「act03 研究者と母の場合」
「緊張感に欠ける」
「確かにその通りだが彼らもまだ我々大人が守るべき子供だ。多少は大目に見たまえ」
アレイスターとアンナは入り組んだ道をただ淡々と進んでいた。順路自体はアレイスターが把握しているのか分かれ道等でも迷うことなくこれまた淡々と進んでいくのみである。
ふと隣を歩く女性に目を向けるとやはりその瞳は黒く淀み、表情も険しいものとなっている。親バカもここまでくるとどうして中々。
「まあ、こういうこともある。……私にも昔娘がいてね」
「初耳ね。そもそも家庭を持つような人間に見えないのだけれど」
「よく言われるし自分でもそう思っていたよ。《《私の妻、ローズ》》と娘のリリスの三人暮らしは幼い頃からあまり家族というものに触れてこなかった私にとってはとても興味深い事柄だったよ」
「待って。今《《ローズ》》って言った? それ、今からカチコミにいく女の名前よね。偶然かしらぁ」
答えない。曲道を行ってすぐそこに見えたのは行き止まり。道に迷ったのかとも思ったがそうではないらしい。彼が足をそこで踏むと何かの仕掛けが作動したようで壁がひとりでに動き出し新しい道がそこに現れた。
行くぞ、とでも言いたげに首を傾ける。少し上から目線なのが気に障ったがやがてしてこの男はそういう者なのだと諦めた。
「そうだ」
「ん?」
「今から会いに行くローズと私の妻は同一人物だ」
――おっそ。返事おっそ。
「そう。なら何故止められなかったのかしらぁ」
「彼女が変わったのは娘を、リリスを亡くしてからだった」
「…………」
「娘は生まれつき身体が弱くてね。亡くなったのも病気が原因だったらしい」
「らしい?」
「私はその時別の研究で随分と家を空けていたのだ。結局娘の死に目にも会えず仕舞い、実に……。実に」
その仕草、表情声色は普段と変わらない淡々としたものだったがどこか気持ちが落ち込んでいるように感じた。この男も見えないだけで、つまり人間なのだ。普通に心を持った人間。
「彼女が変わったのはそこからだ。世界中を巡り娘を蘇生するための神秘を求めた」
「蘇生、そんな魔法があるの?」
「長年旅をしてわかったのはそんな物はないということだった。死んだ人間は二度と微笑むことはない。不可逆、一方通行の真理だ」
そんなモノに縋りたくなる気持ちもわかる気がする。私だってこの話を聞いていなければそれを探そうとしていたかもしれない。そう考えるとこの男を恨む一辺倒で片付けるのは、できなくなってきた。
「その点比べれば君は幾分かマシだな」
前言撤回。コイツは人間の心を持たない悪魔だ。
「悪魔、か。確かに私も娘を失って自分なりに様々な着眼点からアプローチをかけた、その結果また多くを失った」
「だからと言って息子一人しか失くしていない私の方がマシだっての? だとすればどうしようもない破綻者ね。一瞬でも同情した私がバカだったわ」
「同情なんぞ、それこそその人間に対して失礼だとは思わんかね。《《確かにリヒート君が家を出るキッカケが出来てしまったが、あの子は必ず良い男となって帰ってくる》》」
言葉が出てこない。コイツは何を言っているんだ。家を出る? 帰ってくる?
「え、あ?」
「君も相当な親バカだよ。確かにしばらく彼は君の元には帰ってこないだろうが、それというだけでその淀み具合は筋金入りとしか言いようがない。ただ可愛い子には旅をさせよという言葉があってだな――」
「ま、待って。リティーは死んだはずでしょう? 帰ってくるって何?」
「…………」
「………………」
「……………………成程。成程。成程! は、ははははは! そうか、そういうことか! いやに皆御通夜モードだと思えば、なに簡単なこと。本当に御通夜モードだったというのか! それはそれは確かに私を恨むのも一理、いやもはや百里あるなと言っても過言ではない傑作、この展開はこの私の推察をもってしてもわからなんだ、というやつだ!」
「つまり?」
「彼は生きているぞ」
涙。予想だにしていなかった答えに思わず涙が零れる。事の顛末を聞いた限り死んだものかと思っていたのだが、それが、生きている!
「な、なんで」
「となれば彼らもそう思っているということになるな。仔細は彼らのいるところで話すが彼は生存していて、現在はどこかかなり遠くにいるようだ。彼は強い、そして本当に強くなって帰ってくる。これは私が保証しよう、必ずだ」
「最小限の被害っていうのは……」
「子の親離れ。親にとっては一大イベントだろう? 残念ながら私はそのイベントを迎えることはできなかったが、君は迎えることができた。親にとってはダメージがあろうがな」
「あなたって人はぁぁ!」
「そんなことよりあと一時間ほど歩けば目的地に到達する。気を引き締めたまえ」
「……そうね、結果犠牲は誰もいなかったけれど私の村が消されそうになったのは事実なわけだしぃ? ――キッチリ落とし前はつけてもらうわ」
――ひとまず無事なのがわかってよかった。




