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<第七章>思い込みの英雄

<第七章>思い込みの英雄




今朝、朝奈をナンパした男の名は小林喜一。

 頭の中心が盛り上がった茶色の短髪に、グレーのビジュアル系ジャケット、それと御揃いのズボンといった井出立ちだ。異常に薄い眉と縦長の目、魔女のような鉤鼻が特徴的である。

 実年齢は十七歳なのだが、二十代中ほどのような大人びた外見のため、多くの人間は彼を高校生だとは判断しないだろう。

 彼は今、紀行園フリーゾーン、ショッピングモールの中心に仲間と共に座っていた。そしてその周囲を輪を描くように二十人近い人間が取り巻いている。

 朝奈らは状況が理解できず、ただその集団をじっと見ていた。

 朝奈たちに気がついたのか、集団の端に座っていた背の低いYシャツ姿の男性が声をかけてきた。

「何だ、お前ら? どこから入った?」

 それに釣られて他の人間も三人を見る。

 別に隠す必要もない。朝奈は素直に地下通路のことを話した。ただし、父を探しているのではなく悪魔から逃げるために地下通路に入ったことにして。

「そうか、君たちも大変だったな。さ、コッチに来て一緒に座ろう」

 Yシャツの男は同情するような目つきで朝奈の手を引っ張ると、輪の中に引き入れた。

 健太は怪訝な表情で付近に座り込んでいた中年の女性に聞く。

「あの、皆さん何をしてるんですか?」

「ああ、作戦会議みたいなことをしてたんですよ」

「作戦会議?」

「そう。もうこんなことになってから三時間半も経っていますし、助けも来ないみたいなので、あの子たちが中心になって脱出の計画を立てているんです」

「彼らまだみんな若者ですよね、何で皆さん彼らをリーダーのように扱っているんですか?」

 健太は思ったことを率直に聞いた。

「ああ、そう思いますよね。実は先ほど、気の狂った一人の男性が外に外に走り出したんです。その所為で悪魔が一匹入ってきてしまったんですが、あの四人の子がそれを退治してくれたんですよ」

「なるほど、それを讃えて皆さん彼らに従っているんですね」

「別に従っているわけではないですけど、まあ、かなり頼りにはしていますよ」

 中年の女性は笑顔で答えた。

「逞しいじゃないか、イミュニティーなら欲しがるかもな。うちには入らないけど」

 翆がつまらない物を見るような目を四人の若者の方へ向けた。

「何で入らないんだよ、若いからか?」

 健太は翆の言葉に疑問を持つ。

「年齢なんか関係ない。実際私はあんたが小学校に通ってた頃から黒服にいるしな。そういう問題じゃないんだよ」

「じゃあどういう問題なんだよ」

「黒服は……特別なんだ。ただ闇雲に人員を増やせばいいってもんじゃない。政府からもテログループからも頼りにされる存在、圧倒的に生存力が強い人間じゃないと勤まらないんだよ。ただ一回悪魔を倒せただけの子供なんか全然対象外だ」

「ふ〜ん、エリートってことか?」

「化け物ってことだよ」

 翆は何故か首元を黒服の上から押さえながらそう言った。

「あっ君、朝にあった子だよね」

 朝奈が集団の中に座っていると、突然小林に声を掛けられた。目に掛かるボブヘアーの前髪を手でずらしながら、先ほど聞いた内容を思い出す。

「ああ、そうだね。悪魔を倒したんだって?」

「まあな。俺、昔から空手とか水泳とか得意でさ、運動神経が良いんだ。あんな化け物なんか目じゃないぜ」

「へ〜凄いんだね」

「それ程でもないさ。あ、そうだ丁度今これからどうやって正面入り口まで行くか話し合ってたんだ。君、何か良い案ない?」

「入り口までか……」

 入り口までは地下通路を通ればかなりの時間短縮が出来るだろうが、この人数が移動するとなれば話は別だ。あの狭い道をこの大人数でたらたら歩いていたら、すぐに悪魔の餌になってしまうだろう。だとしたら一番良い方法は一つしかない。朝奈はそれを口にした。

「ん〜やっぱり表に止めてある車を使うのが一番良いんじゃない? 安全だし速いし」

「車……でもな、表には悪魔がわんさか居るんだよな。あいつらをどうにかしないとそれは厳しいぜ」

「そうだね。でも君は強いんだから戦って倒しちゃえば?」

 本気で言っているのではなく冗談のつもりで朝奈はそう言った。しかし小林は大真面目の表情でそれを受け止める。

「戦うか。確かにもうこうなったらそれしか無いかもな。俺たちなら出来るかもしれない。……いや、俺達にしか出来ないんだ」

「え? ちょっと……?」

 急に立ち上がった小林を見て朝奈は驚いた。

 ビジュアル系の服を整えながら大きく息を吸うと、小林は部屋の奥まで聞こえるような大声で声を発した。

「皆さん。俺、決めました。このままここに居ても助けが来る見込みも無い以上、いずれ悪魔にやられます。だったら、みんなで協力して反撃しましょう。悪魔をみんなで倒すんです!」

 それを聞いていた彼の仲間が賛同する。

「小林、お前がそう思うのなら俺も頑張るぜ! さっきだって悪魔を倒せたんだ。きっと上手くいくさ」

「よっしゃー! やってやる!」

 それらの言葉に触発されるように他の男性たちも雄叫びを上げだした。

「お〜みんなやる気だな。翆、俺達も頑張ろうぜ!」

 集団から少し離れた場所に立っていた健太も、小林の言葉に影響されてそう言った。

「馬鹿じゃないの?」

 だが翆はそんな健太を冷たくあしらった。

 液体窒素の中に沈められたように固まる健太。二又の前髪もボンドで額に貼り付けたように揺れない。

「悪魔の集団と戦うなんて訓練を受けた人間でも苦労するのに。それをマグレで悪魔を倒しただけのガキとその他多数で倒すなんて愚の骨頂だよ。前言撤回だな、イミュニティーだってあいつらはいらないだろ」

「ひ、酷い言いようだな」

「生き残るために大切なのは冷静な判断力と危険判断能力だ。あいつらにはそれが無い。ただ腕っ節に自身があるだけの人間なんかそこら中に居る。――大体、あんたは恋人を探すんじゃなかったのか?」

「もちろん探すって! でもこの人たちも放って置けないだろ? お前の相棒だってここに居れば助けろって言うんじゃないか?」

「截が……? あははっ、そんなこと言うわけ無いだろ。あんたはあいつを平和主義者だとでも思ってんの? あいつはそんな奴じゃない。目の前で人が殺されかけてれば無意識に助けることもあるけど、あいつも私も優先するのは任務と自分の感情だよ」

「じゃあ、なんであいつは俺の恋人探しを助けるようにお前に言ったんだよ!」

 健太はもはや小声ではなく叫ぶように言った。

「ちょっと煩いぞ。あいつはあんたの好きな人間と離れる悲しみに共感しただけだ。あんたが探しているのが家族や友人だったのなら、助けたりなんかしないさ」

「はぁあ!?」

「はぁ、恋人を探すって言ってんだから、それ以上はあんたにとってもどうでもいいことだろ。こいつらがどうなろうと私には関係ない。必要なものを集めたらすぐに出発するぞ」

「……それでも人間かよ」

「言っただろ、私らは化け物さ」

 冷たい目で笑うと、翆は給仕室へと消えた。







 ショッピングモール 午後3:15



 ショッピングモールに居る生存者の面々は、それぞれが包丁やら鉄パイプやらモップなど、色々な武器を加工していた。悪魔との戦いに備えての行動だ。

 朝奈はそんな彼らを心配そうな目で見る。

 素人の朝奈から見てもこの行動は無謀としか言いようが無い。このまま戦いになれば恐らく殆どの人間が死ぬか、悪魔の仲間になってしまうだろう。

 朝奈は何度か小林に思いとどまるように説得を試みたが、戦いを怖がっている女性の言い訳だと思われたらしく、殆ど相手にされなかった。

「どうすればいいの……?」

 困った表情で小さく呟く朝奈。

 そのまま裏口付近の壁際に寄りかかって呆然としていると、翆が近づいてきた。

「あまり役に立ちそうなものは無かったけど、無いよりましだな。朝奈、行くぞ」

「え、行くって?」

「この紀行園の中心にある中央職員用建物へだよ。父親を探すんだろ?」

「それは、分かってるけど……この人たちはどうするの?」

「何だ、お前まで健太と同じようなセリフを吐くのか。死にたい馬鹿どもなんか構う必要はないだろ。私たちは私たちの目的を達成すればいい」

 翆は本当に興味なさそうに後ろで動いている生存者の集団を見回した。

 小林たちに着いていけば、ほぼ間違いなくここに居る人間は全員死ぬだろう。助けられる可能性があるのにそれを放っておくことなんて出来ない。朝奈はそういった罪悪感からここに留まることを考えた。

「人が死ぬって分かってるのに、放って置くことなんて出来ないよ。私はここに残る。翆さんは先へ行きたいのなら行っていいよ」

「無理だな。はっきり言うけど、私と截は本当ならここに来るはずじゃなかったんだ。バイオハザードの発生した水憐島へ上司の援護に行くはずだった。それをあんたの父親が截に電話したせいで、急遽コッチに着たんだ。あんたは何故私らが事件発生からこんな早くここに来れたのか考えなかったのか? ここは水憐島と同県内だ。つまり私たちは寄り道でこの仕事をしているんだよ。出来ればさっさとあんたと父親を助けて本来の仕事へ戻りたいのさ」

「だ、だったらなおさら私がここに残るんだから協力してくれればいいじゃん。私だけよりその方がずっと早く中央へ行けるよ!」

「あんたがここに残るっていうのなら私は力ずくでも引っ張っていくよ。言っとくけど私はこう見えてもそこらの格闘家よりはずっと強いからね」

 翆の態度や截の信頼している様子から見れば、あながちそのセリフは嘘とは思えない。朝奈は僅かにひるんだが、ここに残っている人間を見捨てることも出来ない。今出来る最善の策を頭の中で高速に考えた。

「……分かった。翆さん、私だって一番生きてて欲しいのはお父さんだよ。この人たちは……仕方ないけど見捨てるしかないね……」

 悲しそうに言う朝奈。

「そうだ。人間は自分が一番大切なんだ、他の事なんて放っておけばいい。こっから中央職員エリアへ行こうと思ったけど、この様子じゃこのショッピングモールの周囲は悪魔だらけだな。一端バイクの所まで戻ろう。こいつらが悪魔の注意を引き付けてるから、後ろの建物まで苦も無く行けるはずだ。オイルも手に入れたことだしな」

「……うん」

 朝奈は素直に頷いた。

 二人は他の人間に気づかれないように給仕室まで行くと、地下通路へのハッチを空けた。

 万が一悪魔が居ることも考え、翆が先に下りていく。

「よし、悪魔は居ないな。健太を呼んで来い」

 翆は命令するような口調でそう言った。

 だが、朝奈は降りることも、健太を呼ぶ子ともせずにそのまま静かにハッチを閉じた。

「なっ、お前!?」

 翆は当然驚いた。

「私は……確かに自分の命や家族の命が一番大切だけど、死に掛けてる人を見捨てることなんて出来ないよ。自分の命が全てだったら、そもそも救急隊も消防士も居ないしね」

 朝奈は悲しそうな顔で笑うとハッチを完全に閉め、付近にあった重いダンボールをその上に乗せた。

「くそっ!」

 翆は素早く梯子を上ってハッチを押し開けようとしたが、当然のことにそれは開かない。

「あの馬鹿……!」

 いつもの翆ならばこんな真似をされたら迷わず「勝手に死ね」と相手を見捨てるのだが、何故か今回だけはそういう考えは浮かばなかった。

 仕事だからか、朝奈に情が移ったのか、截の頼みだからか、真実は分からない。

 だが、死なせたくないという気持ちがあることは確かだ。

 翆は怒りながら拳を握り締めると、急いでバイクを置いている場所を目指し、地下通路の中を走りだした。







 ショッピングモール正面入り口付近の窓際。

「あれ、翆は?」

 一人で近づいてきた朝奈を見て健太は不思議そうに聞いた。

 朝奈はふざけるようにそれに応じる。

「我が侭っ子なら地下に閉じ込めてお仕置き中だよ。多分、私たちの運が良かったならまた会えるかもね」

 その言葉になんとなく何があったかを悟る健太。

「そうか……」

「それで、小林さん達は?」

「ああ、おじさんもおばさんも若造も、みんな武器を持って戦う準備は満タンさ。一つだけ問題点を上げれば、みんな気持ちだけが先回りして腰が引いてるってとこかな」

「まあ、いくら戦う気になってるっていっても、実際にその時が近づいてくるとやっぱり怖いからね」

「そうだな。一部の連中は別だけど……」

 健太は苦笑いを浮かべ、小林ら高校生の集団のいる右斜め前へと目を向けた。

「方場、いいか。俺がまずドアを開けるだろ。そうしたらお前が一気に一番近い車まで走ってそれに乗り込むんだ。なに、サッカー部だったお前に悪魔が追いつけるわけねえよ。そしたらその車で悪魔どもをショッピングモールから遠ざけてくれ。その隙に、俺と木下で他の車にみんなを誘導するからさ」

「おう、分かった。単騎駆けだな。大役じゃん」

 方場は「やってやるぞ」といった顔で話を続ける小林を見た。

「俺は何すんの?」

 何も言われていない仲間の一人が小林に聞く。

「おお、藤森は武器を構えて最後尾を守ってくれ。万が一悪魔が裏口から入ってくることもあるからな」

「分かった。よっしゃー……なんか燃えてきた! 俺たちマジかっこよくねぇ?」

「その息だ。みんな、俺たちでここに居る人たちを救ってやろう!」

 小林は洋画のヒーローのようにかっこつけて言った。

 本来ならば三十代以上の大人たちがこの場を仕切るのが普通だ。しかし小林たちのやる気と周囲の空気に押され、彼らは皆その意見に反対しようとはしなかった。

 日本人は一般的な国々と比べて異常に自己主張が少ない。他者との調和を望み敢えて言葉を使わず、場の雰囲気や空気で行動の流れを決める。

 それはそれでいい面も多数あるのだが、こういった命に関わる場合ではあまり優れた特性ではなかった。例えもっと良い方法を考えても、この方法はまずいのではないかと思っても、場の空気がその言葉を発することを許さない。見えない圧力が、無言の壁がそこにはある。だから彼らの浅はかな考えに反対する者がいても、それを行動に起こすものは居なかった。

 だがそんな中、朝奈は何とかして小林らに悪魔の情報を伝えようと、健太に頼んで発言してもらった。自分や彼らよりも年上の健太の言葉なら説得力があると思ったからだ。健太は最初こそ嫌がったものの、みんなを助けるために仕方がなく了承した。

「あ〜小林君、君の考えは凄くいいね。でもさ、俺さっきまで外に居ただろ? 俺の経験を踏まえたうえならもっとい良い作戦を君なら考えられると思うんだ」

 小林を立てるように言う健太。

「ああ、そうでしたね。地下通路を通って来たんでしたっけ」

 小林は興味深そうに言った。

「そうだよ。それでさ、見た感じなんだけど、何か悪魔に十秒以上触れると感染して奴らの仲間になってしまうらしい。だからあいつらに長く触れているのはまずいみたいだ」

「そうなんですか、十秒……長いっすね。それなら別に注意しなくてもいんじゃないですか」

 明るく答える小林の仲間の方場。

 思わぬ答えにたじろぎながらも健太は言葉を続ける。

「あ、あと悪魔は火が苦手みたいだ。燃えている車には近づかなかったから……」

「生き物はみんな火が苦手ですよ。でも、ありがとうございました。参考にします」

 小林は熟練が素人を見るような顔でそう言った。

 その顔を見てなにか無性に悔しくなる健太。まるで話の分からない自分を小林が立てたようになっている。

「……仕方がないね。健太さん、私たちで罠や攻撃を考えよう。実際に悪魔と接近すれば彼らも考えを改めると思うし、その時にもう一度説明すればいいよ」

 朝奈はがっかりするように言った。






「何してんだ?」

 ショッピングモールの正面入り口前にやってきた朝奈と健太を見て、小林は不思議そうにそう言った。

 二人の手に大量のペットボトルロケットが入ったダンボールがあったからだ。

「気にしないで」

 朝奈はそのダンボールを下に置き、中身を出しながら答えた。

「気にしないわけ無いだろ、何してんだよ」

「ミサイルをセットしてるの」

「ミサイル?」

「これ、火炎瓶の上半分を組み合わせたペットボトルロケットなんだ。ほら、ここに紐があるでしょ? これが上半分の火炎瓶に繋がっていて、火をつけてから発射すれば相手に当たった後に爆発して結構使えるんだよ」

「へ〜よくそんなの作れたな、ちゃんと飛ぶのか?」

「私はこういうものに詳しい家庭で育ったからね。大丈夫だよ」

「……そうか。じゃあ、これは俺たちが使うよ。君らは危ないから他の人たちと一緒に逃げてくれ」

「はい?」

 朝奈は小林のこの言葉に驚いた。

「悪魔と戦ったことのある俺らと比べて、君らは実際に悪魔を目にすれば竦んじゃう可能性があるからな。俺たちに任せて車まで行ってくれ」

「あのな、俺も朝奈ちゃんも悪魔と遭遇してるんだ。大丈夫だよ」

 健太はかなりイラ尽きた様子でそう言った。

「いいから、いいから」

 しかし小林は全く耳を貸そうとはしない。これには流石に朝奈も頭にきた。

「小林さん、これを作ったのは私たちだから。あなたが使う権利はないよ。私たちに構わなくていいから他の人を逃がすことに専念して」

「そういうわけにもいかないだろ。俺は誰一人死なせる気は無い。これは遊びじゃないんだ。頼むから言うことを聞いてくれ」

 朝奈の言葉に呆れたように言葉を返す小林。

「痛てっ、な、何すんだよ!」

 健太は頭の線が切れたのか、急に小林を壁に押し付けると耳元で話し出した。

「いいか、お前が言ったようにこれは遊びじゃないんだよ。くだらないヒーローゴッコは止めろ。言っとくが、さっきお前らが話してた計画は最悪だぞ。あれじゃ間違いなくここにいる人間は全滅する」

「何だよ……俺たちがかっこいいから嫉妬してんのか? 誰もお前らの言うことなんか聞かないぜ」

「だからこうして二人で努力してんだろ。俺たちのやることに構うな。分かったか?」

 健太は腕の力を強めた。

 小林は健太の腹に膝蹴りを食らわそうとしたが、健太はそれを片腕で叩き落とすとこう言い放った。

「俺も空手をやっててね。こう見えても県大会で優勝したこともあるんだ。お前、散々自慢してたけど、今の実力じゃ俺の居た道場の小学生にも負けるぜ」

「何だとこの野郎……!」

「さっさと向こうに行け」

 健太は彼の仲間の居る方へと小林の背中を強く押した。

「ってーな、この野郎!」

 それに対し数度悪態をついたものの、小林はそれ以上こちらに構うことはなかった。

「……ちょっとやりすぎじゃない? 一応あの人たちもみんなの為に行動してるんだし」

 朝奈はそうは言ったものの、僅かにすっきりとした顔をしていた。


「どうした小林。何かあったのか?」

 一人喚きながら部屋の中心に歩いてきた小林を見て、方場は訝しがった。

「何でもねえよ。ジョンマクレーン気取りの馬鹿が二人居ただけだ。――それよりもみんな準備は出来たのか?」

 小林は話を反らすように尋ねる。

「ああ、全員武器を持って待機してるぜ。いつでも外に飛び出せる」

「そうか。よし、じゃあいよいよ本番だな。やるぞお前ら!」

「おうっ!」

 方場はひっつめ顔を引き締め頷いた。他の仲間もそれに続く。

 小林はそれを合図にするように周囲を見回すと、声を張り上げた。

「みなさん、時間です。これから作戦の実行をしますので心してください」

 他の面々は鬼気迫る青白い顔でじっと小林を見守っている。

「本音を言えば、こうなる前に救助隊に助けて貰いたかったのですが、それはもはやかなわないことです。こうなっては生き残る方法は一つしかありません。僕たちは自ら悪魔と戦い、道を開きましょう」

「それではまず俺が先行しますから、みなさん後に続いてください」

 小林の言葉が終わると同時に方場が叫んだ。その足のまま、正面入り口のほうまで歩いていく。

 入り口の左右には朝奈と健太がなにやらしゃがんで色々と動き回っていたが、方場はそれには構わずガラスから外の様子を伺った。

 ショッピングモールの正面から道路上のワゴン車までは大体二十メートル程度ある。幸いにも悪魔は近くには居なかった。車の後方約三十メートルに数匹居る程度だ。

「――よしっ、やってやる!」

 方場は片手をグーにもう片手をパーにし、それを打ち合わせ気合を入れると、ゆっくりと正面入り口を開けた。その後ろでは鶏冠頭の小林と坊主頭の木下が神妙な表情で待機している。

 音を立てないようにチョビチョビ進むと、運良く悪魔に気づかれることなくワゴン車の前まで到着すした。鍵はショッピングモールの生存者から貰っているので問題はない。

 窓を挟むようにして遠くの悪魔を気にしながら方場は鍵を開けその中へ入った。

「よし、さすが俺。後はエンジンを入れて悪魔どもを追っ払うだけだ」

 方場は呟きながらエンジンを居れギアを引いた。猛獣が唸るようなエンジンの煩い音が、フリーゾーンに響き渡る。

「ギュウァア!?」

 その音で、駐車場に居た全ての悪魔が一斉にワゴン車を見つめた。その数はざっと二十匹以上はいる。

「ははははっ、引きまくってやるぜ!」

 方場は大声を上げながら近くの悪魔に向かってアクセルを踏んだ。

 ドッカンッという鈍い音が響き、続けざまに悪魔が宙を飛ぶ。その光景に方場は有頂天になった。

「よし、今だ! みんな行くぞ!」

 小林を先頭にショッピングモールの中から多くの人間が飛び出し、近くの車へと向かう。悪魔に襲撃された所為で鍵の掛かっていない、また扉の開いている車は無数にあった。車まで辿りつければ逃げることができる。

「何か、意外と上手くいきそうだぜ」

 走る人々や悪魔を跳ねるワゴン車を見て、健太は朝奈にそう言った。

 しかし朝奈は不安そうな顔で答える。

「それならそれで良いんだけど……そう上手く行くとは思えないよ」

 方場は悪魔を跳ねている間に、ボンネットの上に何かが飛び乗った音を聞いた。恐らく悪魔だろう。それを振り落とす為にワゴン車に急回転をかけようと試みた。

「ギュウウァアアア!」

 だが、その前に灰色の腕がフロントの窓を突き破り、方場の頭を鷲掴みにした。

「うえぁああぁぁああ!?」

 もの凄い力でこめかみを挟まれ方場は、痛みから大きく叫ぶ。

 スピードを出しすぎていたためと、思わずアクセルを力いっぱい踏んでしまっていたため、ワゴン車は近くの車に乗り上げるように横転した。

「か、方場ー!?」

 ショッピングモールの入り口付近でその様子を見ていた小林は、仲間の予想だにしなかった突然の死に驚いた。

「おい、車がやられたぞ!?」

「どうするのよ!?」

「うわああー悪魔が来る!」

 作戦の序盤から計画が総崩れした所為でフリーゾーンの中は一気にパニックになった。

「小林、どうすんだよ!」

 坊主頭の木下はすがるように小林の服を掴む。しかし小林は口を大きく開けてただ黙ってこの惨状を見るだけだった。

「ギュルルルル――……」

 そんな二人の前に一匹の悪魔が近づいて来る。

「おぃいいい!? 小林、悪魔が来たぞ、どうにかしろ!」

「ど、どうにかってお前がやれよ!」

 小林と木下は先ほどまでの勢いと態度はどこへやら、完全に怖気づいている。

 悪魔は舌なめずりしながら正面にいた小林に飛び掛った。

「ぎゃああぁあああああ!」

 二人は迫り来る死の恐怖に絶叫を上げた。

 シュッ、バンッ!

 その瞬間、なにやら冷たいものを撒き散らして飛ぶ物体が、悪魔の腹に強く衝突した。同時に赤く燃え上がる液体がそこから飛散する。

「ギュァアアァゥウ!?」

 一瞬で火に包まれた悪魔は、のたうち回りながらそこから離れていった。

「早く中に入って!」

 朝奈は小林と木下をショッピングモールの中に引き込むと、次の火炎ペットボトルロケットの火をつけた。

「おい、クソガキ、お前らは逃げてくる人間を中に入れろ! 俺たちで悪魔を遠ざけるからよ!」

 健太は勇ましい声を上げながらペットボトルロケットを撃ち続ける。

「え? あ……ぅう?」

「早くしろ馬鹿!」

 健太に殴られ小林は自分の人格をなくしたように、慌てて逃げ戻ってくる人々をショッピングモールの中に入れる。

 朝奈と健太の二人は必死に撃ち続けているものの、その間も多くの人間が悪魔に食い殺されていった。

「早く、早く、早く――……!」

 朝奈は自分に言い聞かせるように、また逃げる人々に呼びかけるようにこの言葉を繰り返す。

「――朝奈、もうロケットが無い!」

 健太は最後のロケットを撃ちながら叫んだ。別に大声で話す必要は無いのだが、朝奈も負けじと叫ぶように言い返す。

「もう生き残ってる人は居ない、扉を閉めよう!」

 二人はほぼ同時に入り口の扉を閉めた。その直後、激しく無数の悪魔がその扉にぶち当たる。

「くっおおおおお!?」

 健太は用意していた鎖を素早く扉の取ってに巻き付けると、すぐに後ろに下がった。ガラスを挟んで悪魔が激しく扉をたたき続けているが、強化ガラスのためかやはり割ることは出来ないようだ。

「はぁ、はぁ……なんとか乗り切ったな」

 健太は息切れしつつも、悪魔から決して視線を逸らさずに朝奈へと声をかけた。

「でも……だいぶ死んじゃったね」

 朝奈はショッピングモール内に残った面々の顔を見て小さく呟いた。

 無事にここへ戻ってこれたのは二十人中七人しか居ない。

 皆が武器を加工しているときに、何度もここから出ることを思いとどまるように言ったり、悪魔の詳細を話したり、出来る努力は精一杯した。

 しかし、その頑張りも虚しく多くの人間が死んでしまったのだ。

「……俺の所為だ……」

 小林は壁に項垂れ、泣きながらそう言った。その横では坊主頭の木下が同じようにしゃがんでいる。どうやら先ほどまでこの場をリードしていた高校生の集団は彼ら以外全員死んでしまったらしい。

「俺が……悪いんだ。俺が調子に乗って外に出ようなんて言わなけりゃ……」

 それを聞いた瞬間、生存者の五十代らしき男性が目を血走らせて小林に近づき、その首元を掴んだ。

「どうしてくれるんだ! お前の所為で俺の娘は――……この野郎!」

 その男性は小林を地面に押し付けると、馬乗りになり何度も何度もその顔を殴った。健太や他の生存者は一切止める気もなくそれを見ている。

「もう、止めなよ!」

 朝奈は見ていられなくなり、男を小林から遠ざけるように後ろから引っ張った。朝奈の力は決して強くはないが、男もそんな気を無くしたのか、それ以上拳を出すことは無かった。

「取り合えず、みんなもう一度話し合いましょう。ここでいがみ合っていても意味がないですし」

 品のよさそうな三十代ほどの女性が男をなだめるように言う。

「……そうだな。どうするか相談しよう」

 それに相打ちを打つように健太が言葉を続けた。









 早朝の電車の中のようなスカスカしたショッピングモールで、八人の男女が輪を描いて座っている。

 その中の一人がゆっくりと言葉を放った。

「正直に言うけど助けは来ません。警察の人たちはウイルステロのような話だと聞いているみたいで中に入れないんです」

 朝奈は截から聞いた内容をそのまま話した。

「じゃあ、やっぱり自分たちで逃げるしかないのね」

 先ほどの品のよさそうな女性が残念そうに言う。マフラーのようなパーマがかなり印象的な女性だ。

 それに対し、木下が心配そうに聞いた。

「逃げるってとどうやってだよ、外は悪魔だらけなんだろ?」

「給仕室にある地下通路なら、取り合えずこのショッピングモールからは出れるよ。後は歩いて紀行園の出入り口に行くしかないけど」

「歩いてだって? 冗談じゃない。俺は絶対に御免だ!」

 M字の髪型を持つ男性が叫んだ。先ほど小林を殴った男だ。

「いや、朝奈。それは無理だよ。さっき確認のつもりでハッチの所まで行ったら、下から悪魔の声が聞こえてきた。多分、地下通路はもう通れない」

「そう……じゃあもうここで悪魔をどうにかするしかないね」

 朝奈はため息をつきながらそう言った。

「どうにかするって――戦う気なの? さっきの二の舞になるわよ」

 品の良いパーマの女性が怪訝そうに言う。

「私を信じてくれるなら……一つだけいい案があるんです。でも、これはかなり危険です。一歩間違えば全員死ぬかもしれません」

「そんな話なら俺は反対だな」

 M字頭の男性はそっぽを向くように言った。しかし朝奈はそれには構わず作戦を話し始める。

 それを聞き終わると、誰もが驚いた。

「本気でそんな真似するのかよ、上手くいくわけがねえよ」

 健太は目を発射しそうなくらい見開いてそう言った。童顔の男性、木下、M字頭の男性も同じ意見のようだ。しかしパーマの女性は彼らとは違いのりのりだった。

「そういった思い切りのいい話は大好きよ。朝奈ちゃんだっけ? どうせ死ぬのなら戦うべきよね。私は大賛成よ」

「ありがとうございます。え〜と――」

「あ、私は美智子。専業主婦です。よろしくね」

 美智子は死ぬ気になった所為か、妙にハイテンションでそう言った。

 しかしこれでは二体二だ。このままでは実行に移すことは出来ない。朝奈の案が実行出来そうにないので木下らは安心した。

 だがそこで、意外な人物が突然声を発した。

「俺は……朝奈さんに賛成だよ」

 小林は殴られ腫れた顔だったが、これまでの様にかっこつけている顔でもなく、調子に乗っている顔でもなく、決意の篭った男らしい顔でそう言い放った。








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