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<第五章>超感覚者計画

<第五章>”超感覚者計画”




職員用建物(右) 午後1:10



「――おい、悪魔だ」

 翆は右横の窓から外を歩いている悪魔を見つけた。窓は既に何度か体当たりをされていたようで、ヒビだらけだ。

「あれを利用するぞ。私が走り出したら離れず着いて来い」

「え、利用ってどうやってだよ?」

「いいから黙って言うことを聞け」

「はぁ? どういうことか説明しろよ!」

 健太は翆の命令口調に苛立ち、ついケンカ腰になった。

 その直後、翆の下腕部によって首を階段の後ろに押さえつけられる。

「がっ!?」

「いいか、私の言うことを聞かないならここであんたを殺す。勘違いしてるみたいだから言っとくけど、私は民間人がどうなろうと知ったことじゃないんだよ。今私があんたの恋人を探しに来てるのは截のためだ。あいつにあんたのことを頼まれたからな」

「……――へっ、恋人のお願いを聞いてるって訳か……?」

「恋人? はは、何言ってんの。私にあいつへの恋愛感情は無いし、あいつにも私への恋愛感情は無い。私とあいつの関係は……敢えて言うとすれば、お互い自分自身ってとこかな」

「自分自身……?」

「とにかく、私の言うことを聞かないのならここで私があんたを殺す。黙って言うことを聞いてろ」

「……お前なんかに殺されるかよ」

「ふふ、言っても分かんないと思うけど、私は後衛なんだ。白兵戦だけなら私の実力は截よりも上。あんたなんかすぐに瞬殺できるから」

 翆は含み笑いをしながらそう言った。

「そこか、隠れてないで出て来い。黒服ならイミュニティーの人間一人どうってことないだろ?」

 話し声に気づいた石井が階段に向かって呼びかける。

「――さあ、やるぞ!」

 翆は健太に声を掛け腕の裾から細長いナイフを抜くと、それを右の窓に向かって投げた。それは丁度ヒビの中心を貫き綺麗にガラスを粉砕する。

「ギュァアァアアア!」

 同時に外に居た悪魔が建物の中に侵入してきた。

 翆と健太は階段の後ろを左に向かって走り、悪魔の視界から消える。すると当然悪魔の目には石井が真っ直ぐに写り込んだ。

「っち、ずる賢い奴だな!」

 石井は舌打ちすると、懐からドスのような形のナイフを取り出し、悪魔と向き合った。その隙に翆らは裏口へと向う。

「こんなとこであいつとやり合っても何の得もないからな」

 翆は鋭い目つきで自分の後ろ姿を睨み付ける石井を鼻で笑うと、裏口へ続いている廊下の扉を開けようとした。


「ゴオオオゥウウァアアアア!」

 刹那、先ほど悪魔が飛び込んできた窓と同じ方向から、あの「赤鬼」が二階までの全ての壁を粉砕して飛び込んできた。

 あまりに強い勢いのため窓の前で止まりきれずに、階段が左からど真ん中まで破壊される。

「なっ――!?」

 翆と健太はあまりに意外な赤鬼の登場に、言葉を失った。

 太い大きな両腕で床を踏みしめ、長い無数の黒紙を蠢かせながら、赤鬼は視線を二人に向けた。

「お……おいっ……!?」

 健太は頭が真っ白になった様子で翆の方を向く。

「くそっ、裏口から逃げてもこいつを撒けるとは思えない。正面入り口に走るぞ、截のバイクを借りる!」

「借りるって、あの二人はどうするんだよ!?」

「こいつは私たちを追ってくるから大丈夫だよ、来るぞ――走れっ!」

「畜生!」

 二人は方向を百八十度反転させると、石井のいる正面入り口に向かって走り出した。入り口の前に居た石井は突然階段の左横から現れた赤鬼の凄まじい迫力に驚く。近くに居た先ほどの悪魔は赤鬼の発する威圧感に押され、瞬く間に外に逃げていった。

「何だこれは!? いや、まさかこれが例の――……?」

「ゴゥルルゥウウ……」

 赤鬼は小型のティラノサウルスのように、しのしと両腕で大地を踏みしめ、石井に近づいて来る。

「急げ!」

 翆と健太は入り口を駆け抜けると、二本の道路を挟んだ位置にある建物の前、截のバイクを目指して走り続けた。

「あ、お前ら待てっ!」

 石井も二人の後を追うように足を動かし出す。

 そしてその三人の背後を、赤鬼が尋常でない気配を撒き散らしながら追いかけた。

「うぬぁあああああ!」

 恐怖を振り払うかのように叫びながら、健太は両手両足を高速で前後に振り、死ぬ気で走り続ける。

 先に辿りついた翆は合鍵でバイクのエンジンを入れると、やっと追いついた健太に向かって叫んだ。

「何してる愚図、さっさと乗れ!」

「分かってるよ!」

 健太は青白い顔で答える。走った所為か二又のような前髪が横に広がり、七三分けのような髪型になっていた。

 健太が乗ったことを確認すると、翆はハンドルを強く握り締め、間近まで来た石井に向かい声を発した。

「じゃあな能面、うまく逃げろよ!」

「お前っ!」

 石井はバイクに手を伸ばしたが、その前に翆はアクセルを入れた為、その手は宙を掴んだ。

「ゴォオオォォォォ!」

 すぐ背後には赤鬼が迫っている。

「くっ!」

 石井はナイフの柄を壁に叩き付けると、左側職員用建物の入り口へと駆け込んだ。入り口の前には大型車が横向きに止めてあったが、幸いなことにその扉は鍵が掛かっていない。少し手間取ったものの、石井は赤鬼に追いつかれることなくその中へと入っていった。

「あれ? 赤鬼の奴能面を追って行ったな……まあ截なら何とかするか」

 翆はミラーで建物の中へ向かっていく赤鬼を発見し、冷や汗を流した。

「おい、止めろよ。雅子を探すんじゃなかったのかよ!」

 健太が走り続けるバイクの上で大声を上げる。

「あの建物に人は居そうになかった。そんなに心配なら後で截に確かめさせるから心配すんな。私らは他の場所を探そう」

「他ってどこだよ」

「フリーゾーンだよ」

「フリーゾーンは見たから。どこにも居なかった」

「あんたのことだから一般客用の場所しか探してないんだろ? フリーゾーンにはショッピングモールの後ろに大きな職員用の建物があるんだ。といっても林の中に隠れるように立っているから、周りから見えることは無いんだけどね」

「じゃあ、そこに雅子が居る可能性があるのか?」

「ショッピングモールに逃げ込めなかった人間が隠れている可能性なら高いさ」

 翆は関心なさそうに言った。

 截のことが心配だったから。

だ が、自分が行ってもそもそもあの化け物を殺す準備が出来ていない以上、何の意味も無い。だから赤鬼を殺す道具をそろえる為にも、翆はフリーゾーンに行く必要があった。

「截、死ぬなよ」

 翆は小さく呟くと、バイクを加速させた。








職員用建物(左) 午後1:08




「じゃあ、いいか。開けるよ」

 截は地下室のドアのノブを握った。その真後ろでは、火柱を立ち上がらせながら長首麒麟が燃えている。

 朝奈は火を気にしつつ静かに頷いた。

「あれ? 開かないな」

 截は何度も手に力を込めてみたが、扉はビクともしない。鍵が掛かっているようだ。

「截さん。そこに電卓みたいのが埋まってるけど、暗証番号を入れるんじゃない?」

 扉の左横の壁にある機器を見つけ、朝奈がそう言った。

「暗証番号か、まいったな。これじゃ開けられない。君の話だとここはディエス・イレの研究所だ。中には何か重要な情報があると思うんだけどな」

「私に任せて」

「ん?」

 朝奈は片手をその機器に当てると、ゆっくりと目をつぶった。





 広い部屋がある。この地下室だ。

 左手には金属製のコンテナのようなものがあり、中からは何度も何かを叩き付けるような音が聞こえる。恐らく長首麒麟が入っているのだろう。

 右手には何も無く、一面真っ白な壁で被われている。不必要なものは一切置いていないといった様子だ。

 そして部屋の正面には一つだけ扉があり、そこに一人の女性が立っていた。

 ライオンの鬣のような長い髪、異常に薄い眉、そして唇は薄いのに大きな口、紀行園の園長、大西幸子だ。

 大西は扉横にくっ付いている機器に指を這わせると、慣れた手つきで番号を押し出した。

 一……九……三……八……






「分かった」

 朝奈は感覚で知った番号を素早く機器に入力した。高い電子音と共に扉が開く。

「すごいな。君の感覚はどれくらい前の軌跡まで読み取れるんだ?」

「ん〜場合によるからね。すっごく前のことが分かる時もあるし、数分前のことしか分からない時もある。截さんだって何時も敏感に感覚が働く訳じゃないでしょ?」

「まあね。俺も遠くの悪魔を感じれる時や、近くの悪魔を感じれない時もある。微小変化を読み取れるかどうかは運見たいなものなのかな」

「きっとそうだろうね。風みたいに強く吹いていると分かるけど、弱く吹いていないと風があるかどうかも分からないのと同じだよ」

「なるほど。例えがうまいな」

「へへ、私頭がいいから」

「そんなことを言ってると、自己催眠にかかって一種の陶酔状態になるぞ」

「難しいこと言うね」

 朝奈は複雑な表情を作りながら扉を開けた。

 中は電気が点いており、教室並みの広さがあった。長首麒麟の死体がある部屋と同様に、天井までの高さが三メートル以上もある。また、中央には大きな手術台の様なものがあり、それを囲むようにしてデスクやパソコン、二人が見たことも無い機器が多数設置されていた。

 奥はカーテンが掛かっている為どうなっているのかは分からないが、どうやら誰も居ないようだ。

「誰も居ないな」

 截は白柄ナイフを鞘に収めると、情報収集をする為デスクや手術台を調べだした。

「朝奈さんも色々と見てみてくれ。何か博士に関係する資料があるかもしれない」

「分かった」

 二人は緊張した様子で手当たり次第に周囲を探索した。

「ん、何これ……BASNバシン計画?」

 偶然手に取ったファイルが目に止まる。

「見せてくれ」

 截は朝奈の横に立つと、それを覗き込むように見た。

「Being Appended  Sense Net Project……――超感覚者計画……」

「どういうこと?」

 朝奈はそれを信じられないものを見るように見つめた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



Being Appended  Sense Net Project

通称 BASNバシン計画について

追加情報報告



報告者:鳥島宗助

文章:渋谷 次太郎


我らディエス・イレの諜報部員、タヌキこと鳥島宗助の報告によると、数十年前から突発的に出現するようになった超感覚者たちには、ある共通点があることが分かった。

あまり数が多いわけではない超感覚者の、それもイミュニティーの隠蔽工作によってこれまで中々得ることが出来なかった情報を、ようやくタヌキが遂に持ち帰ることに成功したのだ。

我々の間でも噂されていたことだが、超感覚者の両親の多くが離婚、仲違いしているという情報は既に皆ご承知の限りだろう。

では何故そのような現象が起きていたのか。答えは実に単純明白だ。

その結婚に愛が無いからである。

タヌキの持ち帰った情報によれば、どうやら超感覚者の母親の殆どがとある研究機関の人間、もしくはそれに関係する施設の職員だという恐るべき事実が分かった。

そう、憎くきイミュニティーである。

彼女たちは機関から指令を受け、超感覚者を作り出す為の体質に合った男性の下へと嫁いだ。妊娠の過程で何かをしたのか、子を授かる前に既に自分に何かをしたのかは定かではないが、通常の胎児とは異なった妊娠をしたと云う事だけは確かだ。

一体イミュニティーが何のためにこのような人道に反する行いをしたのか、その真の理由は未だ不明である。

タヌキの実力を持ってしてもその真実は知ることが出来なかった。

恐らくその本当の理由を知っているのはイミュニティーの上層部、そう六角行成に近い人間だけだろう。

我々は真実を明らかにするためにも、イミュニティーの非人道的な行いを社会に知らしめる為にも、黙過この調査を続行するつもりだ。

何か情報を掴んだ場合は直ちに私渋谷に知らせて頂きたい。

では諸君。

ディエス・イレに幸あれ。




追伸 :タヌキは現在イミュニティーへ潜伏してはいない。よってこの紙を同志に見せることは構わないが、イミュニティーの目にだけはつかないようにして欲しい。我らが事実を知っているということを隠すためにも。また、付属の紙に我々が掴んだ超感覚者の名簿を乗せている。興味があれば見るとよい。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「なっ……」

 朝奈と截は絶句した。

 自分たちの母がイミュニティーに関わっていたこと、そして自分たちが何かの計画の為に利用されていたということ。

 とてもここに書いてある内容は信じることが出来ない。

 いや、信じたくは無い。頭の中はショックでパンク寸前だ。

 紙を持つ朝奈の手が震える。

「……名簿を見てみよう」

 截は自分の口を塞ぐように手の平を当てると、クリップで止めてある二枚目の紙を前に捲った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー


BASN名簿


(*現状で情報を得れた人間のみ)


田中一郎 30歳 …… 西野美香 30歳 …… 篠原厳輔 24歳 ……

 …………

 深井浩也 18歳、舛田途蔵 27歳 ……沖田悠樹 20歳 沖田敏 20歳 ……

 関野朝奈 18歳 …… 福与香奈 20歳 ……


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「私の名前もある!」

 朝奈は思わず叫んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……五十嵐十子 33歳 …… 高歯真一 31歳 ……

 曲直悟 享年19歳 飛山鋭 享年24歳 安田咲粕 22歳 …… 神代裁 享年27歳 ……

 …… 鈴野明人 享年19歳 ……


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 截はそこで目を動かすことを止めた。取り付かれたようにじっと一つの名前を見ている。

 もう二度と目にすることは無いと思っていたあの名前。

 自分を闇から救ってくれた存在。

 大切な、自分の友人。

 いや、親友と呼べる人間。

 鈴野の名前が其処にあった。

「鈴野……」

 三年前の事件を思い出す。

 截の親友の一人、鈴野は――……悪魔化したため、截が自らの手で殺した相手だった。

 両目を奪われていたはずなのに、彼はこちらの位置がまるで見えているかのごとく、執拗に追って来た。他の悪魔ではあれほどこちらの位置を正確に掴めることは無かった。当時の截はその理由を深く考えている余裕は無かったが、今この名簿で目にしたことでそれがはっきりと理解できた。

 そう、鈴野は超感覚者だった。

「そうか。あれは……そういうことだったのか」

 截は親友の心臓をナイフで貫いた感触を思い出し、目頭が熱くなった。

「これが本当なら、イミュニティーはずっと前から私たちを監視してたってことだよね。何か……怖いな。知らない中に誰かが私をじっと見てたなんて」

 朝奈は自分の腕で体を抱きながらそう言った。

「――いや、それは無いよ。俺たちの……監視をしている存在がいたとすれば、それは母親だろうな。一番身近で怪しまれることなく体調、精神面、全ての面で俺達を観察できる」

「お母さんが……」

 朝奈は母親の顔を思い浮かべ悲しくなった。

 ――好きな人に振られた時に慰めてくれたのも、友達とケンカしたときに相談にのってくれたのも、全て演技だったの?

 これまでの母に対するイメージや思い出が総崩れしていく。

「産む切っ掛けがイミュニティーの命令だってことだけが普通の親子とは違うけど、自分の身を痛めて産んだ子だ。君を大切に思っていない訳は無いよ」

 截は朝奈の心情を感じ慰めるように言った。

 しかし朝奈はかなり感情的な様子で食って掛かる。

「でも、私たちを騙してたことは事実でしょ!? 截さんは平気なの?」

「それは、ショックには違いないさ。けど、俺は母さんの優しさも良いとこもちゃんと知っているから。好きで騙してたんじゃないと思う。きっと何か理由があるんだよ」

「幾ら理由があるからって……酷いよ、こんなの。まるで私たちがモルモットみたいじゃん!」

「朝奈……」

 截は紙を握り締める朝奈の様子を黙って見つめた。

 黒服の正式なメンバーとなった截から見れば、イミュニティーが母親にどんな脅しや命令をしたかも容易に想像できるし、母の考えや気持ちも理解できる。

 しかし朝奈にはそんな考え方が出来る知識も経験もない。きっと今説明をしても理解は得れないだろう。

 截は黙っていることしか出来なかった。







 扉の上に開いたガラスの窓から中の様子が見える。その中では二人の男がロープで縛られていた。

「お前たち、二人掛かりで良いざまだな」

 眉間の筋肉をピクピクと動かしながら、石井はとある部屋の前に立っていた。

 そこは事務室のような狭い部屋で、ロビーから左の扉を進んだ廊下の先、突き当たりの少し前にある部屋だ。

 部屋の前には長いモップが廊下を横切るように設置され、扉が開かないように細工してある。

 石井はそのモップを怒りを込めて蹴り飛ばすと、扉を開けた。

 ロープを乱暴に外された褐色の男は、悪魔を目にしたような目つきで石井を見上げると、怯えたように言いわけを始めた。

「す、すいません! 石井さん。ちょっと油断してしまいまして……」

「油断? 私が自ら選抜したお前がか? それは私の目が節穴ということを意味しているのだろうな」

「い、いえ、違います」

「ふん」

 石井は片足を上げると、勢い良く褐色の男の片腕を踏みつけた。

「あぎゃぁううう!?」

 ぐりぐりとネジを締めるように、石井はその力を強めていく。

「それで、その相手の黒服はどんな奴だった?」

 足をそのまま退かすことなく石井は聞いた。

「せっ、セミショートの癖毛の黒髪に……二本の大型ナイフを持っていました……――うぐっ!」

「セミショートの癖毛?」

 石井は何か思い当たることがあるのか、斜め右下に目を伏せ片手を顎に当てる。

「最初は……私たちが押していたのですが、途中から黒服の奴が変な手を使い出しまして……」

 もはや痛みで喋れなくなっている褐色の男に代わって後ろに立ったオカッパの男が説明を続けた。

「ふん、大方、手が消えたとか言うんだろう?」

「な、何故分かったんです? はい、確かに途中から、まるでナイフの攻撃が見えなくなりもう分けが分からなくなりました」

「やはりそうか。セミショートの癖毛、それにこの手口。ならば、相手は『キツネ』か?」

「キツネ?」

 オカッパの男は突然石井が良く分からない言葉を口にしたので戸惑った。

「黒服のエリートだ。その腕が消えるというのは、あいつの編み出した独自の近接格闘戦術、部分囮だろうな」

「何ですかその部分囮とやらは?」

「自分の体を一つのチームと考えて、身体で戦法を行う技だ。例えば左腕を囮にして注意を引き付け、その隙にノーマークの右腕で攻撃するとかな。ある意味、手品のミスディレクションに近い」

「そんなこと出来るんですか?」

「出来るからお前らはここでのびてたんだろうが。相手があのキツネならばお前らでは分が悪いのも当然だ。――仕方がない。黒服の削除は後回しだ。まずは指令通り、ディエス・イレの生存者の捕獲を優先する」

「分かりました……」

 石井から何もされなかったので、オカッパの男はお仕置きを免れた子供のように喜んだ。

「キツネか……何故水憐島ではなくここに? ――……まあいい、いずれはっきりするだろう。おい、今ロビーに赤い化け物がいる。あいつがこの建物を崩す前にさっさと脱出するぞ」

「は、はい!」

 オカッパの男は急いで床に倒れている褐色の男を起こすと、どんどん裏口へ向かって歩いていく石井の後を追った。







 截は急に横を向くと腰の白柄ナイフに手を当てた。

「どうしたの截さん?」

 朝奈はその様子を不審に思い尋ねる。

「何かがこの建物の中に入って来た。多分赤鬼だ」

 只でさえ長首麒麟の攻撃でいつ倒れるかどうかも分からないのに、あの赤鬼に暴れられたらもうこの建物は持たないだろう。出来るだけ早くここを出る必要がある。

 截は朝奈にそれを言おうとした。

「ごほっ……!」

 突然どこからか咳が聞こえた。

 入り口と部屋の反対にあるカーテンの方からのようだ。

 截は音も無く近づくと、右手でナイフを引き抜きながら左手でカーテンを勢い良く開けた。

「扉?」

 朝奈がその向こうにあったものを見て呟いた。

 截は目で朝奈に確認をとると、その扉をゆっくりと慎重に開ける。

「誰だ?」

 そこは中心にある椅子を省けば、殆ど何も置かれていないただ広いだけの部屋だった。こちらの入り口から見て右側には別の入り口があり、扉が開いている。だが暗くて中はよく見えない。

 部屋の中で唯一のオブジェクトである椅子の上には、一人の人間がやつれた様子でこちらを見ていた。

「あなたは?」

 截は男が動けないと判断してナイフを収めながら聞いた。

「私は……この紀行園の園長だよ。君たちの方こそ何者だ? 見たところ一般人には見えんが」

「僕は黒服の者です。――あなたはディエス・イレの人間ですか?」

 截は男が園長と名乗ったのでそう考えた。

「ディエス・イレ? 黒服? 何を言っている……?」

 ――なに?

 男の反応に戸惑う截。

「あなた、本当に園長? 私さっき園長って名乗ってる女の人にあったけど?」

 朝奈はパンフレットで大西の顔を見ていることもあり、かなり疑いを持った様子で聞いた。

「……ああ、それは幸子のことだろう。あれは私の妻だ。私をこんなところに押し込んで……園長の座を奪い取ったのさ」

「何でそんなことを?」

「私があいつのやることに反対したからだよ。知らない中に良く分からん連中と手を組み、紀行園の地下にこんな研究施設をわんさか作りだしたからな。一体何のつもりなんだか。もうかれこれ五年はここに閉じ込められていることになる。何が、いつか自分のやっていることを分かってくれるだ! 何年たっても理解できんよ」

 截は現在の男の状態を理解した。

 恐らくこの紀行園の園長である大西幸子は、独自の伝手か何かでディエス・イレの人間と知り合い、この紀行園をアジトとして提供したのだろう。それを夫であるこの男に反対され、殺すことも出来ずに監禁していたらしい。

「今ロープを解きます。一緒に逃げましょう」

 截は男に近寄ろうとした。

 だがその瞬間、何かが頬をかすめ後ろの壁に刺さった。

「勝手な真似をするんじゃないよ」

 右から、男の横にある扉から、大西と屈強な男が現れたのだ。截の頬を斬ったのはその男が投げたナイフだった。

「大西さん!」

 朝奈は嫌悪感も露にその顔を睨みつける。

「ふん、お嬢ちゃん良く生きてたね。大したもんだよ」

 大西は朝奈が生きてたことが気に食わないとでもいうように、思いっきり目を細めた。







何か今作はホラーって気がしませんよね・・・・。

もっとホラーっぽくなるようにこれからの話では調整してみます。



鈴野が超感覚者だということと、截の部分囮は見直すとなんか嘘臭い気がしないでもないのでもしそう思った方がいましたらお気軽に教えてください。修正します。いなければこのままで行くので。

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