「act16.5 神の子」
アトランティスより数万キロ離れた極寒の名もなき大地。月も見えないほど吹雪いているその環境の中に魔力反応、二人の人がそこに降り立った。
一人は血を連想させる程に紅い瞳を持つカナメ。もう一つは胸に風穴を空けている紫毒色の瞳を持ち主、先程まで戦いにならない戦いを繰り広げていた男だ。ガイナによって貫かれた胸からの出血は既に止まっており、あとはその傷口は塞がるのを待つだけである。。
カナメに抱えられていたその身体は抱えていた本人によって氷の大地で無造作に放り出された。適当に死体を処理した、という話ではない。
「オイ、テメェ。いつまで狸寝入り決めこンでやがるつもりだ?」
「…………別に。狸寝入りなんてしていないよ。でもやっぱり、罪無き子の一撃はなによりもキツイね。流石のボクも一時的に意識を落とすしかなかった」
「あァそォかい、心底どォでもいい」
「本当にどうでも良さそうだね、キミ。それにしてもどうやってボクが生きていることがわかったのかな? これでも死を司る神から生まれたのだから死の偽装なんて得意中の得意だったんだけど」
「……ただの経験則だ。罪無き子ってのは皆そうなンだろォが」
「驚いた。ボク達罪無き子が原罪を持つモノの敵意では死なないことを知っていたってことになる。ふふ、いいね。キミに興味が湧いてきた」
「? あァ、そォかい。それにしても余計なことをしやがって。《《あの輪に混ざりたいなら素直に言えってンだ》》」
「むっ、ボクは人ではないからね。仮に目的を同じくしているとしてもあの中には入れないよ」
「目的は同じ、ねェ。じゃあ何でウリエルを殺しやがった? 目的が同じならアイツを殺したら手伝いさせることすら無理になンぞ」
「そういう意味ではボクもキミも変わらないと思うけど? っと殺した理由だったね。そんなのそれこそキミにだったら理解できるんじゃないかな。ウリエルはキミが手を出そうが出すまいがあと一月持つかわからないような状態だった。でもあれほどの力がそのまま消えてしまうのは非常に勿体無いだろう? それでウリエルの契約をボクが引き継げないかな、って思ったわけ。それをあのオンナは横取りしやがって。今思い出しても腹が立つ」
「……理解できねェ。やっぱりテメェは非人間なわけだ」
「それはさっきから言っているだろうに。それにしてもキミが理解できないとは解せないな。じゃあキミは一体どういう狙いがあってカレを殺そうとしたんだい?」
「ただの儀式だ。『オレ』という存在がずっとそうしてきたからそうした。それだけだ」
「それこそ理解に苦しむ。キミの意識が表に出てきている時点でもうその存在はキミのモノなのに何故そんなつまらないモノに囚われているのかな?」
「知ったような口を。……オレなりの覚悟だ。『カナメ』のままじゃ神殺しを成すことなンてできねェからな」
「へぇ? で、キミはその殺そうとしているカミサマのことを知っているの?」
「………………」
「沈黙は肯定と受け取るよ。さて、じゃあキミとボクは取引をしたい。キミはおそらくボクがこれ以上余計なことをしないように虚数にでも閉じ込めるのだろう。それを考え直してほしい」
「オレにメリットがねェ。今も気紛れで言葉を交わしているだけで、本当なら今すぐにでもぶちこンでやってるとこだ」
「でもそれをしないのはボクから何かを引き出したいから、だ」
「……まァ、否定はしねェよ」
「これは取引だと最初に言ったよね。ボクがキミの欲しい情報、つまりは《《キミが前にいた世界を壊したカミってヤツ》》について教えてあげる」
「ッ!? ……テメェ、それは本当だろォな?」
「ここで嘘をつくメリットなんかあるものか。さあ、どうする?」
「…………教えろ」
「ふふっ、そうこなくては——」
「——ってこと。どう? 随分と有意義な情報だっただろう?」
「……確かになァ。それが本当なら確かに神殺し、その攻略の糸が今初めて見えたわけなンだが、その情報、どこで手に入れやがった?」
「それこそさっきから言ってるよ。ボクは正しい意味での神の子だ。だからキミ達人間が食べて寝て起きることを誰に教わらずともそのやり方を知っているように、当たり前に、当然にクソヤロウについての情報を持っているだけ。うん、本当にそれだけのことだよ」
「オイ待て。オレは今まで罪無き子ってのは、たまたま特異体質で生まれて来た人間のことをそう呼んでいるものだと思ってたが、実際には違うのか?」
「当たり前じゃないか。この世界にも『神の子』なんて呼ばれてる賢者がいるようだけど、それは本当に例外中の例外。何かの間違いで生まれてきて、何かの間違いで今まで生きているただの紛い物、その実遺伝子構造はただの人間だ」
「ソイツの話は今するな。オレでも混乱してンだから。……話を戻すぞ。つまり、その、何だ。《《罪無き子ってのは本当に神から生まれたのか》》?」
「そうだ。人間的な生まれた、とは厳密に言えば違うけどね。神は人間が持つ原罪を持たない。というかそもそもアレは人間だけしか持ちえないものだ。そういうシステムだからね」
「アダムとイヴが犯した原罪ってヤツだな。それくらいなら盾城要でも知っている知識だ。……そォか。確かめてみるか」
「確かめる? それはいいけどガイナって子を殺すならカレラの目についたらダメだよ。キミまで恨まれかねない」
「……これはこれは人の心配とは随分と余裕だな。心配しなくてももう嫌われているだろォし、それに話を聞くだけだ」
「そ、ならいいけど。とりあえず契約は成立だ。ボクはこれで行くけど、何か他に用でもあったりする?」
「ンなもンねェが、一つだけ聞いておきてェ。テメェはこれからどォするつもりだ?」
「あはっ、それこそ簡単じゃん。神殺しのために準備をする。この無限獄にボクを落としたこと、必ず後悔させてやる」
「……ふーン。あ、そうだ。テメェ、名前は?」
「質問は一つだけじゃなかったのかい? まあいいけど。それより名前? そうだね、無いと困るね。では《《デス》》、と。タナトスに引導を渡す死の名だ」




