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<第十四章>超感覚者とは

<第十四章>” 超感覚者とは ”



 翆がナイフでは無く折りたたみ式の黒柄刀を使用しているのには、三つの理由がある。

 一つは間合いの優勢、一つは非力を補う為。そして最後の一つはその高い技術を生かす為だ。

 孤児だった翆は両親の死後直ぐに黒服の人間に拾われ、そこでその一員として育てられてきた。

 当時まだ七歳だった翆にとって、黒服での訓練や知識の勉強は苦痛以外の何物でもなかっただろう。だが、根を吐かずに翆は必死に修行した。ひとたび泣き言を言えば「使えない人間」として処分されてしまうから。

 黒服は実力至上主義の集団だ。どんなに性格が狂っていても、幼くても、常識を持ち合わせていなくても、与えられた仕事を完全にこなし、生き残れる力があればその存在を認められる。

 これは逆に言えば一定の知能や判断力、適応能力、実力が無ければ、黒服には居られないことを示していた。

 翆は生き残る為に他者を蹴落とし、欺き、落としいれ、腕を磨き、知識を吸収しあらゆることを行った。

 その過程で身につけた最大の武器が剣術だ。ナイフでも短刀でも投撃術でもない、純粋な刀を振る技術。筋力的にどうしても他の男性メンバーに劣る翆にとって、サバイバルともいえる黒服の中で普通にナイフを使っているだけでは生き残ることなど出来ない。

 だが、剣術を身に着けることでそれは変わった。

 男性には無いしなやかな鋭く素早い動き、力任せに叩きつけるのではなく、相手の攻撃を流すように切り刻む。

 この技術のおかげで、翆は黒服の中でも上位の後衛としてその地位を確立させた。

 しかもそれはキツネの部下となった今、キツネ自身の技術と截の戦い方の影響により、黒服きっての白兵戦のプロと呼べるまでのものとなっていた。

 一般的なイミュニティーやディエス・イレの人間は勿論、黒服のメンバーですら翆の攻撃を避けたり防ぐのは難を要する。それは超感覚を持つ截にすら言えるほどだ。

「食らえっ!」

 翆はその技術を余ることなく活かし、音速のような素早い一太刀を振り下ろした。

 避けられる訳が無い。

 防げる訳が無い。

截 やキツネでも、ましてや黒服ですらないイミュニティーの人間が。

 翆はそう確信していた。

 カキーン! 

 だが、石井はいとも簡単にその翆の一振りを防いだ。

「なっ!?」

 一発で勝負がつくと高をくくっていた翆は、その石井の反応に驚く。

「中々やるな」

 石井は余裕のある顔を浮かべるとまではいかなかったが、かなりリラックスした表情で翆を見た。

「――っち!」

 翆は続けて斬撃の雨を浴びせる。その様子はまるでマシンガンを連射しているかのようだ。だが石井はその攻撃すらも完全に防ぎきった。

「さすが黒服のメンバーだ、大した腕前だな。普通の連中なら歯が立たないだろう。だが、残念だったな、私はイミュニティー総合監察官――下っ端とは違う」

 言い終わると同時に今度は石井が翆を攻めだした。

 突く、刺す、そういった動きに特化させた、フェンシングのような戦い方だ。一瞬でも翆が隙を見せれば、すぐにでもナイフに内蔵させた冷却ガスを発射させる気なのだろう。

 石井の攻撃の全てが急所を狙っていた。

「翆!」

 見かねた截が駆け寄ろうとする。

「――截、赤鬼とのダメージが抜け気ってないお前が来ても、邪魔なだけだ。下がってろ!」

 だが翆はそれを一蹴した。

「素直に手伝ってもらえばよかったものを!」

 石井は口元に笑みを浮かべると、激しい突きを繰り出し続けた。翆はそれを何とか防ぐ。いつの間にかほぼ防戦一方になってしまっている。先ほどから翆は一切攻撃を出せてはいなかった。

「あっ!?」

 石井の攻撃に気を取られていた翆は足元の窪みに気づくことが出来ず、後ろに下がった瞬間に大きく体制を崩してしまった。最悪のミスだ。

「残念だったな、あの世で後悔しろ!」

 石井はナイフのトリガーに指を掛けた。高圧冷却ガスを射出させる気なのだ。



『ここがお前の新しい家だ。――いや、牢獄といった方が正しいかな』


『クスクス、君が各務翆か、よろしく。僕はキツネだ』


『俺にとって、お前は娘見たいなものだよ』



 翆の頭の中に、これまでの人生の映像が一気にフラッシュバックした。死ぬ前頭の中に走馬灯が駆け巡るように。

「翆っ!」

 その瞬間、状況を先読みしていた截が白柄ナイフを石井目がけ投げつけた。

 それは石井がナイフのトリガーを引くよりも早くその手に命中し、ナイフを叩き落とした。

「何!?」

 截が手を出さないと思い込んでいた石井は、完全に不意を疲れてしまったらしい。その攻撃によって思わず無防備になってしまった。

「うあぁぁぁああー!」

 翆がその隙を逃すわけがない。よろめかせた体を起こす勢いに乗り、翆は渾身の力で黒柄刀を切り上げた。









 薄暗い廊下。

 朝奈と本はゆっくりとそこを歩いていた。

 地面に引きずられたように残っている血の後を追いながら。

「三上の奴、こんだけ出血してんだから絶対に生きてないわよ。朝奈さん、今ならまだ悪魔も居ないし、戻りましょう」

 二人の足音以外一切の音のない廊下に不気味さを感じながら、本は朝奈に呼びかけた。

「しっ、ちょっと待って」

 そんな本のことを無視し、朝奈は感覚に集中する。

 すると直ぐにノイズ交じりの映像が頭の中に浮かんできた。



 この廊下を歩いている二つの影が見える。

 一体は赤鬼の腕と足の大きさを反対にしたような奇妙な外見をしていおり、もう一方は血だらけで確証は持てないが三上のようだ。ピクピクと痙攣しているものの、まだ息はあるらしい。引きずられている途中に絶えず嗚咽のような声を漏らしていた。



「まだ三上さんは生きてる。今ならきっと助けられるよ」

 朝奈は確信したように一人頷くと、先へ歩き出した。

「本気で先へ進むの?」

 本は呆れたような顔をしつつもしっかりと朝奈の後を着いていく。

 しばらく進むと、二人の前に一つの扉が現れた。



__________________


DIES・IRAディエス・イレ


怒りの日、その日はダビデとシビラの予言の通り世界が灰燼かいじんに帰す日。

審判者が現れ全てが厳しく裁かれる時、その恐ろしさは計り知れない恐怖をもたらすだろう。



__________________


「何かしらこれ?」

 本はそこに書かれていた言葉の意味が分からず、首をかしげた。

「っ――……六角と白居……白居って誰?」

 扉を見た瞬間、頭に入り込んできた長いキツめの癖毛の男の言葉。朝奈は東郷大儀の強い憎しみを感じ、思わず座り込んだ。

 それを見た本が不安気に尋ねる。

「どうしたの?」

「な、何でも無い」

 朝奈はイメージを振り払うと何とか立ち上がった。

 今はこんなことに気を取られている場合ではない。三上の命が掛かっているのだから。

 六角と白居という二つの人間のことはかなり気になったものの、それを頭から振り払うと、小さな手を伸ばし扉を開けた。

 すると直ぐに大きな荒廃した部屋が目に飛び込んでくる。

 赤鬼が地上へ脱出したためか、天井にはかなり大きな穴が開いていた。

「ここには居ないみたいだね。先へ行こう」

 朝奈は一通りその部屋の中を確認すると、先へ歩き出そうとした。

 だが、次の部屋の扉を見た瞬間、固まってしまった。


__________________


超感覚者研究室

__________________


「超感覚……ディエス・イレでも研究を?」

 朝奈は部屋の中に悪魔がいる可能性も考えず、扉を押し飛ばすように開け放つと、一気にそこへ飛び込んだ。

 すると機械工学実験室のようなその部屋の中に二人の人間が立っているのが目に入った。

「朝奈!」

 その内の一人が驚いたように大声を上げる。

「――お父さん!」

 朝奈は目に涙を浮かべて声の主、高橋志郎を見つめた。








 大西を追っていた志郎はその後あっさりと撒かれ、一端自分を狙っている赤鬼から逃れるためにこの部屋へと戻ってきていた。三上が赤鬼に襲われたのはその時だ。

「そうか、悟くんに頼んで……しかし、あの冷静な悟くんがお前の我が侭に耳を貸すとは思わなかったよ」

 朝奈との感動の対面の後、志郎は何故朝奈が截と逃げずにこの中央エリアへと侵入してきた理由を聞いた。

 聞く前までは截が大怪我でも負って逃げられなくなったのかと思っていたが、いざ聞くと截自らが依頼内容を無視して自分を助けようとしていると分かり驚いた。

「お父さん、一緒に逃げよう。お父さんが何かを恨んでいたことは知ってた。例えお父さんがまだ復讐をしたくても、ディエス・イレに心酔していても私は構わない。お父さんの命さえ無事ならいい」

「朝奈……」

 志郎は愛娘を複雑そうな顔で見つめる。

「今……止めることは出来ない。僕は大分真実に近いところまできているんだ。何故お前の母さんが僕を選んだのか、イミュニティーが何をしようとしているのか、何故黒服が作られたのか」

「そんなことどうでも良いじゃん。例えお父さんが復讐してもおばさんは喜ばないんだよ?」

「分かってるよ、これは只の僕のエゴだ。でも、だからこそここで止めるわけにはいかない。僕は知ってしまった。六角行成の計画を。このままだとこの国に自由は無くなる。全ての人間が奴隷と化す世界がやってくる。『あの時』は気づけなかったけど、『彼』が僕に言ったのはこういうことだったんだ。僕は責任を果たさなくてはならない。『彼』のためにも」

「彼?」

 ――東郷大儀のこと? いや、あの言い方は年下のことを言ってるみたいだった。――……誰?

 朝奈は志郎が突然わけの分からないことを口張り出したため、訝しんだ。

「高橋博士、メモリーの挿入終わりましたけど」

 二人の横で本と共にパソコンに何やら打ち込んでいた雅子が、話しかけずらそうに志郎に声をかけた。

「あ、ああ。ありがとう雅子さん。ご苦労さま」

「雅子さん……?」

 志郎の答えに朝奈ははっとした。

「私がどうかしたの?」

 不思議そうに朝奈を見る雅子。


『雅子に、伝えてくれ……こんなこと、人前で言うのは抵抗あるけど……愛してるって……』


 健太の最後の言葉が思い出される。

 朝奈は今これを言うべきか迷ったが、いつ誰が死んでもおかしく無い場所なのだ。覚悟を決め話し出した。

「あなた、健太さんの恋人の雅子さんだよね?」

「え、そうだけど……健太を知ってるの!?」

 健太という名前が出た途端、食いつくように朝奈に視線を合わせる雅子。朝奈はその様子にかなり胸を痛めながらきりだした。

「健太さんとは逃げてる途中で一緒に行動してたんです。優しくて強い人でした」

「でした……? どういうこと、あいつは今どこにいるの? 無事なの?」

 朝奈の過去形の言葉に不安感を募らせた雅子は、連続して質問を浴びせてくる。

 朝奈はその雅子の様子を見ると、健太の死を答えることが出来なかった。

「あの人は死んだわ」

 代わりに本がきっぱりと大きな声で言い放った。

「そ、そんな!?」

 信じられないといった表情で顔を歪ませる雅子。

 きっと健太と再会できることを心の頼りにして今まで生きてきたのだろう。その健太が死んだとあっては穏やかな心情でいられるはずが無い。

 いきなり大声で鳴き始めた。

「うわぁあああぁぁぁああ――……!」

「……今は放っておいて上げましょう」

 朝奈が健太の最後の言葉を伝えようとしていると、本が肩に手を置きその行動を止める。朝奈は黙って頷いた。

「……雅子さんは僕がこの地下施設を歩き回っている間、監視カメラからの誘導やら何やらでいろいろと助けをしてくれた。少し休ませてあげよう」

 志郎は本の言葉に同調すると、パソコンの画面に向き直った。

「朝奈、これを見てくれ。本当なら悟くんに渡そうと思っていたけど、お前も超感覚者だからね。渡す前に知っておいた方がいい」

「何これ?」

「ディエス・イレが調べ上げたBASNバシン計画の全様さ。この部屋で再現実験が行われていた」

 志郎は真剣な表情でそう言った。



__________________


=BASN計画の詳細レポート(研究結果)=

山崎虎輔


タヌキこと鳥島宗助からの情報や他のスパイらの活躍により、超感覚者の全様がほぼ完全に明らかになった。

まずは我々技術者にとって一番重要な超感覚者の作り方をここに記述する。


超感覚とは一般的には空気を読む力だと言われている。

人間は他人に対し雰囲気などで性格の良し悪しを判断出来ることがある。また事故が多発している洞窟などに行くと、そこが事後多発場所だと知らなくても嫌な気分になったりすることもある。

これは別に勘や超能力などではなく、無意識のうちに相手の体の動きや表情などの動作、事故によって出来た道路の傷や凹みなどの細かい変化から判断しているだけだ。

超感覚とは言わばその延長で、人が気づき難い微小な周囲の変化や動きを敏感に気づく事の出来る力のことを言う。

簡単な言い方をすれば感受性が尋常でないくらい高い人間ということだ。

では、彼らが感じ取っている物とは一体何なのか。

今度はそれについてまとめてみる。

音が振動として物質を伝わっていくように、周囲の微小変化も何らかの影響を伝導する。超感覚者はその伝導をはっきりと感じ取っているのだ。

ある者は危険を。ある者は相手の感情を。ある者は過去に起きた微小変化の軌跡を。

超感覚者の能力は一定の機能に定まらず、実に多種多様なものとなった。それには実は超感覚者の製作方法が大いに関係していた。

超感覚者を作る為には細かい条件がある。

その中でももっとも重要な条件は実験対象が母体の体内にいる胎児であると言う点だ。

胎児は言わば五感による感覚を殆どシャットアウトされた存在であり、多くの感覚器官も未発達だ。つまり胎児の状態で超感覚者へと調整すれば、かなり高い確率で実験は成功する。

我々が得た情報によると、イミュニティーは自分たちの研究員の多くの女性に子供を孕ませ、超感覚者製作の実験を試みていた。しかし、何故かそのどれもが失敗に終わっている。この第一世代超感覚者の成功者は指の数ほども居ない。

それは何故なのか。答えは簡単だ。

遺伝子である。

例え超感覚者化の手術が成功しても、遺伝的にその素養が無ければ全て失敗となってしまう。超感覚者を作るには潜在的に、遺伝的にその超感覚と相性のいい人間を使わなければ決して成功することは無い。

そこでイミュニティーはかなり大胆な行動を取った。自らの組織と何の関係も無い一般男性を利用したのだ。

学校や会社などで行われる定期健康診断、病院の検査、それらに混ぜて超感覚者の親としての適正判断を気づかれないように強引に行った。

そして適した男性が見つかると研究員や組織が強引に実験材料として利用した女性を送り込み、愛のない人工的な仕組まれた恋を育ませる。超感覚者を生み出す為に。

今存在する殆どの第二次世代超感覚者はこの成果ともいえるだろう。イミュニティーの無謀ともいえるこの行動は意外にも大成功を収めた。

我々もそれを真似し、相性のいい男女の身体で独自に超感覚者を製作しようと試みてみた。しかしがどういうわけか上手くはいかなかった。

相性の問題ではない。どうやら手術事態に問題があるらしい。

超感覚者の手術とは簡単に説明すると「同調変化」を引き起こすことと言える。

超感覚に似ている感覚を持った蜘蛛や動物、偶然生まれた自然の超感覚者――所謂いわゆる第ゼロ世代超感覚者などの体内電波、電流、調子を胎児の細胞に同調させるのだ。その過程は様々で媒体の細胞を一時的に胎児に埋め込んだり、特殊な機器で細胞同士をシンクロさせるなどといった、実に多くの手段がある。

我々はその段階でイミュニティーに劣っているらしい。

一体何が足りないのかは現在も分かってはいない。噂では例の「あの細胞」が関係しているという話もあるが、定かではない。

イミュニティーが何のために多大な時間とお金をかけ超感覚者を製作しているのかは分からないが、ろくな考えが元による行動でないことは確かだろう。

それを食い止めるため、突き止めるためにも我々が超感覚者を独自に製作することは必然事項だ。

東郷大儀代表の為にも、我々は一刻も早くこの秘密を突き止める必要がある。



__________________



「……お父さんは、知ってたの? お母さんがイミュニティーの人間だって」

 読み終わるとすぐに、朝奈は志郎にそう聞いた。

 ショックや驚きもあったが、一度截と共に東職員用エリアでこれよりも古い報告書を見ていたため、何とか平常を保てたのだ。

「僕が和江かずえの正体を知ったのは十五年前だ。こっちの世界で「白夜事件」と言われているあの時にね」

「それって……アヤメ叔母さんが亡くなったあの山火事のことだよね?」

「ああ、そうだよ。アヤメは……あの時に死んだ。でもそれは事故でも火事の所為でもない。イミュニティーに殺されたんだ。イミュニティーの研究員が漏らしたイグマ細胞があの山中に拡散し、宿に止まっていた客を悪魔にした。――酷い最後だったよ。今でも毎日夢に出る」

「お父さん……」

「あそこで僕は全てを知った。イミュニティーの存在、黒服の存在、イグマ細胞の存在……。そして、和江が何故僕に近付いたのかも」

 志郎はパソコンからメモリーを抜いた。

「和江はどうだったか知らないが、僕は本当に心から和江を愛していたんだ。最高の妻として、最愛の存在として何よりも大切に思ってた。でもそれがまさか演技だったなんてね」

「私はお母さんはお父さんのことを本当に好きだったと思うよ。二人で居る時何時もお父さんとの昔話を嬉しそうに話してくれたもん」

「和江と僕の間に愛があっても、一度完全に信頼を失えばそれを修復することなんて出来ないんだよ。僕は今でもあいつを愛している。でも、だからこそ長年騙されていた、裏切られていた悲しみも深いんだ。一緒にいれば居るほどそれは伴う。それに……僕がイミュニティーと戦う決意をしている以上、和江と結婚したままだと彼女の立場は危うくなるからね。ある意味、これがもっともお互いにとって一番幸せな結果なんだよ」

「そんなの……おかしいよ」

 朝奈は悲しそうな表情で父、志郎を見つめた。

「朝奈が悲しむことはない。これは僕たちの問題だ。……この話はもう止めにしよう。他に聞きたいことは無いかい? 自分は人間なのかとか?」

「えっ、私って人間じゃないの?」

 朝奈はあっさりと聞いた。

「ははは、随分軽く聞くね。安心しなよ、お前は正真正銘人間だ。このレポートを読んだだろ。超感覚者は同調作用によって作られる。例えその手術中に一時的に他の細胞を埋め込まれようとも、それはあくまで情報伝達の媒介に過ぎない。身体的には殆ど普通の人間でしかないよ」

「そうなんだ……なんか截さんとかが凄いから、超感覚者ってみんな人間じゃないのかと思っちゃった」

「悟くんは朝奈とは過程が違うけど……身体的には彼も普通の人間の筈だよ」

「過程が違うって?」

「ああ、彼は……」

「ちょっと、博士! これ脱出用の出口じゃ無い!?」

 志郎の言葉を遮り、監視カメラの映像を見ていた本が叫んだ。志郎が映像をハックし、別のパソコンで見れるようにしていたのだ。

 志郎、朝奈、雅子がパソコンを覗くと、大西が動力室の給水用タンクの後ろの壁に何やら細工をしている姿が見えた。隠し扉を開けるコードでも打っているのかもしれない。

「まずい、もうあそこまで……急がないと逃げられなくなる」

「どういうこと?」

 本が志郎の言葉に聞き返した。

「あの大西のことだ。自分の後を追えない様にきっと何か仕掛けをするはずだ。隠し通路に爆弾を設置するとか」

「確かにやりそうだね」

 朝奈は頭を抱えながら頷いた。

「急ごう、早くしないと本当に後がなくなる。朝奈、このメモリーを持っててくれ」

 志郎は超感覚者レポートが入ったメモリーを朝奈に渡した。それを受け取りながら朝奈が聞き返す。

「截さんたちに知らせに行かなくていいの?」

「悟くんたちなら心配ない。彼なら自力で何とかするさ。さあ、行くよ!」

 志郎は駆け出した。それに本と雅子も続く。

 朝奈は截に伝えたいという気持ちがあったためか、僅かに躊躇ったが、自分が大西の策を無効化すればいいと考え、直ぐに志郎の後を追い始めた。










 黒い刃。

 いや、黒い羽と言った方がその様子を正しく示しているだろうか。

 翆の腕から真っ直ぐに伸びた黒柄刀は石井の右腕を垂直に切り落とした。

「っぐがぁあああああっ!?」

 冷却式高圧ガスナイフを握り締めたまま飛んでいく己の腕を片目に、石井はその傷のあまりの痛みに倒れこんでしまった。

 血液が小さな池溜まりを作り出し、その湧き出る本の傷口はどくどくと脈打ちながら、尚も赤い液体を吐き出している。どう見ても翆の勝ちは確実だ。

「能面、残念だったな。お前のくだらない人生もここで終わりだ」

 翆は勝ち誇った顔を作ると、黒柄刀を一気に石井の脳天目掛けて振り下ろした。

 カキーンッ!

 だがその刃が石井の眉間を貫く直前、白い柄を持った刃が飛び出し、それを受け止めた。

「何すんだ!」

 翆は白柄ナイフで黒柄刀を受け止めている截を睨み付けた。

「この人はもう行動不可能だ。止めを刺すことは無いだろ。俺たちは殺人鬼じゃない。これ以上の攻撃は必要ないよ」

「馬鹿かお前、こいつの性格を知ってんだろ? ここで殺しとかないと何をするか分からないぞ!」

「イミュニティーと黒服の間では任務外の個人的な攻撃はご法度だ。何も出来やしないさ。もししたら自分で自分の首を絞めるだけだ。総合監察官ともなればそんなことは熟知しているはず」

 截は真っ直ぐに翆を見つめ話し続けた。

「それに、この仕事の後この人と出会う確率も殆ど無いだろ。黒服の戦闘員は五十人以上もいるし、この人はイミュニティーの高官だ。間違いなくもう会う事はないさ」

 翆は黙って地面の上に転がっている石井を睨みつけた。

「翆」

 截はそんな翆の瞳を見て妹をしかる兄のように名前を読んだ。

「……っち、分かったよ。どうせ片腕のこいつなんか相手にはならないしな。ES細胞である程度の修復は出来るけど、それなりにリハビリに時間もかかるし、仕様がない。イミュニティーの他の連中から仕事が来なくなってもこまる。今回は截に免じて見逃してやるよ」

 誰もそこまで聞いていないのに、翆は長々と止めを刺すことを止めた理由を一人で話した。

「よし、じゃあもう行こう。朝奈たちがあれから戻ってこないのも気になる。俺の『カラカル』はどうした?」

「……西の中央エリア入り口に置いて来た。って、お前あれ持っていくのかよ」

「当たり前だろ? 給料叩いて買ったんだ。こんな場所に捨てていけるか」

「ぷっ、確かにあれだけじっくり改造してたバイクをそう簡単には捨てられないよな」

 翆は截が熱心にバイクを整備している姿を思い出して笑った。

「お前もそうやって笑ってれば可愛いのにな」

「う、煩い! 早くバイクを取って来い」

 截の言葉に翆は顔を赤くして怒鳴った。

 二人が完全に消えたのを確認すると、木の影から一人の男が石井に近付いてきた。

 オカッパの男、伊藤だ。

 尚も苦しみ続けている石井の姿を見ると、伊藤は苦笑いしながら呼びかけた。

「……石井さん、だいぶやられましたね。今手当てします」

 伊藤は足を赤鬼に抉られて居たため、片足でケンケンするように石井の横に移動する。

「ああぁ――ぐうぅう……伊藤かっ……」

 苦しみながら伊藤を見る石井。

 伊藤は日頃の恨みもあったが、目の前で傷ついている人間に辛く当たる事は出来ない。素早く丁寧に石井の傷口を糸で縫いとめた。

「あ、ちょっまだ動かないで下さいっ!?」

 縫っている途中に立ち上がろうとする石井の行動に驚く伊藤。

「煩い、お前は黙って作業を続けていろ」

 手当てをしてくれている相手である伊藤を一蹴すると、石井は携帯電話を取り出した。

「はぁ、はぁ……私だ。赤鬼を捕らえた。直ぐに紀行園の中にヘリを入れろ。……はぁ、ああそうだ。中央エリアだ」

 紀行園の外で待機しているであろう仲間に連絡を入れると、石井は気力が尽きたように倒れこんだ。

「い、石井さん!」

 心配そうに見る伊藤。

「くそっ……あの黒服め! 覚えていろ。この腕の仕返しは必ずしてやる。だが……今回はもう無理だ。こんな体だからな……はぁ、はぁ……」

「赤鬼が手に入ったんです。十分な結果ですよ」

 慰めるように伊藤が声をかけた。

 ブルルルルルルッ――

 しばらくそのまま寝ているとヘリの音が聞こえてきた。赤鬼を運ぶためか、かなり大型のヘリだ。

 ヘリが止まると中からは小太りの達磨のような男が出てきた。どうやら搭乗者はこの男一人だけらしい。

「……一人か……?」

 石井はやや不審気に聞いた。

「ええ、申しわけありません。殆どの人員が水憐島に赴いていますので……」

「ふん、まあいい。さっさと赤鬼を運べ」

「はっ」

 達磨のような男は素直に従った。

「必ず、必ずし返してやる……覚えていろ。キツネの人形どもめっ!」

 達磨男と伊藤がワイヤーと板を使い、赤鬼をヘリの中へと運んでいく光景を見ながら、石井はそればかり考えていた。

 強い憎しみと、怒りと、悔しさを抱きながら。









「行くわよ」

 本が背後の人間たちを見て覚悟を決めたように言った。

 志郎、朝奈、雅子がそれに頷く。

 それを確認すると、本はゆっくりと隠し扉、動力室の給水パイプの後ろの扉を開けた。周囲の壁と同じような色合いに加工されているためぱっと見て分かることは無いが、近付けばはっきりと扉があると理解出来た。

 朝奈は何故大西がこの扉のロックを解除したままにしていたのか若干不安感を持っていたものの、意を決して中へ踏み込んだ。











もうかなり終盤なので、次回更新時の後書きで番外編の予告を入れたいと思います。

最初は尋獄シリーズを一端止めようかと思っていましたが、そうすると考えていた展開やストーリーを忘れてしまうという重要かつ当たり前のことに今更ながら気づいた為、続けて番外編を書くことに致しました。

友が主要登場人物として出る水憐島事件と、安形が登場人物として出るスラム暴動事件の2本のストーリーを予定しております。

この尋獄2を読み終わった方は良ければそちらの方もごらんになって見て下さい。

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