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<第一章>地獄を尋ねる

尋獄1とは違い未修正の部分が多いため、文章がかなりとんでもないことになっています。あらかじめご了承下さい。

 尋獄2(SURGE GARDEN)


<プロローグ>



手術室のような小さな部屋に数人の人間が居る。

「やっと完成した」

「これで、これで私たちは救われる!」

 白衣を着た男と女が感激した様子で言った。

「まだ安心は出来ない。様子を見て、それで問題がなければ初めて『完成』だよ。それまでは拘束を解いては駄目だ」

 白髪に短い白ひげを生やしたやつれた男が注意する。

「分かっていますよ博士。私だって研究者ですから」

 白衣にマスク、白帽子を着ているため外見はさっぱり分からないが、口調から察すれば女性らしき人間がそう言った。

 その途端、彼らが喜びの目で見ていた物体の目が見開かれた。

 円柱を横に倒したような培養用のカプセルに入っていた『それ』は、カプセルのガラスを突き破ると女性らしき人間の頭をいきなり鷲掴みにした。

「ひ、ひぃいいいい!?」

 女性は考えもしなかった事態に素っ頓狂な声を上げ必死にもがく。

 だが、『それ』は容赦なく女性の頭を握りつぶした。

「な、何だ!?」

 白髪の研究者は目の前のあまりにグロテスクな光景に固まってしまった。

 『それ』はゆっくりと起き上がり、周囲をもの珍しげに見回す。

 そしてこちらを恐怖の目で見る白い集団を視界に入れると、おもちゃを見つけた幼児のように嬉しそうに飛び掛った。







 尋獄2 (SURGE GARDEN)







<第一章>” 地獄を尋ねる ”





 静岡県のとある町に、『紀行園』と呼ばれるサファリパークがある。

 ここは国内最大級のサファリパークで、総面積約二十七平方キロメートルという、日本ではかなり巨大な敷地を持っていた。

 かつては多くの観光客で栄え圧倒的な人気を誇っていたのだが、近年名を馳せた人工島である『水憐島』や屋内都市『常世国』などの最新設備を持ったスポットの出現によって、今となってはあまり客足は良くなかった。

 とは言っても、田舎の動物園や小さなテーマパークよりはまだまだ人気はある。現に今もこうして車で見学したり、歩行ゾーンを歩いている人間も数多くいる。

 関野朝奈せきのあさなもその一人だった。

 黒に近い茶髪のボブヘアー、くっきりとした自然な二重、少しだけ下向きに傾いている大きな目、下唇は少し太めで笑うと笑窪が見えそうな顔。

 服装は白いパーカーに、一般的な長さの赤と黒のストライプのスカートと、今時の女の子としてはあまり飾り気がないものを着ている。

 高校三年という、受験期真っ只中の現役女子高生である彼女が何故ここにいるかといえば、込み入ったた事情があった。

 彼女の両親は離婚している。関野という名も母方の名前だ。

 何が切っ掛けで二人が別れたのか朝奈には分からないが、どうやら母の方に理由があるらしいということだけは知っていた。

 朝奈が中学校に入った頃からだろうか。いつも何やら良くわからない施設で働いていた母と、研究者である父はすれ違うことも多く、殆ど一緒にいることが無くなっていた。

 二人が分かれたのは十五年前の事件が切っ掛けだった。

 何とかという山荘で大気汚染物質が漏れると言う事件があり、その場には朝奈の父も居た。

 父はその事件があってから人が変わったように母に冷たくなり、母を避けるようになった。

 理由はまだ幼かった朝奈には分からなかったが、母が何かを隠していたと言うことだけは分かった。

 離婚後、今から三年前。父は突然姿を消した。

 社会的に有名な地位についていた父の疾走は、マスコミや世間を騒がせた。当時はほぼ毎日のように朝のニュースで父の顔が流れていた。

 だが、何事も飽きとはあるものだ。

 失踪から三年も経てば誰もそんな昔のことには構わなくなる。

 いつしか朝奈の父は死亡扱いされ朝奈自身もそう思っていた。

 そう、あの電話が掛かってくるまでは――……






 『チュラッチャーッテョオー……』

 鬱陶しいような着メロがなる。朝奈が好きなマイナー芸人「ロンリーポーカーフェイス」のテーマ曲だ。

 この芸人は舞台に上がると一言も喋らず、一人で意味の分からない行動をし続けるという、かなり変な芸質のため人気が無かった。当然テレビに出たことはまだ一度しかない。

 そのため殆どの人間が存在を知らず、曲を聴いても一体これは何の曲なのか誰一人分からないことが多かった。この曲を着メロにしている朝奈は相当な物好きだ。

 まだ朝の六時前だというのに一体誰が掛けて来たというのだろうか。朝奈は狭いベットから寝ぼけ眼で電話に出た。

「はい、どちら様ですか?」

 電話の相手が黙っているので朝奈は聞き返した。

「……どちら様ですか?」

「……朝奈……僕だよ」

「え? お、お父さん!?」

 忘れるはずもない父の声が聞こえたことに驚く朝奈。

幽霊が出る時間でもないし、ちゃんと起きているという自覚もあるから夢でもない。どうやら現実に父から電話が掛かってきたらしい。

「本当に、お父さん?」

 半信半疑で聞き返す。

「ああ、僕だ。元気だったかい?」

「お父さんは死んだと思ってた。何で……何でこれまで連絡してくれなかったの?」

 朝奈は目に涙を浮かべながら電話に耳を押し付ける。

「すまなかった。父さんは今、ちょっと極秘の研究機関に在籍していてね、何度も電話しようとこれまで頼んだんだが、中々許可が出なかったんだよ。本当にごめんね……朝奈」

「極秘の機関? 許可? どういうこと?」

「今は詳しくはいえない。今日の朝十時に、紀行園のフリーゾーンまで着てくれないかい? そこで全部話すよ。今の僕の状況と……あれから何があったか」

「紀行園ね! 昔お父さんと一緒に行ったことがあるあそこでしょ? 分かった。そこに行けばいいんだね」

「ああ、来てくれ。待ってるから」

 その言葉を最後に電話は切れた。





 

 フリーゾーン 午前 11:06 



 現在の時刻午前十一時。

 太陽の光が燦々と降り注ぐ中。朝奈はフリーゾーンの駐車場内にある噴水の淵に座り、ずっと父を待ち続けていた。

 あの電話が悪戯でないのなら、父はとっくに現れてもいい時間帯だ。

「どこにもいない……」

 何かあったのだろうか。朝奈は父の身を案じ、気が気でなかった。

 フリーゾーンはハート型に道が出来ているこの紀行園の丁度中心部分、つまりハートを正面から見たときの上の凹み部分にあたる場所にある。車のコースを進んでいた人間も、歩行コースを進んでいた人間も、食堂やトイレなども設置されていることから、ここをパーキングエリア感覚で利用することが多い。

そうなると俄然人は多くなり、より一層朝奈は父を探す為に頭をきょろきょろと振り回す羽目になった。

 そんな朝奈に今、一人の男が近づいていた。

 迷いの無い目を浮かべ、初めから彼女に声をかけると、そう決めていたような動きで瞬く間に隣に座る。その気配に朝奈は父が来たと気づき横を向いた。

「よ、君一人? 良かったら俺と一緒に遊ばない?」

 ナンパだった。

 朝奈は酷い不意打ちだと思った。

 歳は二十四から二十六くらいだろうか。薄い茶色の、頭の中心の毛が長い短髪に、グレーのビジュアル系ジャケット、それと御揃いのズボンを履いている。異常に薄い眉と縦長の目、魔女のような鉤鼻が特徴的だ。

「……あ〜遠慮しときます。私人を待っているので」

 朝奈は不機嫌さも露に露骨に嫌がった。

「何だ、彼氏を待ってたのか。じゃあ仕様がないな。邪魔者はとっとと消えますよ」

 意外にもすんなりと男はあきらめ離れていく。別に悪気は無かったらしい。ただ純粋にナンパをしただけなのだろう。

「悪いことしたかな?」

 朝奈は邪険に男を扱い過ぎたことを少し後悔した。








  フリーゾーン

 東駐車場 午前 11:09 



「小林、なんだよ。また振られたのか?」

 朝奈をナンパした男に向かって、彼の四人の仲間の一人がそう言った。

 ここは駐車場の一角でフリーゾーンの右の端、つまり木々の横、このエリアの入り口付近だ。

 ビジュアル系の男、小林ははやし立てる仲間たちにクールーを気取って言い返した。

「俺は恋人を裂くような卑しい男じゃないのさ」

「よく言うぜ、前のお前の彼女って純一の元カノだろ?」

「元だからいいじゃねえかよ、それに俺にとっても今は元カノじゃん」

 ふて腐れたように小林は言い返す。

 彼らは地元の高校生の集団だった。

 今は三月で春休み。高校生にとっては短くもなく、長くも無いという中途半端な休みがある時期。

 彼らの学校はアルバイトを禁じられているため、この時期はとくにやることもなく、友人たちと暇を潰すことしかできないのだ。彼らがこんな朝っぱらからナンパをしているのもそのためだった。別に本気で恋人を作る気など彼らにはない。

 まあ、出来ればできたで嬉しいのだろうが、あくまで暇つぶしの遊び。そう考え、彼らはナンパを繰り返していた。

「おい、あれ見ろよ! 修羅場じゃん?」

 ピンク色の無地の長袖に黒っぽいズボンを履いた、細長い体付きの男がエリアの反対側を指差してそう言った。小林がそちらを向くと揉み合っている人間が見える。男二人に女一人の三人だ。どうやら色恋沙汰が原因のケンカらしい。

「あ〜修羅場だな」

 小林はただの時間つぶしのつもりでその光景を見つめた。

「……――え!?」

 一瞬の出来事に我が目を疑う。

 揉み合っていると思っていた三人の内一人が倒れた。

 首から夥しい量の血を噴出しながら。







  

ショッピングモール 午前11:05 



 朝奈の居る噴水から駐車場を右に二十メートルほど進んだところに、直方形の形をした小さなショッピングモールのような一階建ての建物が建っている。

 その前には数多くの屋台が展開されており、焼きそばといった定番メニューもあった。

「すみません、焼きそば二つください」

 三十歳ほどの男性が注文をした。男はオレンジの派手なトレーナーに青いズボンといった、ダサい格好だ。

 顔はオデコが広く、二つに分けた耳まである髪の所為で、見事にそれが強調されている。垂れ目気味ということもありそのオデコの迫力は半端ではなかった。

「兄ちゃん、よくここに来るね、今日はあの彼女さんは一緒じゃないのかい?」

「あ、覚えててくれましたか。それが、はぐれちゃったんですよ。今探している所なんです。丁度もうすぐ昼時だし、ここで待っていれば合えるかなと思いまして」

 屋台のおっちゃんの気さくな言葉に男、八木健太は情けなそうに答える。

「そうか、駄目だぞ。男はしっかり女の子を守ってあげなくちゃな。知らない間に他の男に取られるぜ!」

「はは、そうですね。今度からはもっと気をつけます」

 健太は苦笑いすると焼きそばを受け取り、噴水から見てショッピングモールとL字につながっている広場へと向かった。

「はぁ、やっと出来た彼女なのに三度目のデートで振られたら堪らないな。何とか探すか、あいつ何時も携帯を家に忘れるからな……。持ち歩いてさえいてくれればこんな苦労はしないのに」

 下手したら今日は恋人を探すだけで終わってしまうのではないかと、健太は不安になりつつ広場に腰を下ろした。






猛獣ゾーン 午前 11:08 



「は〜い、すいません。危険ですのでもっと離れてくださいね」

 作業服に身を包んだ坊主頭でつぶらな瞳を持つ男、飼育員の三上光智みかみこうちは作った笑顔で柵に近づいた客を注意する。

 ここは猛獣ゾーン。紀行園の中でも最大の見せ場だ。

 入り口からもっとも遠く、もっとも出口に近いところにあるこのエリアは、車コースでも歩行コースでも一番の人気を持っていた。

 車コースでは柵などが無く、そのまま真横を肉食動物が歩く様を見れるのだが、歩行ゾーンは円柱を二つに割ったような柵が間にあるため、あまり動物に近づくことができない。

 この影響で注意をしているにも関わらず、多くの客が柵に顔を押し付けるようにしてへし合っている。

「全く、このエリアだけはいつも人が多いんだよな」

 三上は草食動物のエリアの楽さを考え、溜息を漏らした。

「そこの坊主頭君、ちょっといい?」

「?」

 いきなり見知らぬ女性になれなれしく声を掛けられ、三上は反応に戸惑った。

「なんですか?」

「あれってなんて言う動物なの? 初めて見るけど」

 モデルのような高い背にスリムな体系、きりりとした男のような目つき。そして女性としてはかなり短めのショートヘアーといった井出立ちの女性だった。

「私じゃなくてあれよ、あれ」

 いつまでも自分を見ている三上を不思議がったのか、女性は丁度通りを歩いているライオンの方を指す。

「え? ライオンですよね?」

 ライオンを知らないのかと、不思議そうに聞き返す三上。

「ライオンを知らないわけないでしょ。その向こうよ。ほら、あの灰色の猿みたいなやつ。私これまで色々と動物園を取材してきたけど、あんなに変な猿は見たことがないわ」

 ――取材? マスコミ関係の人間か?

 三上は気にはなったが、あえてそこは聞かずに視線を移動させる。

「灰色の猿? あれ、あんな奴ここに居たっけか。それに猿はこのエリアには来れないはずなのに……」

 何故か来れないはずのこの肉食エリアに居る猿を、三上はいぶかしがった。

「グギャアァアアア、グギャァァアアア!」

 目を飛び出さんばかりに赤く充血させたその猿は、車用の道路を挟んで反対側にある遠くの柵の上に乗っかっていた。どうやら柵に飛び乗ったときに足を絡めたらしく、必死にもがいているようだ。

「あれは僕も見たこと無いです。すいません、どうやら別のエリアから逃げ出してきたみたいですね。今連絡して捕まえさせます」

「何か……不気味な猿ね……」

 無線を取り出し、他の部署に連絡を入れだした三上を横目に、女性は猿の異常な状態に自分でも分からない、本能的な恐怖を感じていた。







フリーゾーン 噴水前 午前11:10 



 『チュラッチャーッテョオーアァーヨイヨイヨイ……』

 携帯の音が響く。朝奈は当然待っていたとばかりにそれを耳に当てた。

「お父さん?」

「……朝奈かい?」

「今どこにいるのよ〜もう一時間も待ってるんだけど」

 ふて腐れた感じに言う朝奈。

「……――逃げろ」

「はい?」

「今すぐこの紀行園から逃げるんだ、出来るだけ早く……!」

 朝奈の父はかなり緊張したような声でそう言った。気のせいか息も荒い。

「ちょっ、何言ってんの?」

「わけは必ず後で話すから、とにかくここから離れるんだ。時間が無い……多分もうすぐそこにも奴らが現れる!」

「奴ら? どういうこと?」

「万が一のために助っ人を呼んではみるけど……とても間に合うとは思えない。早く逃げるんだ。いいね」

 あまりに真剣な父の様子に思わず朝奈は了解した。

「わ、分かった。とにかくここから出ればいいんだよね?」

「ああ、こんなことになって済まない。僕も予想外だった。朝奈、僕は……」

 突然そこで電話が切れた。電池が無くなったのだろうか。

 いきなり電話が掛かってきたと思えば、意味の分からない言葉を聞かされ、朝奈は呆然としていた。

 父に何かがあったことは確かなのだが、何しろいきなり”逃げろ”だ。動揺しないほうが可笑しい。

 別に周囲を見回してもどの観光客も普通にこのサファリパークを楽しんでいる姿しか見えない。

 ――一体何が危険だっていうの……?

「やっぱり悪戯だった?」

 再び父の生存に対する懸念が浮かぶ。

 よくよく考えれば、この紀行園で待ち合わせをすることもおかしい。父は自分の家を知っているはずだ。電話番号まで調べ出したのに住所を知らないはずが無いし、大体朝奈は父が失踪してから住処を変えてはいない。

 理論的に物事を考えることが癖になっている朝奈は、冷静に現状を分析した。

 両親が科学者だった為か、朝奈は普通の一般的な女の子よりは感情に走る事が少ない。二人の影響で理論的な、分析するような思考パターンが頭に染み付いていた。

「あれ? そういえば……」

 『今すぐこの紀行園から逃げるんだ』

「この紀行園? お父さんにしても、悪戯にしても……電話の相手はここに居る?」

 朝奈は電話の相手が言った言葉を思い出しそう推測した。


「きゃあぁああああああ!?」

 突然ほのぼのとした雰囲気には場違いな悲鳴がフリーゾーンに鳴り響いた。

 ショッピングモールを一番南に見て駐車場の左端、このフリーゾーンの出口付近から聞こえたようだ。

「何?」

 朝奈は思考を中断し、声のした方を素早く見る。

 すると揉み合う二人の男と倒れている一人の女性が目に入った。ここからは良く分からないが、女性の周りには赤いものが流れている。まるで血のようだ。

「お、お前、俺の妻に何しやがる!」

 自分の伴侶がいきなり見も知れぬ男に噛みつかれ、首から血を流して倒れたのを見た男は、妻の身を案じることも忘れ、相手に掴みかかった。

 だが相手の力はかなり強いらしく、男はどんどん押し負けていく。そしてとうとう腰を折り地面に膝をつけるまでになった。

「このっ、何しやがる!?」

 それでも男は諦めずに必死に抵抗する。

 いつの間にか朝奈の周囲には人だまりが出来、二人を見る野次馬の輪が形成されていた。

 朝奈は父の言葉を忘れてはいなかったのだが、ついついそっちに目が向き逃げる気をなくしてしまう。

 人垣の隙間から様子を伺った限りでは揉み合っている男の片方が、気のせいか灰色の肌をしていたように見える。

「やだ、通り魔?」

 朝奈の横に居た主婦らしき女性が呟いた。

「きゃぁあああああ!?」

「うわああぁぁぁああ!?」

「ぎゃああああー!」

 この騒ぎで静まり返っていたフリーゾーンに、いきなり無数の悲鳴だけが木霊した。発生源は今自分が目を向けたばかりの所だ。

 朝奈はその光景に唖然とした。

 つい先ほどまで揉み合っていたはずの二人が、人間とは思えないような動きで次々と周囲の客に襲い掛かっている。

 そして一番気がかりなのは妻を殺された男も灰色の体色になり、目を真っ赤に充血させ髪を逆立てていることだ。

「なっ!?」

 もう和やかなムードなど毛ほども無い。フリーゾーンはまるでゴジラが攻めてきた時のように大パニックとなった。

 朝奈はとにかくここから離れようと噴水の淵から飛び降り、ショッピングモールの中を目指し駐車場を走り出す。

 多くの客がお互いを押し合いへし合い必死に同じように掛けている。

 二人の狂人――いや、もはやあれを人だと判断する人間は居ないだろう。二匹の悪魔はその群れを嬉しそうに襲っていた。

ショッピングモールの正面扉が先に逃げ込んだ人々によって閉じられる瞬間、朝奈はギリギリで中に入ることができた。動物を扱うという特性上、店のガラスは全て強化ガラスで出来ているという話を事前に父から聞いたことがある。ここならばあの二匹も入って来れないはずだ。朝奈は胸を撫で下ろしながらガラスドアの外を見た。

「グギュァアアアアアア!」

 身の毛もよだつ声が間近で聞こえる。

「何で増えてんの!?」

 朝奈はびくりと、反射的に体をドアから遠ざけた。

 ドアのすぐ向こうには悪魔のような姿になった人間が、いつの間にか二匹どころか七匹近くうごめいていたのだ。

 その下には無数の肉片や血溜まりが形成され、死体が溢れている。

「な、何なの……!?」

 朝奈は目の前の光景が信じられず体を震わせた。

 その震えに合わせるかのように、真後ろにいた小ぶりな禿の男性が顔を引きつらせて言葉を漏らす。

「まるで地獄だ」

 その言葉の通り、今の状態は地獄に来てしまったとしか言えないような有様だった。






 紀行園内某所 午前 11:10(今から50秒前) 



 『トゥルルルルルル……』

「頼む、出てくれ……!」

 病院の手術室のような部屋で白衣を着た白髪の五十代らしき男性が、壁に背を預けて座り電話を掛けていた。

 部屋には無数の瓦礫が散乱し、電気は何度も消えたり点いたりを繰り返している。周囲には男性と同じ服を着た人間の死体が転がっており、男性自身も頭から血を流していた。

 『トゥルルルルル……――ガチャ』

 電話が繋がった。

「お父さん?」

 最愛の娘の声が聞こえる。

「……朝奈かい?」

「今どこにいるのよ〜もう一時間も待ってるんだけど」

「……逃げろ」

「はい?」

「今すぐこの紀行園から逃げるんだ、出来るだけ早く!」

 白髪の男性はかなり緊張したような声でそう言った。

怪我をしている所為で息も荒い。

「ちょっ、何言ってんの?」

「わけは必ず後で話すから、とにかくここから離れるんだ。時間が無い。多分もうすぐそこにもやつらが現れる……!」

「やつら? どういうこと?」

「万が一のために助けを呼んではみるけど……とても間に合うとは思えない。早く、逃げるんだ。いいね」

「わ、分かった。とにかくここから出ればいいんでしょ?」

「ああ、こんなことになって済まない。僕も予想外だった朝奈、僕は……」

 突然通信が切れた。

「くそ、こんな時に!」

 男性は壁を叩く。

「……――イミュニティーだな! 情報規制か。何て根回しの早さだ。……いや、もうそれ程被害が広まっているということか」

 男は娘を自分がこの紀行園に呼んでしまった所為で危険な目に遭わせることになり、絶望した。

 だが、こうしている訳にもいかない。すぐに携帯を開くと別の番号に電話を掛け出す。

「この携帯電話を使えば黒服になら繋がるはず」

 奇跡的にすぐに相手は出てくれた。

「はい」

 若い男の声が聞こえる。

さとりくんかい?」

 白髪の男性は確かめるように聞いた。

「高橋博士……?」

「ああ、僕だ。久しぶりだね」

 白髪の男性、高橋志郎は懐かしそうにそう言った。

「悟くん……頼む、君にしか頼めない。娘を……朝奈を助けてくれ!」

 まるで最後の頼みのごとく、志郎は懇願するように頼んだ。





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