表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/18

<第十六章>自由の肖像(中篇)

次は後編と思いきや、まさかの中篇です。

<第十六章>”自由の肖像(中編)”




 大量の瓦礫を掻き分けながら、志郎は洞窟の中から這い出た。

 赤鬼の攻撃によって崩れた部分は洞窟の入り口付近だけだったらしい。本も志郎もどこにも怪我はなくほぼ無傷の状態で外に出ることが出来た。

 周囲を見回す志郎の耳に聞きなれた声が聞こえてくる。

「雅子さん、開けてぇっ!」

 朝奈の叫び声だ。

それを耳にした瞬間、志郎は無意識の中に駆け出していた。

「朝奈ー!」

 這い出したままの埃まみれの体に一切構うことなく、ひたすら一心不乱に足を動かす。

「止めろ化け物、朝奈ー、朝奈ー!」

 目の前に朝奈とそれに近寄る赤鬼の姿が見えた。赤鬼は今にも足を振り下ろそうとしている。

 志郎は何も考えず飛び出した。

 渾身の力を込めて朝奈を赤鬼の攻撃から遠ざける。

「え!?」

「生きるんだ……!」

 志郎は自分の最後を悟り、悲しさと悔しさ、朝奈を助けることの出来た喜び、それらの入り混じった複雑な表情で微笑んだ。

 そしてその瞬間、赤鬼の大きな足が志郎の背中に振り下ろされた。

「い、いやぁああああああ!?」

 僅かな蛍光灯の明かりに照らされた広間に、朝奈の悲痛な声が木霊した。







「ギュァアアアアアッ!」

 紀行園中央エリア一階。

 今そこに無数の悪魔が溢れていた。

 そのどれもが人間とかけ離れた姿をしている。

 S字のように曲がった背骨、四足動物のような逆間接の形を作った腕と足。そして大きな丸サングラスを掛けているかのようなギョロットした、眼球の浮き出た血走った赤い目。その頭部の額は頭蓋骨が皮膚を突き破り、まるで角のように盛り上がっている。また耳は先が鋭く尖り、後頭部も骨盤のような形に肥大化し、背中には鬣のような真っ黒の毛が生えていた。

 普通の悪魔や四足悪魔よりも一層黒に近い色になった悪魔LV,3の集団だ。

 そしてまさに今、地下施設へと通じる非常階段の裏の開いたままの扉をその内の一匹が見つけた。

「ギュワッツ……!」

 その悪魔は短い声を発した。

 声を合図にするように他の悪魔たちも一斉に扉に目を向ける。

 何かの気配を感じ取ったのだろうか。

 それとも生存者の臭いを嗅ぎ取ったのだろうか。

 悪魔たちは同時に一気にその扉目掛けて走り出した。







 志郎は自分の背に圧力が掛かるのを感じた。

 長年の経験から、これまでの数々の戦いから、志郎はその瞬間咄嗟に腰を回転させ、赤鬼の足を受け流すように身をくねらせた。

 その動作がかなり速かった所為か、朝奈の目には志郎が押しつぶされたように見えた。だが、志郎は生きていた。赤鬼の攻撃を辛うじてかわしたのだ。

「朝奈、走るんだ!」

 志郎は起き上がりながら朝奈の肩を掴むと、強制的に彼女を走らせた。

「え、お父さん!?」

 朝奈は死んだと思った父が突然元気に立ち上がり、しかも自分を掴んで走り出したことに我が目を疑った。

「朝奈、大丈夫かい。逃げるよ!」

 緊張感あるしっかりとした目で見つめてくる志郎。それを見た朝奈はすぐに現状を理解した。

「雅子さんと三上さんが……!」

「後だ、今は赤鬼をどうにかしないと、どっち道全員死ぬよ。手を貸してくれ」

「何か良い案でもあるの?」

「……――あれを使おう!」

 志郎はトンネルの左に止まっている、トラック二台分のような大きな機械を指差した。円柱状の本体の先に、扇風機の羽のような無数の刃が付いた形をしている。俗に言う掘削機というやつだ。

「あれ、操縦出来るの?」

「操縦したことは無いよ。でも、構造理論は知ってる。何とかなるさ!」

「何とかなるって……はあ、じゃあ私は赤鬼をあれの前にまでおびき寄せればいいんだね?」

 走りながら朝奈は不安そうにそう聞いた。

「ああ、頼むよ。もう動けるのはお前と本さんしか居ない。二人で何とか赤鬼をあれの前にまで引き付けてくれないかい?」

「……動けるかぎりはやってみる」

 上手くいくとはあまり思えなかったが、ただ逃げているよりは良いと朝奈は判断し、頷いた。

「すまない。じゃあ、頼んだよ。僕はあれの操縦桿を探す。お前は直ぐに本さんと合流してくれ」

「分かった」

 その会話を最後に、志郎はそのまま真っ直ぐトンネルの方へ、朝奈は先ほどの洞窟の方へ向きを変え足を速めた。

 いい加減逃げることも限界だ。恐らくこれが生き残る最後のチャンスになる。朝奈は意を決して走った。

「朝奈さん、こっち!」

 本がこの広間の入口の前から朝奈に手を振りながら叫んだ。どうやら一端上に逃げてやり過ごす気らしい。

 確かに良い案だが、朝奈はその意図を組むつもりはなかった。

 志郎から聞いた話では時間が経てば経つほど悪魔はこの中央エリアに集まってくるとのことだ。もう隠れている時間なんか全くないし、上に行けば悪魔の大群がいる。

 例え悪魔が赤鬼より弱くても、大軍となるとその脅威はたった一体の赤鬼とは比べ物にならないほど危険だ。

 朝奈はどうしても今ここで決着をつけたかった。

「本さん、もう上には行けないんだよ。あれで赤鬼を倒すから手伝って!」

 朝奈は掘削機を顎で指した。

「あ、あれぇ? ちゃんと使えるんでしょうね!?」

「今お父さんが操縦桿を探してる。私たちで赤鬼をあれの前まで引き付けよう」

「引き付けるって、あんな狭い所に?」

 本は朝奈の言葉を疑った。

 掘削機はトンネルとトロッコ制御盤の左横、それも左の壁際を向いて置いてある。赤鬼をあれで倒すには壁際の方へ向いているドリルと壁の間に赤鬼本体を引きつける必要があった。

 簡単に言えば、掘削機は長方形の空間の左上の隅に、左向きに置いてあるという状態だ。

 確かに自分たちを囮にしておびき寄せることは可能だろうが、一度あそこに入れば赤鬼と壁に囲まれ自分たち自身が逃げれなくなり、もろに掘削機のドリルの餌食になってしまう。

 本は朝奈が正気でないというように強張った表情を浮かべた。

「ドリルの横に僅かだけだけど隙間があるの。そこに隠れれば巻き添えを食うことはないよ。本さんが嫌だって言うのなら……私だけでやる。本さんはどこかに隠れててね!」

 朝奈は本の心情を察し、そう言った。

 それを聞いた本は自分のプライドが許さなかったのか、怒ったように声を荒げた。

「わ、私もやるわよ。二人に分かれたら私の方に赤鬼が来るかもしれないし、それに……もうどこにも隠れる場所なんてないから」

「ゴォオオオオオー!」

「来た! 本さん、じゃあ行こう!」

 朝奈は自分を追ってきた赤鬼の姿を確認し、立ち止まっていた足を再び動かし始めた。本も慌ててそれに続く。

 この作戦が失敗すればもう自分達に生き残る術は無い。

 これは最後の賭け。

 最後の希望。

 最後の命綱だ。

 朝奈は唇を噛み占め、目の前の掘削機を見据えた。








 空調管理室前の廊下。

 隠し出口へと通じる動力室の二階上の場所。

 截と翆はそこで不快な鳴き声を聞いた。

「……――ァアア……」

 すかさず翆が反応する。

「今……何か聞こえなかったか?」

「……聞こえた。多分、悪魔LV,3だ。くそっ、もうこんな所まで……」

 截は脂汗を流しながら答えた。

「……ギュウウォオオオオ……」

 段々と声の音量が大きくなってくる。

「もうそこまで来てるぞ、截バイクに乗れ!」

「え、こんなところで?」

 翆のリクエストに驚く截。

 まだ隠し出口までは二つの階段とそれなりの数の部屋がある。それら全てをバイクで通過するなんて並みの腕では不可能だ。

 だが翆はそんな事などどうでもいいと言うように、勝手にバイクの前部席に跨った。

 その瞬間、一匹の悪魔LV,3が二人の背後の扉を開け放ち廊下に飛び出した。その姿を見た截は思わず驚く。

「LV,3!? 速すぎる。まだ事件発生から一日だぞ!」

「ディエス・イレがイグマ細胞の改造でもしたんだろ。とにかく今は逃げるぞ!」

 感覚が強い危険を体に送る。

 截はまだバイクに乗っていないにも拘らず、アクセルを握るとバイクを走らせた。そのままバイクの横にぶら下がって運転を続ける。

「ギュウウァアアアアッ!」

 悪魔LV,3は二人を見つけると嬉しそうに高く、それでいて低い声で雄叫びをあげ、猛スピードでバイクを追いだした。

「翆。飛び乗るぞっ!」

 截は叫びながらバイクの側面を蹴り、鮮やかにバイクの後部座席に腰を乗せた。

 その直後に目の前に急な傾斜が現れる。階段だ。

「うっ――……ぁあああああああ!?」

 截と翆はハモりながら同時に大声で叫んだ。







「ゴォオオゥウウァアアアアー!」

 赤鬼はかなりイラだった声で大きく鳴いた。

「あと……十メートル……間に合って……!」

 背中を襲う異常なプレッシャーと圧力に恐怖感を抱きながら、朝奈は直線上の掘削機を目指した。

 息は荒く、目は充血し、額からは夥しい量の汗が流れ落ち、全身から血が染み出している。

 仲間の死。

 自分の命の取り合い。

 父の安否。

 この短い間に一体どれだけの恐怖を感じただろうか。

 どれだけの悲しみを背負っただろうか。

 普通なら気が狂うかもしれない。

 絶望するかもしれない。

 普通の女子高生が決して体験しないような異常な苦しみを味わってきた。

 何度も死にかけ体中が傷だらけになった。

 目が赤く腫れもう涙が出ないくらいに泣いた。

 だがそれでも朝奈は諦めなかった。

 父に会いたかったから。

 一緒に帰りたかったから。

 また家族みんなで笑い合いたかったから。

 その思いが朝奈を強くした。

 ここまで生き残らせた。

 頭の良さでもない、運動神経の良さでもない。

 その意思の強さこそが朝奈の最大の生存力だった。

「……はぁっ……はぁっ!」

 前を見据えたまま朝奈は唇を強く結び、歯を噛み締めた。

 絶対にこの機会を逃すわけにはいかない。

 絶対に失敗するわけにはいかない。

 赤鬼を倒す為に。

 生きて帰る為に。

 朝奈は走った。

 あと……八メートル、七、六……四……

 徐々にその距離が近付いていく。

 …………三メートル、二メートル……一メートル……

 とうとう掘削機の間を通過する。

 朝奈は志郎のことを信じ、最後の一歩を踏み出した。

 掘削機と入り口から見て正面の壁の隙間、そこに二人は自分たちの身を滑り込ませる。それと同時に赤鬼も掘削機の正面に飛び出す。

 あとは志郎が操縦桿の始動スイッチを押すだけだ。スイッチさえ押せれば勝てる。この悪夢を終わらせることが出来る。

「神様……!」

 二人は抱き合うようにその隙間で体を寄せ合った。

「ゴォオオオオオッ!」

 だが、無常にも赤鬼は傷一つ無い状態で二人の目と鼻の先に立ち、その大きな、大きな右足を振り上げていた。

「そんな、――お父さん!?」

 朝奈は絶望し、隙間から父の姿を探す。

 しかし志郎の姿は影も形も無い。上から降りてきた悪魔に殺されたのだろうか。それとも二人を囮にして逃げたのだろうか。

 朝奈の頭には無数の考えが一瞬で浮かんでは消えていった。

 そしてその答えを知る間もなく、赤鬼が最後の命を刈り取る攻撃を繰り出しに入る。

 真っ赤な斧。

 真っ赤なハンマー。

 真っ赤な鉄槌。

 その巨大な足はまさにそういった言葉のままに、二人の頭を砕き、かち割り、その命を奪い去ろうする。

 非情に。

 あっさりと。

 機械的に。

 それは一瞬で振り下ろされた。








 ヴイィイィイイイイィィイイ……

 金属音が鳴り響いた。

 円形の大きなドリルがゆっくりと回転を始める。それがあまりに静かだったためか、誰一人その事実には気がついてはいない。

 それは次第に大きく、速く、力強く回転していく。

 ありとあらゆる土を掘り、岩盤を砕き、人が通るための道を生み出してきた大きな刃が、その機能を数年ぶりに開始した。

 赤鬼の足は朝奈と本の頭に命中する一歩手前、横から突然飛び出したドリルに弾き飛ばされた。

「ゴァアアッ!?」

 渾身の力を込めた足が簡単に退かされ驚く赤鬼。だがその事実について考えている時間は無かった。

 硬い大きな扇風機のような刃が、全身を押しつぶすように迫り来る。

 ドリルに食い込むかのように壁に押し付けられると、赤鬼に出来ることはもう無かった。

 そう、ただ死を待つだけだ。

 最大の武器であり、自身の象徴でもある大きな足が無残にも醜く歪められ、引きちぎられるように崩れていく。

 地面を支えていた筈の二本の腕はグチャグチャに折れ曲がり、もはやそれが腕だったのかすら分からない形になっている。

高 い再生能力もここまで連続して繰り出される攻撃には全く効果が無いようだ。

「ゴァアァァアァアアアアアッー!?」

 グロテクスな光景をかもし出しながら、赤鬼の体はどんどん、どんどんバラバラになっていった。

 オイルのような赤黒い血液が、飛沫を撒き散らしながらあちらこちらに飛び跳ねる。

 摩り下ろされたような肉片が中を舞う。

 高い音を奏でながら骨が粉々に砕ける。

「……ァァァアアアアァァ……」

 まるでミキサーの中に入れられた肉のように、赤鬼の体は分散した。

 朝奈が目を開けたときには、既に壁に埋まっている掘削機のドリル部と、無数の肉片が散乱している以外、動くものは一つも無かった。

 赤鬼は完全に死んだのだ。

 それを見た二人は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

 ――助かった! これで脱出できる……!

 安堵感と共に生きてこの紀行園から出れるという希望が湧いてくる。朝奈は尻餅を付いたまま本に微笑みかけた。同じような笑顔を本も返す。

 これまで張り詰めていた緊張や恐怖感から開放され、二人とも一気に力が抜けたのだ。

「朝奈」

 志郎が片手で大きなリモコンのような物を抱えたまま歩いてきた。どうやらそれがこの掘削機の操縦桿らしい。

 朝奈の無事を見てほっと溜息を漏らすと、志郎は間を置かずに二人を急かしだした。

「さあ、二人とも行くよ。休んでいる暇はない。まだ悪魔が沢山いるんだ。奴らがここに来る前に何とかしてトロッコを動かさないと」

 その言葉に忘れていた事実を思い出す二人。

「そ、そうよ! トロッコの鍵が無いんだった。これじゃ……逃げられないじゃない!」

 本がバッと立ち上がりながら声をあげる。

「ああ、雅子さんと三上君も余り長くは持ちそうに無い。僕たち三人で何とか鍵を見つけよう。この場所にあればいいんだけどね……」

 志郎は眉に皺を寄せながらそう言った。この状況で小さな鍵を見つけることは絶望的だ。誰しもが暗い気持ちになった。








 だが数分後、意外にも鍵はあっさりと見つかった。

 三上が持っていたのだ。どうやら園長室に有ったらしい。

「へへ、あの……園長室に居た男が……大西を逃がさないように隠してたんだろうな。ラッキーだったぜ……!」

 傷の痛みの所為か途切れ途切れに話す三上。大怪我なのにも関わらず、意識ははっきりしている。

「とにかく早く鍵を入れて。もうこんな所一秒も居たくないわ」

 本がトロッコに乗り込みながら言った。

 トロッコの中は既に雅子と三上が寄りかかるように座っているため、殆どスペースが無い。本はかなり動きずらそうにトロッコの先頭部に陣取った。

「お父さん、私が鍵を入れるから先に入ってて」

「ああ、任せるよ」

 朝奈は父の体の事を思い、トロッコには乗らずに制御版の前に立った。その間に志郎はトロッコの中央部に足を移動させる。

「え〜と……これがあれで……これが……」

 感覚の助けもあり、朝奈は鍵を入れると直ぐに制御版を完璧に操作した。ガクンッという音と共にトンネルの中へトッロコが動き出す。

「朝奈さん、早く!」

 トロッコの速度が思っていたよりもかなり速いので、本が慌てて叫んだ。朝奈は志郎の手を掴むと、跳び箱を跨ぐように鮮やかにトロッコの中に飛び乗った。

 ……ダダダダダダダ……

 突然何かが階段を駆け下りてくる音が聞こえた。音の様子からしてかなりの速度のようだ。

「何だ!?」

 志郎は用心しながら、既に遠ざかりだしている広間の入り口を見つめた。

 大きなバウンド音を響かせながら、一台のバイクが飛び出す。真っ黒なツインアイのバイクだ。

「截さん、翆さん!」

 その搭乗者を見た瞬間、嬉しそうに朝奈は声を上げた。

「朝奈!」

 朝奈の生存を知れて截は安心したように口元を緩めた。

「截、来たぞっ急げ!」

 そんな二人に構わず、翆は黒く長い髪を靡かせながら珍しく怯えたように叫んだ。

 朝奈たちは一体何故翆がそこまで切羽詰ったような表情をしているのかが理解出来なかった。トロッコは動いた。だから後はただここから出れば良いだけだ。何に怯える必要があると言うのだろうか。

「ギュゥゥウウォォオオオオオッウ!」

 その疑問はあっさり解消された。無数の悪魔の声が鳴り響いたからだ。

「速い! もう来たのか」

 志郎は広間の入り口から飛び出してくる悪魔の集団を見ながら毒付いた。

 トンネルを高速で走っているトロッコの真後ろに翆がバイクを付けると、截は志郎の顔を見た。

 非常時のため二人ともただ頷くように顎を下げ、無言で挨拶を交わす。

「截、代われ。私があいつ等を撒く!」

 翆は片手でバイクを操縦しながら、もう片手で腰の黒柄刀に手を当てた。

 それを見た截はあることを思い出しこう言った。

「いや、俺が悪魔の相手をする」

「は?」

 截の言葉に翆は疑問の目を向ける。


『あ、あと一つ。これからは悪魔LV.3に会う機会が増えると思うが、出くわしたら戦わないでとにかく隠れろ。あれは三本腕の幼体並みの強さがあるからな。まともに戦っても今のお前じゃ相打ち覚悟でもない限り勝てない』



「俺にやらせてくれ」

 ――今の自分なら悪魔LV,3とも戦えるはず。

 截は三年前、悪魔LV,3との戦闘から逃げたことを思い出し、そう静かに言った。

 截の気持ちを察してくれたのだろうか。翆は黙って運転に意識を戻した。

 すぐに截は二本のナイフを引き抜き、悪魔の大群に備えた。

 あの時はただ時間が過ぎるのを待つことしか出来なかった。

 ただ怯えて逃げるしかなかった。

 でも今は違う。

 自然と截の腕に力が篭る。

「来い!」

 高速で走り続けるバイクの後部座席で、截は強い眼差しを追って来る悪魔の集団に向けた。

 先頭の悪魔LV,3が圧し掛かるように飛び出す。截はそれを確認すると、悪魔の腕が自分に当たるよりも速く先にその腕を切り裂いた。

「ギュウウァッ!?」

 先頭の悪魔LV,3は截の極限まで集中された動きに反応しきれず、あっさりとその腕を吹き飛ばされ、驚きの鳴き声をあげた。

 高速で移動する中四肢の一本を失うことは致命的だ。その悪魔は見る見るうちに後ろに見えなくなっていく。

 だが今度はそれと同時に追いすがる集団の中から三体の悪魔LV,3が飛び出してきた。

「――っ、しまった!」

 截は自分を目がけて突撃してきた悪魔LV,3に気を取られた事で、バイクの左右を通過していく二匹の悪魔LV,3を止めることが出来ずに先へ、つまりバイク前方を走っているトロッコの方へ行かせてしまった。

「この!」

 志郎は汗を流し、横から強襲してくる悪魔LV,3を殴り飛ばそうとしたが、当然そんな攻撃が当たるわけはない。悪魔LV,3はあっさりと拳をかわすと、トロッコの中に飛び乗り志郎に覆いかぶさった。

「お父さん!」

「朝奈さん、後ろっ――来てるわよ!」

 朝奈の背後、トロッコの手すりに飛び乗った悪魔LV,3を見て本が叫んだ。

「ギュウウォァアアア!」

「きゃぁあっ!?」

 朝奈は背中から思いっきり悪魔に突き飛ばされ、座っている雅子の上に倒れこんだ。

「痛たっ……!」

 その衝撃に雅子は苦しそうに声を漏らした。

「博士、朝奈……――くそっ!」

 ――すぐにこの目の前のLV,3を殺して二人を助けないと……一瞬でやるしかない。

 截は二本のナイフを持ったまま、ボクシングの構えのようなポーズを取った。

 悪魔LV,3の腕力は当たり方によっては一撃で人間の頭蓋を粉砕する。これはまさに一瞬の勝負だ。

 截は左腕をコンパクトに動かし、ほぼノーモーションで鋭い隼のような突きを繰り出した。

 だが、それは簡単に避けられてしまった。恐るべき反射神経といえるだろう。悪魔LV,3は截が突きを出してからにも関わらず、完璧にそれを避けた。

 そのまま悪魔LV,3は己の豪腕を振ろうとする。超感覚がある截でもバイクに乗った固定された状況では、頭意外を狙った攻撃を避けることなど出来はしない。

 悪魔がそれを振りぬけば、死は確定だった。

「ギュウワッ!?」

 しかしその瞬間、悪魔の心臓を白柄ナイフが貫いた。

「左手は囮だ!」

 截は冷たい表情でそう叫ぶと、ナイフを引き抜いた。キツネ直伝の部分囮だ。

 おびただしい血を撒き散らしながらその悪魔は地面を転がり直ぐに消えた。

 直後に、截の目に志郎の大ピンチが映る。

「くぅぉおおおお!」

 志郎はトロッコの中で、悪魔に組み伏せられたまま必死に暴れている。しかし幾ら志郎が暴れようともその腕力の差は歴然だ。

 悪魔LV,3の顔がどんどん志郎の喉本に近付いていく。その前歯が、志郎の首の肉に僅かに刺さった。

「ぐうう――!?」

 志郎は痛みに顔を歪めた。

「志郎さん!」

 志郎のピンチを見た截は所持していた最後の小型ナイフを、その悪魔の側頭部に投げた。志郎に気を取られていた悪魔はその攻撃に気づくのが一歩遅れ、銃で撃ちぬかれたようにナイフに貫かれる。

 だが、強化された体の所為か、大きな形の所為か、その攻撃のダメージは皆無だった。

「ギュウウァアアァアアア!」

 何事も無かったように自分の顎に力を込め続ける。

 ――くそ、これ以上は……頚動脈に届く……!

 志郎は最後の力を振り絞り、刺さったままの截の投げた小型ナイフを掴んだ。

「……――っうぉおおおおおおおお!」

 そしてそれを刺さったまま、全力で自分の体の方へ引き寄せた。ズザザザザという様に大きく切り裂かれる悪魔の頭。

「ギュウウウッァアアッ!?」

 さすがに痛かったのだろうか。悪魔LV,3は思わず体を大きく仰け反らせた。

 志郎はその隙にナイフを引き抜き、悪魔の心臓に一気に突き出す。悪魔の目と志郎の目が一瞬交差する。

「ッギュウウォオオオァアアア!?」

 志郎のナイフはしっかりと、見事に悪魔の心臓を貫いた。

 志郎は悪魔の最後の雄叫びには一切構う事なくその体を蹴飛ばし、トロッコから突き落とす。

「朝奈!」

 そして、自分の後ろでピンチにあっているであろう愛娘の方を振り返った。











「うっ!?」

 倒れた状態のまま背中を悪魔LV,3に踏まれ、朝奈は思わず痛みから小さな悲鳴を漏らした。

 ギシギシとトッロコの床が軋む。

 自分の背中の骨がミリミリと僅かな音を奏でる。

 前を見ても、後ろを見ても、截も志郎もまだ悪魔と戦闘中だ。自分で何とかするしかない。

「ギュウウォオオオ」

 悪魔はそれが分かっているからなのだろうか。いやに間を置きながら、ゆっくりと朝奈のうなじにその黄色い歯を近づけていく。

「朝奈さん!」

 トロッコの先頭部に居た本は、歩き回れる人間の中で唯一悪魔に襲われていなかった。朝奈のピンチを知るやいなや志郎を飛び越え、朝奈の背中を踏んでいる悪魔LV,3 に、トロッコ内にあった鉄パイプで殴りかかった。

 これは丁度截が志郎を救うために小型ナイフを投げたとの同時期だ。本は截が志郎を助けようとしているのを見たことで朝奈の救出を優先した。

 鉄パイプが幾ら頭に叩きつけられようとも、悪魔LV,3は何もされていないかのように、尚も朝奈に顔を近づけていく。

「くそ、もう投げられるナイフが無い、翆、借りるぞ!」

「え、ちょっ!?」

 截はバイクを運転している翆の服に手を入れ、内臓されている小型ナイフを抜き取った。上腕部の裏と、太股、に内臓された二本の小型ナイフだ。

 截はそれを朝奈に襲い掛かっている悪魔に投げようとした。

「ギュウウァア!」

 しかしそれは出来なかった。真後ろから別の悪魔LV,3が飛び掛ってきたからだ。感覚のおかげで攻撃は避けれたものの、截はその悪魔の攻撃を避けることに精一杯で、とてもじゃないが朝奈を助けることなど出来なかった。

「うううっ――あ――……!」

 苦痛の声を漏らす朝奈。段々と悪魔の顔が寄ってきているのが自分でも分かる。

「朝奈!」

 パイプで今だ悪魔を殴り続けている本を押し退けると、志郎が朝奈の目の前に飛び出した。直ぐに手にしたナイフで悪魔LV,3の頭を狙う。

 だが、今度は先ほどのように上手くは行かなかった。

 これだけ多くの人間が集まってくると誰でも気が散る。志郎のナイフを片腕で防ぎながら、悪魔LV,3は煩そうに本の鉄パイプを掴んだ。

「え!?」

 驚く本。

「きゃあ!?」

「うおぁあ!?」

 そしてその状態のまま悪魔は腕を横に薙ぎ、本を志郎に圧し掛からせるように転ばせた。

「ぐうっ、朝奈ぁー!」

 倒れながらも志郎は声を張り上げる。

「光だ!」

 翆が三百メートルほど前方のトンネルの出口を見て呟いた。夜なので太陽の光ではなく月明かりなのだが、トンネル内が薄暗いためうやに明るく見える。

「ギュウウァァゥウアアア!」

 これ以上時間をかけるのは危険だと考えたのだろう。朝奈を踏みつけていた悪魔LV,3は腰を屈めると、一気にその歯を朝奈の首に押し当てた。

上 下の鋭い刃が朝奈の肉を抉り取ろうと、挟みこむように動く。

 絶体絶命だ。

「……――っ……!」

 朝奈は自分の死を覚悟した。

 バキッ!

 その時、奇妙な音と共に背中の異物感が消えた。

 わけが分からないまま目を開ける朝奈。すると自分の下にいたはずの雅子が、必死に悪魔の頭を両足で遠ざけている姿が目に入った。

「雅子さん!?」

 激しい動きをしている所為で、腹部からだらだらと血が流れ出ている。その雅子の姿に朝奈は驚いた。

「あなたは、健太が命を懸けて守ったのよ。こんな所で死なせたりはしない。健太が……私の大切な人の死を無駄にしないためにも……!」

 その顔は苦痛で一杯だったものの、はっきりとした口調で雅子はそう言った。

「こいつっ!」

 雅子のおかげで起き上がる時間が出来たらしい。志郎と本は立ち上がると悪魔LV,3の両腕を封じた。

「今だ朝奈、僕たちが十秒感染する前に早く止めを!」

 志郎が叫ぶ。

「朝奈さん!」

 本が強い眼差しで朝奈を見る。

「健太の……ためにも生きて……!」

 雅子が両腕で朝奈の腰を押した。

 朝奈は雅子に押される勢いのまま立ち上がった。懐から西洋風ナイフを取り出し、一直線に悪魔LV,3に向かって構える。



『……お父さんは死んだと思ってた。何で、何でこれまで連絡してくれなかったの?』


『わ、私感染したのね……嫌よ! 嫌! 死ぬことは怖くなかったけど、化け物になんてなりたくない……! 朝奈ちゃん助けて……』


『雅子に……伝えてくれ……こんなこと、人前で言うのは抵抗あるけど……愛してるって……』




「いい加減に、私たちの前から消えて!」

 朝奈は目を見開き勢い良くナイフを突き出した。

 その銀色の刃はしっかりと、確実に、まるで朝奈の魂が篭っているかのように、悪魔の心臓を貫いた。

「ギュウウォウァアア!?」

 苦しみの声を上げる悪魔LV,3。

「みんなっ――捕まれ! トンネルから出るぞ!」

 翆が大声をあげる。

 しかしその直後に截が辛そうに叫んだ。

「――っ駄目だ間に合わない!」

 刹那、追ってきていた無数の悪魔が、一気にバイクとトロッコに覆いかぶさった。








前半、あれだけ死ぬような雰囲気をかもし出していたのに・・・普通に志郎生存しましたね(笑)

さあ、残す所あと二話(後編とエピローグ)のみです。

是非最後までお付き合い下さい!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ