「act08 守護天使」
「それで、もう一つの要求っていうのは何?」
アレイスターから回復魔法装具である白衣を返してもらい立てるくらいにまで回復したローズは喉の調子を確かめながらそう問いた。アレイスターがした要求は二つ。残り一つあるわけだが、そう問われると「あぁ」と今さっき思い出したと言わんばかりにこう続けた。
「私と共にとある研究を進めて欲しい」
「それは魔術のことかしら」
違う、と首を横に振る。魔術ならば既に理論構築だけでなく行使はできたのだから実践レベルまで引き上げるのにそう時間はかからない、と言ってポケットから何か小さな小指大の筒を取り出した。それを見て即座に何かを察したローズは成程成程と手を顎に当てる。
「魔法装具を完成させた君ならばと思って声をかけた。どうだ、やってくれるかね?」
「ふぅん? 魔法装具を作れる人間なら誰でもいいわけね」
「あぁ、そうだ」
「……ふぅん」
「私はそもそも魔法装具をこの天才アレイスター・クロウリー以外が完成させるならば君しかいないだろうと踏んでいた。いいか、これは他の誰でもない世界でたった一人の成功者でありクロウリーの妻である君だからこそ頼んでいる。一緒にやってくれるか?」
「…………よくもまあそんな歯が浮くようなセリフ人前で言えたものね」
「何故だ。私は事実を淡々と述べただけに過ぎない」
「っ……。ま、まあいいわ。やってやるわよ。まずは魔法装具を魔術用にアップグレードするのかしら。それとも魔法装具の縮小が先?」
「いいや、これの作成には魔術、魔法ともう一つ違う技術体系を組み込もうと思っている」
「まだ他にも隠し玉が?」
ガブリエラの問いには答えない。答えないというより答えられないだ。
彼の頭の中に構想自体は出来上がっているもののそれをどう表現すればよいのかがわかっていない状態だからである。
だが――
「だがしかしこれで私達は真の意味で神秘から手を離し自立を果たす時が来るのだ。今日はその第一歩、神代はこれより幕を閉じる。そしてこれからが、ここからが『人類史』の始まりなのだよ!」
「人類史……」
その響きに、人類史始まりの宣言に心の奥から熱いものがこみ上げてくるのがわかった。人類史誕生の意味、ガイナ自身はわかっておらずともその奥ではその誕生を祝福する存在があった。いずれ来たる聖戦、彼らがいれば乗り越えることができるであろうと。
その宣言の後ローズを部屋に残してアレイスター、ガイナ、ガブリエラ、アンナは洞窟を抜けるべく部屋を後にした。
「あの人部屋に残してよかったのか?」
「時間が惜しいのでな。彼女には私が君達を無事外へ連れ出すまで先に研究を進めてもらう」
そう言ったアレイスターは本音を言えば早く研究を進めたくてうずうずしているのか歩くスピードもかなり早くなっていた。
そういえば、とアンナ。何か疑問があったらしく頭のそばで指先をぐるぐると回して、
「ローズと戦ってた時途中から相手の行動が先にわかってたみたいに動けてたわよねぇ。あれってどういうカラクリかしらぁ。貴方の言動から少し思ってたのだけどもしかして未来予知系の魔法が使えたりするの?」
その説を否定したのはガブリエラ。曰く、未来というのは観測した時点で既に決定してしまっているもので仮に攻撃するところを全て見ていたとしてその攻撃に自分が当たっていればどう避けようとしても何らかの力が働いて必ず観測した通りになる、という運命固定論がこの世界には存在している。
そのことをガブリエラは知っていたし当然アレイスターも知っているものだと思ったから自分で否定したのだが思っていた反応とは違う反応を見せたのはガブリエラの言葉を全て聞いた数秒後だった。
「甘いな。一般論では確かに一度観測してしまえば未来という不確定な『結果』もどのような『過程』を経ようが観測した通りの『結果』が起こる。だが彼女の攻撃した瞬間だけを『結果』として観測すればどうだ。そうすれば私が頓珍漢なところに避けようと運命固定論によって彼女の行動パターンは固定化される。つまり攻撃はかすりもしないという寸法だ」
ま、ただの仮定の話だがな、と付け加える。
「あの空間では魔法は使用できない。それに互いに戦闘の素人と言ったろ。相手の筋肉の動き、視線、呼吸。冷静に分析すればどう攻撃すればよいかくらい見当もつくというものだ」
……難しい話はさっぱりだ。
運命固定論? とかそういうものはわからないがとにかくすごいことをやっていたということはガイナでも理解できた。特に戦士が何十年もかけて身に着ける戦闘の勘、というものをアレイスターは自分の頭で処理して動いていたのだから充分に戦闘センスがあると言っても過言ではない、と思っていた。
――あれ、でもそれだけじゃ相当のダメージを受けてたのに動けてた説明にはならない……?
やはりガイナには難しい話はわからない。ならいくら考えても無駄である、と割り切ってアレイスターへとついていく。
「……罪無き子、か」
「うん? 何か言ったか?」
「いいや、なんでもない」
彼こそが厄災を御する鍵、か――




