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<第六章>一人ぼっち

<第六章>”一人ぼっち”




「あなたが園長ですか。――誤解しているようですが、僕はディエス・イレの依頼でここに来ているんですよ。ナイフを収めてくれませんか」

 截はすぐに攻撃に対処できるように、身を僅かに屈ませながらそう言った。

 大西は胡散臭いものを見るような目で聞き返す。

「あたしらの依頼だって? 誰のだい」

「高橋博士です」

「ほう……あの男か。一体何を依頼した?」

 高橋志郎の名に興味を惹かれたのか、大西は先ほどよりも真剣に截の方へ耳を向けた。

「ここにいる娘の朝奈さんの救助です。それ以外は何も無い」

「娘? この子が? 何でこの紀行園にいるんだい」

「大西さん、実は博士から娘にのみ自分の生存を知らせたいという要望がありまして、私が許可しました」

 大西の問いに、その隣に立っている男が答えた。

 男はスポーツ狩りの茶髪の頭に角ばった顔を持ち、紀行園の従業員服を着ている。

「……娘を助けに来たんだってんなら、もう用は済んでいるはずだろ。それをこんな所に立ち入って何をこそこそやっている? 本当は博士からあれを奪取するように言われているんじゃないかい?」

「あれ?」

 朝奈が聞き返した。

「ワザとらしく聞き返すんじゃないよ。あんたが父親に呼ばれたのは、あれの情報を横流しする為だったんだろ?」

「だからあれって何!?」

「何だい、本当に知らないのかい? ……まあ、受け取るだけの役目なら何も知らないのも当然か。あれってのは博士がこの紀行園で作っていた不死の怪物さ。あたしらはそれを作リ出す為に、三年前富山樹海からES細胞の権威だった博士を誘拐したのさ」

「あの事件の間に? どうやって誘拐した」

 截は事件の当事者だ。

 あの場にディエス・イレの人間が一人しか居なかったことを知っている。だから一体誰が志郎を誘拐したのか気になった。

「あんたのお仲間のキツネが連れて来たんだよ」

「キツネが!?」

 ――あの時ディエス・イレの仕事も受けていたのか……!

 截はキツネの顔を思い浮かべ胸糞が悪くなった。

「私たちはそれを取る気なんかない。ただ、お父さんを……高橋志郎を助けたいだけなの」

 朝奈は訴えかけるように言った。しかし大西は高笑いしながら言葉を返す。

「あはっははっ。お嬢さん、演技が上手いね。あんたたちが本当にあれを奪う気が無いのなら、なんであれはずっとあんたたちを追っているんだい? おかしいだろう。あんたらが構わなきゃここまで追ってくるわけが無い」

「私たちを追ってる? 何を言ってるの」

「まだ嘯くのかい! ふふん、まあいい。今更力ずくであれを回収することなんか無理の極みだからね。データーを取りたいなら好きにすればいい。ただ、あたしらの邪魔だけはするんじゃないよ!」

 朝奈はその言葉から何かに気づいた。

「……ねえ、もしかして『あれ』って赤鬼のこ……」


 ドゴォオオオオオオン!

 轟音が響いた。

 天井が崩れ、何も無い部屋に無数の瓦礫が溢れ出す。

 おびただしい土煙のさなか、誰かの悲鳴と化け物の叫ぶ声が聞こえた。

「うぁああああああ!?」

「ゴォオオオゥウウウ!」

 天井を破壊してこの地下室に降り立った赤鬼に、大西の夫が捕まったのだ。

「あ、あんたぁー!?」

 大西は最愛の夫が一撃で悪魔を瞬殺できるような怪物に捕まり、先ほどまでの大きな態度はどこへやら、唇を震わせて叫んだ。

 赤鬼は片手で掴んだ男を顔に近づけると、その首元にむき出しの歯を当てがう。

「なっ、何なんだこれは!? 幸子――助けてくれ!」

 大西の夫は泣き叫んだが、赤鬼はそれに一切構わずその歯に力を込めた。

「ああぐうぅぐぐあぁあー!」

 動脈を切り裂かれ、肉を抉られ、あっと言う間に男の首元は血で真っ赤に染まる。顔を背ける間もなく、その体はすぐに動かなくなった。

「あんた……!」

 大西は放心状態でその姿を見つめた。

 男が死んだと思ったのだろう。だが、赤鬼が唾液か何かを大量に傷口から注入した途端、男は再び意識を取り戻した。

「うぅう……幸子?」

 赤鬼は男を大西らのいる方へ放り投げた。

 大西とその部下は急いで男の体を起こすと、赤鬼から遠ざけるように部屋の右の入り口へと逃げ込んだ。

 朝奈は男の様子が何か不可解だったことに気づき声を掛ける。

「大西さん、ちょっと待ってその人もしかして感染――……」

 だが大西は朝奈に構うことなく、扉の向こうへ消え、あろうことか鍵を掛けた。

「くそ! 朝奈さん、俺たちも逃げよう」

 截は朝奈の手を引くと、後ろの扉から部屋を出ようとする。しかし先ほど赤鬼が落ちてきた時に生じた瓦礫の所為でそれは塞がってしまっていた。

 それを見た朝奈はパニック気味で叫ぶ。

「どうしよう截さん、出れない!」

「大西達が逃げた扉から逃げるしかないな。こうなったら、赤鬼にあそこを壊させよう」

「壊させるってどうやって?」

「俺が扉の前に立ってあいつに攻撃させるんだ。直前で避ければ扉は壊れる」

「そんな無茶な――」

「無茶でもやるしかない。朝奈さんは扉が壊れたらすぐに中に入って逃げてくれ。俺もすぐに続くから」

「はぁ、分かった」

 朝奈は度重なるピンチに溜息を吐き、暗い顔で頷いた。

「さあ、来たぞ!」

 截の声と同時に赤鬼の大きな拳が迫りかかってくる。二人はそれを何とか避けると、右の扉へと走った。

 当然赤鬼もそちらの方に体の向きを変える。

 截は入り口の正面に立ち、朝奈はその左側の瓦礫の後ろに隠れた。

「ゴォオオオォオオ!」

 赤鬼は大きく雄叫びを上げると、その腕を截に目掛けて振り下ろす。だが截は難なくそれをかわした。

 おかげで赤鬼の四本の爪はしっかりと扉を粉砕し、脱出の為の道を作り出した。

「今だ!」

 截が身を伏せたまま叫ぶ。

 朝奈はその瞬間を狙って駆け出し、扉のあった位置の向こう側に逃げ込むと、一気に全力で走った。

 誰も追ってくる気配を感じない。赤鬼の大きさではこの廊下は通れないようだ。朝奈はあることに気がついた。

「あれ? 截さんは……」

 何故か赤鬼だけでなく、截まで自分を追ってこない。思わず、足が止まった。

 嫌な考えが浮かび、血の気が引く。朝奈は引き返そうとした。

 だがその瞬間、今自分が走ってきた廊下の天井が崩れ落ちた。

 先ほどの赤鬼の攻撃の衝撃の影響か、向こうの部屋で何かがあった所為かは定かではないが、これではとても部屋に戻ることは出来ない。

 つまりそれは、截がどこにも逃げられないことを意味していた。

「う、嘘っ!?」

 あの赤鬼と一対一で、しかもそれほど広くない部屋で截が勝てるわけが無い。このままでは間違いなく死ぬだろう。

「そうだ、あの赤鬼が落ちてきた穴からロープを落とせば助けられるかも」

 自分が穴の上に着くまで截が生きている保障は無かったが、とにかく今はそれに賭けるしかない。朝奈は廊下の先へと再び走りだした。

 しばらく進むと行き当たりにぶつかり、そこには梯子のようなものが在った。

 走ってきた距離から考えれば、それ程職員用建物から離れてはいない筈だ。ここからなら何とか間に合う可能性もある。

 大西は朝奈たちがここを追ってくるとは考えなかったらしい。梯子の上のハッチに鍵は掛かっていなかった。

 ハッチを開け上に出るとそこは建物の中だった。

 部屋の雰囲気や間取りは先ほどまで自分が居た地下室とほぼ同じだ。

「ここはもしかして、右の職員用建物の中?」

 朝奈は進んだ距離と建物の内観からそう考えた。だとすればすぐに左の職員用建物まで戻ることが出来る。

「急がなきゃ……!」

 構造がほぼ同じであるため、朝奈は迷うことなくロビーまで行くことができた。

 左側の窓から階段の中ほどまでが破壊されていたが、多分赤鬼がやったのだろうと構わずに、朝奈は足を進めた。

 悪魔が居る可能性も考えず、勢い良く建物の正面出入り口を開き外に出る。

 そのまま向かいの建物まで一気に走ろうとした。


 しかし、向かいの建物はその瞬間を狙ったように、いきなり崩れ落ちた。

 長首麒麟による穴の数々、赤鬼による破壊の影響、崩れる要因はありすぎるほどだ。

 建物は爆破解体されたように、綺麗に跡形も無く崩壊した。

「そっ、そんなっ!?」

 赤鬼はともかく、これでは截の生存は絶望的だ。朝奈はその場に座り込んだ。

 自分の命の恩人であり、勇気付けてもくれた頼れる相手。

 信頼できる存在。

 微かにだが好意まで持ちかけていた截が、死んだ。

「截さん……」

 この広い紀行園の中で截を失った今、朝奈はたった一人で父を探さなくてはいけなくなった。最初は一人で探す気だったとはいえ、截の存在は大きい。彼が居なくなったことで、朝奈は恐怖に押しつぶされそうになった。

 自分が父を探してくれと頼んだりしなければ、きっと截は死ぬことはなかった。そんな後悔の念も浮かぶ。

 ここは職員用建物の前の、道路の上。いつ悪魔が出現してもおかしくはない。だが、朝奈は座り込んだまま、そこから動くことはなかった。ただ唖然と土煙の舞う向かいの瓦礫の山を見ている。

 






 『……ヨイヨイイロコイザタナンカァー……』

 いつの間にか携帯電話の着信が鳴っていた。朝奈は自分の携帯電話を取り出して見たが、アンテナは全て切れている。だとしたら截から貰った電話の方だろうか。

「截さん、着メロ同じ……」

 『……オレッチニヤァ……』

 朝奈は電話に出た。

「はい?」

「……あんた誰、截は?」

「え、私は関野朝奈。截さんは……」

「ああ、さっき截が助けた女の子か。ほら私、あの時一緒に居た截の仲間だよ」

「あ……あの時の……」

 朝奈はスタイルのいい黒服の女性の姿を思い出した。

「それで截は?」

「截さんは……建物の下敷きになって……」

 朝奈は嗚咽まじり言った。

「なっ、何だって?」

「すいません……私を逃がす為に、赤鬼の注意を引いた所為でそうなったんです。すいません……」

 黒服の女性は黙っている。

 それを悲しんでいるのだと考えた朝奈は、本当に申し訳がなくなり再び謝った。

「……すいません」

 だが女性は意外とあっさりした様子で声を発した。

「あいつのことだ、そう簡単には死なないよ。そんな柔な人間じゃない。――あんたは今どこにいるの?」

「あ、はい。右の職員用建物の前です」

「そうか。今私は健太とショッピングゾーンに入るための、地下通路の入り口前に居るから。ここまで来い。本当は迎えに行くべきだけど、バイクのオイルが切れちゃってさ、出来るか?」

「私が、一人で?」

「当たり前だろ。今更この紀行園の中はどこにいても危険なんだ。隠れるくらいだったらこっちまで来い。いいな」

「え? ちょっ――……」

 『ツーツーツー』

 電話は既に切れていた。

 本来ならば、守るべき任務の対象をこんな危険な状態で放っておくのはおかしいのだが、最初の会話を思い出せばどうやら女性は截に無理やり連れてこられたようだ。任務の達成は彼女にとってはそれ程重要ではないのだろう。朝奈は女性の言葉をそう受け止めるた。

 截が死んではいないという言葉を聞き少しだけ気力が戻ってくる。

 截の生死を確認する為にも、父の生死を確認する為にも、ここで項垂れている訳にはいかない。

 朝奈は決意を新たに立ち上がった。

「……截さん、私行くね」

 そして崩壊した建物に向かって声を掛け、歩き出した。








草食獣ゾーン 午後1:50



 あれから朝奈は隠れたり逃げたりしつつ、ゆっくりと草食獣ゾーンを進んでいた。だが、現在はこれ以上進むことが出来なくなり困り果てていた。

 百メートルほど先に、三頭の牛の悪魔が職員用通路を塞ぐようにして横になっているのだ。

 歩行ルートを通ろうにも、柵があるため入り口に戻らないと入れないし、一般車道や左手の草原は悪魔が何体も歩いているため論外だ。遠回りに猛獣ゾーンを歩くことも考えたが、猛獣ゾーンには悪魔化しなくても人間より強い動物が山のようにいる。とても通る気にはなれない。

 朝奈が待ち合わせ地点に行くにはこの道が一番安全度が高い道だった。

「あの三匹の牛を倒すしかないか。截さんは罠を使ったり、隠れたりして戦うって言ってたよね。どうしよっかな」

 朝奈は截の言葉を思い出し、何か使えるものはないかと周囲に目を走らせ、あるものを見つけた。

 それは自分の足元にあるベニヤ板だった。通路のこの部分だけ道が補修中だったようで、しっかりと歩けるように三枚のベニヤ板が道の上に置かれている。

 朝奈はそれを見るとニヤリと微笑んだ。

 すぐにそのベニヤを道から退かし、右側の林の枝などを使って罠を作り始める。

「よし、後は運しだいか……!」

 全て作り終わると、朝奈は両の手を硬く握り合わせた。







「ギュウウァアアア!」

 間近まで来たのを感じたのか、三体の牛の悪魔は横たえていた体を起こし、雄叫びを上げて朝奈に突進を始めた。

 縦に列を成し走り、職員用通路や土の上の大地を振動させている。

 それを確認すると、朝奈は一目散に先ほど罠を作った場所まで逃げ出した。

 牛との距離はその間もどんどん縮んでいく。

 後八メートル……六……三……二……もう、一メートルもない。

 朝奈の背中に牛の凶悪な黄色い角が刺さろうとした。

 截から貰った黒服の背中部分が大きく凹む。

「――……っ――!」

 刹那、朝奈は転がるように左の林の中に逃げ込んだ。

 獲物が移動したため、先頭の牛の悪魔はそのまま先へと走り、通路の下にあった細長い板を踏んだ。

 その途端、前方から無数の鋭い枝が飛び出し、頭の全面をそれに射抜かれた。

「やった!」

 朝奈は林の中でガッツポーズをする。

 今牛の悪魔を仕留めた罠は地雷のようなものだ。

 ベニヤ板上のナイフで開けた穴に、鋭く尖らせた枝を無数に垂直に通す。そしてその面の端に別のベニヤ板の二分の一を、約四十五度の角度になるように穴と穴を紐で通しくっ付ける。そしてその枝の無い方を浮くように、つまり枝を立てた方の裏側を地面にくっ付けるようにして置けば完成だ。

 この枝の無い方を悪魔が踏めば、テコの原理で倒れていた枝つき板が飛び上がり、踏んだ相手へと刺さる。

 朝奈はこれを二つほど通路の上に置いていた。

 地雷を踏んだ牛の悪魔は暴れながら体を回転させ、前足でもう一つの罠まで踏んだ。そのため今度は頭の側面へと枝の刃が突き刺さり、自分で自分にに止めを刺し倒れた。

 これで残りの悪魔牛は二匹だ。

 林の中を逃げる朝奈の背に、再び牛の悪魔の角が迫る。だが、前に大きくジャンプした朝奈に突撃しようとした瞬間、首の下に紐のようなものが引っかかった。悪魔牛の剛力により大きく紐は引っ張られる。

すると紐を引っ張った牛の背後を走っていた牛の頭の上に、ベニヤ板がギロチンのように落ちてきてた。

 ざっくりとその悪魔牛の首は飛ぶ。

 この罠はそれ程複雑な仕掛けではなく、まず二本の木の幹にナイフで大きく切れ目を入れ、そこに引っかかるようにして道の途中に落ちていたロープを張った。そしてそのロープを別の二本の木の幹に、長方形を作るように持ってきて、一度巻きつけてからそれぞれ上の枝に掛けた。あとはその先に端面を鋭く削ったベニヤ板結びつけ、枝の上に乗せるように置くだけだ。これで前方のロープが引っ張られれば後ろのベニヤが落ちてくることになる。

 実は朝奈は自分で紐を引いて悪魔を倒す予定だったが、逃げるのに夢中でそんな暇は無く、運がいいことにかってに悪魔牛がロープを引き、他の悪魔牛を仕留めてくれたのだ。

「あと一匹!」

 朝奈はナイフを取り出した。

 最後の罠は土の中に細長い穴を無数に掘ったもので、ここを牛悪魔が通れば足を取られ見動きが取れなくなるという考えだ。そうなれば後はただナイフを使って倒せばいい。

 ナイフを構えながらその穴々の上を飛び越えると、朝奈は牛悪魔と向かい合うように立ち止まった。

「ギュォオオオゥウウ!」

 一匹だけとなった牛悪魔は猛烈な勢いで朝奈に突進してくる。そしてすぐに穴々の上に差し掛かった。

 だが朝奈の計画とは違い、牛の悪魔はその穴を馬鹿力で強引に粉砕し、足を取られることはなかった。

「うげっ!?」

 もはや何の罠も仕掛けてはいない。朝奈はどきもを抜かした。

 牛の体当たりが直撃する前になんとかそれを避けたものの、かわし続けることはあまりに難しい。

 悪魔牛が再度反転してこちらに突撃してくるまでの短い間に、朝奈は必死に策をめぐらせた。

 正面から戦うのは論外であるし、かといってあの速度で走る悪魔牛の背後や側面を攻撃することも至難の業だ。ならば動きをどうにかして止めるしかない。動きさえ止まれば勝つことが出来る。

 朝奈はそこで二体の悪魔牛の死体を利用することを考えた。

 体を反転させる悪魔牛を横目に、先ほど倒した悪魔牛の死骸の前まで一気に走り出す。

 二体の死骸の間に差し掛かった瞬間、最後の悪魔牛の大地を踏み鳴らす音を真後ろに感じ、朝奈は横に飛んだ。

 その直後、悪魔牛は死骸に足を取られ、頭から一回転するように大きく転んだ。首が折れても可笑しくないほどの勢いだ。

朝奈は決死の表情で素早く立ち上がると、起き上がろうとしている悪魔牛の頭に、一気にナイフを突き刺した。

 悪魔牛は元々今の転倒で首の骨が折れていたのか、大した抵抗も出来ずに、痙攣の後あっさりと息を引き取った。

「ふう」

 朝奈は深呼吸をするとナイフを引き抜く。

 この西洋短剣風ナイフは既に大分死亡や油がついているはずなのに、殆ど切れ味が落ちてはいない。ディエス・イレの幹部が使っていたナイフだ。恐らく何か特殊な加工をされているらしかった。

「さあ、急ごう」

 朝奈は自分に気合を入れるように呟くと走り出した。








 地下通路出入り口前 午後2:22




「遅いぞ、死んだかと思った」

 朝奈が地下へと通じるハッチの前に着いた途端、翆は不機嫌そうに言った。

「ごめん。悪魔があちこちに居て、見つからない様に来るのが大変だったんだ」

 疲れたような顔で答える朝奈。

「良く一人で来れたな」

「へへ、私は健太さんよりも度胸があるからね」

 感心するように言った健太に対し、朝奈は自慢げに答えた。

「どういう意味だよ、それ」

 健太はややふて腐れたように朝奈を睨んだが、翆が言葉を発したためそれ以上は何も言わなかった。

「ペチャクチャ喋るな。悪魔が寄ってくる。早く下に降りるぞ」

「え、フリーゾーンの後ろにある職員用建物に行くんじゃないの?」

 電話で連絡を取り合った際に行き先を聞いていた朝奈は、不思議がった。

「フリーゾーンは人がたくさん居る所為で悪魔が集まっているからな。このまま一般道路や職員用通路を通るのは危険だ。地下を通る方がいい」

「う〜ん、確かにそうだね、分かった」

 朝奈は親しげに答えた。

「じゃあ行くよ」

 躊躇うことなく地下へ降りていく翆。

 全員が下に降りたのを確認すると、翆は正面にある崩れた道を見た。

「……崩れてる。多分ディエス・イレの連中が、地下通路から中間職員用建物へ行かせ無いように爆破したんだな」

「じゃあ、やっぱりフリーゾーンから行くしかないな。雅子が心配だ。急ごうぜ」

 頭の中が恋人の無事の是非で一杯の健太は、殆どその崩れた道の先を気にせず、歩き出した。

「せっかちな奴だな」

「そうだね、急ごう」

 呆れるように言う翆と同時に、ふざけた感じで朝奈も呟いた。

 二人は不思議そうに向き合った。

 しばらくして、翆は頭を掻きながら視線を反らすと、無言で歩き出した。







ショッピングモール 午後2:31



「誰もいないな。良し、上に出るぞ」

 翆はハッチの隙間から給仕室の中を確認すると、下の地下通路にいる二人に小声で呼びかけた。

「悪魔はまだ入ってきてないみたいだね」

 部屋に出た朝奈が周囲を見回して言う。

「向こうのほうから話し声がするな。言ってみよう」

 翆は用心しながら売買エリアへと足を踏み出した。そして無言になる。

「……どういうことだよ?」

 健太が意外な室内の状態に対し、驚きの言葉を放った。

 品物が並んだ棚は全て窓際に寄せられ、中心には武器を構えた無数の生存者が、輪を描く様に座っている。そして、その中心にはまるで英雄のように四人の男子高校生が座っていた。

「あ!」

 朝奈はその一人を見て驚く。

 その男は朝に自分をナンパしたあの少年だった。









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