惚れた理由
「いいね、啓介君~。かっこいいよ~」
「……」
俺は今、幸のモデルとしてこの写真部にいる。
俺はもともと帰宅部だった。しかし、写真部に入ったのは幸にモデルとして勧誘されたからだった。
「み、水石君。写真部にモデルとして入ってもらえませんか?」
「あん? モデル?」
最初は戸惑った。急に写真部に、しかもモデルとして入部してくれなんて言われたら、誰だって戸惑う。
「き、今日は見学で来てくれれば大丈夫ですから」
「いや、ちょ」
「そ、それではお願いします!」
そう言って走り去ってしまった。
そして、写真部の部室に訪れ、中に入った。
「失礼します」
「あっ、来たね啓介君。じゃあ、さっそくそこの席座って、足を組んで」
来て早速モデルを頼まれた。
「見学で」
「さぁさぁ、良いから座って」
幸はカメラを持つと性格が変わる人だった。かなりのマイペースな方向に。
「いや、モデルなんて柄じゃないし。そんな良い顔じゃねぇよ」
俺には顔に傷が入っている。そんな顔がモデルに良いわけ……
「いや、その顔の傷が良いんだよ」
「えっ」
「そんな、顔に傷がある人なんかなかなかいないんだから。かっこいいと思うよ」
「しかも元ヤンだよ」
「尚更いいじゃん。元ヤンだからその顔の傷がなお生かされるじゃん」
そんな事初めて言われた。この顔の傷のせいで、元ヤンだったせいで学校に入っても誰にも話しかけられない。それが精神的ダメージがすごかった。だから、俺は昔の自分を嫌っていた。しかし、ヤンキーだった時期を否定しない。そして、今の俺も否定しなかったのは、幸だけだった。
そこで俺は幸に救われた気がした。
考えてみれば俺はそこで幸に惚れたのかもしれないな。
「あ、啓介君! その顔もう一回やって」
「え? どの顔?」
「その、恋をしているような顔やって」
「べ、別に恋なんてしてねぇ!」
つい、叫んでしまった。
顔に出ていたか。顔に出ないようにしないと。特にカメラ持った幸の前では。
「ふ~ん。啓介君は誰かに恋をしているんだ~」
「な、んなわけないだろ!」
俺の恋をしている顔など、カメラに残したいわけがない。だから、幸の前で顔に出すわけにはいかないのだ。
「ふ~ん」
「な、なんだよ」
「いや、もっとその顔やってほしいなと思って」
俺は少しドキッとする。
「……どういう意味で?」
「写真を撮りたい」
「お前ほんと写真のことしか考えてないな」
この写真バカがと思ったが、今回はそれでよかったかもしれないと思った。
「まぁ、とにかくもう一回だけやってよ」
「ちっ……分かった」
「やった!」
もう一度幸のことを考える。
笑顔の幸、髪を上げたときの幸、コンテストで賞をもらって大喜びしていた幸。様々な幸を思い浮かべる。
「そう! それで笑顔を作って!」
(ニコッ)
(パシャ)
俺が笑顔を作ると、幸はカメラのシャッターを切った。
「おー! 最高の笑顔だよ! この思い人に向けてやっているような笑顔!」
幸はカメラのファイルを見て興奮しながら叫ぶ。
「ちょっと、俺にも見せて」
そこには自分でも見たことのない最高の笑顔が入っていた。
俺はこんな顔をするのかと同時に、毎回幸のことを考えるとこうなっているのかと考えると恥ずかしさが湧き上がってきた。
「おい! 頼む! それを消してくれ!」
「いやだね~! これは絶対に消さないよ! こんな最高の笑顔消すのがもったいない!」
幸は自分のバッグからパソコンを取り出した。
「……おい、何やってるんだ」
「バックアップ取ってる」
「おい、やめ」
「ごめん、もう取った」
俺は膝から崩れる。
いや、良いけど! モデルだから良いけど! あの顔を記録残したくない!
そんな思いでいっぱいだった。
「そういえば私、この顔どっかで見たことが……」
「よし! 幸、もっと写真を撮ろうか! なんでもいいぞ! さっきの顔もしてやる!」
「本当に!? やった、撮るぞ!」
危なかった。あの顔を幸にしているということがバレるかもしれなかった。
そして、俺たちは写真撮影を再開する。幸が俺の新しい顔を見つけては注文をして、それにこたえて俺はモデルとしての役割を果たし、幸が最高の写真を撮る。
それが俺と幸の日常だ。