「act06 油断」
それぞれ五人の魔法使いが空を睨みつける。何故かといえば肝心のどこから射出されるかという情報を彼、アレイスター・クロウリーは言わなかったからである。故に全員でどこから破滅の光が降り注ぐのか注視しなければならなかった。
話をしていたのは昼頃、今は既に日が落ちてから数時間は経過している。ガイナは心の中であれはもしや嘘だったのか、それともあちらで何か問題が発生してできなくなったのかと希望的思考を巡らせていた時、眩い閃光と共に運命は彼らに牙を剥いた。
ガイナからみて真正面、約五kmほどの距離だろうか。そこから光が打ち上げられるのを確認できた。もっと離れているものかと思っていたが存外発射地点は近く、これならばそこを叩くことも容易だったのでは? とほんの少しアレイスターという男に物申したくなった。
しかし今はそんなことに意識を割いている余裕などない。ありったけの大声でもって、
「来たぞ! アレが多分そうだ!」
「思ったより近けぇじゃねぇか。よし、嬢ちゃん準備はいいか」
作戦は至って単純明快。遠距離魔法に心得のあるガブリエラとエドガーが標的に向けて攻撃を放つ、ただこれだけ。
危惧していたのはもっと遠くの場所から放たれて起爆をするケース。魔法をもってすればかなり遠くの目標にも当てられるのだが、射程外となると流石に狙いを付けられないしまず見えない。そこが不安だったがどうやらそこは杞憂で済んだようだった。
「アナタこそ、と言わせてもらうわ! 『放たれる氷柱』!」
「遠距離魔法なんてあまり使わねぇから精度は期待すんなよ。『神の炎は罪を灼く』!」
熾天使いの攻撃魔法が同時に放たれて雲を貫き進んだ標的を貫く。確かな爆発とともに標的、爆弾とやらは消滅したようだ。ガイナ、ツヴァイスは共に氷壁を張っていたが想定に反してそれに届くまでもない、小さな爆風であった。
思いのほかあっさり事を終えたことに喜び、安堵半分、アレイスターに物申したい気分半分の両者だったが、肝心の熾天使い二人とリヒートは未だに顔色が優れない。それどころか真っ青になっていくような……。
「こいつぁ、まずったな」
「当然このケースは想定しておくべきだった。ワタシはなんでいつもいつもこうも詰めが甘いのかしらね……っ!」
二人が見つめた先には先程消滅したはずの物体が既に降下を始めていたのだ。
つまりダミー。最初に破壊した方は偽物でこちらが本命ということ。現在降下をしているそれからはガイナやツヴァイスの魔法の素人でもわかるくらいの高純度の魔力が込められている。今から迎撃しようにもこんなに近づいてしまっているのでは破壊したところで爆風で一帯は消し飛ぶだろう。
断言できる。これは一つだけで大きな街など消し飛ばせる代物だ。しかしだ、これほどの高魔力反応の爆弾を熾天使いが見逃すだろうか。直前まで何か阻害をされていた? それとも自分がアレだ、と言ってしまったせいで先入観を与えてしまったのだろうか。そう思うだけでどう責任を取ればよいのかわからなくなり思考が真っ白になってしまう。
「しっかりなさい!」
「っ……」
「自分の間違いを反省するのはいい、後悔するのも好きにすればいい。けれどね、そんなことは後でいくらでもできる。今は目の前の問題をどう解決すればいいかを考えなさい。これからアナタに求められてくる心構えよ、意識しておいて」
「あ……」
「大丈夫、しばらくはワタシも一緒なんだしアナタがどれだけ間違えようとワタシがいくらでも道を示してあげるわよ」
柔らかく笑うと空の脅威に振り向き睨みつける。その頬を一筋の汗が滑り落ちた。最上級クラスの魔法使いでも緊張するほどの脅威、はたして自分は力になれるのだろうか。
――くよくよ考えても仕方ない、か……。
バシッ!と頬を両の手で叩き思考を一歩前へと踏み出させる。その様子に安心したのか再び少し笑むと全員の方を振り返り語りかける。
「ということで今から全員で全力の防壁を張って少しでも被害を和らげるわよ。リヒートはワタシ達の魔力増強をお願い。魔力の流れの操作ができるのだからそれくらいは余裕よ、ね……?」
「だいじょうぶ。それには及ばないよ」
一歩、少年は震える足を叩いて踏み出したと同時に少年の背中からはその小さな身体の五倍はあろうかという光輝く一対の翼を羽ばたかせ、瞬く間に爆弾へと肉迫していた。
通常の『神の力』とは比べ物にならない程大出力の翼、ルシフェルに対応できる素質を持つ彼だからこその力だろう。しかしそんなことは今気にする話ではない。問題なのは彼が何をしようとしているかだ。
容易に想像できるからこそ恐ろしい。おそらく爆弾を持って遥か上空で爆発させようというのだろう。確かにそれが一番被害は出ない確実な方法だとアレイスターは言っていたが、それは《《村に注目した場合》》の話だ。あんな高高度までは流石の熾天使いも地上から魔法は届かないので、打ち壊すのは持って行った者の仕事だ。
なに? 地上からでダメなら魔法の有効射程距離まで近づいてから撃てばいい?
確かにガイナ、ツヴァイスはともかく、ガブリエラとエドガーの両者については『神の力』を使用できるので飛んでリヒートの手助けでもなんでもできるはずなのだ。はずなのだが――
「か、身体が動かない……!?」
「この感じ、覚えがあるぜ」
「今朝くらったアレか!」
「全身の、筋肉が鉛……、になったみたい……」
魔力を操作することで身体の自由を奪うリヒート・モルゲンシュテルンの得意魔法。《《ガブリエラには魔力量の関係で不発に終わったはずの魔法》》。
――この土壇場で魔力量を増幅させた?
魔力量を増加させる方法はいくつかあって、日々の鍛錬は勿論のこと、魔法陣と呼ばれる魔力増強結界を張ることで手間はかかるが一時的に上限を超えて大幅に魔法を強化することも可能だ。
他にも《《生命と魔力の変換》》という方法もある。
そもそも魔力とは生命そのもので変換という式は魔法学的には成り立たないのだが、この場合の指している《《生命》》とはすなわち《《寿命》》のことだ。本来の寿命を縮めることによって個人差はあるが魔法陣を描くよりは遥かに強力な魔力を手に入れることができるのだ。
だがこの方法を乱用してしまうと勿論寿命、つまり死が早まるので学校等教育機関では教えられない一種の禁呪のような扱いをされている。それをこの土壇場、魔法使いの本能で発動させたとでもいうのだろうか。
こうなっては彼を止められる者は少なくともこの場には存在しない。子供の苦闘を大人はただ地面に足をつけて見守ることしかできないのだ。
どこまでも高く高く翔ぶリヒートの姿はこんな状況でもなければ美しく、勇ましく映っただろう。
「……必ず、必ずここに帰ってきて!」
叫ぶ祖母の声が虚しく空に溶けた。




