004 「地上へ」
俺は檻の中から抜け出した後、洞窟の中を練り歩いていた。
捕まっていた監獄は想像よりも大きなもので、いくら歩いても出口に近づいている様子はなかった。
看守に見つからないように行動して無駄な戦闘は避けてきたが、発見されるのは時間の問題だろう。
俺のいた部屋の看守は一日に一度だけ交代の時間があった。昼番と夜番の交代の時間になってしまえば、自ずと脱走は知れ渡ってしまい、警備が強化される。
かといって手あたり次第に看守を倒しながら進んでも意味はない。時間の無駄だ。
俺の第一目標はこの場所から抜け出ることであって、看守の殺害ではないからな。
「しっかし、似たような通路ばかりだな……気が狂いそうだ」
周りを見ても土の壁。
分かれ道には看板も無く、番地を示すような印や数字もなかった。
こんな場所を歩いていると、ただ延々と通路が続いているようにも思えてくる。
もしかすると、この不親切設計の迷路みたいな構造は脱獄を防ぐためのものか。
「くそっ、あいつらの死体から地図でも奪ってくればよかったな」
「ん? こっちで足音がしたな」
「……!」
見回りの看守か。
スキル発動――気配遮断≪ハイドアンドシーク≫。
気配遮断を発動させてすぐ通路のわきに移動する。逡巡があれば間に合わなかっただろう。
すぐに見回りの看守が角を曲がってくる。
奴が鼻先を通り過ぎるのを息を殺して待ち、すぐに奴とは反対方向に歩を進めた。
「どうしたもんか……」
勢いよく脱獄してやるとは言ってみたものの、俺はここに閉じ込められた時から一度も檻の外に出ていない。
閉じ込められた際も気絶させられてたから覚えていない。
詰んでんじゃね?
「おい! お前そこで何してる!!」
「やべ。効果きれてた」
ジッと立ち止まって考え込んでいたら、いつの間にか気配遮断の効果時間は切れていた。
脱獄開始から一時間弱、ついに看守に見つかってしまう。
「――!? お前、Sクラス罪人の闇の勇者か!?」
Sクラス罪人……?
「だとしたら、どうするんだ?」
「動くな! すぐに応援を――」
「呼ばせねぇよっと」
ドカッ!
看守が狼狽えている隙に一気に間を詰め、腹部に一撃を食らわせる。
「かっ、は……」
ドサッ。
今の俺のレベルの右ストレートは相手を一撃で気絶させるほどの威力があったようで、看守は俯せに倒れた。
「思ったより簡単に動けるもんだな」
最初の看守二人の時も感じていたが、レベルの差があるだけでこんなにも簡単に倒せるものなのか。
驚いた。
例えるのなら大人と子供くらいの差だ。武術の達人じゃないが相手の動きが遅く感じたのだ。
「さて、と」
気絶してるのか死んでるのかわからないが、倒れてる看守を仰向けにして持ち物を探ってみる。
気分は盗賊だが、良心は痛まない。
「お、これは……」
看守のベルトに注目すると、鍵がぶら下がっていた。
ほかの牢屋の鍵、もしくは扉の鍵だろう。一応もらっておくか。
それに収穫もあった。奴は俺のことをSクラス罪人と呼んだ。つまりここの罪人はクラス分けされていて、俺はその中でも最も最悪と思われるSクラス。
こういった罪人の区別をしている以上、危険度の高い罪人ほど奥深くに閉じ込めているはずだ。
「地図は持ってないか。……そうだ」
いいことを思いついた。
○○○○○○○○○○○○
「お疲れ!」
「うぃっす」
俺の横を看守が通り抜けていく。
奴は俺のことを不審に思うこともなく、普通に通り過ぎて行った。
作戦は成功だった。テンプレだが、意外とばれないようだ。
今の俺の格好は看守の着ていた緑色の軍服だ。動きやすさを重視しているらしく、布切れ同然だった前の格好よりもマシ。盗んだ剣を腰の鞘にしまい、完全に看守になりきっている。
まあ、勇者というよりは見た目が完全に軍人だが関係ないか。
俺は帽子を少しだけ目深にかぶり、あまり目立たないように通路の端を歩く。完全に下っ端看守の気分だ。
そうやって調子よく歩いていると、正面からまた看守が来た。
「お、見ない顔だな」
「どもっす」
やっべ。なんか洞察力高そうな看守が来た。
こいつ見るからに洞察力高いって! 眼鏡だぜ!? 目の下にクマ出来てるぜ!? しかもツリ目だもん!!
よし、何事も起きないうちにスルーしよう。
「お疲れさまでっす」
「待て」
「はい」
なんだ? やる気か? やってやんよ。
「顔色が悪いな。今日は帰ったほうがいいんじゃないか?」
「……! そ、そんなわけには」
「騎士たるもの、いかなる任務においても万全を期すべきだ。さっさと出口へと向かえ」
そう言って眼鏡看守は指をさす。
まじか。こいつ使えるな。ヒントキャラクターだろ。
「わかりました。帰ります」
「お疲れさん」
俺は眼鏡看守に一礼してから奴の指さした方向へと歩いた。
すると奴の言葉通り、階段が出現した。そこからの道のりは簡単なもので、階段を上っていくだけで出口へと近づくことができた。
五階ほど上ると、見るからに見張りの目が軽い場所にたどり着く。
通路の脇にある牢屋の中を見ると人間らしい生活を送れている罪人の姿があり、ここが最も罪状の軽いAクラスの在任達が収容された場所だと理解できた。
出口は近そうだ。ここからは気配遮断で一気に……。
「待て」
「……?」
スキルを発動しようとしていると、背後から声がかけられた。
「……な、なんでしょうか」
「その辺の看守の目は欺いたつもりでも、この私の筋肉は欺けんぞ」
振り返るとそこにいたのは、俺がレベリングするきっかけをくれた筋トレ大好きなマッチョ看守だった。
しかし彼の姿は以前よりもボディビルダーの身体に近づいており、どこから見てもわかる筋肉の塊となっている。
「お前、只者じゃないな。……ここからは逃がさぬぞ。ふんっ!!!」
マッチョ看守はポージングを始めると筋肉を膨らまして着用していた軍服を破裂させ、上半身裸になった。
「……!」
俺は驚いた。
マッチョの筋肉量や小麦色の肌に驚いたのではない。
こいつのレベルを確認して驚いた。
レベル45。
明らかにその辺の雑魚看守とは違うレベルだ。
「私はこの監獄の責任者として、お前のような危険人物を外に出すわけにはいかん」
なんと、この2年で出世していたのか。発言からして看守長といったところだろう。
厄介だな。
騒ぎを聞きつけて他の看守も集まりだした。連中のレベルが低いとはいえ、これだけの人数を相手に気配遮断は命取りだ。あれはあくまでも気配を希薄にするだけであって消すものではない。
やむを得ない……か。
「――派手な脱出のほうがあいつらの耳にも届くか」
ここで尻尾を巻いて逃げるために準備したわけじゃない。
味わわされた辛苦の数々を清算するために俺は力を蓄えたんだ。
この国も世界も、あいつらも……俺がすべて壊してやる。
「良く見破ったな筋肉野郎。俺はムラサメジュンヤ。お前らが丁重に幽閉していた闇の勇者だ」
こいつらを倒して、俺はここを出る。