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神の箱庭 〜Magic World〜  作者: 杯東響時
第八幕「ありがとうとさようなら」
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「act15 ありがとう」

 ——とにかく、とにかく街に急がなきゃ! 街なら上等な治療を受けられるはず……。


 ガブリエラの氷結治療は少しずつ時間をかけて回復させていく魔法であるため生と死の境を彷徨うほどの重傷に対してはただの時間稼ぎしかできない。ガイナとキールだって多少の回復魔法は使えるがそれを以てしても足りないほどの勢いでウリエルの肌は冷たくなっていく。その感覚がなお追い立てる。


「あぁ、あぁ、なんてこと! どんどんお兄様がつめたく……」

「くそっ、俺達の魔法じゃ回復が追いつかない。半人前とはいえ三人で回復させてるんだぞ。《《それなのに回復できないなんて普通じゃない》》!」

「回復できない……。アイカ! ウリエルの状態を確認してくれ」

『そう言われると予測して既に解析していました。どうやら呪いの一種で、あの槍の効力かアレに傷つけられたものは傷の修復が困難な状態に陥る模様です。今命があるだけでも奇跡という状況でしょう』


 そんなバカな、と言いたいところだったが確かに納得せざるを得ない状況だった。ならば何か、ウリエルは死ぬしかないのか?


「……いい。ここ、でいい」

「お兄様、バカなことを! 街に行けばその呪いだって治せる人がいるはず——、なのに……」


 こんなの人の感情の移ろいに疎いガイナにだってわかる。ウリエルはここで終わりたがっている。こんな死に体を生かすよりもやるべきことが他にある、と。


 足を止める。拳を握りしめて、爪が食い込んで血をも握りこむ。


「ガイナも何足を——」


 止めているんだ、と言いたかったのだろうが氷結治療の氷がこれ以上にないくらい真っ赤に染まっているのを見て思わず足を止めてしまう。これはもう、助からない傷だ。身体から力が抜けて思わず膝をついてしまう。


「そ、そんな。こんなことって……。久々に会えたというのに…………」

「そう泣く、な我が妹よ。オレは元々、こうなる予定だった……のだ。なあ、カナメよ」


 いつの間に居たのかウリア、いやカナメにそう声をかけた。その表情からはこうなることがわかっていたかのような悲痛な感情が読み取れる。


「よォ、これで、満足かァ」

「欲を言えばキミ達と共に厄災を払いたかったが、オレには度の過ぎた、っ……力を求めた結果だ。悔しくとも受け入れる」

「テメェ、オレと戦ってる時最後の修行だと言ったな。最初からオレに命を捧げる予定だったンだろ」


 静かに頷く。彼らもただ見ていることしかできない。今は彼の言葉に耳を傾ける、それが彼の最後の望みだ。


「……ふゅー……。よし、最初はキールだ。キミは経験不足からの状況判断が難点だったが、それもアイカのおかげで補われている。厄災相手に生き残れるかはキミ達のコンビネーションで決まる。仲良く、な」

「……あぁ、勿論だ。獣なんか俺様達で伏せてやる」

『私はマスターに従うだけです。が、連携が大切だというのは理解できます。安心してください、マスターは私が死なせません』


 よし、と頷いて一拍置く。ゆっくり休む時間も惜しいとばかりに次はウリア、いやカナメを見る。


「キミは対照的に戦闘経験も豊富だ。ウリアという存在にしつこい油汚れのように染みついている戦闘技能のおかげで戦いに遅れをとることもない。だがキミ自身の精神性が未だ未熟だ」

「……表に出てきて数十年経ってンだから名実ともに一番年上なンだがな」

「それ、は……くっ、そうだがキミは以前の世界では平和に過ごしていたのだろう?」


 何故それを、と言おうと思ったが理由はすぐに察することができた。


「そンなにオレの顔は緩かったか」

「あぁ、それはもう。キミは平和な世界で過ごしてきたが故に本物の狂気に触れたことが無い。狂気を前にして不意に怯んでしまう。そこだ、そこがキミの弱点」


 狂気、確かに正気の失った相手と戦うことなんてほとんどなかった。それこそウリエルこそ初めてだったかもしれないと思う。


「あァ、怯むなって言いてェンだな」

「違うな」

「あァン?」

「狂気を飲み込め、受け入れろ。そして自身の中に狂気と正気を住まわせるんだ。狂気は時に正気の時に発揮できなかった力を発する。大丈夫、それができればキミは誰よりも強くなれる。それと、これを……」


 と言って差し出したのはウリエルが愛用していた剣、そして家宝であるレーヴァテインだった。


「必ずキミ、に必要な時がくる。これをキミに預ける」

「…………こういう大事なもンは妹に譲ンのが定石(セオリー)だろォが。まァ、ありがたくいただいておく」


 それを受け取ると二歩下がる。もう話は済んだだろうという意思表示か。その通りではあったが。


「次にガイナ。キミはこれから多くのことを学ぶだろう。楽しいことも辛いことも、嬉しい苦しいことも、その全てをガイナ・クォーノスの糧にしろ」

「おにいさん……。俺は、あまりにも無力だ……」

「…………おにいさんとはまだ呼ばせんぞ」


 こほん、と一つ咳払いついでに喉にたまっていた血がごぼっと溢れ出す。


「無駄口を叩いている場合では、ないな……。キミ自身の中にある力を信じろ。キミは、無力などではない。その力が必ずキミを良い方向へと導いてくれるはずだ」

「俺の中の力……。どんなに辛くっても前に進む」


 ——そろそろ指すらまともに動かせなくなってきたようだ。もう少し、だけ持ってくれ……。


 深呼吸を一つ。先程喉に詰まっていた血塊は吐き出せたので空気の通りも良くなって少しだけ楽になっているかもしれない。無駄口、と言ったがそうとはならなかったらしい。


 そして、最後に最愛の——


「マリン」

「……はい、お兄様」

「オレは後悔していたのだ。あの時止めてやれなくて、あの時助けてやることができなくて、すまない」

「いいんですそんなこと。ワタシはとうに、気にしていません!」

「……相も変わらず嘘が下手だな。だがあの出来事があったおかげでオレはここまで上り詰めることができたとも言える。故にアレだって無駄なことではなかったのだ。全てがあって今のオレが、そしてアレがあったからこそ今のオマエがある。しっかり胸を張って生きろ。オマエの力は、人を救える力だ」


 返事はない。そこあるのは年相応に涙を零す少女の声のみ。


「…………残された時間も少ないな。いいか、キミ達の終着点は決して厄災戦などではない。厄災の獣なんぞにくれてやる命なんて一つもない! オレは少なくともそう思っている」


 ——オレから言えることなんて結局のところ一つしかないのだ。


「必ず生き残れ。オレとの、約束だ」


 約束、だなんて随分幼稚な表現をしたものだと思うがそれぞれに受け取り胸に刻んでくれたらしい。


 青春らしい青春を過ごした記憶もない。年相応の楽しみは全てこの瞬間のために捨てて来たと言ってもいい。傍からみれば確かにつまらない、可哀想な人生だったと言われるかもしれない。だがそれでもこの瞬間は誰がなんと言おうと自分の人生は満ち足りたものだったとはっきりと言える。


 こんなにも将来有望な少年少女に囲まれて人生を終われるなど。


 ——あぁ、オレは本当に。


「幸せ者だなぁ」


 ……そこから先は無かった。呼吸は止まった。意識は静止した。そこにある肉体が自ら動くことは、ない。満足そうに、笑んだまま。


「こん、っのクソアマァ!!」


 余韻をぶち壊すような怒号と何かが飛んで地面に叩きつけられる音が聞こえる。呻き声と共に飛んできたのはラスティーナ。無造作に蹴り飛ばされたのか全身を激しく打ち付けながら地面を跳ねている。


「あ、のジジイども。腐っても大賢者、私に気付かないように神秘に制限をかけていたとは、ね……。っ!? あ、貴方達、まだ逃げてなかったの? それに……、あぁ、あの人は逝ったのね。じゃ、あ、お別れのための時間稼ぎくらいはでき」

「うるせぇ! 汚ねぇ声で喋ってんじゃねぇぞ!」


 がしっ、と靴底でそのボロボロの顔を踏みつける。


「くそっ、くそっ、くそっ! このクソヤロウのせいで、せっかく手に入れたウリエルの力をドレインされちまったじゃあ——」


 続きは許さなかった。その男に撃ち込まれた《《魔力弾》》はキールのもの。右腕の魔術展開式自律兵装『アイカ』から展開された鋼の銃口から放たれたものだ。やがてそれは全身を覆う駆動鎧(アーマー)となりいくつもの砲身、刀剣を身につけたその姿を現した。


『え、前と私の名前が違うですって? ダサいので変えました』

「あの汚ねぇ足をラスティーナさんからどかしてくれてありがとよ、アイカ」

『いいえ、マスターの意向を素早く読み取り実行するのが私の生まれた意義ですので』

「……テメェらも動け。オレが言うのも変だがここから先は弔い合戦っつうヤツだ」

「勿論わかってる。俺だって成長してるってことを見せてやらないとな!」

「——えぇ、見ていてお兄様。ワタシは、やるわ」

「き、貴様らはッ……!」


 ラスティーナとウリエルを背にして守るように四人の戦士が眼前の敵に立ちはだかる。


「「「「『ここから先は通さん!!!!』」」」」




 ——さようなら、そしてありがとう。


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