「act06 吐露」
ガブリエラを送り届けて自分の部屋へと戻りベッドに倒れこむガイナ。今まで山では親父と、旅先でも誰かと一緒の部屋だったりと一人で部屋を用意してもらっているというのは少し贅沢な気分になる。わくわくはしているものの明日以降のことを考えると早く寝るのが得策か。
とはいえ嫌でも夕方の出来事を思い出してしまう。生活の中で野生生物達の殺気に人一倍敏感になっていたガイナにはあの殺気がどうしても冗談のように感じなかったのだ。だがそのあとの雰囲気も嘘のように感じなかった。大事に想っているからこそ苦しまないように……?
「…………」
そしてなによりガブリエラに声をかけられなかったことが悔しい。もっとなにか言えたのではないかとか考えると胸の奥がなにか苦しくなる。
「……っ。俺は人の励まし方すら知らないのか」
学ぶとは何も知識や技術だけではない。人との接し方、感情も正しく理解していく必要があるのだ。
ただ生きるだけなら山に籠って農業や狩りだけしていればしていればいいだけのこと。それをせずにこの広い世界の中で生きていくと決めたのならどんなにわからなくても感じること、考えることを止めてはだめなのだ。
そう考えていると部屋の外で一人分の足音が聞こえてくる。これは女性のものだろうか。
やがてそれが止まったのは自分の部屋の前。不審に思った瞬間扉を叩く音が聞こえる。まだ日付は変わっていないが普通なら寝ているくらい夜が深まっている時間に誰だ?
何があってもいいように上体を起こすが、
「起きてる……?」
ガブリエラだ。警戒を解くとがばっと布団をかぶってしまう。これが噂をすればなんとやらというやつか。今はどんな顔をして会えばよいかわからず、だがこのまま追い返すわけにもいかないと考えた苦肉の策。布団をかぶる。呼吸を落ち着かせて……。
「入っていいぞ」
静かに扉が開かれるのがわかった。こういう時は面と向かってやらないといけないのだろうがそれすらできずこうやって布団の中に隠れている自分に無性に腹が立つ。
「すまんが今日はこのまま話をさせてくれ。あぁ、どこかテキトーなとこに座ってくれ」
「……そう。それなら都合がいいわ」
来客に対してあまりにも失礼ではないだろうか。そう思ったガイナとは真逆の反応を見せるガブリエラ。そのままでもいいというならわかるが都合がいいとはどういうことだろうか。彼女も実は自分と一緒で顔を見せられる状態ではないということか?
そんな思考もベッドに加わった別の重みによって凍結する。どうやらすぐ後ろに座っているようだった。それだけならば凍結するほどでもない。次に布団の中に何かが潜り込んできて背中に柔らかい感触ががががががが。
「ちょっ、おまっ!? 一体ぜっ
「黙って」
そう言われれば押し黙るしかない。後ろから女の子特有の匂いが鼻に入ってきて背中の感触で、しかも腕まで回してきて……。十代の少年には如何せん刺激が強すぎる。
何か声をかけるべきか。それとも動いた方がいいのか。思考が凍結してしまって何も良い案が浮かんでこない。人は想像を絶する状況に立ち会った時笑うことすらできなくなってしまうらしい。一つこれも学びだろう。
……本当にそうか?
「……ワタシ、あの時兄様の殺気に気圧されて動けなかった」
しばらくして沈黙を破ったのはガブリエラだった。あちらから話を始めてくれるとこんなにも気持ちに余裕ができるものか。感情の海の表面に張られた氷が割れたようだった。
「ワタシが怒らせて……」
そうだ。あれだけの殺気を発するのに理由がないわけないのだ。それがわかれば何かかける言葉も見つかるかもしれない。
前から会いたくないような雰囲気は感じていたからもしかしたら昔何か二人の間であったのかもしれない。
「なんかあったのか?」
びくりと少し肩を跳ねさせたと思えば微かにだが身体が震えているように感じる。今度はどうすればよいかと考える前に気付けば彼女の手を握っていた。
怖がらなくても大丈夫。今はここに俺がいる。
そんなメッセージを口に出せるほどガイナは一人前でもない。だけど今はこうするしかできないと思えた。この気持ちが正しく伝わっていればよいのだが。
大丈夫、大丈夫。心の中でそう思い続けた。
しばらくすれば震えも収まり大きく呼吸した後にガブリエラは再び小さく口を開く。
「ワタシが小さかった頃、魔法を使い始めて間もなかった頃のことよ」
「うん」
「ワタシが最も得意としていた魔法は火属性だったの」
それは初耳だ。確かに火も使えることは知っていたが使っている場面を見たことがほとんどないのであくまで小技程度のものだと思っていたが事実はそうではなく、水ではなく火属性魔法の方が得意だったという。
では何故火を現在使っていないのか。
「ある日お父様といつものように魔法の鍛錬をしていたの。その時魔法を制御できずに暴走させちゃってお父様は全身を焼かれ、後で駆け付けたお兄様も左目を焼失させてしまったわ」
魔法の暴走。確かにマリン・ブリテンウィッカその人には火属性の特別な才能があったのかもしれない。だがその強大な力故か幼い身では制御することができず魔力が尽きるまで暴れまわり、結果的には身近の人間を傷つけてしまうこととなったのだ。幸い父親は一命は取りとめたらしいが最後に会った五年前にはまだ自力で動くことすらままならないほどで、兄に至っては完全に左目が焼け落ちてしまって見えないのだという。
確かにそんなことがあれば火を扱うことが恐ろしくなるのもわかる。
「でもさ、お前は火を扱う練習をしてたんだよな?」
「っ……。どうしてそれを……」
「俺との出会いざまに火属性の魔法を使ってたの思い出したんだ。少しずつだけど練習しててあのくらいの火力なら使えるようになるまでになったんだろ? 昔のトラウマを少しずつ克服しながらさ」
「……そうよ。でも五年かけて安全に操れるようになったのはあの程度の火球だけなの。日常生活には使えるかもしれない。実践においては使えてせいぜいフェイント、だけどフェイントなんて小細工はタナトスに通じるとは思えない。……えぇ、えぇ。確かにワタシがこのまま鍛錬を積んでいけばいつかはきちんと全開で扱えるようになるでしょう。だけどね! あと半年しかないのよ! 五年経ってこれだけなのにあと何年かければ《《元ウリエルである父》》をあんなに傷つけるほどの火属性魔法が使えるというのよ!!」
元ウリエル。今確かにそう言ったのか? 火属性魔法を扱わせれば右に出るものはいないとさえ言われるスペシャリストを十歳そこらの少女が瀕死の重傷にまで追い込んだというのか。確かに操れればこれほどに心強い戦力になるだろうがその火力で暴走されてはたまったものではないというのもわかる。そしてなによりこれ以上自分の手で周りの人を傷つけたくないというガブリエラの気持ちもなんとなくだがわかる。
だが、ガブリエラは一つ決定的な勘違いをしている。
「確かに暴走は恐ろしいことかもしれない。けどさ、《《あの時》》とは違うんだぜ。お前の兄も想像もできないくらい強かった。それこそ自分の妹を容赦なく殺そうとできるほどに」
そうか、ウリエルの意図はここにあったのか。
「ガブリエラの親父は小さな娘相手を全力を持って止めることができなかった」
当然だ。大火力の魔法を無造作に振りかざしたとて自分の娘だ。それに危害を加えることなど出来ないはずだ。
結果としてはそれはガブリエラにトラウマという傷を残した。
「お前の兄はお前が暴走したとしても文字通り全力で殺してでも止めることができるぞってことを伝えたかったんじゃないか?」
つまりは己惚れるなということ。そしてこれは激励でもある。
――お前程度魔法使いの操る魔法なんぞ正面から叩き潰してやるから遠慮なんてするな、と。
……服の後ろの方が少し濡れてる?
気持ちが昂って水でも出してしまったんだろうか。まあそんなことはどうでもいい。
「それにお前の魔法で俺は死なないから大丈夫だぜ」
「……なによそれ。ばっかじゃないの。ワタシ、これでも凄い魔法使いなんだけれどー」
顔は見えないがなんとなく笑えてるような気がする。ほんとに気がするだけだが。
やっぱりマリンには笑顔が似合う。




