008 「勇滅商会」
「皆さん、我々の新たな同胞を連れてまいりましたよ」
「「「おぉ……」」」
俺とファムは紫ローブの集団の前に連れてこられた。
肩には先程遭遇した怪しすぎるゴツい髭オヤジの手が乗せられていて、ファムも嫌そうな顔をしている。
巨大な空洞の中に石で作られた祭壇があり、居住していると思われるテントが複数設置されていた。
こんな所で生活している時点で怪しいのだが、見た目も行動もすべてが怪しい連中の渦中に俺達はいる。
何故こうなってしまったのか。
すべては隣にいる魔王の娘のせいだ。
自称魔王の娘であるファムの案内で関所を迂回するルートを使って王国へと向かっていたはずが、何故かこんな変な洞窟へとやってきてしまった。
完全に迷子状態というわけだ。
「あ、あああ、あああああ、どうしよう……」
しかしこいつ、本当に魔王の娘か?
こうなった瞬間から顔が青ざめて今までのウザい威勢をなくしている。
「心配ご無用です!」
このオヤジは顔が近いな。しかも濃い。髭も顔も濃い。圧倒的にウザい。
「……おい、俺たちはこんなことに興味ねぇ。ただ迷っただけだ。さっさと解放してくれ」
「なんと!? そうだったのですか! これは早とちりしてしまった。てっきり入信希望者なのかと」
オヤジは唾がかかりそうな勢いで驚く。
なんなんだこいつは。ほかの連中を見たところ、こいつらの頭ってことはわかるが……。
「しかしこれも何かの縁。ぜひとも我々の活動のすばらしさを知っていただきたい。ささ、こちらへ。皆さん! こちらの方々に食事を用意してください! 晩餐会を開きましょう!」
「「「はい!!!」」」
「だから俺たちは――」
「そんなこと言わずに。ね?」
だから顔近いって。怖いって。
「食事!? 食べたい!」
「……」
ここを出たら、こいつは絶対に見限ろう。
出るまでは利用できるかもしれないから利用してやる。
俺に静かな決心を抱かせたとも知らずに、ファムは急にテンションを上げてオヤジと一緒に奥へと進む。
この状況じゃ逃げ出せそうにないか。
先程見下ろしていた場所を見上げる。
天井高く掘られた空洞の中。壁を沿うようにして作られた階段を上っていくと出入り口の穴がある。あそこから出れば元の場所に戻れるだろう。
ったく、どうして異世界にきてから何度も土の中で過ごさなきゃならん。
「どうぞ、あちらへ」
「……ああ」
傍にいた信者に促されてしまい、渋々ファムたちについていくことにした。
○○○○○○○○○○○○
「では、新たなる同志に――」
すぐに用意されたのは長机と椅子。そこに大量の料理を並べ、ローブの連中は指定された位置があるかのように着席した。
そして先程のオヤジが手をたたき、乾杯の音頭をとった。
「――乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
カーンッ!
謎の飲み物が注がれたグラスで快音が鳴る。乾杯の儀式は異世界でも同様だったらしい。
だが同様じゃないのがこのグラスの中の青色の液体。なんだこれブルーハワイか? かき氷のシロップみたいな鮮やかな青色に手が伸びない。
「ごくごくっ、ぷはぁ! おいしぃ~~」
あいつは何故、疑うこともなくこいつを飲み干せるんだ。こっちでこの液体は常識なのか?
とりあえず、安全が保障できない以上は飲むわけにはいかないな。
「おや? 飲まれないのですか?」
「生憎、俺はここに留まる気はない。やるべきことがあるからな」
「ほう……それはもしや勇者への復讐、ですかな?」
――!?
このオヤジ、何者だ。一発で俺の目的を当ててきやがった。
俺は咄嗟に腰の剣に手を伸ばした。
さすがにこの数を相手にするつもりはない。煙に巻いて逃げるためにはどうするべきか考えろ……。
「おやおや安心してください。我々はあなたの味方です。闇の勇者様」
「闇の勇者?」
「有名ですよ。あなたが召喚され投獄されたこと、そして昨日牢獄を脱獄したことは世界中に知れ渡っております。我々もすぐにはせ参じようと準備を進めていたのですが、やはり神は我々を見捨てなかったようですね。勇者様自らが足を運んでくださるとは」
カマをかけてるようには思えないか。確実に正体を知った上での言動だな。
それに世界中に脱獄が知れ渡っているというのは間違いないだろう。少し派手に脱獄しすぎてしまったからな。
「……面白いことをいう。俺はただの旅人に過ぎない。勘違いも度が過ぎたら痛い妄想だぞ。おっさん」
しかしこいつはやばいな。
もしかして、ファムの奴もグルだったのか? そうすれば合点がいくのだが。
「え、え? キミって闇の勇者だったのかい!?」
……まあ、知ってたよ。こいつ馬鹿だし。
「あいつの言葉を信じるなら、俺は闇の勇者ってことだろうよ」
「闇の勇者……」
「そう、あなたこそ闇の勇者様。我々の求めていた存在です」
「……さっきから疑問に思っていたんだが、お前らはここで何をしている。とてもじゃないがそれを聞かないと飯に手を付けようと思えん」
俺の言葉にオヤジはニコニコと愛想笑いを振りまいてくる。
胃に悪い不気味な笑顔だ。
「あなた様が疑問に思うのも不思議ではない。我々は『勇滅商会』……悪しき勇者に破滅を願う者。勇者の絶命を祈願する崇高なる団体です。まあ、表向きには『聖勇商会』と名を偽って商売するただの商売団体ですが、真の顔は各地に支部を置く反勇者の巨大組織なのです」
つまりアンチ勇者の集団ってことか。
「はっ、それなら俺が闇の勇者であったら好都合だな。お前らの祈願は果たされるじゃないか」
「いえいえ、勘違いなさらないでください。我らが破滅を望むのは炎、水、雷、風の四勇者です。我らが崇拝するのは連中のような陽の光を浴びる勇者ではない。疎まれ、蔑まれる闇の勇者なのですから」
成程な。
あいつらのアンチで、俺の味方ってことか。この世界で唯一の味方と言えば聞こえはいいが、こいつが真実を語っている確証は何一つない。
「駄目だな。そんな言葉一つで俺が信用するとでも思うのか? ……俺は誰も信じないし、誰にも頼らない。自分の力で連中に復讐を遂げる。誰の助けも借りるつもりはねぇんだよ」
ガンッ!!
テーブルの上に足を乗せ、そう言い放った。
こいつらの目的はわかった。嘘を言っていたとしても、オヤジが俺のことを闇の勇者だと確証していることもわかった。
もしかしたら、こいつと共にいれば俺の目的に近づけるかもしれない。
だが、それがどうした。
「な、何がお望みでしょうか。我々はあなたの味方――」
「じゃあ、今すぐ忠誠を誓って死ね。俺の前で死んでみろ」
「なっ――」
「いいか? 一つ教えてやる。俺は誰も信じない。自分から味方だとか言ってくる奴を信じるつもりはない。俺が信じるのは自分だけだ」
オヤジはさすがに笑顔の仮面が剥がれそうだった。
まあ、善意で俺みたいなやつを庇う奴なんているはずもない。
こいつらにも目的はあって、そのために俺を利用しようって根端だろうよ。
「で、ですが我々はあなた様の祈願を――」
「勇者を殺すってことか?」
「その通り! あなたの復讐を共に果たしましょう!!」
「そいつは見過ごせねぇな。連中に復讐するのはお前らじゃなく、この俺だ。俺の復讐の邪魔をするならお前らから先にぶっ壊す。勇滅商会だろうが何だろうが関係ない。俺は俺の気に入らないものを壊す。その為だけに命を繋いだんだ」
完全な宣戦布告。
だが黙っちゃいられない。これは俺の本心であり、復讐は俺にとっての生きる目的だ。
こいつらに勝手に奪われてたまるか。俺は二年間、それだけのために生きてきたんだ。
「そうですか……では、仕方ない。あなたの知名度は役に立つんですがねぇ。実に仕方ない。皆さん、戦闘準備を」
オヤジの言葉で、連中は一斉に連中が立ち上がり、各々ローブの中から武器を取り出してきた。
ナイフにトンファに弓に剣、魔法を使うのか杖を持った奴もいる。
ざっと見たところ、こいつらのレベルは20前後。厄介なのは髭のオヤジ。あんな見た目で42レベルときた。奴は脇にいたローブの奴から鈍器を受け取る。まさかのハンマー使いだった。
「殺してはいけません。動けなくして拘束いたしましょう」
さて、どうしたもんか。
「闇の勇者だったんだね……」
「……あ」
そういえば魔王の娘が一緒にいたことを忘れていた。
こいつは勇者に父親を殺された。俺はいわば仇のようなものだろう。
好都合か。こいつと別れるにはちょうどいい口実だ。
「そうだ。俺は闇の勇者だ。お前の憎む勇者だ……これで俺に同行する理由はないだろ」
「……」
ファムは何も言わずにこちらをジッと見てくる。
これまでの態度とは違い、少しだけ真剣な空気を纏っている。
「ふふっ。なぁんだ。早く言ってくれればよかったのに」
「は?」
「吾輩が憎むのはお父様を殺した炎の勇者だよ。闇の勇者はむしろ魔界では人気者だもん。吾輩の魔法とも相性抜群だし」
魔界では人気者。どういうことだ?
「……吾輩、やっぱりキミと一緒にいたいかな。一人はもう、嫌だからね」
そういうとファムはこちらに近寄ってきて、テーブルの上の飲み物を手に取った。
「これ、もらうね」
ファムは躊躇いなく俺が飲まなかった青い液体を一気に飲み干す。
「うん、十分かな……見ててね」
ファムはそう言って微笑みかけてくると、黒い炎を身に纏い始め、紫色の光を発した。
すると、瞬きをする間もなくマントの下に衣服をまとう。
「さすがに裸のままだと恰好つかないもんね。これが吾輩の真の姿なのだ!」
そう言って腰に腕を当てるファムの姿は、一国の姫と言っても差し支えないほどの優雅さだ。
ワインレッドのゴシック調ドレスに身を包み、裸マントの頃を彷彿とさせることのない立派な人間だった。
「な、何故だ……それを飲んで、どうして立っていられる」
オヤジは狼狽え、驚きを隠せないでいた。
ファムの姿にではなく、あの飲み物を飲み干したことに驚いているのだろう。ようやく奴の仮面が剥がれたか。
「こっちの液体って魔法を使って作られた飲み物でしょ? 人間が飲んだら昏睡してたかもしれないけど、吾輩にはただの魔力源なのだ! 魔力を直接吸い取ることができて助かったよ」
「な、何者なんだ……」
「吾輩はファム! 闇の勇者の唯一の相棒にして偉大なる魔王『ゲセラ=ベル=ツァンスキー』の娘が一人! 正真正銘の魔族なのだ!!」
ファムは勝手に俺の相棒を名乗り、仁王立ちで連中の前に立った。
そしてこちらに顔だけ振り返り、弾けた笑顔を向けてくる。
「見ててね、吾輩の力を見せちゃうんだから!」
初めて、こいつが頼もしく見えた瞬間だった。
あ、裸じゃないからか。




