013 「後の大事件」
俺たちはディメトリ―王国に潜入することに成功し、マンホールの先にあった下水道に身を隠していた。
時間の感覚は薄いが、二年間の牢獄生活をしていたおかげか、体内時計で何となく時刻は把握できる。
既に夜が明けて朝になっている頃だろう。判断を間違えていれば人目の多い昼の町の中で捕まっていたかもしれない。
「とりあえず、この辺に落ち着くか」
迷路のように造られている広大な地下水路を練り歩き、足を止める。
何度角を曲がったかわからないため、入ってきた場所から出るのは難しいだろう。
「つ、疲れたぁぁ。しっかしここ、本当にただの下水道なのかな? ものすごく広いよね」
「ああ、そうだな」
ファムが力が抜けたように座り込んだのを見て、俺も腰を下ろした。
確かに、ここはただの下水道ではない。
「お前が言っていたかつてのこの国の実態……」
「ん? 戦争国家のこと?」
「もしかすると、その時に使われた秘密の通路かもな」
「まっさかぁ」
まあ、勘だけどな。
しかし秘密の通路だとすれば、もしかしたら城に繋がるルートがあるかもしれない。
そうであってくれれば侵入は楽になるのだが。
ぐぎゅるるる。
「……」
「えへへ。お腹すいちゃった」
「昨晩、食い逃げしたくせに腹が減ったのか?」
「んなっ! 乙女に向かってひどいよ! 事実だけど」
乙女って……何言ってんだこいつ。
「わ、吾輩は常に高い魔力を維持しないといけないからお腹が空いちゃうの。ジュンヤは飲まず食わずで疲れないの?」
「慣れてるからな。……飯で思い出した。お前が昨晩仕入れてきた情報をそろそろ聞かせてもらうか」
昨晩、この食いしん坊な魔王の娘は単身で酒場に乗り込み、情報を仕入れてきていた。
結果的に食い逃げ犯となったわけだが、その対価をここで見せてもらうとしよう。
「ふっふっふ、やっと吾輩の出番だね。吾輩が仕入れてきた情報は主に二つ。他の勇者の動向とディメトリ―王国の警戒態勢かな」
「……」
「ん? 何その不満そうな顔。どうしてこの状況でそれが出るの?」
「いや、続けてくれ」
なんか、思ったよりもまともに仕事してきたな。
つまらん。
「どうやら勇者たちは魔王討伐の功績をたたえられてこの世界の巨大王国の四つを分け与えられたみたいだね。今は各国の王様として活躍してるみたいだよ」
「成程な。奴らの動向は?」
「ん~、そこまではわからないかな。王様なんだし、国を留守にしたり出来なくなったから拘束力が強くなってる――みたいなことは酒場でおっちゃんが考察してたけど」
「おっちゃんの考察はどうでもいい」
――とは言ったものの、おっちゃんの考察は少し考えさせられる。
英雄である勇者四人を各国の王とする。そうすることで勇者の行動範囲を限定した……。
「この国の国王……あのクソジジイは何を企んでいるのか。まあ、俺としては探す手間が省けそうで助かるが」
「ねえねえジュンヤ」
「ん?」
「勇者に復讐するんだよね。誰から順番にするの?」
……順番か。
そうだな、まず間違いなく炎の勇者として担がれてる諸悪の根源「アサミヤ・ケイゴ」。
続いて俺を裏切った「ノマ・イチロウ」と「ツルタ・マキ」。
そして最後に水の勇者「ナギサワ・フユミ」……あれ。俺、凪沢さんにも復讐するつもりだよな。
だが今になって思うと、彼女はもともと俺に投票する計画だった……圭吾の奴が彼女の性格を知っていたら、俺を貶めるような策を彼女に伝えるだろうか。伝えていたとして、彼女が納得して俺を貶めようとするだろうか。
いや、それは考えられない。
俺が彼女を好きになったのだって、容姿だけじゃなくて中身を知ったからだ。
「……」
「あれ? お~い、ジュンヤ。ジュンヤ君? ジュンヤ様~~?」
なんで今の今まで考えなかったんだ。
……単に落ち着いて考えようとしなかっただけか。
それとも、俺の彼女に対する想いがあるからこんな都合のいい解釈が浮かぶのだろうか。
簡単には考えがまとまらん。
とりあえず……凪沢さんの件は保留にしておこう。
いまは何よりも誰よりも、まずは国王のジジイだ。あいつだけは絶対に許さん。
「炎の勇者を優先する。それ以外はわからん」
「え、それって」
「勘違いするな。お前の父親の仇討ちのためじゃない。俺が最も絶望を味わわせてやりたいのがあいつだからだ」
こればかりは本音だ。
あいつが裏で手を回していなきゃ、あの面子で俺をハメることなんてできるはずがない。
「……そっか。でも今は国王優先だよね」
なんだか満足そうな表情だな、こいつ。完全に勘違いしてないか?
まあいいや。
「一旦もう一つの情報を聞こう。王国は俺の脱獄を知っているのか?」
「うん。結構話題になっていたから、多分だけど相当厳重な体制じゃないかな」
町の衛兵の数が多いと思ったが、向こうも警戒心むき出しってことか。
これだと迂闊に城に近づくことはできそうもない。ほとぼりが冷めるのを待つのがいいか、それとも急襲を仕掛けて警備体制が完全になる前にケリをつけるべきか。
「あいつらは、俺たちが町の中に侵入したことに気づいていると思うか?」
「う~ん。どうかな。完璧な侵入だったし、町の中に入り込んでることがわかっていたら、きっと歩き回れないほどに衛兵が町中を闊歩してると思うんだよね」
「確かにな。……まだ町の中に侵入しているのは気づかれていないか」
――となれば、尚更この水路の可能性に懸けたくなる。
城に直通している秘密通路だった場合、奴らの虚をつく侵入が可能だろう。
「あれ? ねぇねぇジュンヤ。あれ何かな?」
「ん?」
指をさす方向を見ると、水路の角から不自然な青い光が漏れ出していた。
「何かあるのかな? あの先に」
「……行ってみるか」
腰上げて様子を窺ってみる。
角からそっと顔を出してみると、ファムも真似して俺の真下でしゃがみ込み、青光りをのぞき込む。
「なんだ、あれ」
視線の先にあったのは、これまで進んできたどの道とも違う特異点。
巨大な扉と、そこに描かれる巨大な魔法陣。漏れ出ていた光は魔法陣のものだったらしい。
「んー、あれってもしかして封印の魔法陣かな?」
「封印の魔法陣?」
「うん。多分だけど、あの紋章は封印のための魔法陣だよ」
封印……。
「でも人間って馬鹿だね。この程度の魔力で編み込んだ魔法陣じゃ完璧な封印になってないよ」
「そういうもんなのか?」
俺には魔法のことはさっぱりわからん。
「ちょっと解いてみていい? 人間の隠し事は気になっちゃうんだぁ」
封印か。もしかすると、この先が城に繋がる通路の可能性もある。
「任せた。連中の秘密は俺も気になるからな」
「了解だよ! ふんっ!」
ファムは両手を扉に向けて掲げる。これで解除してるのか?
「てやあああ!!」
バツン!!
「――!」
大きな音と共にでかでかと張り付いていた魔法陣は紐を解いた様にしゅるしゅると消えていく。
「外れたよ。ものすごく簡単な封印だったね。ま、人間には高度なのかもしれないけど、吾輩にかかれば朝飯前なのだ」
あまり期待してなかったが、俺はファムに振り返り、礼を言う。
「すげぇな。初めてお前の存在に感謝したぞ。助かった」
「いやいやそんなに褒めなくても――え?」
「どうした? 珍しく褒めてやったんだぞ」
「あ、あれ」
ファムは唖然とした表情で指をさす。
俺も釣られて、先程まで魔法陣が張られていた扉の方向に目を向けた。
「……………………は?」
魔法陣が消え、扉が開きかけたと思うと轟音が響き渡り、一気にそれは押し寄せてきた。
ゴオオオオオオ!!!!
「「はあああああ!???」」
驚愕のハモリ。
扉の奥から姿を現したのは大量の水流。いや、激流と呼ぶのがふさわしい勢いの水が、一気に流れ出してきた。
「がぼ、ぶふっ! な、なんじゃこりゃあ!!」
回避する間もなく、激流に飲み込まれた俺はもがくように手をばたつかせるが勝てるはずもなく、水の流れるままに身体を運ばれていく。
どうにかパニックを避け、体を浮かせて呼吸を得た。
あいつはどこだ?
「けほっけほっ! ジュンヤ~~」
幸い、ファムは近くで器用に浮かんでいる。カナヅチじゃなくて助かった。
「とりあえず、俺の体につかまっておけ! この流れだ。逆らって進むことなんてできないが、はぐれるよりはマシだ」
「わ、わかった」
まさか扉の奥に隠してたのが水とはな。
地下で貯水でもしてたってか?
なんにせよ、とんでもないことになったな。
○○○○○○○○○○○○
「ひ、避難してください!!」
「きゃああああ!!」
ジュンヤ達が地下で水に流されている一方、城下町はパニック状態だった。
急にマンホールから水が噴き出し、町中が浸水していたのだ。
これは後に語られる「マグルス浸水事件」。
ディメトリ―王国が国民の飲み水を貯めていた地下の貯水庫が何者かに暴かれ、放たれた水が町を飲み込んだ戦後最悪の事件。
被害はベルデにして10億超。露店は破壊され、商品は流され、保管していた飲み水もなくなり、死者こそ出なかったものの、住人たちは多大な被害を被った。
事件の犯人は明らかではないが、闇の勇者とうわさされることとなった。
「危なかった……でも、一体どういうことなの?」
その後の歴史的事件を目撃したのが、先程町に入った羽衣の美少女。
水の勇者「ナギサワ・フユミ」だった。
町に入った途端浸水に巻き込まれた彼女は、咄嗟に近くの木箱に上り、難を逃れた。
「……助けないと」
彼女は躊躇うことなく背負っていた杖を抜き取り、意識を集中させる。
「暴れ狂う水よ、落ち着きなさい」
「あ、あれは水の勇者様!?」
この事件は彼女の到着が遅ければ死者が出ていただろうと専門家が語る。
「スキル発動――明鏡止水!」
杖から光が放たれると、町を飲み込むように暴れていた水が一気に大人しくなり、マンホールから噴き出ていた水もその勢いを弱めた。
腰くらいまでの高さに落ち着いた浸水は、被害こそあったものの人々の混乱を解消するには十分だった。
「ふぅ……これで大丈夫かな?」
その姿を見ていたものは語る。
彼女こそが水の女神だと。伝承にある水神ネプトがごとき神々しさを放っていたと。
「女神だ……」
浮かぶ木にしがみ付いていた男性は涙を流し、陽の光に照らされる彼女を見た。
「……? な、なんか目立っちゃった?」
フユミは困惑するも、すぐに目的を思い出し、乗っていた木箱から水の上に飛び乗ろうとする。
「水につかってしまいますよ!?」
「いいえ、大丈夫です」
男性の心配をよそに、フユミは言葉通り身体を水につけることはなかった。
「この身体は水に愛されていますので」
そう言って水面に立つ彼女を見て、男性はまた涙を流した。
「さて、と。もう町に来てるのかな? ううん、きっと来てるよね。来るに決まってる」
フユミは水の上を歩き始める。
「早く会いたいな……村雨くん」
一方、その村雨くんは――。
○○○○○○○○○○○○
「げほっ! ごほ!!」
「うえぇ、ドレスびちょびちょだよぉ」
「わがまま、はぁ、言うな。生きてるだけでも奇跡だぞ、これ」
あの後、俺たちは水流に飲み込まれた。地下水路ごと埋め尽くす水の量に圧倒され、息もできなかった。
だが、運命は俺を生かした。
ハチャメチャに流された先で、階段のような場所に頭をぶつけた。一瞬意識が飛びかけたが、何故か同時に流れがピタリと止まったおかげで、溺れかけていた身体を動かして階段を上るように泳ぐことができた。
階段に沿って泳いでいくと水面が見えるところまできて、どうにか助かったわけだ。
俺たちはいま、階段に腰を下ろして服に染み込んだ水を絞っていた。
「軍服、そろそろ脱ぎ捨てたいな、これ」
「それって出会った時から来てるよね。囚人服には見えないけど」
「看守の服だ。奪った」
「ひくわー。人のもの奪うなんて最低だよ」
「うるせぇ、食い逃げ魔王」
「むか。事実だから言い返せないや」
こんな言い合いができるなんて驚く。
あのまま窒息死するほうが自然だったろうに。
「ふぅ、ジュンヤ。これからどうする?」
「どうするったってお前、上るしかないだろ。何があるのかは不明だけどな」
そう言って階段の先を見つめた。
視線の先は暗闇。何があるのかは分からない。
ただ、浸水した水路に身を隠すことができない以上、先に進むしかなかった。
「いくぞ、ファム」
「……」
「ファム?」
「決めたよ。国王を倒したらジュンヤの服を買おうよ! 絶対に他の服のほうが似合うって!」
「何言ってんだ、お前」
「決めたの! だから、とっとと国王倒そう!」
倒すって……まあ、あのクソジジイだけは生かすつもりはないが。
「ふぅ」
自然とため息が出た。
「行こう」
地下水路に続く階段……この先に、何があるのやら。
どうか俺の予想が的中しますように。




