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ファンティーゴ!  作者: 悠季 弓仏(ゆうき ひいろ)
第2章 『野望のジャック』
11/24

第11悔 『シルレールの受難』



 「たいちょ~う! どうなってるんですかぁ⁈ あれから働きづめですよ~!!」


 『エリクソンの大後悔』から三日後に放たれた後悔三銃士キャスのこの愚痴(ぐち)も無理からぬことだった。


 “後悔”が日に日に増え続け、早くも三銃士の手に負えなくなりつつあったのだ。

 当初は三人一緒に行動していた三銃士も、昼夜を問わずゲリラ的に頻発(ひんぱつ)し始めた“後悔”に対し、個別行動で検分し始めなければならなくなった。


 各人はエンリケ後悔皇子とその家庭教師トスカネリによって用意された皇族御用達の自動馬(じどうば)に乗って街中を走り、次から次へと“後悔”を公認して回った。

 後世の歴史家は、これを『各個認定(かっこにんてい)』と呼んだ。

                

 また、エンリケとトスカネリは“後悔”の認定にあたり「これのどこが後悔なのだ」と言いたくなる催し物が出てくるだろうと予測していた。


 そういった明らかにその者の単なる売名・宣伝行為とみなされる、あるいはみなしても良いと思える“後悔”を披露したものを処罰する為に、エンリケは三銃士の面々に『強制後悔(きょうせいこうかい)許可証(きょかしょう)』なるものも与えていた。


 トスカネリの言を借りれば「ふざけている者には三銃士がその場で罰を与え、場合によっては死刑にしてしまっても良い。それによって後悔したものとみなす」というものであった。


 その最中(さなか)、こんな“後悔”が起きてしまった。



 『花の都』と言われるパスリンから皇都ルームにやって来た男がいた。


 この男――少しばかり夢見がちで自分勝手なところのある男で、「他の誰にも許されないことも、自分だったら許される」と思い込んでいる節のある若者であった。仮に『ジャック』と名付けるが――エンリケの『大後悔宣言』とは関係なしに、たまたま観光でルームにやって来ていて『エリクソンの大後悔』に大変な感銘(かんめい)を受け、「よし、おれも故郷パスリンで一番最初に“大後悔”をする男になってやろう!」と意気込んでしまった。


 ジャックは、各個認定を始めたばかりの三銃士リーダー・タイタスを捕まえ“後悔”を先行予約し、“後悔”予定日にわざわざルームから約三〇〇キロメートル離れたパスリンにあるジャックの実家前にタイタスを呼び寄せる算段をつけた。

 

 ところが、ジャックは『馬』を持っていなかった。

 走ってパスリンまで帰るのだと言う。

 「必ず“後悔”予定日に実家に帰る。その間、おれの妹を人質にして待っていてくれ。もし、間に合わなかったら妹を煮るなり焼くなり好きにしてくれていい」とタイタスに告げた。


 なるほど、『後悔予定日に間に合わず、妹を処刑されて“大後悔”』という“後悔”をするつもりだな? とタイタスはすぐに分かったのだが、いやいや、ちょっと待てよ。その場合、やっぱり妹を処刑するのはこの俺なのか? 嫌だな、そんなの! とも思った。


 ジャックへの疑心(ぎしん)がつのる中、“後悔”予定日を迎えた。


 タイタスは朝早くから“後悔”予定現場であるジャックの実家で彼を待っていたが、やはり待てど暮らせどやってこない。


 “後悔”予定時刻の正午――。


 訳もわからず人質にされたジャックの妹は泣きどおしだったが、それは当然だと思われた。

 実家の庭に急遽(きゅうきょ)建てられた高さ三メートルほどの十字柱の処刑台に、下着だけの半裸姿で(はりつけ)にされてしまったのだから。


 これはジャックの指示通りとはいえ、タイタスには非常に哀れに思えた。

 

 彼女は名をシルレールといった。

 近所でも評判の美人で、来月ようやく十六歳の誕生日を迎えるというのだから、まだ少女と言っていい歳だった。

 そのためかジャックの実家の周りには、大勢の見物客が集まっていた。その数、おそらく五〇〇〇人は下らないだろう。


 そして、この客の多くが不謹慎(ふきんしん)にもジャックの妹が処刑、あるいは公衆の面前で凌辱(りょうじょく)されてしまうことを心の中で期待していたに違いなかった。


 というのも集まった中年男どもの誰一人欠けることもなく、ジャックの到着を待っている間中ずっと、局部に天幕を張り続けていたためだ。


 夕刻になった。

 「……はぁ」

 時間もとっくに過ぎているし――仕方がないので――タイタスはため息をつきながら腰に()かる三銃士専用のレイピアを抜いて――その気は全くなかったが――ジャックの妹を刺殺する準備として、素振りを始めた。


 すると、見物客から歓声と悲鳴が同時に起こった。――悲鳴の方は少しウソっぽかったが……。


 もちろん主宰する劇団『ゴシカ』の『リゴッド悲喜劇』の中で模造剣を使うことはあったが、皇室御用達の本物中の本物を握ることなどなかったため、シャドー・レイピアを繰り返す内に段々と興奮して、体の一部が熱を帯びてくるのがタイタス本人にも分かった。

 

 素振りを繰り返す内に汗が飛び散った。それが、シルレールの体にもかかった。彼女も緊張からか汗ばみ、すでに下着はビショビショに()れていた。白く美しい山脈が透けて見えていた。


 タイタスは……そんな青息吐息のシルレールを見て……刺してみたくなった。


 手を震わせながら……タイタスはレイピアをゆっくりとシルレールの方にむける。

 そして、その切先を、優しく彼女の体に触れさせてみた。

 〈ビクンッ〉とシルレールの体が反応すると、さっきまで歓声をあげていた見物客が息をのんだ。

 彼女の右脇腹から左の霊峰にかけて、〈ツ、ツツツッ〉と切先(きっさき)()わせる。わずかながら彼女の体に傷がついた。紅潮(こうちょう)するシルレールの(ほお)と傷跡が、タイタスの理性を破壊した。


 無意識に舌なめずりをしながら、切先を山脈覆いに(から)ませるタイタス。


 「このまま剣身(けんしん)を返し、覆いを()ぎ取ってくれるわ!」


 心の中で思っていたはずの事を口に出していた。

 タイタスは――自分の中にもこんなサディスティックな一面があったのか! と驚くと同時に少し嬉しくもあった。

 ――新しい自分よ、こんにちは。


 「か、堪忍(かんにん)して!」

 (ほお)を真っ赤に染め涙を流すシルレールの声だけの抵抗が、タイタスの興奮の度合いを増幅させる。

 「愚かな兄を持った己の不幸を呪うのだな!」もう、止まることを知らなかった。


 「愚かだなんて、そんな、そんな……兄はとても優しく、立派な人でした!」泣きじゃくるジャックの妹。

 

 「立派だと? 具体的にどこがなのだ? まさか、アソコの話じゃあるまいな?」と一旦、山脈覆いから切先を引き抜いてみせると、「なにしてるんだ、早くしろ!」、「こっちは遊びじゃないんだぞ!」と言った見物客の中年男どものヤキモキを隠せない声が飛んだ。


 「ハーッハッハハハ!」

 観衆の反応を見て、三銃士のリーダーは高らかに笑った。


 「いまや俺はマエストロなのだ! レイピアの切先ひとつで、こうも大観衆の感情を意のままに(あやつ)ることが出来る!」


 流石は劇団の主宰と言った大げさな演技と笑い声がジャックの実家周辺に(とどろ)いた。 




 第11悔 『シルレールの受難』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆



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