを走らせる。
「お待たせ、カロル!ちょっと短いけど、気持ちを込めたよ」
「気持ちを……そう、ありがと」
満更でもない顔をして手紙を受け取るカロル。
「今読んでもいい?」
「もちろん、自分の好きなタイミングで読んでよ」
そう言われたカロルは手紙をそっとひらく。
【閑かさや 岩にしみ入る 魔法かな】
「岩にも染み渡るようなすごい魔法だったなって思ったの。あ、これ俳句って言って、元ネタは有名な歌人の詠んだ歌なんだけど」
「いい、いい! もう十分気持ちは伝わったから」
ポポポポポと花びらを散らすカロル。
中々恥ずかしがり屋さんだとりさは思う。
「じゃあ、ありがとね。また店で待ってるよ」
「うん、じゃあね~」
そうしてカロルは店を後にした。
「リサ、おかえり。劇はどうだった?」
「あぁ、それがちょっと面白い出来事があって」
「何?きになるなぁ。今日一緒に行けなかった代わりに、これから飯でも食いに行かないか?そこで詳しく聞かせてくれ」
「もちろん!ケインさんのおごりね!」
「こりゃまいったなぁ」
店じまいの準備をする二人。
その頃カロルは、家に帰る道中、大事そうに手紙をぎゅっと抱えていた。
誤字脱字報告、いつもありがとうごさいます。うっかりものなので助かります。