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ファンティーゴ!  作者: 悠季 弓仏(ゆうき ひいろ)
7/24

第7悔 『滑空のワタリインバネスティ』


 

 後悔三銃士の登場により、にわかにルーム神殿周辺の緊張が緩和され、ちょうど良い具合に会場の雰囲気も暖まってきた感じがした。

 そうなるといよいよ民衆はあの男の登場を待つだけとなった。


 “救国の英雄”――エリクソン・シンバルディ。


 舞台上のトスカネリが見計らったように、その男を呼び込んだ。

「出よ! リゴッドの誇る伝説的英雄、エリクソンよ!」


 初めての公の“後悔”となる会場のルーム神殿が地震のように揺れ、入り交じった大歓声と地鳴りが真の英雄を迎えた。

 

 舞台の奥、ルーム神殿の正面入り口の柱の裏から姿を現した『ブリザード・エリク』が、190センチメートルの背丈をピンと伸ばし、側頭部の長髪をなびかせながらヒノキ造りの階段を悠然(ゆうぜん)と降りてくる。

 すると、舞台に上がることなく迂回(うかい)して舞台の前、191段からなる儀式用石段の昇り口のところで足を止めた。


 それに続き後悔三銃士のリーダーと思しきタイタスも、エリクソンの後ろ20メートルのところまで来てしゃがみ込んでからトスカネリの方を見上げ、エリクソンとタイタスのその中間地点でキャスがリーダーの方を向いて中腰の姿勢をとった。


 トスカネリが叫んだ。


「いよいよ! 彼は“後悔”をする! それも全て『人類革新』という崇高(すうこう)な目的のため! このルーム神殿の191段の石段を選んだのは、より早く革新したいという、そんな彼の物凄い意気込み!」


 民衆がざわめく。

「後悔には石段を使うのか?」、「一体、どういうことなんだ?」

 ほとんど全ての民衆が、この時点に至っても何が始まるのか分かっていなかった。

 それはディノ・コンチムも一緒で、彼はクリストフの方を見遣ったが、やはり何も情報を得ることが出来なかった。

 もう一度エリクソンの方を向く。ただただ悲壮な表情だけが印象に残った。


「さぁ、見届けるが良い! リゴッドの民よ! 彼の生きざまを!!」


 トスカネリが杖をかざすと、三銃士の一人ロニーが涙を流しながら角笛を吹いた。

 ウィンド山羊の角笛は、民衆がすくみ上がるほどけたたましい音をコン・ゾン山に響かせ、エリクソンの後方でしゃがんでいたタイタスを猛烈な勢いで走り出させた。

 

 見守る全ての民衆が「まさか!」と思った次の瞬間、タイタスはキャスの肩を踏み台にして大きく飛翔し、両足を(そろ)えてエリクソンの背中を思い切り蹴り飛ばした。


「ああ!」

 ディノも思わず声を上げたが、時、すでに遅し。

 蹴り飛ばされたエリクソンの体は、断崖(だんがい)とも呼べる191段の石段の、上から10段目辺りの中空にあった。 


 コン・ゾン山の(ふもと)から見ていた民衆には、それはもしかしたらリゴッドの国鳥『ワタリインバネスティ』に見えたかも知れなかった。

 翼を広げれば2メートル近くにもなる怪鳥が、ルーム宮殿を華麗に飛び立ったのだ、と。


 だが、実際は違う。それは人だった。紛れもなくこの国の英雄のエリクソン・シンバルディだった。


 エリクソンの巨体は、恐るべき勢いで石段の上を滑空(かっくう)していた。


「あの勢いで飛び出して! 着地出来るのか!?」

 クリストフが珍しく取り乱しながら叫ぶや否や、一瞬静まり返った民衆の耳に〈ゴゴリッ〉という聞くもおぞましい音が飛び込んできた。


 無理に着地しようとしたエリクソンの右足首が砕けて、あらぬ方向を向いていた。民衆から一斉に悲鳴が上がる。

 目を(おお)う者、顔を(そむ)ける者、失神する者……いろいろいたが、その悲鳴を契機(けいき)にするがごとくエリクソンの体は更に勢いを増して、191段の石段を転がり始めた。


 大きくバランスを崩したエリクソンが、前のめりに落ちて行く。

 とっさに受け身をとろうとした彼の右腕が自重(じじゅう)と石段の狭間(はざま)で〈スギャンッ〉と悲鳴を上げ、一目で尺骨(しゃっこつ)が粉々に砕けたのだと分かる動きで、体はさらに転落を続ける。


 首を石段の角で強打し意識を失ったと思われるエリクソンを止められるものは、いよいよ誰もいなくなった。


「ちょっと待て! 一句浮かんだ!」と言いながらディノは心の中で叫んだ。


 ――エリクソン! 死んでしまうぞ! このままでは!!


 ディノの(ひたい)をひとすじの汗が流れ落ちる。


 民衆は、エリクソンが転げ落ちる中で様々な骨折音を聞くことができた。


〈ゴギン〉、〈ボギン〉、〈バキン〉、〈ノガン〉……。


 全身のありとあらゆる骨が粉砕される音を聞き続けるのは、人の心に良いものではなかった。あとで(わか)ったことだが、民衆の半数がこの初めての“後悔”行事のあと、何らかの体調不良を訴えたのだ。


「ワボッ!」

 ――と、いうのは民衆の絶叫の集合音だった。


 石段を転がり続けたエリクソンの体が、残り20段となった辺りで大きく跳ね上がったからだ。

〈ギャワン〉と錐揉(きりも)み回転で中空に()を描いたエリクソンは、未だかつて聞いたことのない〈グシャンパ!〉という骨折音(こっせつおん)(かな)で遂に着地となった。


 その瞬間、もはや単なる肉塊(にくかい)にすぎないと思われたエリクソンが「コバッ!」と口から血を吐いた。



「……え……?」



 民衆のほとんどが、この催し物が一体なんなのか未だによく分かっていないに違いなかった……。

 



 第7悔 『滑空のワタリインバネスティ』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆





 テーレッテー!


 いよいよ、始まる『大後悔時代』!


 “救国の英雄”は、一体どうなるのか?



 次悔、『ニュー・イェア、ファンティーゴ!』――


 第一章、最終悔!


 

 読んでください!



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