③
【婚約生活が順調で何よりだ。このまま隙を見つけて機密情報を奪取、無事に帰国することを期待する】
定期連絡の手紙には暗号でそう記されていた。
【追伸、定期連絡に惚気話は不要】
【追伸、マジで惚れるなよ】
とも書かれている。
余計なお世話だよっ!と突っ込みたくなったが、強気でそうも言えないのが今の私だった。
「ふーむ」
確かに惚気ている。
今朝のキスが良い証拠だ。
このままジョシュアとともにいたら私はスパイでなくなってしまうかもしれない。
ならば、計画を早めて王室入りの前に機密情報を盗んでこの国を去るか?
しかし、それでは私に機密情報を奪われたことをフォーマルハウト王国が気がつくだろう。
この任務の最重要課題は『敵に悟られることなく機密情報を抜き取ること』である。
バレたのでは意味がない。
機密情報を盗まれたことで新たに対策されたのでは意味がないのだから。
ということで、ジョシュアと婚約の儀を迎えるまでは特に大きな行動を取れなさそうだ。
今さら新しく仕入れる情報も見当たらないし、しばらくはジョシュアとの日々を穏やかに過ごせそうである。
と、ここでほっとしてしまうのが私の悪いところ。
スパイのプロ意識を失くしかけているのかもしれない。
「まあ、今が一番幸せだもんなあ」
私の生い立ちからすれば、ジョシュアの元で宮廷暮らしをするこの日々は想像できないほどこ幸福だった。
孤児院育ちの私には手の届かなかったものや経験がここにはたくさんある。
何よりもここには"愛"があった。
「人間、心が満たされるってことが一番の幸福よね」
ぽつり、と私は呟いた。
そして、ため息。
いくら何でもため息の回数が多すぎる。
「切り替えよう」
パンと頬を叩いて私が立ち上がったときだった。
「お休みのところ申し訳ありませんっ」
メイドのサラさんが困惑した表情で私の元にやって来た。
「王都捜査局の方がカトリーヌ様にお会いしたいと……」
「捜査……局?」
何だって?
まさか、嗅ぎ付けられたのか?
「はいはい、すみませんね~」
「勝手に入られるのは困りますっ! ここはジョシュア王子の邸宅ですよ!?」
サラさんの制止を押しきって一人の大男が姿を現した。
「心得ていますよ。しかしね、これは国の一大事に関わる問題なのです」
髭を蓄えた大男は私を見つけると、嫌らしくニヤリと微笑んだ。
「ねえ、カトリーヌ・フロイラインさん?」
咄嗟に私は身構えてしまう。
「おや、好戦的ですな」
「それはそちらの態度でしょう。私に何の用ですか?」
「話は捜査局で聞かせてもらいますよ。おい、連れていけ」
大男の掛け声に合わせて4人の男が私を取り囲んだ。
「カトリーヌ様に無礼ですよっ!」
サラさんが私を庇うように立ち塞がろうとしてくれる。
「退きなさいっ」
「きゃっ」
大男は太い二の腕でサラさんを突き飛ばす。
「あの人は関係ありませんっ!」
唐突に私は叫んでいた。
「あの人は……ね?」
再び大男がニヤリと嗤った。
「私には何もやましいことはありませんよ」
「なら、大人しく来てくれますね?」
「はい。同行しましょう」
ここで変に騒いでも事態は悪化するだけだ。
捜査局に嗅ぎ付けられたとはいえ、取り調べの対応次第でうまく切り抜けることはできる。
その実績くらいは私にもある。
「カトリーヌ様っ!」
「安心してください、サラさん。私はすぐに戻ってきますから」
私はサラさんを安心させるために作り笑いで応えた。
ガシャリと手錠をかけられた私は大人しく捜査局の男たちに従う。
さて、今日は大勝負になりそうだ。
ちゃんと朝ごはんを食べておいて正解だった。