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005 「二年越しの空」



「絶対に逃がすな! この者は我らが守るべき民を脅かす破滅の存在だ!!」



 おーおー、好き勝手言ってくれちゃって。

 誰もなりたくてなったわけじゃねぇっての。


 周りの看守たちは腰に装備している剣を抜いて構える。

 俺も檻から出た際に看守から奪った剣を腰の鞘から抜き取った。


 俺はただの学生で、戦闘の経験者ではない。

 剣の基本も知らない素人の俺が勝つには、スキルを使いこなすほかない。

 だから頭を使え。どんな手を使ってでもこの地獄から抜け出すんだ。

 幸い、中学の時に鍛えた器械体操のおかげで身体は動く。動きで翻弄することが、俺に出来る一番の上策だ。


 すぅ、はぁ……。


 深呼吸一つ。大丈夫だ、やれる。

 今の俺に恐怖なんてものはないし、躊躇なんてやつも2年前に捨てた。あるのは人を憎み恨む復讐心と、絶対に脱獄する意志。

 本格的な戦闘に足が竦むこともなかった。


「陣形を整えよ! 出口への道をふさぐ!」


 マッチョ看守長の掛け声で、統率の取れた看守たちは通路を塞ぐように縦長の陣形を組む。

 これにより通路は完全に塞がれた。

 看守とはいってもこいつらの本職は騎士。

 動きに無駄がないのは素人目から見てもわかる。


 だが塞いじまったら、そっちが出口って教えてるようなもんだぜ。


「闇の勇者よ、私はこの日のために鍛錬を欠かさなかった。覚悟しろ」


 マッチョ看守長は身の丈ほどある大剣を近くにいた看守から受け取ると玩具の様に振り回す。

 あれに当たれば只じゃ済まない。


 ――となれば、まずは目くらましか。


 俺はすぐさまメニューのスキル画面を開く。


 スキル発動――暗黒煙≪ダークスモーク≫。

 ブファァッ!!


「――!? なんだ、この黒煙は!」


 もう一つ、スキル発動――暗視≪ナイトフィルター≫。これにより、俺は黒煙の中でも相手の位置がわかるわけだ。

 視界さえ遮ってしまえば、あいつの大剣を食らうこともない。


 ――そう思っていたのだが、肝心のマッチョ看守長は狼狽える様子もなく剣を振りかぶる。


「……こんなもの私には効かん!! ふんぬううううっ!!!」


 ブオウウンッッ!!!!


 マッチョ看守は薙ぐように大剣を振り切り、とてつもない素振りをして見せる。

 それによって風を巻き起こし、ひと振りをもって黒煙を霧散させた。


 ……まさかの弱点発覚なんですけど。


「闇の勇者、これが私の鍛錬の成果だ」


「あ、そう」


 暗黒煙、実は最強なのでは? とか思ってたけど頼りすぎはヤバいな。

 霧散した暗黒煙は通路の端のほうに追いやられ、見ていると空しくなってくる。


「余所見とは馬鹿にされたものだな!」


「うおっ!」


 ブンッ! ブンッ!

 次々と繰り出されるマッチョ看守長の攻撃をかわしていく。以前の俺なら真っ二つになるであろう攻撃速度だが、かろうじて見切って避けることの出来る単純な攻撃だ。

 だが、このままじゃ防戦一方だな。


「っと、やっぱ筋肉ダルマの攻撃は単純だな」


「なん、だと!!」


 ズドンッ!!

 大剣が空を切って通路の床を破壊する。俺はそれを横っ飛びで避けて、スキル画面を展開した。


「試しに使ってみるしかないか……」


 剣を鞘に戻し、俺はマッチョ看守長との間を詰める。幸い、奴は床にめりこんだ剣を抜いている最中で、咄嗟の突撃には反応できていない。


「くっ、まずい!」


「しゃらああああああ!!」


 ズダアアアン!!!


 俺は両拳を強く握り、奴の腹筋めがけてストレートを叩き込んだ。


「……」


 しかし奴はびくともしない。

 筋力282でも、こいつの鍛え上げられた肉体への打撃は無意味だったか。


「……何のつもりだ。こんな拳は私には通用しないぞ! 剣であれば少しは意味があった突撃だったな」


「おっしゃる通りだが、今回のは攻撃が目的じゃないからな」


 拳をマッチョ看守長の腹筋につけたまま、俺は不敵に笑ってみた。


 そしてスキル発動――「浸食≪ナイトディナー≫」。

 このスキルはレベル32の時に習得した。触れた人間の体内に闇を浸食させて相手のステータスを弱体化させるという勇者とは名ばかりの非道なスキルだ。


 スキルを発動させた途端、俺の拳からは黒い靄が溢れ出て、マッチョ看守長の身体に靄が染み込んでいく。


「――!」


 マッチョ看守長は驚いたのか、剣を持たない手で思い切り殴りかかってくるが、それを後ろ飛びでかわしてみせる。

 奴の動きは先程よりも明らかに鈍く、浸食が効いているのがわかった。

 使うまでは効果を疑っていたが、かなり効果覿面らしい。


「なんだ、これは……状態異常『闇』!? こんなの、聞いたこともないぞ……」


 疲労からか膝に手を当ててその場に立ち止まるマッチョ看守長の姿に、周囲がざわつき始めた。


「なんて卑怯な! 正々堂々と戦え!」

「そうだそうだ!」

「俺たちより卑怯な罪人に死を! そして俺たちをここから出してくれ!」


 ヤジを飛ばすことしかできないチキンどもめ。

 なにが正々堂々だ。こっちは生きるか死ぬかをかけてるんだ。どんな手を使ってでも勝たせてもらう。

 ってか、いま絶対に囚人の声もあったろ! お前らは俺の味方しやがれ!!


「さすがに状態異常は鍛錬でどうこうなるものじゃなかったみたいだな」


「……こんな、ものに私は屈しない」


 マッチョ看守長は小休止をやめて立ち上がるが、先程よりも動きが鈍い。

 奴はそれでも剣を構えてこちらを睨む。


 ……俺も悠長にはしてられないか。

 ステータス異常の持続時間がわからないから、早急に終わらせてやる。


「いくぞおお!! はぁっ!!」


 ブウンッ!!


「っと、もらった!!」


 スキル発動――「影踏み≪スニーク≫」。

 レベル19で習得したスキル。3歩だけ足音を消し、視界から消える。

 たったの3歩だが歩幅を大きくすれば意外と有用性があった。

 ちなみに視界から消えるのは4歩目の着地まで。気配遮断よりも効果が強く、完全に視界から消えることができる。

 ただし、効果時間は30秒だから一歩も踏み出さずに隠れ続けるという芸当は封じられていた。


 タタタンッ!


 跳躍するように3歩。

 スキルの効果もあってマッチョ看守長の振り下ろした剣は楽々と避けてみせる。そしてその隙に奴との距離を一気に詰めた。

 誰も気づかない隠密の3歩は4歩目にしてようやくその正体を現したようで、時間差でマッチョ看守長は俺との距離の近さに驚いた。 


「なっ――!?」


「ふんっ!!」


 虚を突いた接近を利用し、俺はそのまま勢いを殺さず片手に握った剣を思いきりマッチョ看守長の胸めがけて突き刺す。


 ズブシュッ!!


「――っ」


 気持ち悪い肉の感触が剣越しに伝わってきた。

 俺が今刺したのは人間の身体。最初に看守を切り伏せた時もそうだったが、気分のいいものじゃない。


「がはっ!」


 剣を抜き取ると、マッチョ看守は身体をぐらっと揺らし、傷跡から血を垂らしながら吐血した。



 だが、奴は膝をつかなかった。



「まだ、だ。私の命は燃え尽きていない」


「タフな野郎だ……」


 きっとこの状況を劇作家が目撃したら、壮大なインスピレーションをもとにマッチョ看守を主役とした劇を作るのだろう。


 悪役はもちろん、俺だ。


「くそ……」


 心は置いてきたはずなのに、芯の部分が生きていたのか、何かが苦しかった。

 心臓を突き刺されて尚、倒れないその姿、その背中に、周りの看守たちは息をのんでいた。俺だってその一人だ。


「看守長……」

「俺も戦います!!」

「俺も!」

「一生ついていきます!!」



「私は、負けるわけにはいかん!!」



 どう見ても瀕死。そんなことはこの場の誰もがわかっている。

 だとしても、あの男の姿に感情を抱かない者はいない。

 だから、周りの看守が武器を構えてじりじりと距離を詰めようとしているのも納得する。ここまでは看守長の戦いを邪魔しないように退路だけを塞いでいたチキン共にしては積極的だ。


 熱くなるな、冷静に行け。


 俺は勝つ。


 勝ってここから出る。



 邪魔をする奴は全て壊せ。



「すぅ……はぁ」


 一つ深呼吸をした。

 きっと、ここを超えたら俺は甘っちょろい自分を捨てられるのだろう。

 残っていた普通の自分を捨ててしまえば、俺は遂に只の復讐に駆られた悪役だ。


「きっと俺は地獄に落ちるだろうよ」


「……来い」



「だから、お前だけはここで殺してやる。お前の覚悟を汚さないためにもな」



「――ぐっ!?」


 ヒュンッズバンッ! ブシュッゥ! ドサッ。


 とどめを刺すのは簡単だった。

 相手は木偶のごとく動かず、ただそれに向かって剣を振り切るのみ。小細工も力も必要ない。

 マッチョ看守長の肩から脇腹まで大きな傷が伸びる。

 そこからドクドクと血が流れ出し、彼は仰向けに倒れこんだ。

 

 もう立ち上がってくることはないだろう。


「くそ! よくも看守長を!!」


「お前ら、そこから動くな!」


『――!』


 自然と口が動いていた。

 理性なのか思いつきなのかわからない。きっとどちらでもない。


「そこから動けば皆殺しだ。だが、こいつの命に免じて助けてやる。大人しく道を開けろ」


「ふざけるな!!」


「はぁ……」


 スキル発動――気配遮断≪ハイドアンドシーク≫。


「――!? 消えた!?」

「探せ! まだ近くにいるはずだ!」

「くそっ! 姿を消す魔法なんて聞いたことないぞ!」


 看守たちは慌てふためきながら騒ぎ回る。

 俺はその有様を横目に、数の少なくなった出口までの通路を歩いていた。

 一度、倒れているマッチョ看守長を振り返りはしたが、立ち止まることなく出口へと歩いた。


 じゃあな。



 ○○○○○○○○○○○○



 進んでいくと、何人かの看守が厳重に守っている扉があった。

 あれがまさしく外へと繋がる扉なのだろう。

 まだ気配遮断は効果が持続していて、連中は俺の存在に気づいていない。

 さっさと始末して外に出るか。


「ふがっ!!」


「お、おい急にどうし――ぺげっ!」


 はい、終了。

 手慣れてきたというかなんというか、躊躇いなく無防備な人間の腹を殴るのはかなりサイコだな。

 まあいいか。邪魔だったし。


 看守を始末し、俺は扉に手をかけてみた。


「ん? ふぬぬぬっ!! はー、はー……なんだこれ」


 なんと困った。扉を押してみるが開かない。

 横にスライド、駄目か。引いてみても……無理か。

 どれだけ力を加えてもびくともしない。


「あ、もしかして」


 ここにきて俺はこの服の持ち主から奪った鍵のことを思い出す。扉には鍵穴なんてなかったが、扉の横にはそれっぽい箱型の何かがあった。

 そこに看守からもらい受けた鍵を差し込むと、なんと扉はギギギギと音を立てながら開いていく。


 そしてその先から、人口でも魔法でもない光があふれこんでくる。


「……!」


 ブワッっと鳥肌が立った。


「……二年ぶりだ」


 戦った場所から出口までは近くて、すぐに陽の光を浴びることができた。

 空に浮かんでる太陽みたいなものが眩しい。

 身体を通り過ぎていく風が気持ちいい。

 天井のない開放感が懐かしい。


「出たんだな、ようやく……」


 洞窟の外に広がっていたのは、見渡す限りの大地。

 手前には森林が広がっており、奥には大草原が見える。

 どうやら監獄は山の中腹にあった洞窟を利用して作られたもののようで、ここからの眺めは最高だった。

 


「待ってろよ、勇者」



 この空の下のどこかにいる連中に向けて吐き捨てる。

 ようやく俺は、罪人から逃亡者へとジョブチェンジした。








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