「act08 一つの真実」
「ここを少し行けば大聖堂ってェとこに着くらしい」
「……ここね」
地下に入り三十分くらい歩いたところでおよそ自分の身長の三倍はあるかという大きさの扉が見えた。中はかなり迷宮じみていて事前にもらった地図がなければ確実に道に迷っていたところだろう。
二人が扉の前に立つと待っていたとでも言わんばかりに扉がゆっくりと開いていく。中には沢山の長椅子があり部屋の奥には石像、聖堂といったらこのような部屋を想像してしまうくらい平凡な造り。
そして石像の前には一人の男がこちらを待ち構えていた。
この町の最高権力者であの大会の主催者、セキドナ・バーニアスその人だ。
「よくぞ来てくれた魔法使い達よ。私がこの町の、と自己紹介は必要ないかな」
「単刀直入に聞きます。あの大会の開催理由を聞いても?」
「本当に単刀直入だな。おぬしら私の、いやこの町に仕える魔法使いになる気はないかね」
「何故ですか。この町には確か熾天使いの一つ下の位である智天使いが十数人はいたはずです。如何に魔法使いとして優秀なワタシといえど町の運営には必要な――」
ふと。ガブリエラはこの大聖堂の中の空気が変わったことに気付く。それはウリアも同じだったようで後ろに回した手の中にはハンターナイフが握られていた。
「その魔法使い達ならつい一ヶ月ほど前から姿が見えんのだよ」
バーニアスが何気に言ったその言葉に二人の魔法使いは驚きを隠せなかった。十数人の智天使いが忽然と姿を消すなどあり得ない、前代未聞のことだったからだ。この町に一体何が起こっているのか、と思った時、ウリアは何かを感じた。
――魔力の残滓をそこらに感じる。そしてこれは、血の臭いかァ?
「そこでだ。君達を力ある者と見込んでこの町のために働いてみないかね」
「……いなくなった奴らは探さねェのか」
「勿論探したさ。だが人手も足りない上に私も忙しくて思うように捜索が進まないのだ。それで彼らが戻ってくるまでの間でも良い、穴を埋める魔法使いを探していたのだ」
「ンなら一つ質問だ。そこらに感じるこの魔力の残滓はなンだ?」
「ここの近くに訓練所があるからそこから漏れているのではないかね」
「そうか。じゃあなんで魔法使いは消えたンだ?」
「だからそれは――」
「次に、微かに聞こえるこの鳴き声はなンだってンだ?」
バーニアスの顔色が曇った。鳴き声と言われて耳を澄ましてはみたがガブリエラには聞こえない。
しかし曇ったのも一瞬。すぐに感心したような態度を表し手を叩く。すると石像から何かが出てきたのだ。それは獣、ライオンに近いものを感じるが決定的に生物として違う。何故ならその全身が輪郭もはっきりしないほどの真っ黒だったからだ。黒い身体に赤い瞳、それを見たガブリエラは一つの答えに辿り着く。
「対厄災獣疑似生物!?」
つい二週間前に会いまみえ交戦したそれに酷似していたのだ。しかしバーニアスは鼻で笑い、
「あんな失敗作と一緒にしてもらっては困る」
「コイツはンなのより純度がたけェ。ここら一体に魔力残滓があるのはコイツに使ったからか」
対厄災獣疑似生物は魔力で造った型に魔力を注ぐことでできる言わば魔力の塊でもあるのだ。魔力濃度の濃い場所にいればいくら型が壊されようと魔力が尽きない限り何度でも復活する。厄災獣の周りは魔力で満ちているとのことなのでほぼ無敵の戦力として活用するつもりだったらしいが知性もなく制御不能だったため廃棄された道具。
しかし純度が高いというのはどういうことだろうか。
「次の質問。この血の臭いはなンだ?」
目の前の男の心臓の鼓動がはやくなったのをウリアは感じた。型に流し込む魔力の純度は高ければ高い程質のよいモノが出来上がる。しかし外部から魔力を注入するという方法ではどうしても余計なものが混じり純度が低くなってしまうのだ。
ならばこうだ。ならば、純度の高い魔力を注入するにはどうしたらよいか。
「――もう一度」
簡単だ。
「――もう一度だけ聞くぞ」
純度の高い魔力を《《直接》》取り込めばよいのだ。
ここまでくればガブリエラでも想像ができる。
「この町の魔法使い達はどこにいったンだ?」
今度こそ。今度こそバーニアスが動揺するのがわかった。それを見るやガブリエラはウリアに向けていた顔をすぐに目の前の男へと向けた。
「それって!」
「あァそォだ。コイツァ、自分の配下である魔法使いを餌に使いやがった! その方が手っ取り早ェからな」
「……ハッ、それを知られてしまっては生かして帰すわけにはいかぬな。やれ」
ソレとウリアが同時に駆けて、あらかじめ構えていたハンターナイフを二つ構える。
「それはダメ!」
そんな言葉も届かずウリアはナイフを突き立てる。そこから毒素が溢れだし人間の身体を蝕んでいく、はずなのだが当の本人はそんな様子もなくそれを見ていた男も特別驚いた様子も見せなかった。
この程度でソレが活動を停止するわけがないことを知っていたウリアは突き立てたナイフはそのままに大型ナイフを取り出すと肉を喰い千切らんと迫った口を上から顎ごと串刺しにして、更にどこにしまっていていつの間に取り出したのか使い手の三倍はあろうかという大槍を構えだらしなく開いている口に喉から尻まで突き入れる。それだけでもソレはぐったりして動かなくなったが、
「まだ足りねェ!」
その言葉には何か重いものが感じられ、その赤い瞳は怒りに燃えていた。
――ってあの槍まさかあの老人の!?
その頬が血で塗れているのも気にせずに槍を引き抜くと、手の平に作った電撃の球をソレへと押し当てる、だけではない。口の中へと入れ手を引き抜けばソレは雷を走らせながら四散しあっけなく消滅したのだった。
ガブリエラはその圧倒的な光景にただぼーっとしているしかなかった。バーニアスでさえ険しい顔つきでウリアを睨みつけていた。そこでふと忘れていたことを思い出した。
「そ、そういえば毒はどうしたの? あれが対厄災獣疑似生物だとしたら必ず出るはず……」
「純度の低い魔力は人間にとって毒となり、高いものは身体に影響は及ぼさない。ただそれだけの話だ。ンなことも知らなくてよくもまァ熾天使いが務まるな、って表の世界でヌクヌクと生きてきたアンタは知らなくてもとォぜンか」
その言葉が気に入らず顔を顰める。自分だって命がけで生きてきた、ってそんなことはどうでもよいのだ。
「どこかで会ったことがあると思ったらアナタ二週間前にウルティーナ村で会った老人ね? 何が目的なの」
二週間前、ウルティーナ村で遭遇した老人と雰囲気がとても似ていてかつあの老人と同じ槍を持っているのだ。疑いようもないはずなのだが、ウリアはあくまで首を傾げて、
「何の話してやがンだ? オレはテメェと会うのは初めてな上にあのウルティーナ村になンて行ってねェよ。この状況でふざけてンのか」
深く落胆のため息をつき槍を右手でくるくると遊ばせているウリアのガブリエラを見る瞳は何か複雑なものを感じたが同時に嘘を言っているという感じでもなく混乱する。
「……今《《この箱庭》》で本当の意味で《《裏》》を見た人間なンて両の手で数えられる程度しかいねェよ。あァそォだ。本当はンなもン見てはいけねェし見せてはダメなンだ」
――そンなことにならないように。そンなことをさせないように。そンなことをする必要がないようにするために。
「オレはここにいるンだよ」
刹那バーニアスの左肩が吹き飛んだ。比喩などではなく本当に左肩だけがキレイに身体から抉られ、支えを左腕はボトリと音を立てて落ちる。
「…………あ?」
あまりに一瞬のことでバーニアスは痛みすら認識できていない。左肩がウリアが投げた槍によって抉られしまったのだ。そうわかってしまった瞬間から痛みが生じ、それから逃げるように声にならない叫びを発する。
痛みから逃れたい一心で叫ぶ男の瞳にはナイフを構え一歩一歩歩みを進める男が鬼のように見えていた。
「く、くるなァァァァァ!」
叫び開いた石像の中へと消えていく。
「逃がすかッ!」
ウリアはチェーンのついたナイフを二つ投げつけたがそれは外れたようで中の壁へと突き刺さったらしい。
「チッ……。オレはアイツを追う。テメェはおとなしく帰れ。どういう用件だったかは知らねェがあの様子じゃ使いもンにはならねェだろ」
「でも――」
「来るなっつてンだ。それと一ついいことを教えといてやる。さっきのアレの正体は厄災の獣、タナトスの劣化コピーだ。あとは自分で考えな。その上で自分がこれからどう世界と向き合っていくのか、身の振り方を考えることだな」
そうとだけ言うと先程投げたナイフを基点にチェーンを引き戻して自身も石像の中へ、セキドナ・バーニアスを追って行ってしまう。
一人残されたガブリエラは最後にウリアの言っていた言葉について考えていた。
先程のアレは厄災獣の写し。写しということは力の大小は違えどその本質は変わらないはずだ。参考書の文字をノートに写すと文字の細かい形や文の配列は変われど内容は変わらないように。
「つまり厄災獣は魔力の塊で、しかも誰かの手によって造られていた……?」
しかもアレでさえ十数人の智天使いを使ったのだ。伝え聞くところの厄災獣の大きさとなると、想像もしたくない程の魔法使いが使われたことになる。あるいは微力でも魔力を持っている一般人を餌に……。
「あれ、でも待って。歴史上そんな大量に人口が減ったのはそれこそ厄災獣が現れていた期間だけ。それよりも前に大規模の人口減少の記録なんて見たこと無いわ」
……なんにせよ今回の武闘大会の目的はアレにより強い魔法使いを喰わせて成長させること。そしてあの様子だとそれをしたバーニアスをウリアは許さないだろう。
そういえばウリアだ。あの言い振りだと彼は本当にウルティーナ村に立ち寄ったことはないようだった。だとすればどこで会ったのだろうか。
――でも何故かカレのことを思い出そうとすると胸が、熱くなる。
今、自分がするべきことは……。
「…………」
気付けばガブリエラは二人が消えた石像の中を進んで行ったのであった。




