003 「四人の勇者」
村雨准也が二年越しの脱獄を図ろうとしている頃、彼の復讐対象である勇者四名は今後の方針を決めるために赤の王国「べルージュ」の首都「プロミネス」に集まっていた。
仲間を外に待機させ、円卓の間に集まったのは伝説となった四人の勇者のみ。
いまや各々が国を治める国王となった身だが、赤の王国の王「アサミヤ・ケイゴ」の号令であればこのメンツが集合するのも容易かった。
炎の勇者アサミヤ・ケイゴ。またの名を「煉獄の騎士」。
水の勇者ナギサワ・フユミ。またの名を「睡蓮の賢者」。
風の勇者ツルタ・マキ。またの名を「神風の射手」。
雷の勇者ノマ・イチロウ。またの名を「電光の剣客」。
この二年で様々な伝説を残してきた英雄達が赤の王国に集結していると知れば、国民たちは歓喜することだろう。
今回の集合はあくまでも秘密裏なもので、知る者は少ない。
「みんな、今日は呼びかけに答えてくれてありがとう」
そう口火を切ったのは四人の中心人物、リーダーシップを発揮してきたケイゴだ。
彼は透き通るような深紅の鎧に身を包み、真っ赤な刀身の大剣を背中に背負っている。
二年経った今、髪は黒から赤に変色しているものの相変わらずの完璧イケメンだった。
「おう。――にしても、世界を救ったとたん一国の王様に任命されるとか、想像もしてなかったぜ」
ケイゴの言葉に反応したのはメンバーの中で最も軽い男、イチロウ。
正統派の騎士を思わせるケイゴの格好に反して、彼の服装は軽装で、鈴が垂れ下がった大きな笠をかぶっており、まるで剣客のような格好だ。
そんな彼も二年で少しばかり風貌が変わっている。黒髪に黄色のメッシュが入っていて、頬には消えない傷が残っていたが、相変わらず身長は伸びていなかった。
「ほんとそれ。いきなり王様とか、何したらわかんないから全部大臣任せよ」
勇者の中で誰よりも能天気なマキは、そう言ってからから笑った。
彼女は暑苦しそうな毛皮で作られた民族衣装を纏い、円卓の上に自分の武器である弓を置いて寛いでいる。
体つきが女性らしくなり、小麦色の肌が似合ういい女になった。髪色は薄黄緑に変色しているのだが、本人は気に入っていて、三つ編みにして垂らしている。
そんな勇者たちがのんきに話している一方、思いつめた表情で席に着いている者がいた。
透き通った美しく長い髪を揺らし、水のような羽衣に身を包む一人の女性。
二年前よりも美しく可憐になった彼女は、マキよりも豊かに育った胸の前で両手を握りながら振り絞ったように声を出し、彼らの会話を遮る。
「ねぇ、村雨くんはまだ解放されてないのかな?」
そう言ったフユミの視線はケイゴに突き刺さっており、視線の先にいた彼は少したじろぐ。
それだけの迫力が今の彼女には備わっていた。
「きゅ、急にどうしたのよフユミ。その話は禁句でしょ?」
先ほどまで寛いでいたマキだが、空気の変化を感じ取って即座に口を開く。
「世界を救えば彼を解放してくれるって聞いたから、わたし頑張ったんだよ……王様になることなんて望んでない」
「た、確かに、そうだけどさ」
「それなら、どうして……マキちゃんは納得してるの?」
「……納得は、してないけど」
「おそらく、まだ僕らが帰る条件を満たしてないんだよ」
「「「……?」」」
フユミとマキの言葉に、ケイゴは冷静な分析を披露した。
思わず、他の三人は彼のほうを向く。
「フユミの言葉通り、全てが終わったはずなのに、僕達は元の世界に戻してもらえないしジュンヤは解放されていない。きっとまだ、何かあるんだ。それまでは連中に従っておいた方が後の為だよ。なにせ、僕達は自分達の意思で元の世界に戻る術がない。手段を見つけるまでは下手なことはしないほうがいいよ」
「……うん」
以前からケイゴの言葉には不思議な説得力があり、フユミも反論できない。
「きっと大丈夫よ。村雨だってきっと酷い目に遭ってないって。案外、楽しくやってるかもだし」
「だな。俺達が懇願してやったんだから、流石に死んじゃいないだろうよ」
「――おい、お前たち」
「――っ!」
フユミは、イチロウとマキの言葉を聞いて、彼らを睨んだ。
先ほどの迫力とは違い、凄みのある睨みは普段の彼女から想像できるものではない。
「な、なんだよナギサワ。俺は別に変なこと言って――」
「イチロウ、今は何も言うな」
「……すまん」
ケイゴの言葉には少しばかりの圧があった。
彼の言葉のおかげでこれ以上ややこしくなることはなく、ケイゴが咳ばらいを一つしてから場を仕切り直す。
「とりあえず、ジュンヤのことは僕からエルシャ王に交渉してみる。……多分、難しいだろうけど」
「そうよね。……フユミ、あなただって知ってるでしょ? あたし達は魔王を倒す旅の中で何度も闇の勇者の良くない噂を耳にしているわ。それに、エルシャ王はあの日以来、世界中に闇の勇者の伝承を広めた……あいつが出てきても、居場所なんてないわよ」
「っ! それは闇の勇者の話で、村雨くんのことじゃないよ……!」
「しかし、この世界の連中が闇の勇者を恐れているのは確かだ。フユミ、軽率な発言はやめたほうがいい。みんなも、ジュンヤのことは僕に任せてくれ」
「……わかった」
フユミは納得していない様子だったが、諦めたような表情を見せる。
「じゃあ、本来の議題に戻ろう。これから国王として各自どうすべきかなんだけど――」
ケイゴの言葉を聞き流しながら、フユミはただ一人のことを思っていた。
(村雨くん……待っててね。絶対に何とかする。私一人でも、絶対に……)
二年間、彼女は一度も村雨のことを忘れなかった。
彼のことも、あの忌まわしい日のことも――。
彼女だけは知っている。
あの日、ケイゴたちが結託して村雨に投票したことを。
そして憶えている。
彼の悲痛な表情も、怒りの言葉も……数えきれないくらい夢の中で再現されてきた。
二年前のあの日、あの後、フユミはケイゴを問いただした。
『どうして!? なんで村雨くんを……』
『あの場ではああするしかなかったんだ。大丈夫だよ、冬美。僕が絶対に何とかするから』
『――! 触らないで! 一人にして。私、もう……』
『……助ける方法があるとすれば、魔王を倒すことくらいだ』
『……』
あの日から、彼女は戦ってきた。
心から信頼できる仲間を見つけ、世界を救うためではなく、ただ一人の友人を……今でも片想い中の相手を救うため。