家族転生 ~兄、宰相 姉、公爵夫人 ……俺、門番~
家族転生シリーズ2作目
前作『家族転生 ~父、勇者 母、大魔道師 ……俺、門番~』から読むのをお勧めします
三好家は全滅した。
そして、家族揃って異世界転生をした。
家族はそれぞれ新世界で職を得ており、俺、三好神太郎もまた勇者である親父のコネを使って、キダイ王国の門番の職を得ていた。ただ、この日はお休みである。しかも公休だ。実に気分がいい。……というわけにはいかず、今、俺は苦痛の時間を過ごしていた。
キダイ王国宮廷・大広間。ここで行われている宰相任命式に、俺は出席させられていたのだ。
燦爛たる空間で行われる厳かな式典。出席者はどれも煌びやかな服を纏っており、どう考えても一介の兵卒がいていい場所ではない。
ただ、幸運にも俺は末席に座らされている。少しぐらい寝てもバレはしないだろう。……が、
「こら、寝ないの」
隣に座っていた同い年の上司ルメシアに邪魔された。彼女は公爵家の人間として出席しており、本来はもっと前の席に座るはずだったのだが、どうやら場馴れしていない俺を気遣ってここにいてくれているらしい。
「やっぱり私が見ていないとサボるんだから……。いい? この場に立ち会えることは名誉なことなのよ?」
「立会いとうなかった」
「これも仕事のうちよ」
「働きとうなかった」
「……ホント、呆れた男ね」
相変わらずの俺の無気力っぷりに、彼女は堪らず溜め息を吐いた。ただ、俺だってこの国に対しては敬意を払っている。だから、こうやって大人しく従っているわけで……。しかし、そういう想いは彼女には通じていないよう。仕方がないので、もう一言プレゼント。
「ところでルメシア」
「何よ?」
「今日は可愛いな」
俺は彼女の格好を見ながら言った。普段は軍服姿のルメシアも、今回は美麗なドレスで着飾っている。
「いつも可愛いけど、今日は一段とな。やっぱり女の子らしい姿の方が映える」
お世辞ではない。本音だ。特に、露出した胸元に視線が引き寄せられてしまう。異世界のファッションセンスは実に素晴らしい。
「き、急に何言ってんのよ。……もう」
この想いは通じてくれたようで、彼女は堪らず紅くなった顔を背けさせた。
さて、そもそも何故俺がこんな場にいるかである。これほどの式典に、ただの一兵卒が出席できる(させられる)理由……。それは至極明快だった。
この式の主役は、俺の兄なのである。
広間に備えられた壇に立つ初老の男性。ここにいる誰よりも高貴で誰よりも威厳のある彼が、この国の君主バルディアラン王である。そして、その前に進み出るのは、彗星の如く現れた若き天才政治家。
俺たち三好兄弟の長子、三好仙熊である。
俺と同じく両親の魔王討伐に同行しなかった兄貴は、別の道でこの国を助けることにしたのだ。それが政治の道である。王によって登用された兄貴は、早速行政改革に乗り出す。俺は政治に詳しくないのでよく分からないのだが、特に経済政策で功績を挙げたらしい。この間、門番の俺は金塊の無許可の持ち出しを取り締まったのだが、その法律も兄貴による政策の一つだ。お陰で、魔族の脅威によって長年停滞している人間界の経済も、この国だけは成長期を迎えられているらしい。
その上、親父が魔王の側近『魔軍七将』を討った功績も考慮され、この度、若干二一歳でこの国の宰相に命じられることになったのだ。
しかし、兄貴にこれほどの才能があるとはな……。密かに大学の政治学部にでも通っていたのか? これがチートってやつなのかねー。
その後、畏まった式典が終わると、場所を移っての懇親会となる。酒を片手に歓談に興じる貴族たちに紛れて、俺もまたテーブルの上のつまみを摘み続けていた。
「酒も肴も美味いなぁ。流石、宮廷のパーティーだ」
「ちょっと、見っともないわよ」
苦言を呈してくるルメシア。確かに彼女の言う通りかもしれないが、俺のことを見ている人間なんていやしない。
「なに、皆、主役の方に目が行ってるよ」
貴族たちの今の関心は、これからの国を背負う新宰相のことだけ。若い美女から老年の紳士まで、絶え間なく兄貴に挨拶をしている。
俺はその様子を辟易しながら見ていた。あれでは酒を飲む暇すらも与えられないではないか。
ただ一方、ルメシアの感想は違ったようだ。
「本当に良かったの? 神太郎」
「何が?」
「この間の魔軍七将ベイザルネットを討った件。神太郎の言う通り、王国には報告しなかったから、魔族側が勝手に引き上げたことになっているけど……。もしちゃんと報告していたら、今頃神太郎も英雄として称えられていたからさ」
実は、俺も親父と同じく魔軍七将を討っていたのである。ただ、それを知っているのはルメシアだけ。
「もし報告していたら、俺は一兵卒から昇進か?」
「少なくとも、私を飛び越えていたわね」
「つまり仕事が増えるってことだろう? 冗談じゃない。俺は今のままがいいんだ」
「でも……」
「俺は門番として当然の務めを果たした。それだけだ」
「……そうね」
ルメシアも最後の言葉には納得したようで、微笑んで締めてくれた。
そこに主役がやってくる。
「おう、ちゃんと来たな、神太郎」
貴族たちの囲いから抜けてきた兄貴が、いつものように気さくに声を掛けてきた。宰相と門番。立場は変わっても兄弟の縁は変わらないということか。
「おめでとう兄貴。今日、人生の絶頂期を迎えてこれからは下り坂だけど、決してめげないでくれよな」
「相変わらずの軽口で安心した。こっちでの生活も順調そうだな」
「悪くはない。そこそこ満足してるよ」
この冗談交じりの挨拶で、その関係を確かめることもできた。ただ、この場にいた他人は目を丸くさせてしまっているようだが。
「で、こちらの美しいお嬢さんは?」
兄貴がそのルメシアに視線をやると、様子見をしていた彼女も口を開けた。
「申し遅れました。ケルヴェイン公爵家次女で、北衛長を務めておりますルメシアと申します」
「北衛府の? それじゃ神太郎の上司か。運がいいな、お前は。こんな美人の上司をもって」
「今年のおみくじは大吉だった」
「死んじまったけどな」
そして兄弟揃って爆笑。久しぶりの再会に、俺も少しテンションが上がってきたか。まぁ、このノリを理解できないルメシアは顔を顰めていたが。
そういえば、その久しぶりの再会になってしまった理由を聞いていない。
「なぁ、兄貴。今まで働き詰めだったようだけど、そもそも何で政治家に? もしかして、これから汚職で大儲けするつもり?」
「ノー」
俺の冴えた答えに、兄貴は悲しそうに首を横に振った。ルメシアも呆れている。
「この、アホ神太郎。アンタじゃあるまいし、そんなわけないでしょう。勿論、国を良くするためですよね?」
「ノー」
「え?」
ただ、彼女の答えも外れたようでキョトンとしていた。そして、兄貴はその答えを示すかのように視線を遠くへとやった。それに従って振り向けば、その先には美女たちに囲まれた一際美しい女性が一人……。
「あれは……確か……」
「サラティナ王女?」
言葉が続かない俺の代わりにルメシアが答えてくれた。確か、前に三好家全員で王族と顔合わせをした時、彼女もいたな。第一王女で、俺と同じ十七歳だったか。
すると、向こうもこちらに気付いたようで手を振って応えてくれた。兄貴も同じく応じると、その答えを明かす。
「あのサラティナ王女をゲットするためだ」
兄貴のことを知っている俺は「あー」と納得し、兄貴のことを知らないルメシアは「えぇ!?」と驚愕する。言っておくが、彼は本気だ。
「初対面の時に一目惚れしてな。それでどうやってモノにしようかと考えた結果、俺の魅力を見せ付けてやることにしたんだ。で、見せつけるには常に彼女の視界の中に入っていないといけないわけで、この宮廷で目立つには政治の道が手っ取り早いってことになったんだ」
「だから親父たちに同行しなかったのか」
それでも、俺の面倒くさいという理由よりはマシだな。しかし、ルメシアはかなりショックだったようだ。
「女……。女のために……」
尊敬していた人物が理想と掛け離れていたことに落胆を隠せないでいる。まぁ、潔癖そうな彼女からすれば不純に見えるかもしれないが、大事を成す切っ掛けなんて案外そんなものだ。貴族だから考え方が崇高なんだろうな。
「けど、たった一人の女のためにようやるよ、兄貴は」
「はぁ……。逆にお前は面倒くさがり過ぎだ」
「気分屋なところはあるかな」
「まぁ、女癖の悪いお前には分からんだろうな」
「女癖?」
その言葉にルメシアが反応した。しかめっ面でこちらを見てくる。そんな彼女に兄貴が余計な助言を。
「因みに、ルメシア嬢はコイツと付き合ってるの?」
「え? ……い、いえ、とんでもない!」
「ああ、コイツと付き合うなんてとんでもない。コイツの夢は楽して気持ちのいいことすること。ハーレムを作ることなんだとさ」
「はぁ!?」
「気をつけるといい。それじゃまたな、神太郎。たまには顔を出せよ」
そう言い残すと、兄貴は貴族たちの元へまた戻っていった。
お陰で取り残された俺は、ルメシアから冷たい視線を浴びせられる。
「何よ、ハーレムって」
「そのままの意味だよ。ここの大貴族だって、妾の一人や二人抱えてるだろう」
「そもそもアンタ、ただの門番でしょう! そんなこと認められると思って!?」
「え? 認可が必要なの? あ、じゃあこの間の魔軍七将討伐の功績があれば……! アレ、やっぱ報告しておいて」
「絶・対・しない!」
「……もしかして、嫉妬してる?」
「嫉妬!? 自惚れないの。呆れてるのよ、全くもう……。アンタを見てると、一人の女性のために宰相までに上り詰めた仙熊殿の素晴らしさに気付かされるわ」
「それは良かった。兄孝行できたかな?」
俺がそう皮肉で締めると、彼女ももう閉口するしかなかったようだ。
そこに、また人がやってくる。
「神太郎~、ちゃんと来てたんだ」
しかも、今度の来客は自分で言うのもなんだが美人さんだ。その美しく着飾った衣装も公爵令嬢であるルメシアに負けてはいない。親しそうに俺に話しかけてきたせいで、ルメシアは顔を強張らせてしまったが、面白そうなので俺は放っておいた。
「門番の仕事、真面目にやってる? 心配だわ~」
「結構気に入ってるぞ。今のところ転職は考えていないな」
「そりゃ良かった。アンタ気分屋だから。……それより、早くその女の子を紹介してあげなさいよ。そういう気の効かないところは相変わらずね」
もう少し黙っていた方が面白そうだったのだが、仕方がない。
「ほいほい。彼女は俺の上司のルメシア・ケルヴェイン。で、ルメシア、こちらの令嬢が三好千満。我が三好兄弟の次子で、つまり俺の姉だ」
「あ、お姉様……。どうも初めまして」
ルメシアもその正体が分かると表情を和らげた。そしてこの姉はというと、
「ええ、よろしく。アルサンシェ公爵家に嫁いだから、今は千満・アルサンシェね」
既婚者なのだ。まだ十九歳なのに早すぎるとも思うが、それは俺に結婚願望がないからかもしれない。
「姉ちゃんの方はどうよ? 十九歳で人妻生活に入った感想は?」
「まぁまぁね。悩みはあるけど、今のところ正解かな」
「姉ちゃんは男の理想が高かったからな。少女マンガに出てくるような高身長イケメン貴族なんて、いるわけないだろうって思ってたし」
「どんな高い理想でも、願っていれば必ず叶うってね」
そう笑顔で答えている姉を見ていると、俺と同じように今に満足しているようなので何よりと思えた。
「どう? 大好きなお姉ちゃんが幸せそうで嬉しいでしょう?」
「……まぁね」
が、何か嫌な予感もしてきた。
「で、神太郎にちょっと頼みがあるんだけどさ」
「……なんぞな?」
聞き返すも姉はすぐには口にせず。近くのウエイターが持ってきた酒を受け取ると、一口含んで間を置いた。嫌な予感が膨れ上がる。
「私って美人でいい女じゃない? だから、社交界に出ると男たちにモテモテで……。その代わり、貴婦人たちからは嫉妬の対象にされてさ。時折、嫌がらせとかされるのよ。でも、女子中学生みたいなしょーもないイジメじゃなくて、上流階級らしく上品なのよね。まぁ、そういうところも面白いんだけど」
「どこの世界も人間って変わらないんだな。けど、姉ちゃんの胆力ならそんなの跳ね返しちまうだろう?」
「勿論、上流階級のひ弱なお嬢様如きに屈しないわよ。貴族のイジメを庶民の私がたった一人で跳ね除ける。そのお陰で、旦那の目にも留まってプロポーズもされたしね」
「良かったじゃないか」
「けれど、それで余計嫉妬を買ってね。特に、ハインバイル侯爵家のアルサリアって娘が、前々からウチの旦那を狙っていたらしくてさ……。遂には、私の命まで狙い始めたのよ」
「それはまた上品なイジメなことで……。噂の悪役令嬢ってやつか?」
「そ、それ本当ですか?」
聞きに徹していたルメシアもつい口を挟んでしまったようだ。公爵夫人の暗殺計画なんて聞き流せないか。
「暗殺されそうってことだよな? お国に言って助けてもらったら?」
「それは無理ね。何せ、王国の治安を護る治安局のトップが、そのハインバイル家なんだから」
俺の提案にルメシアが答える。
「それに、勇者一族を快く思っていない貴族も多いし」
「じゃあ、兄貴でも助けてやれることは少ないか」
勇者に宰相……。いくら優秀といえど、いきなりやってきた異世界人たちがこの国で我が物顔をしているのだ。それを使う国王たちは大歓迎だろうが、既得権益を侵された者たちは内心不満で一杯だろう。
「親父も兄貴も姉ちゃんも目立ち過ぎなんだよ。そりゃ反感もたれるわ。俺らみたいな他所者は、ひっそりと生きるのが長生きのコツだって。俺みたいにな」
「成る程……」
俺の向上心のなさに不満をもっていたルメシアも、これには納得してくれたようだ。が、姉は違うよう。
「何言ってるの。持ちうる才能を世に出さないことこそ、世界に対する罪よ」
「成る程!」
その姉の論理の方がルメシアは気に入ったようだ。
そして、肝心の姉の用件が明かされる。
「ということで国は当てにできないから、神太郎、アンタに警護を頼みたいのよ」
「警護……」
面倒くさ……。そう思ったが、決して口には出さなかった。しかし、相手は肉親である。嫌がっていることはすぐに察せられてしまう。
「何よ、お姉ちゃんが心配じゃないの? アンタ、門番の仕事をしてるんだから、警備とかもお手の物でしょう?」
「いやぁ……警護の専門家に任せた方がいいと思うな。ってか、アルサンシェ家には警備とかいないの?」
「いるけど、相手は治安局を自由に操れるのよ。つまり、多少手荒い方法を取っても揉み消せるってわけ。こちらも可能な限りの対策はしておきたいじゃない」
姉の言い分も理解できるせいで、強く拒むことができない。しかし警護なんてものは、二十四時間常に気を張る仕事だろう。自由なんて望めやしない。一度でも引き受けると、なし崩し的に押し付けられそうだ。だが、
「いやぁ、俺、仕事があるし……」
「いいじゃない。引き受けてあげなよ。姉弟なんでしょう?」
仕事を理由に断ろうとすると、あろうことかその仕事の上司が勧めてきた。更に、姉が駄目押しをしてくる。
「私が死んでもいいってわけ?」
「そうは言ってないけど……」
「言ってるじゃない」
この姉は昔から強引なのだ。豪腕と言ってもいい。これほど気が強いのなら俺の助けなんて必要ないと思うのだが、これ以上怒らせるのは危険すぎた。
「取り敢えず、今日は家まで送っていくよ」
「……まぁ、いいわ」
結局、俺は自分自身を護るために警護を引き受けざるを得なかったのだ。
夜、宮廷からの帰路に着く貴族たちの馬車群。その中には、俺が乗っているアルサンシェ家の馬車もあった。
「流石、公爵家。いい馬車だな」
豪奢な箱馬車に揺られ、窓の外を眺める平民の俺。こんな機会、少なくとも前の世界ではあり得なかった。姉を気にせず素直に堪能させてもらおう。
「こらこら、遊ばせるために乗せてるんじゃないわよ」
「いいじゃん、少しぐらい。それより何で付いてきた? ルメシア」
次いで、姉の隣にちゃっかり座っているルメシアを見た。この件には無関係のはずだ。
「ケルヴェイン公爵家の私も乗っていれば、下手に手出しはできないでしょう?」
「危険だぞ」
「これでも北衛長を務めているのよ。なんてことないわ」
彼女の献身的な奉仕。相変わらず褒めたくなる心意気だ。姉も同感のよう。
「本当、いい子ねー。神太郎、彼女を大切にしなさいよ」
「え? いえ、そういう関係ってわけじゃ……!」
「もう素直になりなよー。普通、仕事でもないのにこんな危険なことしないでしょう?」
正論を前に、ルメシアは恥ずかしそうに目を逸らした。
しばらくして、馬車は暗い路地に差し掛かる。人気もなく、明かりもない。敵が潜んでいても気付けないだろう。襲撃には格好の場所だ。何でこんなところを通る?
「何でこんなところを通る?」
「早く家に着きたいじゃん」
そうあっけらかんと答える姉を、俺は恐ろしくなった。
と、同時に、
「うわぁ!?」
突然、激しい閃光と爆風が馬車を襲った。身体は揺さぶられ、光が目を眩ませてくる。ルメシアと姉は互いに抱き合って身を護り、俺はドアと天井に手を当て耐え抜く。それでも衝撃は手を緩めることなく、遂には馬車を倒してしまった。
「あーあ、ひでーな……。大丈夫か?」
俺の問いに、女たちは力強く頷く。姉はともかく、ルメシアも肝が据わっているようで安心した。
これは間違いなく敵の攻撃だろう。しかも、予想以上に手段を選んでこなかったな。どれだけ恨まれてるんだか……。ということで、反撃だ。
「さて、仕事をしますか」
馬車から飛び出す俺。それを出迎えてくれたのは、
大量の光弾!
そして着弾!
二度目の爆発は、この路地一帯を一瞬昼間にした。
馬車の中から不安げな顔を出すルメシアに、それを引っ込ませる姉。やがて、爆煙が収まってくると、物陰からフードを被った男たちが出てきた。
今のところ確認できるだけで七人か。俺が粉微塵になったと思って馬車に集中していやがる。もう少し様子を見て正確な人数を知りたいところだが、このまま見過ごしていたら姉がぶち切れるだろうな……。ここは出るしかないか。……この刺客たちのためにも。
「無茶苦茶するなぁ、君ら」
俺が刺客の一人の背後から突然声を掛けると、そいつは期待通りに驚いてくれた。慌てて掌を向けてくる。魔術の光弾を放とうとしたのだろう。が、その前に握手だ。俺はその掌を掴み返した。
「今の魔術だろう? 俺はその辺疎くてな、魔術も全然使えないんだ」
そして握り締めた。力強く。
「ぅああああああああああああああああああ!」
悲鳴を上げる男。実のところ大して力は入れていないのだが、俺とこの世界の人間とでは身体能力に大きな差があるらしい。実際、先ほどの光弾攻撃も全く効いていなかった。
「どうした? 魔術にもパワーを増させる類があるんだろう? それを使ってみろよ」
と、助言をするも、彼には聞こえていない模様。もしかして使えないのかもしれない。痛みのせいか、身につけていないのか。まぁ、たった一人に時間を掛けるのもアレだ。俺はそのまま残った片手で相手の首を打ち、気絶させた。
「少し眠ってろ」
これ、一度やってみたかったんだよな。………………………………あれ? 息してるか?
「……首折れてないよな?」
少し心配になったが、そんな暇はない。この男をおちょくったのは、他の男たちの意識をこちらに向けるため。お陰で、連中は俺の排除を最優先に選んでくれたようだ。残りの暗殺者たちが一斉に襲い掛かってくる。
まずは……また光弾だ!
「またかよ」
同じ手に俺はガッカリした。何発も俺に着弾するも、どれも擦り傷すら作れていない。だが、効かないことに気づいてくれたのか、しばらくして別の手を選んでくれた。一人が短剣で接近戦を挑んできたのである。
丁度いい。もう一つやってみたかったことを試す。
それは真剣白刃取りだ。
パチィーーーーーーン!
それは実にいい音だった。俺は見事に両手で、その短い白刃を受け止めてみせたのだ。……尤も、その瞬間刃が粉々に砕けてしまったが。
「はぁ!?」
人力で砕けたのは俺も驚いたが、相手はもっと驚いていた。
「お、オリハルコンだぞ、これ!」
相手の台詞から察するに、どうやら特別な素材だったよう。値が張るものだったとしたら同情するが、これも自業自得だ。オマケの腹パンをすると、相手は地べたに伏せて悶絶した。
この分だともう連中の攻撃に期待できそうもないので、あとは一気に片付けることにする。
三人目には正拳突き!
四人目には後ろ蹴り!
五人目にはビンタ!
六人目にはジャーマンスープレックス!
七人目には卍固め!
それぞれにそれぞれを打ち込むと、それぞれは仲良く失神した。
「これで終わりかな?」
一応、他に刺客はいないかと周りを見回す。一方、馬車からはルメシアと姉が出てきてしまった。
「大丈夫!? 神太郎!」
「は~い、ご苦労様~」
気遣ってくれるルメシアに、気遣ってくれる姉。それはありがたいのだが、ちょっと無用心だろう。
「おい、まだ危険だぞ」
「いつまでも、あんな中いられないわよ」
と、姉が横転した馬車の上に仁王立ちした時だった。
「うおおおおおおおおお!」
その背後から、潜んでいた刺客が襲い掛かったのである。
「あ」
「お姉様!?」
堪らず憂いの声を上げてしまう俺とルメシア。………………尤も、俺のは刺客への憂いだが。
「うりゃあああ!」
姉が咄嗟にしたのは、退避ではなく……後ろ回し蹴り!
長いスカートの中から現れた美しい素足が鞭のようにしなり、その先のハイヒールが刺客の顎を捉える。激しく脳を揺さぶられ、棒立ちを強いられる刺客。そこに、
「はあああああああああ!」
姉の必殺の連打!
正拳、裏拳、前蹴り、鉤突き、膝蹴り、底掌、足刀、双手突き……。数え切れない連打が無防備の刺客を襲う。それを唖然と見るルメシアと、やってしまったかと呆れる俺……。
遂には一本貫手突きまで使い出した。それ以上はいけない。俺は慌てて姉を後ろから羽交い絞めにする。
「やり過ぎだ、姉ちゃん! 死んじまうぞ」
「殺されかけたのよ!?」
「死んだら首謀者が分からなくなるだろう」
そう窘めるも、姉の怒りは収まらず。姉は攻撃されると徹底的にやり返す性質だからな……。恐らく、この刺客が最も重症だろう。俺を無視して真面目に標的だけを狙った優秀な刺客だったのに、結局、一番割を食った形だ。彼に同情の念を禁じえない。
「な? 姉ちゃんに護衛なんていらなかっただろ?」
そして、拳の師匠である姉を取り押さえながらルメシアにそう振ると、彼女も今度は黙って頷いてくれるのであった。
了