<第十七章>自由の肖像(後編)
<第十七章>”自由の肖像(後編)”
「きゃぁああああー!?」
激しく横転しながら転がるトロッコから、朝奈は振り下ろされた。トンネルから出た直後にある草の上に体を強くぶつける。
「……――ぅう、みんな……!」
朝奈がトッロコの方へ視線を向けると、トロッコを挟んで反対側に尋常では無い数の悪魔LV,3が群がっていた。
その直ぐ近くでは截のバイクも同じように転がり、近くで截と翆が共に倒れている。
「いやぁあああー来ないで!」
雅子が叫ぶ声が聞こえた。
――雅子さん!
立ち上がろうとしたが体が全く言うことを効かない。腰から下の感覚が一切無いのだ。
朝奈はそれでも何とか体を動かし、そこへ視線を向け続けた。僅かにトロッコの向こう側にはみ出ている腕が見える。三上のもののようだ。
「みんなを、助けないと……」
朝奈は必死に腕の力のみで体を前進させた。こんな状態の自分が行っても、何の役にも立たないことは分かりきっているはずなのに、どうしても行かずにはいられない。
やっと紀行園から出れた。
地獄から抜け出せたのだ。
こんな所で、ここまで来て死ぬなんて許せるわけが無い。
認められるわけが無い。
「三上さん、本さん――翆さん、截さん……」
仲間の名前を呼びつつ、朝奈は汗を流しながら腕を動かし続けた。
「お父さん……!」
自分のここに来た理由であり、愛する家族の名前を呟く。
だが、返事は無かった。
三上も、本も、翆も截も志郎も――いつの間にか雅子の声すら消えている。
「お願い……みんな生きてて……!」
朝奈は藁にも縋る気持ちで祈った。
なんとかトロッコまで辿りつくと、トロッコの反対側――つまり内側の方から、朝奈の耳に不快な、背筋の青くなるような声が聞こえてきた。
グチャグチャ、バキボキ……
明らかに何かを痛めつけている音だ。
それが何かは考えたくも無い。朝奈は吐き気を覚えながらも、両手をトロッコの上に乗せた。そしてそのままゆっくりと体を起こしていく。
徐々に反対側の景色が見えてくる。
遠くにまで広がる緑色の草。
金色の三日月。
星がはっきりと映った明るい夜空。
そして、トロッコのまさに目の前で、朝奈は信じられないような光景を見た。
紀行園北6km地点 午後8:11
綺麗な金色の月明かりに照らされた茶色の髪を風になびかせながら、朝奈は真っ黒な海を見つめた。
どこまでも永遠に続いているような先の見えない濃い海だ。
静か過ぎるぐらいに波の音以外何も聞こえない。
朝奈はしばらくそれを十分に眺めると、目の前の小船に向かって一歩を踏み出した。
足を乗っけた瞬間、僅かに揺れる船。
だが朝奈はそんなものには全く構うことなく平然と船の上に降り立つと、ゆっくりと後ろを振り向いた。
そのまま背後の草原に立っていた二人に向かって寂しそうな微笑を浮かべる。
「これで……良いんだな」
その微笑を見つめながら、截は静かに問いかけた。
「うん。お父さんと一緒だし、私にはこれが一番良い選択だと思う」
朝奈は迷いの無い目で即答する。
「黒服に入れば、イミュニティーから逃げ続ける必要は無いんだぞ。別に戦闘員以外にだって私らが推薦すればなれるんだから」
截の横に立ったまま翆が残念そうに言った。
「ありがとう翆さん。でも、私はもう決めたから。私は黒服にもイミュニティーにもディエス・イレにも入らない。お父さんと一緒に自分たちのやるべき道、自分たち自身で考えた『自由』のために生きるよ」
「後悔しないんだな。もう今までのようには生きれないんだぞ?」
「分かってる。真剣に考えたから……」
翆の脅すような確認の言葉にも一切動じず、朝奈は頷いた。
「そうか。そこまで言うのなら私はもう何も言わないよ」
朝奈の確かな意思を感じたのだろう。翆は軽く首を傾けながら、僅かに微笑んだ。
「朝奈、出発の用意が出来たよ。もう二人にお別れの挨拶をしなさい」
船の操縦室から出てきた志郎が三人を見て言う。
「博士、あの三人の様子は?」
截が真剣な顔で聞いた。
「大丈夫、心配ないよ。本さんも、雅子さんも、三上さんも無事だ。今は疲れが溜まってたのか、全員船室で寝てるよ。まあ、無理も無いけどね」
「そうですか。全員無事みたいで良かったです」
その言葉に安心したような素振りを見せる截。
志郎はそんな截を手招きで船の近くにまで寄せると、自分も船の端にまで歩き、他の人間には聞こえないような小声で呟きだした。
「悟くん。本当にありがとう。おかげで娘を助ける事ができた。全部君のおかげだ。感謝してもしきれない」
「そんな……僕は殆ど何もしてませんよ。朝奈が生き残れたのは彼女自身の力です。僕はただその補佐をしただけだ。寧ろ礼なら彼女にして下さい。あなたを助けたのは彼女なんですから」
截は照れたように言った。
「いや、本当なら君を巻き込むべきじゃなかった。……悪かったね、水憐島に行く筈だったんだろう? 僕の所為でキツネに大目玉だね」
「別に構いませんよ。それに、運良くキツネが水憐島で死んでるかもしれませんし」
「君は……まだキツネの事が憎いんだね。当然といえば当然だけど」
「当たり前ですよ。あいつは僕の全てを壊した。大切なものを奪っていった。絶対に許せるわけがありません。今でも隙あら殺したいくらいですよ。まあ、その隙なんて見たこと無いですけどね」
「……――君の為に一言言っておく」
志郎は真剣な表情で截を見た。
「キツネを憎む気持ちは分かる。僕も同じ立場だったら許すことは出来ないだろう。だけどね……一つの憎しみに囚われすぎて周りを見えなっては駄目だ。君の憎しみはもっともだが、頑張ってそれを押さえ込み、よく周囲の様子を観察して見るんだ。きっと色々と分かってくるものがあると思うから」
「……どういう意味です?」
截は志郎の意味深な言葉が理解出来なかった。
「まあ――……今の君にはまだ無理か。でも僕の今の言葉を心に忘れずに刻んでいてくれ。いつかきっと君の助けになるから」
「……分かりました」
志郎があまりに真剣な顔で言うので、截は疑問の言葉を飲み込み頷いた。
「ああ、そうだ。忘れる所だった。朝奈に超感覚者のデーターがつまっているメモリーを持たせてる。後で受け取ってくれ。きっと君の役に立つと思う」
「超感覚者のデーター……すぐに貰います」
截は翆と話している朝奈を横目で見ると、そう言った。
「もう一つ。これは正直言っても良いのか迷う所だけど、君を信じて言っておくよ」
「何です?」
「イミュニティーのボス、六角行成の居場所だよ」
截は耳を疑った。
「東郷さんが強襲計画を立てていたからね。その際に知ったんだよ。……六角行成は「常世国」に居る。彼はあそこのオーナーだ」
「常世国? あの屋内都市の……?」
截は志郎の言葉に驚きの声をあげた。
「そうだよ。表向きには別名で名乗っているかも知れないけどね。ほぼ間違いなく六角があそこの所有者だ」
「なぜそれを僕に?」
「君は『知っておくべき』だと思ったからだよ。この言葉をどう捉えるかは君次第だ。これについては僕は多くは語らない。あとは自分で考えて自由に行動してくれ」
志郎は截がどうするか分かっていながらも、敢えてこんな言い方をした。
「六角行成は……キツネに劣らず僕にとっては憎むべき対象だ。あなたがそれを僕に教えるということは何を狙っての事か容易に分かる。はぐらかさないで下さい」
「はぐらかしてなんかいないよ。僕はただ事実を教えただけだ。六角行成は超感覚者計画の発案者であり、常世国は超感覚者研究の中心だった場所。きっと何か得るものがあるんじゃないかい?」
――そして、気づいて欲しい。この世界の裏に、イミュニティー、ディエス・イレ、黒服の本当の関係に。
志郎はその言葉を最後に、截から離れた。
「いいかい、さっきの言葉を忘れ無いでくれよ。憎しみを乗り越え、良く周りを見るんだ」
最後に駄目押しのように言うと、船の中へ戻っていった。
「周りを……見る……」
截はその言葉を頭の中で何度も反芻させながら船を見つめた。
「截さん!」
だが突然、朝奈が後ろから声をかけてきた為思考を中断させられた。
「もう時間だから、私そろそろ行くね」
「……そうか。短い間だったけど、これでお別れとなると寂しくなるな。お元気で、朝奈さん」
截は右手を差し伸ばした。握手をしようと思ったのだ。
だがその瞬間朝奈は截に抱きついた。
「ちょっ――……朝奈さん!?」
「截さん。截さんが居なかったら私はここまで頑張れなかった。諦めてた」
「そんな事無いよ。朝奈さんは俺が居なくても十分にやれたじゃないか」
「ううん、截さんが最初に助けてくれたから頑張れたんだよ。あの時截さんに会わなかったら、きっと直ぐにお父さんを助けることを諦めて悪魔に殺されてたと思う」
「朝奈さん……」
「だから、言っておくね。截さん、本当にありがとう。感謝してます」
「ははは、親子そろって大げさだな」
截は自然に笑った。
その笑顔は作り笑いでも、愛想笑いでもない、正真正銘の笑顔だ。
かつて、庄平や鈴野という親友に向けていたような――
截から離れると朝奈は翆にも抱きついた。
「ありがとう翆さん」
「あ、ああ。元気でやれよ!」
何故か截以上にあたふたした反応を見せながら、翆も笑った。
めったに見せる事のない暖かな笑顔で。
あの時朝奈が見たものは、悪魔LV,3の集団が苦しみ暴れている姿だった。自分の体を地面や岩にぶつけながら気が狂ったように彼らはもがいていた。
「……な……んだ? 寿命にしては速すぎる……どうなってるんだ?」
悪魔の叫び声で今目が覚めたのだろうか。寝転んだままバイクの横で、截が疑問の声を漏らした。
「これは――……抗イグマ剤……!」
同じように目を覚ました志郎がトロッコの中で呟く。
「イミュニティー……! 周囲五キロ全てに抗イグマ剤を撒いたのか。幾ら人手が無かったとはいえ随分慎重にやったもんだね……!」
「お父さん!」
朝奈は志郎の声を聞き、嬉しさと安堵感のあまり涙を流した。
「おいおい、何泣いてるんだい朝奈。僕はどこも怪我なんかしてはいないよ」
照れくさそうに、嬉しそうに朝奈の頭を撫でる志郎。
「ギュウウァアアアァァ……ァ……」
段々と悪魔の声が小さくなっていく。
朝奈はその姿を物思い気に見つめた。
元は人間だった者。
自分たちと同じように生きて普通の暮らしを送っていた存在。
それがたった僅かな細胞によって変わってしまった。
「悲しいね……」
誰に呼びかけるでもなく朝奈は声を漏らした。
「ああ、悲しいね」
志郎がそんな朝奈の言葉を復唱するように頷く。
「朝奈、僕にはまだやらなくてはいけない事がある。こういった人たちをこれ以上生み出さないためにも……。だから――」
「一緒にはいられない?」
朝奈は僅かに強い声で聞き返した。
「ああ、そうだ。僕についてくればお前を危険な目に合わせるし、国からも追われる事になる。そんな目には合わせたくないんだ」
「今更何言ってんの? ここまで巻き込んでおいてそれは無いよ!」
「すまない。今回の事は本当に僕が悪かった。でも――」
「お父さん。お父さんが居なくなってから、私は一人ぼっちだった。もちろんお母さんは居たけどいつも仕事で家に居る事が殆ど無かった。また私を一人にする気なの?」
「朝奈、分かってくれ、僕は……」
「お父さん、私はもう子供じゃないよ。自分の事は自分で判断するし、どうするかも自分で見つける。だから……お父さんが何を言っても私の気持ちは変わらない」
「本当に、僕に付いてくる気なのかい?」
志郎は信じられないといった表情で朝奈を見た。
「当たり前じゃん。どんな事をしてでも付いていくよ。あ、でもお母さんもちゃんと連れて行ってね。大切な家族なんだから」
「……分かったそこまでお前が言うのなら……もう僕は反対はしないよ。和江も、無事に身を隠せるようになってから、上手く連れ出そう」
朝奈の覚悟を理解したのだろうか。志郎は何かが吹っ切れたように頷いた。
「もう決してお前を一人にはしない。今回のことではっきり分かった。僕はまたアヤメのように家族を失うのが怖かった。だからお前と和江の下を離れた。――でも、今思えばただ逃げていただけだったのかもしれない。朝奈、僕はもう逃げないよ。誰かを失うことが怖ければ、失わないように強くなればいい。誰かを守りたければ死ぬ気で守ればいいんだ」
「それでこそ私のお父さんだよ!」
朝奈は満面の笑みで志郎の顔を見上げた。
「博士、紀行園から出れたのはいいけど……これからどうするんだ? 私らは黒服に戻るけど……一緒にくるか?」
バイクを立てながら翆がずけずけと聞く。
「いや、僕は実は元々逃走手段を用意してたんだよ。この先二キロほどに小船を置いているんだ。もちろん偽名でね」
「またディエス・イレに入るんですか?」
翆の横に立った截が、神妙な顔で聞いた。
「そんな気はないよ。僕は好きでディエス・イレに入ったわけじゃないしね。これからは……自分自身の力で戦うよ。ディエス・イレで知り合った色々な伝手もあるし、心配しないでくれ」
志郎は朝奈の顔を振り返りながらそう言った。
遠ざかっていく陸地を見ながら、朝奈は今日一日のことに思いを馳せた。
父を探しに紀行園に来たこと。
いきなり悪魔が現れてフリーゾーンに隠れたこと。
截と一緒に麒麟と戦ったこと。
フリーゾーンの面々を救えなかったこと。
翆とともにライオンの化け物と戦ったこと。
健太が死んだこと。
父と共に生き延びたこと。
信じられないような経験をたった数時間の間に味わった。
それが自分にとって良かったのかは正直分からない。知らなければ良かったという気持ちも無くは無い。でも、こうして無事に生き延びれた。父再開出来た。
だから朝奈は後悔はしていない。自分で決めたことなのだから。
「朝奈さん、いいの?」
いつの間に後ろに起きたのだろうか、船の後部から截らが居る場所を見つめ続ける朝奈に、心配そうな顔で雅子が呼びかけた。
「あの人のこと、好きだったんでしょ?」
今まさに朝奈が考えていたことをずばり言い当てる。
「うん……」
朝奈は静かに頷いた。
「今ならまだ引き返せるし、ちゃんと自分の気持ちをつた方がいいよ。私みたいにいつ生き別れになるかも分からないんだから」
「……いいの。截さんは……なんだか心に決めた人が居るみたいだった。無意識かもしれないけど、私を見るときもいつも誰かと重ねるように見てた。きっと、私が思いを伝えても……結果は見えてるよ」
「朝奈さん……」
「あ、そうだ、健太さんから伝言!」
朝奈は話を変えるように明るく声を出した。
「健太が?」
健太という響きに一瞬くらい顔を浮かべる雅子。
「健太さんは最後の最後まで雅子さんのことを思ってた。愛してるって言ってた。きっと……会えずに終わっちゃったけど……雅子さんとはいつでも繋がってたと思う。だから、きっと今もどこかで雅子さんのことを見てるよ。俺の分まで生きろとかカッコ付けながらね」
「……そうだったら、嬉しいね」
雅子は星空を見上げなら呟いた。月明かりの所為か、涙の所為か、その瞳は美しい光を放っている。
きっと健太との楽しかった思い出を思い出しているのだろう。
星の数に負けないくらいたくさんの思い出を。
朝奈は雅子を一人にしそっと船室に入った。
船室では志郎が疲れた顔で舵を切っている。
「朝奈、もう寝たらどうだい。疲れてるだろ?」
「ううん、大丈夫。お父さんこそ寝たら? 私が操縦するから」
「おいおい、お前に任せたら折角生き伸びたことが無駄になっちゃうよ。操縦は僕に任せて素直に寝なさい」
志郎は子供に言い聞かせるような口調でそう言った。
「ふふふ、分かった。じゃあ、お言葉に甘えて寝るね」
朝奈は下の根室へと通じる梯子に手を掛けた。
そのまま一気に降りる事はせずに志郎の背中を見つめる。
小さい頃からずっと自分を守ってくれた。
助けてくれた。
大きな背中を。
この先何が待っているかは分からない。
どんな人生を歩むかも分からない。
明日には死ぬかもしれないし、生きているかもしれない。
でも、それが人生というものだ。
自由というものだ。
大西は、この世は既にこの世であるだけで、完全自由な世界だと言っていた。
それはある程度真理を突いているだろう。
でも、朝奈はそれが全て正しいとは思わなかった。
自由とは自分で決めるものであり、決められるものではない。
自分自身が判断し、己を導いていくものだ。
いわば、目標に向かって突き進むその心の存在こそが、本当の意味での自由だと思う。
これからの自分たちの未来を考えながら、朝奈はそっと呟いた。
「おやすみなさい、お父さん」
「行ったな」
暗い海を見ながら截が言った。
「雅子や本とかは、どっかの港に着いたときに下ろすそうだ。あいつらは志郎と違ってイミュニティーに敵対していないからな。放っておいても大丈夫だと考えたんだろ」
「志郎さんが行く前に言っていた。六角行成の居場所を」
「六角行成の居場所? ……どうするんだ?」
答えが分かっているはずなのに聞く翆。
「翆、俺は……これから本格的に行動に入る。もしかしたらもう黒服にも居られなくなるかもしれない」
「黒服にも探りを入れるのか?」
「ああ、最近やっと気づいてきた。こっちの世界の力関係は何かがおかしい。そもそも黒服の存在理由自体が分からない」
「あまり深くまで首を突っ込むと殺されるぞ?」
翆は脅すように、心配するように截の顔を見つめる。
「俺はもう三年前に死んでいるんだ。今更どんな脅しも怖くは無い。翆――……俺、やるよ。もうイミュニティーを倒すとかじゃなく、真実を見つけたいんだ。一体何が起きているのか。イミュニティーが何をしようとしているのか」
「……本気なんだな」
翆 は溜息をついた。
「あんたがいつかは何かする気だってことは知ってた。パートナーになったあの時からな。じゃあ、私たちの関係もこれで終わりか……」
「そうなるな。俺は……出来るだけバレない様に行動する気だけど、上手く行く保障はない。だから……」
「キツネに頼んで相棒を解消しようってか? ――ふざけるなよ! これだけ一緒に行動しておいて、今更別れたって上が信用するはずがないだろ。……付き合ってやるよ。どこまでも」
「翆……?」
「私も個人的に知りたい事があるんだ。お互い、利害は合ってるだろ?」
「後悔しても知らないぞ?」
「誰が後悔するか、私が自分で決めたことなんだ。例え直ぐに死ぬ事になっても、あんたについていくよ。……相棒だからな」
翆は最後の部分だけ僅かに照れたように声を落として言った。
「……分かった。一緒にやろう。この世界の真実を、この不条理な世界を変えてやろう……!」
庄平や鈴野、イグマ細胞に関係して死んでいった多くの人のためにも、やるべきことがある。それまでは何がなんでも死ぬわけには行かない。
截は決意を胸にバイクに跨った。翆もその後ろに腰を落ち着かせる。
「しっかり捉まって振り落とされるな!」
「誰が、振り下ろされるか。お前こそ運転をミスって事故るなよ」
截はアクセルを力いっぱい握った。
まるでこれからの自分の決意を表すように。
覚悟を決めるように。
ただ、真っ直ぐ先に先に見える三日月を目指して。