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魔法世界史:呪殺による衛生革命

作者: 銅大

 魔法がある世界における医療といえば、治療呪文です。

 ですが、医療は治療よりもまず予防が大事です。

 予防となれば、浄化呪文が重要になります。そして、細菌や寄生虫を相手にするとなると、浄化よりも死の呪文の方が効果的なのではないでしょうか。

 産業時代を迎えるまで、呪殺系魔法は使えない魔法の筆頭であった。

 呪殺系魔法の歴史そのものは、人類史と同じほどに長い。壁画で有名なラスコー洞窟にも、〈呪詛〉の痕跡をうかがわせる調査結果がある。

 使用頻度も高い。歴史に記された呪殺の試みは数え切れないほどだ。

 それでいて、呪殺が成功した例は数えるほどしかない。成功した例も、病気や過労で抵抗力が低下していて、呪いに耐えられなかった可能性が高い。

 これは魔法が、消費した魔力の量に応じた効果しか発生しないためだ。

 たとえば呪殺系の第一階梯魔法〈直死〉は、術者が見ているものを殺す。だが、術者が人を見ても、人は死なない。獣を見ても、獣は死なない。植物を見ても、植物は死なない──いや、ちょっと待って。なんか葉が茶色になって萎れてきてない? おい、ちょっと虫つかまえてこい。効果あるかもしれんぞ。


 〈直死〉が本当は何を殺しているのかがわかったのは、十六世紀に顕微鏡が実用化され、ミクロの世界が見えるようになってから後のことだ。

 死の魔法は細胞を破壊しているのだ。

 〈直死〉は視線の先にある細胞を。

 〈呪詛〉は対象の内側の細胞を。

 現代の呪殺系魔法を知っている者からすれば、ここからすぐに医学への応用が考えられるが、歴史はそう一直線には進まない。なんとか傷害の目的を達成できないか、試行錯誤が重ねられた。

 顕微鏡の発明より少し前になるが、レオナルド・ダ・ヴィンチが残した人体のスケッチには、効率よく人を無力化するメモが、小さな文字で書き込まれている。この頃には、人体解剖を通して、呪殺系魔法の検証が進んでいたことが伺える。ダ・ヴィンチのおすすめは動脈と神経節だ。天才には申し訳ないが、それならナイフの方が簡単で確実である。


 古くから呪殺系魔法を医療目的で用いてきた地域もある。

 代表的なのがインドだ。生態系が複雑で、疫病の数も多い。インドの呪殺系魔法には、病気を引き起こす細菌や寄生虫を狙うアレンジが加えられている。

 有名なものとして、ガンジス河下流域にはコレラ菌による風土病が古くからあった。

 ヨーロッパ人がこの地を訪れるようになると、コレラによるパンデミックが起きた。現地の呪殺士の〈呪詛:コレラ〉が有効であることも、この時に判明する。どのように効いていたかはしばらく不明であったが、ロベルト・コッホがコレラ菌を発見した後、インドの〈呪詛:コレラ〉がコレラ菌を含むビブリオ属細菌の鞭毛を破壊して動きを封じていたことが明らかになった。


 呪殺系魔法を衛生に使うことで、人を殺すのではなく生かすことができると証明してみせたのが、フローレンス・ナイチンゲールである。

 十九世紀のクリミア戦争。ナイチンゲールは呪殺系魔法の基礎を学んだ看護師たちを引き連れて現地の病院に乗り込んだ。

 呪殺系魔法の証である、黒い帽子の看護師は、戦場でもよく目立った。


「死の看護師がきたぞ」

「俺たちを呪い殺す気か」


 戦傷者の間に、不穏な噂が飛び交った。

 貴重な魔力を病院に消費されることで、軍の将校たちはナイチンゲールを疎んだ。

 ナイチンゲールは、そのすべてを、実績でねじ伏せた。

 看護師たちの使う基礎的な呪殺系魔法は、人が体内に持つ以外の魔力はほとんど消費しない。そして〈直死〉や〈呪詛〉で殺菌した手術道具や包帯、シーツは感染症の数を減らし、戦傷者の回復を助けた。なお、ノミやシラミを減らしたのは呪殺系魔法ではなく、炎熱系魔法を使った煮沸消毒の効果が大きい。

 誰もが認める成果を手にイギリスに戻ったナイチンゲールは、名声と統計学を武器に、都市衛生の改善につとめた。

 浄水場には〈直死〉の使い手が配置されて殺菌を行い、下水処理場には〈呪詛〉水槽が組み込まれて寄生虫の卵を破壊した。


 二十世紀になり、電子顕微鏡がウィルスを発見すると、呪殺系魔法の活躍の場はさらに広がった。電子顕微鏡でウィルスの特徴的な構造を解析し、これを破壊するアレンジを〈呪詛〉に組み込むことで、患者の回復を助けることができるようになったのだ。

 癌への応用も進んでいる。数人の術士を癌患者の周囲に配置して、患部へ〈直死〉の魔法を照射するのだ。〈直死〉は患者本人の細胞も攻撃するが、弱い〈直死〉であれば副作用は少なくてすむ。異なる方向から複数の〈直死〉を浴びせることで、癌細胞だけを狙い撃ちできるのだ。

 また、牛乳の殺菌、ジャガイモの発芽防止など、食生活の分野でも呪殺系魔法は広く使われている。


 ただし、注意も必要だ。

 呪殺系魔法には詐欺も多い。

 たとえばウィルスは小さすぎて〈直死〉では攻撃できない。専門家が練り上げた〈呪詛〉のアレンジでなくては、ウィルスを死滅させることはできないのだ。イベント会場などで〈直死〉の使い手が空間除菌をするので安全、というのは嘘であるから騙されてはいけない。

 呪殺系魔法は、用途用法を守って使う必要がある。

 呪殺系魔法を使ったことで健康を害しては本末転倒といえよう。


 ……はて、そうでもないのかしら?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 想像力を掻き立てる考察ありがとうございます。それで自分もストーリーを考えたのですが、医療呪術が発展してない段階で主人公が寄生虫のせいでマラリアにかかった時にヒロイン呪術師に退治してもらおう…
[一言] 現実では抗生物質に対して耐性菌が出現するように、 この世界でも呪殺系魔術に対して耐性を持つ細菌やウィルスが出たりするんだろうか。
[良い点] これは素敵なifですね!
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