第1悔 『その男、ボボンにつき』
君の理性はしばしば、飛び切りの低劣さを発揮する。
――津原泰水『バレエ・メカニック』
常日頃から冗談半分、本気十分でノニーに求愛しているボボンにとってそれは、拷問でしかないように思われた。
地球暦一一六九年、春のおわり――
雲ひとつない、まさにリゴッド晴れの昼下がり。
今現在、このリゴッド皇国で唯一海外への渡航が許されている港、ポルト・フレイアでは盛大な歓送会が執り行われていた。
主役は先日、皇都ルームで行われた伝統ある『ミス・七つの海を知る女』コンテストで、急遽の飛び入り参加ながら見事に優勝をさらってみせたノニー・ボニー。
皇都ルームの中心部から自動馬で一時間ほど離れたズン・ヴァ・ゾン市出身。小さなコミュニティ育ちとはいえ、幼い頃から『美少女』の名を欲しいままにしてきた彼女は、周囲の者たちが期待する通りの女性に成長した。
理知的で大きな瞳は見るものを虜にし――『髪質は人の内面を物語る』と言われる通り――真っ直ぐ伸びた、ほのかに赤みのある金髪が、何事にも活発に積極的に取り組む彼女の性格を端的に表していた。
コンテストの優勝者には賞金の他に、副賞として海外留学のチャンスが与えられることになっていた。
他国とは大きな海で隔てられ、大皇ジョアンの政策によって長いあいだ鎖国状態にあるこのリゴッド皇国で、海を渡り諸外国を旅するにはそれなりの資格と資金が必要だった。
「皆様! どうもありがとう! しっかり勉強してこの国の繁栄に貢献出来るような女になって帰って来ます!」
豪華客船クイーン・イサベラ号の甲板から手を振るノニーを――大勢の見送り人たちをよそに――ひとり寂しそうな眼差しで見つめていた男がいた。
ノニーと同郷の幼なじみで、今回の出立をあまり祝福していない数少ない皇民の一人だ。
彼の名は、フェルディナンド・コンチム。
一般的に『フェルディナンド』といえば、『ディノ』、『ナンド』、『フェルディ』などの愛称があるが、本名ですらしっくり来ていない本人は「爆発する情熱」を意味するシュヴァル語を自称した。
ゆえに、ノニー・ボニーは彼を『ボボン』と呼んだ。
「噂じゃあ外国では争いごとが絶えないと言うぜ? もし、あの無駄に豪華な渡航船が海賊なんかに襲われたりしたらどうするんだよ」
前夜祭でのボボンの冗談まじりの心配はもっともなことだったが、ノニーは笑顔でこう語った。
「襲われたら、それもまた運命! まぁ……その時は、私も海賊にでもなっちゃおうかな」
どこかリゴッド蛙の鳴き声にも似たぼやけた汽笛が、ボボンを回想から現実に復帰させ、不必要に豪華な渡航船がいよいよ動き出した。
多くの皇民にとって未知の世界へ。
船からは皇国旗と同じ色のカラフルな紙テープが、見送りの見物客からはノニーに対する励ましと無事を祈る声が飛び交った。
ゆっくりと発進した船と並行する見送りの人たちが、船上のノニーに向かって手を振っていた。
ノニーも、出発前の式典でポルト・フレイアの町長らなどからもらった両手いっぱいの花束を抱えながら懸命に手を振り返していた。
いよいよ桟橋から船が完全に離れようかという段になって、ノニーの瞳に初めてボボンの姿が映った。
皆、にこやかに送り出してくれている人だかりの中で、明らかに一人だけしょんぼりしているボボンを見て、ノニーは思わず吹き出した。
ボボンの方もノニーと目が合ったことに気付き、オレは一体どうすりゃ良いんだよ、と口をへの字にしながら肩をすくめてみせた。
が、そんな彼に対しノニーは船上から声に出すことなく、口の動きと突き立てた右手の人差し指だけでこう伝えた。
コラ! ボボン! 私が帰って来るまでにまともな仕事に就いとくんだゾ!
これにはボボンも失笑した。
二十四歳になるがこれといった定職に就いていないボボンの日課といえば皇立ルーム図書館に行くことで、目的はそこで司書として働くノニーをからかったり楽しくおしゃべりしたりすることだった。
今回の留学期間が一年もあることは、ボボンにとってはまさに憂鬱の種であった。
多少引きつってはいるが、ようやくボボンに笑顔が戻ったことにノニーは安堵し、両腕いっぱいに抱えられた花束を落とすことも気にせず、手を高くあげ思いきり振った。
ボボンもまた、ノニーが無事に帰って来ることを祈願するように懸命に手を振り続けた。
ノニーの乗った船が水平線の彼方に吸い込まれるまで……。
第1悔 『その男、ボボンにつき』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆
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