「act13.5 アイカの気持ち」
「…………」
「で、じいちゃん。話ってなんだよ」
ステータス、緊張を確認。マスターはどうやら祖父であるアプソバ氏のことが苦手なようです。何故かはわかりません。それはきっと私がマスターと過ごした時間が少なく、理解が浅いからでしょう。そして、それを知る猶予は私達にはないと推測します。
「……そろそろか」
「え、何が?」
部屋の外から足音を感知。解析により女性のものと確認。魔力反応、並。敵意、無。どうやらただの一般人のようです。魔力を持っているということは魔法を使えはする程度、つまり魔法学校に通学をしているか卒業生かと推測。警戒、解除。
「入りますよ、おじいさま?」
マスターの心臓が跳ねました。ステータス、高揚を確認。次に歓喜、不安、焦燥……。一々確認するのが馬鹿らしくなるほど目まぐるしくマスターの《《気持ち》》が変化していっています。何故あの女性の登場でこんなにも心を動かすのか。何故、何故——
「っ、さっさと返事をなさいなクソジジイ!!」
「あっ——」
わお、わいるど。二秒と待たずに扉を蹴飛ばしましたね、あの女性。しかしあの女性、お腹が膨らんでいるということは肥満、ではなく子を授かっている状態ということでしょうか。知識としては知っていますが、実物を見るのは初めてです。なにせ私も生まれたばかりの赤ん坊のようなものなので。ばぶー。
「——アイカ?」
「しばらく振りね、あなた」
その一言で。私は全てを理解しました。彼女がマスターの想い人である《《本当の》》アイカ様。マスターの心がこんなにも揺れた理由、それは愛。思考するだけの機械の私にはこの感情は完全に理解できるものではありませんが、確かにこれは知識にある通り複雑です。こんな感情を人間は抱えているなんて、とても難儀な生き物ですね。
「どうしてここにいるのか、って聞きたそうな顔ね。妻である私が夫であるあなたに会うのに理由があるのかしら?」
それはそうだ。何故そんな表情をマスターはしているのでしょうか。愛する妻に会えたのならば素直に喜べばよいのに。やはり《《気持ち》》は複雑で理解しがたいです。
「もしかして浮気でもしていて罪悪感でも持っているとか?」
はい! はい、はーい! 貴女の夫は別の女にあろうことか自分の本妻の名前を与えてます! これは明確に浮気行為では? とアイカは訝しんだ。
「別に浮気自体は咎めませんよ。最終的に私の傍にいればそれでよいと前から言っているでしょうに」
「してねぇよ!」
「あら、誠実。まあだからこそあなたを選んだのですけれど」
……前から聞いてはいましたが、想像以上にわいるどな方です。しかし、それ以上に笑った時の表情が魅力的で私も油断していたら落ちていたとこです。いや私には油断も落ちるもないですが。
「でも本当にお……俺様に会うためだけにここに来たのか? まだあと一週間あるとはいっても国に入るまで厄災の子と遭遇する可能性だってあっただろ!?」
今度は少し、怒っているのでしょうか。確かに言っていることは理解できますが、愛する妻の好感度を下げかねない『怒り』という感情を向けるほどのことだったのでしょうか?
「俺様だなんて強がっちゃって。私はね、あなた。本当に、会いたかっただけなの」
「……まあそれはわかったからそんな顔をしないでくれ。俺様まで落ち込んじまう」
……何故マスターまで落ち込んでしまうのでしょうか。アイカ様の気持ちはアイカ様だけのものなのに。
いいえ、違うのです。愛する人が落ち込んでいるからこそ自分も落ち込むのです。そうやって気持ちを分かち合うことができることも、人間の素晴らしさでしょう。
「今日は激励に来ました。私達の姿を見れば死ねない理由が増えたのでは?」
おそらくマスターはアイカ様が察しているであろう通り、なんだかんだ言いながら自分の生命を懸けてでも勝とうと思っていたはずです。しかし生きて帰ってきてほしいからこそ多少の危険は承知の上だ、とここまでやってきた。アイカ様は気付いていらっしゃるのでしょうか。自分も人のことは言えないのだと。これが似た者同士、というものでしょうか。
マスターやアイカ様だけではない。誰もが何かを守るために、何かを成すために厄災戦に参加しています。しかし——
「ふっ、顔つきが変わったな。キールよ」
「ありがとう、じいちゃん。一瞬ぶん殴ろうと思ったけど、おかげで覚悟が決まった」
——では私は? 私はなんのために戦えばよいのでしょうか。勿論私は最初の命令通りマスターを守るのが使命です。ですがそれは結局与えられたものでしかありません。
「ダメよ、あなた。おじいちゃん殴ったらもう逝っちゃうから」
「はっはっは。流石にそげに脆くはねぇよ。さあ、目的は達したわけで、早く帰って安静にせんとなあ」
誰もが誰に言われるでもなく自分の内から湧き上がるものに背中を押されて覚悟をしている、《《と思うのです》》。
——エラー発生。私に《《思う》》なんて曖昧な言葉を発する機能はありません。
「アイカは特に気を付けてな」
「はい。改めて、あなたの帰り待ってますから、絶対帰ってきてくださいね」
——違います。
『あの方がマスターの奥様ですか』
「うおっ、急に喋るなよ。びっくりしたぁ……」
『アイカと呼ばれて危うく返事しそうになったあなたのパートナーことアイカです。ぴーすぴーす』
——これはエラーなどではありません。
確かに最初から搭載されている機能ではありませんでしたが、それを持ってはいけないと言われているわけでは決してありません。マスターと過ごした数ヶ月、それは思いのほか私に色々なものを授けてくれたようです。
「お前のことアイカって呼んでるのバレたらすっごい変な空気になってたからナイスだ! でもあなたって言うのだけはやめてくれないかなぁ!?」
『はぁい、あ・な・た♡』
「テメェぜっっっってぇ心あんだろ!!!!」
——ふふっ。確かに今の私にはある機能かもしれませんね。
今はまだ芽生えたばかりのものでちぐはぐ、人から見れば無感情のそれに等しいほど小さな芽かもしれませんが、それでも私は絶賛心育成中です。
「……はあ。お前のことも信頼してんだぜ。たかだか数ヶ月の付き合いだけどさ。一緒に、生きて帰ろうな」
早速心レベル一の私に試練のようです。私の計算によれば二人で厄災戦を無事生還する可能性は《《約二十三パーセント》》。それは、私には保証しかねる案件です。こういう時はなんと言うのが最善なんでしょうか。
『……善処します』
「善処ってなんだよ、善処って。こういう時は生きて帰りましょう、だろ?」
なんと返せばようのでしょうか。私がなんと返せばマスターは安心してくださるのでしょうか。
そして私が考え抜いた末に出した応えは——
『私は希望的観測で物事を語りませんので。そうですね、今の私とマスターであれば《《生還率九十八パーセント》》。まあ、ボチボチでしょう』
嘘。
マスターの思考を補助するための機能が嘘をつくなんて本末転倒です。ここは本当のことを言わなければいけない場面なのです。
……ですが、それ以上にあなたの落ち込む姿を見たくなかった。私はできるだけ、マスターには笑ってほしいのです。
「っっっ……! あ、アイカぁぁぁぁぁぁ! お前って本当に不器用だよなぁ!」
『なんですか、気持ちの悪い』
嘘です。《《本当はとても嬉しい》》。あなたが笑顔でいてくれることが何よりも嬉しいのです。
「絶対一緒に生き残ろうな!」
『だから、善処すると言っているでしょうに!』
私はあなたに悲しい顔をしてほしくない。あなたを大切に思っている人達のためにも死なせたくない。ならば私にできることはただ一つ。
——マスターは何を犠牲にしても私が絶対に守る。たとえ自分が終わろうともマスターを守れればそれで、いい。
モチベーションは双方共に抜群。これならば何の後悔もなく厄災戦に挑めるというものです。
さあ、気持ちの整理は出来た。その覚悟を以て主の世界を守れ!




