意識が残ったまま乗っ取られて勝手に動かされる体を傍観と感覚共有しかできない私の受難
私の名前は冬山雪夏。高校2年生。山奥にある小さな町に暮らしている。ここはスキー場として盛んで冬には観光客が一杯来ている。
今冬休みで、私は住み込みでスキー場の近くにある旅館でバイトをしている。
今日もいつもの朝みたいに、目が覚めると私は旅館内の自分の部屋で寝ている。
だけど何かおかしい。なぜか体が動けないのだ。これは所謂『金縛り』という現象なのか?
最初はそう思っていたけど、どうやら違うようだ。だっていきなり体が勝手に動き始めた。私が動かしたわけではなく、まるで誰かに動かせられるような……。
そして私の体が勝手にベッドから降りて立ち上がって、部屋のあっちこっち見回し始めた。私の感覚では視界が勝手にぐるぐる回ってなんか気持ち悪い。
「え? ここはどこ?」
と、『私』は呟いた。いや、正確に言うと私の口が勝手にそう喋ったのだ。
「体がなんかおかしい」
と言って、今回自分の手や足や胴体が視界に入ってきた。どうやらこの『私』は自分の体を調べているようだ。見た限り間違いなくこれは見慣れていた私の体ね。しかしこの体を動かしているのは私ではなく別人の誰かのようだ。
一先ず現状を整理してみよう。どうやら私の体は誰かに乗っ取られているようだ。そしてその人が自分の体のようにこの体を動かす事ができる。対して体の持ち主である私は意識が残って、五感も共有しているものの、自分の意志で動く事はできない。
「あれ? 何これ?」
そう言って私の手が私の胸に近づいて、そして揉み始めた!?
「な、なんでこんなものが!?」
おい、こら何をしてる!?
「小さいけど、確かに膨らんでる」
は!? 誰が『小さい』って。
「気持ちいい……」
感覚は共有しているから、私まで気持ちよくなって……。いきなり自分の胸を揉んで興奮するなんて、痴女か、私!? てかいつまで揉んでるつもり? もういいだろう。
「もしかしてあそこも……」
やっと胸から離れた手は今回下半身へ向かって、そしてパジャマのズボンを引っ張って中身を覗いた。って、何を見るつもり?
「ない! そんな……」
私の股間が視界に入った途端、『私』が悲しそうな声でそう呟いた。
『ない』って何の事? まさか……。
「僕、女の子になったの!?」
え!?
今『私』の口から出た言葉でやっとわかった。間違いなくこいつ男だった!
最悪! 全部見られたし。胸も揉まれた! もう嫁に行けない!
「鏡!」
そして『私』は机の上にある鏡に飛び込んで自分の顔を調べた。
「可愛い……」
へぇ!?
な、何言っているの? 私の口で自分を褒めるなんて。私ってナルシストか?
「こんな可愛いお姉さんの体を勝手に触って大丈夫かな?」
大丈夫なわけないだろう! 自覚があるならやめろ! というか『お姉さん』って、お前まさか年下かよ? そういえば私はこの人の事をまだ何も知らないね。年齢も名前も。性別は男だという事だけは確かだけど。
「いいんじゃないかな。今『自分』の体だし」
と、呟きながらまた体のあっちこっち触りまくった。こら勝手に決めるな! お前の体じゃない。私の体だ!
もう泣きたい気分だけど、今の私は体の主導権がないから泣く事さえできない。
それより、今新しい問題発生だ。
「ど、どうしよう。トイレ行きたい」
股間のところを触って動揺しながら『私』はそう言った。どうやらトイレに行きたいけど、迷っているようだ。確かに今尿意を感じるね。朝起きたばかりだし。
「女の人って、どうやって用を足すの?」
やっぱりこうなるか。トイレの使い方は男女違うから。
不安を抱えながら『私』は寝室から出てトイレを探し始めた。
「見つけた」
そして『私』はドアを開けて入った。旅館の男子トイレに。この馬鹿! 私の体で男トイレに入るなんて……。
「えっ!」
中に男一人がいて、私を見ると彼が驚いて目を逸らした。
「ご、ごめんなさい!」
自分が女である事に気づいたから、すぐ男子トイレから飛び出てきた。
そしてちょっと迷いながら覚悟を決めて女子トイレに入った。どうやら多少罪悪感を感じているようだ。幸い女性トイレの中には誰もいない。
その後戸惑ってぎくしゃくしながらも個室に入って便座に座って用を足した。
「なんで僕はこんな目に……」
それはこっちの台詞だ! 気まずいのはお互い様のようね。
「疲れた」
お疲れ様。普通のトイレなのになんか普段より力を消耗したね。感覚共有しているから私まで疲れている。特に精神的にね。
「あ、雪ちゃん」
「え?」
トイレから出たら『私』に声をかけてきたのは水姉……春野水夏。高校3年で、私のここのバイトの先輩だ。
「どうしたの? 雪ちゃん?」
水姉は私の中身は違う事に気づいていないようだ。当たり前だよね。
「『雪ちゃん』って、僕の事ですか?」
「当然よ。他に誰かいるの? てか『僕』って?」
この馬鹿! 私を『僕っ子』キャラにするつもりか?
「ごめんなさい。実は僕、その雪ちゃんって人じゃないです」
「はい? 何言ってるの?」
「信じられないかもしれませんが、僕の名前は……」
私の知り合いの前で誤魔化しても無駄だと判断したのか、彼(?)は自分の正体を明かした。
その後女将さんの部屋まで付いていって、自分の事を説明させてもらった。女将さんも水姉も最初は信じなかったけど、どう見ても芝居のようには見えないからやっと信じてくれた。
この子の名前は秋川雪夏。13歳で中学1年生。偶然にも私と同じ『雪夏』で、読み方は違うだけ。
昨日スキーをやっている途中事故に遭って、気絶して次に目覚めたら私の体に入っているようだ。
そういえば昨日大騒ぎになったね。子供が怪我して病院に運ばれた、って。あの子はうちの旅館のお客さんだし。
そしてこの子の体は今病院で眠って目覚めていないようだ。魂は私の体に入った所為だろう。
「元の体に戻れるかどうかわからないけど、先ず病院に行こう」
話し合った結果、これから水姉はこの子(私の体だけど)を連れて病院に行く事になった。自分の体と接触したら元に戻れるかもしれない……なんてそう簡単にいけるのか? でも試さないとわからないよね。
今の私は声も出せないから、この2人を見守る事しかできない。
「はい、ありがとうございます。春野さん」
「あたしの事は水姉でいいよ。今君は雪ちゃんの姿だし」
「はい、水姉」
「とりあえず、着替えて」
今寝起きしたばかりだから私の格好はパジャマだ。このままで行くわけには行かないよね。
「え? 僕が? でも体を勝手に……」
「恥ずかしいか? 君まだ女の子の体を見た事ないのか?」
「は、はい」
この子は動揺して着替える事を迷っているみたいね。何よそれ? さっき散々触ったくせに、今更……。
「大丈夫、今もう君の体だから。勝手にしていいよ」
こら水姉、なんで勝手に許可するのよ!? 私の体ですよ。
「後で知られたら怒られるかな?」
今もう知ってる! そして怒ってる!
「じゃ秘密にしてあげる。バレなければいいでしょう」
水姉、私を売ったの!? 「もうとっくにバレてるよ」と叫びたいけど。
「はい、わかりました」
こうやってこの子は寝室に戻って外出着に着替える。
ちなみに遠慮がちでまごまごしながらも着替えている間に色んなところを触りまくった。特に胸に! 全くこれは♂の本能ってやつか。
「あ、僕だ!」
市内の病院に着いて、秋川雪夏という子のいる病室に入ったらそこでベッドの上にぐっすり眠っている少年の姿が見えた。これはこの子の本来の体か。確かに13歳と言ったけど、その割には幼い姿で、小学生にも見える。それに整った顔で結構可愛い子だ。
「やっぱり、元に戻ってない」
雪夏くんは私の手で雪夏くんの体を触れてみたけど、何も起こらない。やっぱりそう簡単には行かないか。
「触るだけでは簡単すぎるかも。色々な方法試してみないとね」
落ち込んだ雪夏くんの顔(実は私の顔だけど)を見て水姉はそう言った。
「どんな方法ですか?」
「そうね。例えば御伽噺でよくあるあれだ。接吻で目覚めるという場面ね」
「キ、接吻!? そ、そんな」
水姉のアイデアを聞いて、雪夏くんは(そして私も)驚いた。何を考えてるのよ? 水姉。そんな事は……。
「試してみないとわからないでしょう」
「でも……接吻だなんて。僕、まだした事ないし」
「自分自身の顔だよ。嫌なの?」
「そんな事ないけど、これはこのお姉さんの体ですよ? 勝手に僕と接吻するなんて」
この子、意外と気遣ってくれて優しいね。
でも君には裸も見られたし、胸も……。だから接吻くらい今更……。って、何考えているのよ、私。
「気持ちはわかるけど、これは君のためにも、雪ちゃんのためにもなるのよ。人工呼吸だと思っていいじゃないかな」
「は、はい」
説得されて、雪夏くんは漸くやる気になった。
そして私の顔はどんどん雪夏くんの顔に近づいていく。やばい。自分の意志ではなくても、今の感覚ではまるで私はこの子を接吻するのではないか?
いくら眠っているからって、いきなり初吻を奪うなんて……。
そしてやっと唇が重なった……その瞬間私の意識が途切れた。
「あれ? 体が動いた?」
気がついたら私は病室みたいな部屋の中のベッドで寝ている。さっきとは違う部屋だけど、多分同じ病院の中だ。
「やっと目覚めたか? 雪ちゃん。君は本当の雪ちゃんだよね?」
目覚めた私を見て、水姉は心配そうな顔で私に話しかけてきた。
「え? はい、私です」
「よかった。心配したよ」
私は自分の体を調べてみた。どうやら自分の体のままで間違いない。
もしかして接吻で元に戻れたのか? そんな簡単に?
「ね、雪夏くんは目覚めたのか?」
私が自分の体の主導権を取り戻したって事は、雪夏くんは元の体に戻れた?
「うん、目覚めたよ。あれ? でもなんで雪ちゃんは雪夏くんの事を知ってるの?」
「あ……」
私はずっと意識が体に残っていた事を水姉はまだ知っていないようだ。無理もないか。
「ちょっと、どこに?」
私は病室から走り出して、雪夏くんのいる病室に向かった。
「失礼します」
私が中に入ったら雪夏くんがベッドの上に座っている。ちゃんと目覚めたようだね。体に傷が一杯だけど、普通に身動きができているみたい。
「雪夏さん……? 目覚めたんですか? よかった」
私を見て彼はホッとして元気そうに笑った。
状況は何となくわかってきた。どうやら接吻の後私の体が気絶して別の病室に運ばれて、その後雪夏くんは自分の体で先に目覚めたようだ。
「あ、ごめんなさい。僕の事はまだわからないですね。僕は……」
「知ってるよ? 秋川雪夏くんでしょう」
「え?」
「そして君が勝手に私の体で色んな事をやりまくった事もね」
「……っ!」
「存分に色んなところを触ったり、胸を揉んだり、裸を見たり……」
「な、なんでそんな事を!?」
雪夏くんは死神でも見ているような顔になっている。私の意識が体に残っていた事を知らずに好き放題やっていたからね。
「しかも接吻まで奪ったな」
「ご、ごめんなさい。なんでもしますから!」
全部バレたと知って、雪夏くんは精一杯謝罪しようとした。
「君の所為で私はもうお嫁に行けないの。責任を取って」
「は、はい。……責任って?」
雪夏くんは困った顔をしている。
「私をお嫁に迎えなさい」
「え? へぇ!!!」
私の宣言を耳にして随分驚いた顔をしているようだ。こんな反応もなんか可愛い。
「なんでいきなり!?」
「だって、君にあっちこっち触られた時随分気持ちよかったし。私の事を『可愛い』と褒めて嬉しかった」
「……っ!」
我乍らちょろすぎると自覚しているけど、どうやら私は彼の事を好きになってしまったようだ。
「それに何より君は私の大切な初吻の相手だし」
「あ、あれは……」
唇が触れ合った後すぐ意識が中断されたけど、その瞬間の感覚を私は一生忘れないだろう。
「もう一度やり直しましょう。今回は私の意志で」
「え!?」
そう言って私は自分の顔を彼の顔に近づけていく。
「待って、心の準備は……」
「もう待てない~」
そして2人の唇はまた重なり合って、興奮した私はつい目を閉じた。
「あれ?」
次に目を開けたら私はいつの間にかベッドに座っている。そして隣には立っている私の姿が……。その『私』は驚いた顔でこっちの私を見ている。
私は自分の今の体を調べてみたら、髪が短くて胸もなくて、まるで男の子だ。
それってまさか……。
「「体が入れ替わっている!!!」」
私が雪夏くんに、雪夏くんが私になっている。
こうやって私の非日常は終わっ……ていない。
その後私たちは元の体に戻れるかどうかはまた別の話である。
読んでいただいてありがとうございます。
この2人のこれからはご想像におまかせします。
おまけにキャラ設定です。
冬山雪夏
17歳で高校2年生の女の子。身長164センチ。一人称は『私』。
乗っ取られたヒロインで語り手。冬休み旅館でバイトをしている。体が乗っ取られたが、意識が残って感覚共有もするので結構酷い目に遭った。
秋川雪夏
13歳で中学1年生の男の子。身長149センチ。一人称は『僕』。
乗っ取った主人公。スキーの事故で昏睡状態になって、魂だけは雪夏の体に乗っ取った。名前は雪夏と同じだが、読み方は違う。
春野水夏
18歳で高校3年生の女の子。身長158センチ。一人称は『あたし』。
雪夏の旅館でのバイトの先輩。雪夏からは水姉と呼ばれる。