「act02 厄災獣の子」
厄災獣の子。一言で言えば厄災獣たるタナトスの縮小版のようなものらしい。とはいえ聞いたことはあったがなんという圧力か。半年前のガブリエラならおもらしでもしていたかもしれない。だが今は違う。
——最初は驚いたけれど、身構えてしまえばさほど恐ろしい存在じゃあないわ!
一歩下がると同時に魔力が増大、美しく朱く蒼く輝く魔力を纏う。踏みしめる大地は凍土と化し、並みの存在では空気が凍り付いているため呼吸はおろか動くことさえ困難だったはずだ。
しかし厄災の子にそんなものは関係ないとばかりに吠えると、狩りの相手に合わせたのか大きなクマのような形から人型へと姿を変える。その瞳から魔力反応を検知。赤く細い熱線が一閃、薙ぎ払われる。
「へえ、そんな攻ゲキができるのね。オモ白いわ、アナタ!」
熱線を飛んで避けると、逆さのまま氷の槍を三十、眼前の敵へと降らせる。勿論それで終わるわけはない。
「タノしいタノしい! 人ゲンの身体でここまでやれるなんて、やるわねワタシ!」
子の頭を掴み地面へと着地すると、
「ダーンク!」
足元の凍土へと頭部を投げ捨てる。人間が受けたならば中身が飛び出ていてもおかしくないほどの衝撃音が響くが、それでも子は受け身を取ると止まることなく今度こそは、と全身から無数の熱線を発する。流石に数が多すぎるのか無駄口を叩かずに回避に専念。
——どこまで強度が上がってるか気になるとこだけれど、念のため避けておくわ。
しかし熱線の数が多すぎるのでいくら人の身にて天を歩む者を発動して身体能力を向上させているとはいえ、これだけの弾幕を搔い潜って近づくことは容易ではない。そしてもう一つ問題があるとすれば——
「ちょっと、手当たり次ダイってこと!? これじゃあモリがモえちゃうわ」
できるだけ木についている火は消しているガブリエラだったが、それにしても手当たり次第に熱線を放たれると対応が追いつかない。
と、思っていたらガブリエラが意識を向けていないところで火が消えていっているのだ。それをしていたのは先程見た小鬼。仲間を引き連れて消火作業にあたっている。その一方で大樹の近くでは妖精が結界を張っていたので、それは傷一つついていなかった。
「人前にスガタをアラワさないからてっきりオクビョウなシュゾクなのかと思っていたけれど、住処を守るためってね。スバらしいわ!」
とはいえこれで心置きなく戦えるというものでもなかった。彼らの住処である森はこうしている間にも破壊され始めている。
——このまんま長引かせるのも面白くないし、一か八か、攻勢に出てみますか!
試しに氷壁を一つ作ってみると、それは熱線を一秒と持たずに破壊されてしまった。だがそれで落ち込む自分でもない。むしろ、
「一ビョウにミたなくとも止められるなら上トウよ!」
と叫ぶと、凍りついた地面を氷壁を次々と作り熱線の軌道をほんの少し遅らせながら滑走する。対策されたことに腹を立てているらしい子が再び吠えると、今度は過ぎ去った熱線が後ろからも追尾してくるようになる。驚きながらも《《それすら氷壁を纏った腕薙ぎ払うと》》、手の届く範囲にまで、肉薄してーーーーっ!
「ニヴルヘイム!」
叫び腕を振るうと、その軌道を描いて発生した大樹のさらに三倍はあろうかという氷の柱が眼前の敵を容赦なく貫く。これは熾天使いにのみ扱える権能大魔法。以前まではいくらガブリエラとはいえ詠唱が必ず必要なほど強力な魔法だったが、今や名前を叫んでイメージを固定化させるだけで事足りるようになっていた。
「今のワタシは半分ガブリエルみたいなものだからカノジョのシンピをエイショウナしで引き出せるのでした!」
どやあ、とでも聞こえてきそうなほどの自信。誰も見ていないというのに腰に手を当て、その豊満な胸を惜しげもなく張り上げる。
刹那——。
急激に背後から強大な魔力反応が発生。先程の敵の反応は霧散したはずなので、考えられる可能性は、
——もう一体別の個体がいたのか!?
あまりにも身体が軽く、気分が舞い上がって気付かなかったが、普通なら一秒と持たずに破壊される《《氷壁を纏っただけの腕で軽く薙ぎ払えていた》》のはおかしかった。おそらく存在が知られないように、曲がっただけのように見えるように周到に狡猾に熱線を放っていただけなのだろう。子にこれほど知性的な戦いができると思っていなかったのは完全な慢心。
反応は真後ろ、子の爪がその柔肌を切り裂かんと迫っている。
迎撃は間に合うだろうか。
爪先が触れて、ぷちっと鮮血が漏れる。
いや、間に合わないが、この一撃で死ぬようなことはない。確かに手痛いが致命傷で済むはずだ。
このくらいは油断していた自分への罰として受け止めよう。
——死ななければ安いわ。
次にくる衝撃を少しでも和らげようと脇腹に魔力を固めたが——
「————え?」
自分の見ているものが信じられなくて思わず情けない声が出てしまう。脇腹に触れていた爪先はそこにはなかった。そもそも子が近くにいないのだ。そして足を動かしたわけでもないのに自分の立っている場所が変わっているのだ。目は閉じていない。見ている景色が一瞬にして切り替わった、ということは本当に自分が移動している。
そしてそして——
「なんで、ガイナが……?」
全力で駆けても十秒はかかる程の距離に、
自分のさっきまでいたはずの場所で、
ガイナが、
子に、
切り裂かれて、
血飛沫をまき散らしながら——————。




